作品解説
福富草紙(ふくとみそうし)
室町時代後期 一巻 紙本着彩 巻子装
縦34.0㎝×横960.8㎝ 全15紙継 絵13段
蓋表「福富草紙絵巻」
側面「室町時代/福富/草子」
印記「弘文荘(朱文方印)」(巻末)

 洛中(京都)に住む福富織部(ふくとみのおりべ)という翁が、放屁の芸で立身出世して、それをまねた隣人の貧少藤太(ぼくしょうのとうた)が失敗する物語です。庶民のエピソードを題材にした御伽草子の一つとして、室町時代後期に成立しました。この資料は、物語の後半部分に焦点をあてた一巻本の系統で、伝来する諸本の中でも現存最古の作例となります。

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 洛中六条あたりに住む高向秀武という翁が放屁(おなら)の芸で立身出世して、それをまねた隣人の福富織部(ふくとみのおりべ)が失敗をする二巻本「福富草紙」は、庶民物の御伽草紙のひとつとして室町時代に成立しました。

 この二巻本「福富草紙」に遅れて、同絵巻の下巻のみで物語を再構成し、成功する翁を福富、失敗する翁を貧少藤太(ぼくしょうのとうた)と名前を変え、失敗談を中心にすえた一巻本「福富草紙」(別名「福富長者物語」)が成立しました。本作品は一巻本「福富草紙」を主題とするもので、諸本なかでも現存最古の作例となります。巻末の印記「弘文荘」から、反町茂雄氏の旧蔵品であることが分かります。

 二巻本「福富草紙」の絵巻物の作例は、春浦院やクリーブランド美術館など所蔵されており、本作品はとくにクリーブランド美術館本の構図や図様と近いことが指摘されています。

 たとえば、第6段において洛中の小物売りの暖簾が「橘花文」となっていることなどは、春浦院本とは異なり、クリーブランド美術館本と類似することが認められます。

 先行研究で明らかにされているように、一巻本「福富草紙」の物語は、二巻本「福富草紙」の物語をもとに改変して作られ、その物語と二巻本「福富草紙」下巻の絵とが融合されて一巻本「福富草紙」の絵巻物が成立しました。本作品とクリーブランド美術館本との類似は、そうした一巻本「福富草紙」の絵巻の成立過程を裏付けているようです。

福富草紙(ふくとみそうし)
江戸時代 一巻 紙本着彩 巻子装
縦38.0㎝×横1087.1㎝ 全41紙継
外題「福富草紙下」
側面「福富草紙巻下」
印記「弘文荘(朱文方印)」(巻末)
第30紙墨書「右千春之本を以て写之/異本彩色ツケハ光孚ノ也/以下異本」
奥書「詞 貞成親王真書
   絵 土佐伊代守隆成真筆
   画所預正五位下土佐守藤原光孚 模写(角印「光孚之印」)」

 江戸時代の末期に土佐派の絵師によって制作されたものと考えられます。庶民生活での滑稽な話題を採り上げたものですが、皇族や貴族たちなどの身分の高い人々の間で求められた物語として、興味深いものがあります。

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 この絵巻物の前半は、「千春之本」になる二巻本「福富草紙 下巻」の模本となっており、後半は土佐光孚(みつざね)筆の模本である二巻本「福富草紙」からモチーフを抄出しての模写となっています。おそらく江戸時代末期に土佐派周辺の絵師によって制作されたものと推定されます。

 絵巻前半の「千春之本」とは、どのような来歴の親本であるのか分かりませんが、次のような特徴が認められます。

  • ・第6段、洛中の小物売りの暖簾が「笹文」
  • ・第8段、裸でふるえる翁を垣間見る人物に上巻から仮借したモチーフを加増
  • ・第10段から第12段は(10)薬を請う妻、(11)排便する翁、(12)祈祷する妻の順

 また、本絵巻の後半については、奥書識語の写しによれば詞を貞成親王、絵を藤原隆成が筆写したものが、抄出模写の親本に用いられています。これは蓋表に「土佐伊代守隆成筆 後崇光院宸翰」とある二巻本「福富草紙」(重要文化財 春浦院蔵 15世紀前半)を意図したものと考えられます。実際、現在の研究では、春浦院本「福富草紙」画中詞は後崇光院貞成(さだふさ)親王(1372~1456)の筆蹟と推定されています。貞成親王は、「福富草紙詞書断簡(粉河寺縁起紙背うち)」(宮内庁書陵部蔵)の筆者としても知られ、この本紙「粉河寺縁起」奥書に宝暦四年(1452)銘があることから、二巻本「福富草紙」の説話自体は同年以前に成立したものとみなすことができます。

 なお、二巻本「福富草紙」の上巻では、放屁芸に成功した翁である高向秀武が活躍しますが、彼の娘が老尼として登場する絵巻物「放屁合戦絵巻」(サントリー美術館蔵)には、貞成親王の手として推測される奥書識語が付随します。

 庶民の滑稽譚であるお伽草紙「福富草紙」ですが、こうした物語や絵巻物はむしろ皇族や貴族たちなど身分の高い人々のあいだで受容されたことを示しているようです。

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