第4話

  六 想い 其の弐

 「使者様、私がお相手しますわ!」
 「いいえ、私が!」
 「あら、あんたはサンジと踊るって言ってなかった?」
 「言ってないわよ。あんたこそ下手なんだから引っ込んでなさい!」
 「使者様、あんなのほっといて私と踊りましょう。教えて差し上げますわ。」
 「使者様、お相手してくださいません?」
 「使者様、私と!」
 「使者様!」
 以下延々と続く。トキはいい加減うんざりしていた。セヤの言葉通り、舞踊が行われる広場にトキが現れた途端、娘たちが一斉にトキを取り囲み、我先にと誘い始めた。その勢いにさすがのトキもタジタジである。莉央と寧禰は広場の端の方からそれを見ていた。
 「すごいわね。」
 莉央が感嘆とも呆れともつかないため息をついた。
 「やっぱりトキ君ってどこにいても目立つんだね。大神殿でもすごかったもん。」
 「そうなんだ?」
 莉央が聞き返した。はっきり言って莉央は大神殿でのトキをよく知らない。」
 「うん。まず、あの容姿でしょ。それから雰囲気。『硬質で孤独感のある雰囲気がステキ!冷たい態度もたまらないわー!!』って。成績も優秀だったし。」
 「ふうん。でも、トキより女の子のほうがすごいかもね・・・。」
 「・・・そうだね。」
 莉央のしみじみとした呟きに寧禰も頷いた。とそこへ、
 「こちらにいたんですか、探しましたよ。」
 セヤが現れた。服装が、黒の中衣と下衣、白の上衣に青い帯と替わっている。
 「寧禰、私と踊っていただけませんか?」
 セヤは、手を差し出して真剣な瞳で寧禰を見た。思わず寧禰は視線を逸らしてしまう。
 「でも・・・。」
 「お願いします。」
 セヤは真剣そのものだ。その態度に寧禰は戸惑う。
 (セヤ君のことは別に嫌じゃない・・・嫌じゃない。どちらかって言えば・・・。でもっ!いきなりあんなこと言われて・・・すごくびっくりした。なんか本当かどうかも分かんないし・・・)
 「寧禰、行って来なよ。」
 そう言ったのは莉央だった。寧禰は驚きを含んだ瞳で莉央を見た。
 「せっかくのお祭りなんだし、楽しまなきゃね。」
 「でっ、でも莉央は!?」
 「私のことはいいから。それに・・・」
 莉央は寧禰の耳元に囁きかけた。
 (本当は、セヤのこと嫌じゃないんでしょう?)
 「えっ!?」
 寧禰の顔が赤く染まる。
 「ね?」
 寧禰はちらりとセヤを見る。目が合うと、セヤはにっこりと柔らかな笑みを浮かべた。
 とくん・・・
 寧禰は、不思議な気持ちに襲われたのを感じた。今まで感じたことの無かったような。
 「うん・・・。じゃあ、せっかくだし・・・。」
 その寧禰の答えに、セヤは少し驚いたように目を見開き、確認するように問いかけた。
 「本当にいいんですね?」
 寧禰は顔を赤くしうつむき加減で頷いた。セヤは、にっこり笑い手を差し出した。寧禰は戸惑いながらも、その手へ自分の手を重ねる。セヤは重ねられた手を優しく、しっかり包み込んだ。そして莉央へ軽く一礼すると、二人は人の輪の中へ入って行った。莉央は笑顔で二人を見送った。広場の中央ではセヤが描いた『語り絵』が篝火で美しく照らし出されている。莉央は、『語り絵』を見ながら、
 (あの二人、お似合いだと思うんだけどな。)
 とか、ぼんやりと考えていた。知らず、笑みが浮かぶ。と────
 「よう、大神殿の巫女さんだよな。一人?」
 一人の青年が莉央に声をかけてきた。
 (酒臭い。酔ってるの?)
 莉央は顔をしかめた。青年はどうやら酔っているようだ。目がとろんとしている。
 「暇だったら、俺と踊ってくれねえ?」
 「踊りはちょっと・・・。」
 (どうしよう、タチ悪そう・・・。)
 莉央はできるだけにこやかに答えた。男はなおも迫ってくる。
 「大丈夫、教えてやっからさ。いいだろ?」
 「いえ、結構です。」
 男の顔つきが一変する。
 「んだよ、俺なんかとは踊れねえってのかい?」
 「そういうわけじゃ・・・。」
 (ちょっと、ちょっと、ちょっとお!!ヤバそうじゃない?)
 「だったらいいじゃねえか。行こうぜ。」
 青年が強引に莉央の腕を掴んだ。
 (ちょっとー!冗談じゃないわよ!!)
 「ちょっ、やめっ・・・」
 「やめろ。」
 その声に莉央がハッとした。
 「トキ!」
 いつの間にかトキが青年の後ろに立っていた。鋭い視線で青年を刺す。
 「ああ?なんだお前。」
 青年は今度はトキに絡み出す。が、
 「失せろ。」
トキが低い声でそう言い、ギッと青年を睨み付ける。トキにこんな風に睨まれたら、大抵の人間は退いてしまう。この青年も然り。
 「んだよっ、相手いるならそう言えよな。」
 などとブツブツ言いながら去って行った。莉央はホッと息をつくと、トキを見上げた。
 「ありがと。」
 「別に。」
 トキはいつものように素っ気ない。でも、莉央は今日は気にならなかった。少し照れているように見える気がするのだ。
 「女の子たちは?踊らないの?」
 莉央の少しからかいを含んだ問いかけに、トキは不機嫌そうに答えた。
 「やめてくれ。なんで女ってのはあんなに元気があるんだ?こっちの生気まで吸われる気がする。」
 「切実ね。」
 「うるさい。だから、お前と一緒にいるほうがいい。」
 「え?」
 突然のトキの言葉。莉央は目を見開いた。話の繋がりが見えず、トキを見上げる。と、見下ろしてきたトキの視線とぶつかった。なぜか莉央の頬が朱に染まる。
 『美男美女でなかなかお似合いだと思うんですが。』
 昼間のセヤの言葉が蘇り、莉央は慌てて視線を逸らした。が、そんな莉央の態度に気付く様子もなくトキが言った。
 「そしたら女寄ってこないだろうし、お前も変なのに絡まれなくてすむだろ?」
 「は?・・・そっか。そうだね・・・。」
 一瞬莉央はきょとんとした。
 「どうかしたか?」
 「別に・・・。」
 莉央は少しがっかりした自分がいるのに戸惑った。しばらく、沈黙が続いた。が、
 「ねえ、トキ。聞いてもいい?」
 突然莉央が言った。
 「なんだ?」
 「何で・・・何でトキは私たちと一緒に来たの?」
 トキは目を見開いた。莉央の瑠璃色の瞳がトキを見つめている。
 「なんでって、神の子に命じられたから・・・」
 「それはもう聞いた。神の子に・・・琉莉夜に命じられたってどういうこと?」
 莉央の瞳は真剣だ。これは、ずっと抱えていた疑問だった。
 「・・・新月の夜の前夜、誰かに呼ばれて目が覚めた。そしたら、瑠璃色の光の中に神の子がいて、『明日の夜、西へ旅立つ乙女たちがいる。その乙女たちを守って欲しい。』って。」
 「それだけで?」
 「ああ。」
 「ふうん。」
莉央は、訝しみながらも頷いた。それだけだとは思えない。しかし、トキの瞳は聞かれるのを拒否しているように見え、それ以上は聞けなかった。二人はしばらく祭りの喧噪に耳を傾けていた。と、トキが莉央を見下ろした。その真剣な瞳に莉央はドキッとしてしまった。トキが何かを決心したように口を開こうとする。
 「本当は・・・」
 その時──────
 「キャーッ!!!」
 広場の中央から人の悲鳴が聞こえた。反射的に二人はそっちを見る。
 「『語り絵』が!!」
 遠目からも、『語り絵』の一枚が真っ二つに割れているのが確認できた。
 「行くぞ!」
 トキがそう言って駆けだした。
 「えっ、行くって?」
 「ボケッとするな!十中八九闇の刺客が関係してる。」
 「ええっ!?」
 「嫌な感じがするんだよ!前ほどじゃないけど、確かに『闇』の気配がする!」
 「嘘・・・。」
 莉央の動きが止まる。以前のことを思い出し、身が竦む。白銀の髪の男の冷たい声が蘇る。
 『何のことはない、ただの非力な子供か・・・。』
 『何が出来る?無力なお前に。』
 『所詮お前は非力な子供でしかない。』
 『覚えていろ、お前らは必ず私が消すッ!』
 憎悪のこもった紅い瞳が──────
 「莉央ッ!」
 「えっ?」
 トキに肩を揺すぶられて莉央はハッとした。
 「しっかりしろ!行くぞっ!!」
 「・・・。」
 「莉央!」
 真剣な黒の瞳が莉央を刺す。
 「行かないのか?だったらいい。そこにいろ。」
 静かな声でそう言った。責めている声ではない。しかし、それはどんなにきつく叱咤されるより辛かった。
 「待って!」
 咄嗟に行きかけたトキを引き留めた。
 「行くわよ!行くに決まってるでしょ!」
 「よし、だったら早く来い!」
 「うん!」
 そう言って二人は駆けだした。
 二人は、異様な光景を目の当たりにした。人々が、ふらふらとした足取りで家へ帰ろうとしているのだ。その目は熱に浮かされたようにぼんやりしており、正気をなくしている。
 「どうなってるの?」
 「闇の仕業だろう。」
 莉央の問いかけにトキは押し殺した声音で短く言った。トキの漆黒の瞳には、憎しみの光 が揺らめいている。二人は人の流れに逆らいながら、広場の中央へと急ぐ。そして、そこで寧禰とセヤの二人の姿を見つけた。
 「寧禰!」
 「莉央!いきなり絵が割れて、みんな帰り始めたの。様子が普通じゃないよ!!」
 莉央は、寧禰の耳元に口を寄せると、短く囁いた。
 (闇の刺客がいる。)
 瞬間、寧禰の瞳が大きく見開かれる。問いかけるような寧禰の眼差しに、莉央は深く頷い た。ふと、割れた『語り絵』に視線を落とした。それは───黄泉闇神が封印される様を 描いた『語り絵』だった。セヤは、それをじっと見下ろしていた。厳しい青い瞳で。手を固く握りしめ、唇を噛んでいる。強く噛みすぎたのか、薄く血が滲んでいた。今まで見せたことのないセヤの表情に、莉央も寧禰もトキも言葉を失う。と、突然、
 しゅぽっ
 なんとなく間抜けな音がしたかと思うと、目の前に二人の人影がぼんやりと現れた。すかさずセヤは寧禰を背中に庇う。人影徐々にはっきりしてくる。そして、
 「子供!?」
 莉央とトキは同時に驚きの声を上げた。現れたのは二人の少年少女で、どちらもとても愛らしい面立ちをしている。少年は、金目、金髪。その背に、白い布にくるまれた何かを背負っている。そして、少女は、その手に繊細な細工が施された銀色の扇を持ち、鋭い視線で四人を睨み付けている。二人とも、どう見ても十歳前後にしか見えない。
 「ッ!あの子・・・。」
 少女の姿を見留めた莉央は一瞬息を呑む。どうした、とトキが目で問いかけた。
 「あの男を・・・闇の刺客を迎えに来た子よ。」
 「やっぱり闇が関係してやがったか。」
 トキがチッと舌を打ち、そっと剣の柄へ手を伸ばしていく。緊張した空気が流れる中、少年が口を開いた。
 「初めまして、僕は常和。お兄さんたちに会うために来たんだ。」
 その場にそぐわないのんびりとした声に、トキは顔をしかめた。少年は構わず続ける。
 「だから、関係のない人たちには帰ってもらったんだ。巻き添えになっちゃ悪いでしょ?」
 「どういう意味だ?」
 トキが低い押し殺した声で聞き返した。少年は、クスクスと笑いながら、
 「だって、これ以上先に進んでもらうわけにはいかないんだもん。もし、お兄さんたちが退いてくれないなら、この場で始末するしかないでしょ?」
 と、なんでもないことのように言った。その少年の言葉に、莉央と寧禰は思わず顔を見合わせ、身を硬くする。
 「すみませんが、絵を割ったのは君ですか?」
 突然言ったのはセヤだった。言葉遣いは丁寧だが、その表情は厳しい。
 「絵?ああ、その絵のこと?うん、僕だよ。だって、くだらないんだもん。」
 瞬間、セヤは拳を固め少年に殴りかからんとした。その青い目には、怒りを通り越した光があった。が
 「な・・・に?」
 セヤは戸惑いの表情を浮かべた。対照的に少年は笑顔だ。少年の金の目がセヤを捉えた瞬間、セヤの身体は止まった。ピクリとも動かない。殴りかからんとした姿勢のまま静止しているのだ。莉央もトキも寧禰も、己の目を疑う。そして、少年は印象的な笑みを浮かべ、
 「邪魔さよ。」
 ポツリとそう言い、カッと目を見開いた。突端、セヤが軽々とはじき飛ばされる。
 ダンッ
 セヤは大きく弧を描き、地面へと打ち付けられた。
 「セヤくん!!」
 「セヤ!」
 寧禰と莉央がセヤに駆け寄った。が、気を失っているのかセヤは目を開かない。
 「弱いね。日の命なんて。」
 少年は笑顔を浮かべたまま言った。トキは、その言葉がどこか自嘲しているように聞こえた。が、その考えを振り払うと、腰の鞘から剣を引き抜き構えた。そして、低い声で言い放つ。
 「悪いが、こっちは退く気も始末される気もない。」
 「退いてくれないんなら、消えてもらうしかないんだ。・・・父様のために。」
 瞬間、少年の表情が一変する。そして、背中の白い布にくるまれたものに手を伸ばした。殺気を感じ取ったトキは剣を構え直し、莉央に短く言う。
 「そっちを頼む。」
 言いながら、少年から目を離さない。
 バサッ
 と、白い布が取り払われ、現れたのは抜き身の長剣だった。その、少年の身長もあろうかという長剣を、少年は軽々と構えた。
 「言っとくけど、子供だと思ってると死ぬよ?」
 そう言って、少年は消えた。否、消えたように見えたのか。ともかく、次の瞬間少年の姿はトキの眼前にあった。
 ガツッ
 襲いかかってきた刃を、トキはかろうじて受け止めた。しかし、押され気味である。
 「ね?言ったでしょ。」
 少年はクスクスと笑いながら言った。
 「トキ・・・。」
 莉央は、見ているだけで何も出来ない自分が歯痒かった。無意識に、胸元の勾玉を見る。そして、ぎゅっとそれを握りしめ立ち上がった。
 「莉央?」
 寧禰の問いかけの声に、莉央は笑顔を作り振り返った。
 「出来るかどうか分からないけど、やってみる。悩んでるだけじゃ、先へ進めないよね。」
 「莉央・・・。」
 寧禰の呟きは複雑だった。莉央は、もう一度笑顔を作ると目を閉じた。
 (お願い。もし、私が本当に神の子であるなら、力を下さい。守れる力を。助けられる力を。お願い。)
 ふわっと勾玉が浮いたかと思うと、優しい瑠璃色の光があふれた。
 (お願い、寧禰とセヤを守りたい。)
 その莉央の想いに応えるように、勾玉からあふれた光が二人の周りに球状の薄い膜を作った。
 「莉央!?」
 寧禰の驚きの声に、莉央は安堵の笑みを浮かべた。
 「セヤをお願いね。」
 そう言い、今度はトキの方を振り返る。
 (よし、今度は・・・)
 「そうはさせぬ。」
 不意の声に、莉央はハッと顔を上げた。気付けば、今まで黙って見ていただけの少女が、莉央の前に立ちはだかっていた。
 「そなたが神の子か?前は震えているだけだったが、少しは出来るようになったようじゃの。」
 莉央は息を呑む。前とは違う少女の印象に戸惑った。
 「父君と兄君に害を為す者は、何人だりとも許さぬ。」
 そう言って、少女は扇を構えた。そして、ふうっと息を吐くと、おもむろにその扇を振るった。
 バサッ
 生まれた風は刃となり、莉央を襲う。シュッとそれはうなりをあげ、立ちすくんでいた莉央の頬にかすった。じわっと血が滴り落ち、莉央の頬を濡らしていく。声にならない恐怖が莉央の奥に渦巻いていた。
 「今度は外さぬ。」
 少女はそう言い放つと、もう一度扇を振るう。
 バサッ
 (避けられない!!)
 先程よりも鋭い風が、刃となって莉央を目指し一直線に襲いかかる。反射的に、莉央は目を閉じ手で顔を庇った。その手には勾玉が。
 いつまで経っても衝撃はやって来ない。恐る恐る目を開けた莉央は、驚きに目を見開いた。瑠璃色の光が盾となり、風の刃から莉央を守っていた。
 「小賢しい!」
 しかし、少女も負けたままではいない。風の刃はどんどん瑠璃色の光を押す。莉央は二、三歩後へ押された。キュッと唇を噛むと、手に力を込め、ググッと押し返しを図った。少 女も、必死の表情である────この闘いに勝ったのは莉央だった。グッと手に力を込め、願う。
 (お願い、ここで負けるわけにはいかない。このままここで負けてしまえば、私は・・・私は・・・)
 「自分が何者か分からないままだわ!!」
 ぱあっ
 瑠璃色の光が一瞬強くなり、風の刃を呑んでしまった。
 「ぐっ・・・!」
 少女もその光に弾かれ、大きく宙を舞った。
 「春姫!!」
 叫んだ少年に隙が出来た。トキはそれを見逃さない。ガッと少年の長剣を押し返し、地面へと倒す。
 形勢逆転
 トキは、少年の喉元に剣の切っ先をむけ、息を弾ませながらそれを思った。
 ふっと莉央の身体から力が抜ける。へたへたとその場に座り込んでしまった。同時に、寧禰とセヤを守っていた瑠璃色の光も消えた。
 「莉央!!大丈夫!?」
 慌てて駆け寄ってきた寧禰に、莉央は笑顔で応えた。
 「大丈夫。何とかなったみたい。」
 ホッと寧禰も笑顔を浮かべた。トキも、少年に剣を突きつけたまま二人を振り返り、笑顔を作った。その時
 「隙ができてるよ。」
 突然少年が呟いた。その言葉にトキが振り返ったとき、すでに少年の長剣はトキを目指していた。
 (このガキいつの間にッ!ちっ、油断したっ。)
 トキは己を叱咤すると剣を構え直そうとした。が、間に合わない。
 (殺られるかっ!?)
 トキはギッと唇を噛む。しかし、何かが少年の長剣を止めた。突然のことに、トキの思考は一瞬止まった。少年の長剣を止めたのは鎖だった。が、その鎖は・・・なんと、セヤの絵筆の先から出ていたのである。莉央も寧禰も理解できない。いつの間にか、セヤは立ち上がり絵筆を持っていたかと思うと、いきなりその先から鎖が現れ少年の長剣を止めたのだった。
 「なに?オニーサン。」
 少年も少なからず戸惑っているのが伺える。セヤは、いつもの笑顔に戻っていた。
 「ちょっとばかり変わった力があるだけですよ。そう、絵に描いたものを操るとか。ああ、この鎖は精神的な力で創ってあるから、物理的な力じゃはらえませんよ。」
 「へえ、やるね。」
 少年は面白そうに唇を歪めた。そして、
 「止めた。」
 突然言った。
 「常和!?何を言っておる!」
 少女の訴えにも動じず、少年は続ける。
 「忠告するよ。これ以上、進まない方がいい。俺たちの力なんて、父様や侑岐兄に比べれば、微々たるものなんだよ。俺たち相手に苦戦してるようじゃ、父様を封じることなんて出来ない。待ってるのは死。」
 ゴクッと、莉央と寧禰が息を呑む。トキが、真っ直ぐ少年を睨みながら言った。
 「今更退けるか。」
 少年は、嘲るような笑みを浮かべトキを見返した。
 「そんなに天日神が大事?自分の命を捨てられるくらい。」
 「悪いが俺は、自分のためにやってるんだ。」
 少年は目を見張った。それは、すぐに笑みを変わり、小さく呟いた。
 「俺は、父様や侑岐兄や春のためなら、この身体くらい捨てられるけどね。」
 そして、今度はセヤに目を向ける。
 「ねえ、この鎖外してよ。もう何もしないからさ。本当だよ。」
 「常和!」
 少年は、少女の振り返り、少しキツイ声音で言った。
 「春姫、侑岐兄に無理するなっていってたのは誰?当の本人がそんな無理してたら、説得力ない。もう、扇をふるう力も残ってないくせに。」
 グッと少女は答えにつまった。少年は、満足げな笑みを浮かべると、もう一度セヤを見た。
 「これは、大切な人からもらったものだから。大丈夫、僕だってこれ以上この長剣をふるうことなんてできない。」
 セヤは目でトキに問う。トキは、しばらく何か考えている様だったが、やがて頷いた。セヤが絵筆を下ろすと、スッと鎖が消えた。少年は嬉しそうに笑うと、さっき取り払った白い布に、長剣をくるんだ。そして少女を促す。少女は、渋々と行きかけたが、突然振り返ると、莉央に向かって走って行く。
 「春姫っ!?」
 少年の叫びにも耳を傾けない。そしてその小さな手が、莉央の胸元へと伸び、瑠璃色の勾玉を奪い去った。
 「なっ!?」
 素早く踵を返し、途中のトキの腕もすり抜け、少年の元へ走る。そして、少年の服の袖を掴むと、
 「早う行け!」
 と少年を急かした。
 「でも・・・。」
 「行けと言っておる!」
 「わかった。」
 少年は諦めたようにそう言うと、莉央たちに一言
 「ごめんなさい。」
 そう言い、
 しゅぽっ
 間抜けな音を残して消えてしまった。
 呆然。
 四人の頭上にそんな言葉が見えるようだ。

 翌朝早朝、莉央、寧禰、トキの三人は旅支度をし終え、村のはずれに来ていた。あの後、里の者たちの様子を見て回ると、一同ぐっすりと眠っていた。これでは、昨日の記憶もあるかどうか怪しい。莉央たちは相談して、誰にも言わず出発することを決めたのだった。莉央は、心なしか元気がないようだ。勾玉を奪われたからだろう。しかし、寧禰やトキを心配さすまいと、面には出さないようにしていた。しばらく無言だったが、莉央が口を開いた。
 「セヤにだけでも、挨拶してくればよかったね。」
 「したら、一緒に行くとか言いかねないぞ。ずいぶんと寧禰を気に入っていた様だったから。」
 「トキ君!!」
 トキのからかいを含んだ声に、寧禰は顔を真っ赤にした。莉央もおかしそうに笑う。
 「ははは、そうだね。」
 「ははは、そうですよ。」
 ピタ。三人の動きが止まる。恐る恐る振り返ると、そこにはすっかり旅支度を調えたセヤがいた。言葉もない三人に、セヤは笑顔で言う。
 「そんなに驚かないで。三人についていくことは最初から決めてたんですよ。」
 「え?」
 「だって、私は寧禰を護るためにいるんですから。」
 さらっと言ってのけたセヤに、寧禰が全身を朱に染める。セヤはにっこりと笑みを浮かべたままである。
 「いいんじゃない?」
 言ったのは莉央。
 「今回、セヤの力で助かったんだし、心強い味方が一人増えていいじゃない。」
 「莉央ぉ・・・。」
 戸惑う寧禰の耳元に莉央はささやく。
 (本当は、まだセヤと一緒にいたいんでしょう?)
 またまた寧禰が赤くなる。言うべき言葉が見つからず、口をパクパクさせている。
 「ね?決まり!トキはいい?」
 「ああ、いいんじゃないか。」
 「ありがとう、トキ!」
 ガバッと、セヤがトキに抱きついた。トキの顔が一瞬にしてひきつる。
 「や、やめろっ!!」
 セヤは身体を放すと、にっこりと言った。
 「ははは、半分冗談ですよ。」
 「半分かい!」
 「よかったね、トキ。同性が増えて。」
 「ああ?」
 莉央の言葉に、トキが訝しげに聞き返す。
 「それとも、今まで両手に花だったから残念?」
 「花・・・?」
 ・・・その日の朝、里の人々の中には、何かのうめき声で目覚めたという者がいたらしい。

 ともかく、決戦の時はじわじわと近づきつつあった。それぞれの想いを抱えて───。


 
次回予告
 セヤという新しい仲間が増え、勢いにのる莉央、寧禰、トキたちは、次回いきなり闇の宮到着予定!(展開早すぎ!?)なにぶん時間がないもんで・・・。ともかくっ、黄泉闇神との直接対決が近づく!が、その前に立ちはだかる刺客たち。やはり彼らは強かった。今までにない苦戦の中、いちばんの敵はそれぞれの心中にあった。自分が何者なのか悩む莉央、トキの旅の理由とは、寧禰も何かを思い悩んでいる様子。それを見守るセヤに訪れる危機・・・。NEWキャラも交えた『瑠璃の巫女』第五話は、新世紀早々新たな局面を迎える!!・・・予定です。何か・・・勢い乗りすぎて書きすぎた・・・。な、なんか不安になってきたゾ・・・。  最終回も近づいて、ストーリーはスピードアップ!!皆様、凪にしっかりついてきて下さいね!!!(><)

     *ただ今凪のテンションは通常の1.5倍(当社比)

お知らせv
 次回は冬休み(!?)特別企画、セヤりん(作者命名)主役のSS(スペシャル・ショート)があるかも!?まだ予定は未定なこの企画・・・。セヤりんFANの方々は(いるのか?)乞うご期待!! こんなん言って大丈夫か作者・・・。

作品設定 SS(青の瞳) 凪だより 投稿ページ 第4話其の壱 第5話其の壱 TOP