1499(明応8)年に赤松村秀(あかまつむらひで)が揖保川(いぼがわ)西岸の鶏籠山(けいろうざん)に中世城郭を築いたとされ、その後、蜂須賀正勝(はちすかまさかつ)・木下勝俊(きのしたかつとし)・小出吉秀(こいでよしひで)らが石垣による改修を行いました。さらに、1672(寛文12)年に入城した脇坂安政(わきさかやすまさ)の手で鶏籠山麓へ新城が加わり、5万石余の居城としての現在の遺構に至ります。1979(昭和54)年には門・櫓や御殿などが城跡内に復興され、落ち着いたかつての城地に彩りを添えています。