
第2話 一3つの狂翼−
フォース・0067部隊が、その地点にたどり着いた時、全ては終わっていた。
部隊長のフォルトゥスも、他の隊員たちも、そこにあった光景を見て、絶句する。
「…ば…、馬鹿な…!」
恐ろしい静寂。原形を留めないほど破壊された、プログラム。
そして…フォース5師団(150人)の、変わり果てた姿。
あるものは、頭を。またあるものは、下半身を。それぞれが、自分の身体の―部分を無くし、無残に横たわっていた。
―体、ここで、何が…!?」
「教えようか―?」
余りにも明るい、場違いな声が、突然、頭上から降ってくる。
彼等が、その声の方角を、見上げて見ると―
「…子供…!?」
そこには、宙に浮いている、―人の少女がいた。
見た感じ、二十歳に届いていない。長い金色の髪が、かすかに揺れている。
Tシャツに黒い半ズポンというファッションで、目にはサングラス。
そして、背中から突き出る、大きな翼。恐らく、その中に、ネット内を自由に移動できる「NCU
(ノン・キャパシティ・ユニット<容量無視機能>)」が、搭載されているのだろう。
「案外手応えないんだね、フォースって。もう少し楽しめると思ったんだけどな。」
「まさか、これは、おまえさんの仕業か? …―体何をやったんだ!」
フォルトゥスが叫ぶが、彼女はそれを気に留めず、腕時計を見ながら、つぶやく。
「…フォース・0067。戦闘カ、極めて高し、か。さっきの奴等よりは、骨があるかもね。」
すると、彼女は、パチン、と軽く指を鳴らした。
瞬間―
ガヂイン!!
―人の隊員が、音とともに、上半身を食いちぎられる。
「何っ!?」
いつの間にか、フォース達の後ろに、巨大な『それ』が、姿を現していた。
「『そういう奴』を退治するのが、あんたたちの任務なんでしょ?」
「おい、ふざけんな! …こんなのが、CCになるってのかよ!」
フォルトゥスは、そう言いながら、神にもすがりたくなる気持ちで、『それ』―ティラノサウルスの形をしたCCを、茫然と見上げていた。
西暦にして、2499年。 地球に生まれ、宇宙に進出した人類が、次に選んだ場所は、コンピュータの中であった。
ここが、地球や宇宙と違うのは、自分たちの手で、世界を作れることである。
人々は、コンピュータの中に、自分の意識を送り込み、そこで自由に生活する術を身につけた。
…それから、数百年。平和であるはずだったコンピュータ世界に、CCという敵が現れたのである。
『仮想現実』というべきこの世界でも、戦いが始まってしまったのだ。
フォルトゥスが、CCに襲われる、少し前。
八島修―は、とある病院の、109号室にいた。
といっても、前のように、母の里美が担ぎ込まれたのではない。もちろん、修―が、ぺッドに横になっているわけでもない。
彼は、―人の少女を見ていたのである。と、
「修―、いる?」
「あ…、母さん。」
病室のドアが開き、八島里美が、部屋の中に入って来る。
「なんで、ここに?」
「近頃、あなた、ここにくることが多いもの。」
言いながら、修―に近づいていく里美。
「…まだ、目が覚める見込み、なさそうね。」
「先生も、そう言ってた。」
「…修―。祐里のことで、自分を責めても、何にもならないわよ。」
「けど…!」
「この子が、そんなこと望んでると思う?」
分かってはいるが、そう簡単に納得できない。里美の言葉を聞いた修一の顔は、まさ
にそんな表情をしていた。
話は、里美が退院した日一ヶ月前に、さかのぼる。
修一と―緒に、病院から出てきた彼女を待っていたのは、緒原亮と、その妹の祐里の
二人であった。
それを見たときの、修―の表情を、どのように説明すればよいのか。
実際のところは、苦々しさと、緊張と、嬉しさが、ごちゃ混ぜになったものではあったが…これを表情に出すと、言葉ではまず書けない。
その原因のうち、苦々しさは、亮に。緊張と嬉しさは、祐里にある。
前者の説明をすると、修―は、里美に近づく亮を、どうしても好きになれないのだ。
修―の父親である武史は、10年前に、CCの手に掛かり、死亡している。
尊敬する父であったゆえに、新しい父親ができるということが、納得できない。
そのために、亮に、心を許すことができないでいるのである。
そして、その亮の妹である祐里に、修―は、想いを寄せている。
様々な感情の交差する、彼の胸中を知ってか知らずか、亮と佑里は、二人を、とある場所へと連れていった。
その場所とは、当時、最大の人気を誇っていた、ヴァーチャル・パーク。
仮想現実の中にある、超巨大遊園地で、この世界ならではのアトラクションが、所狭しと設置されている。
セキュリティも完璧なものとなっており、誰もが安心して遊べると、評判の場所であった。だが…。
セキュリティと人々の安心感を、粉々に破壊して、CCが内部に進入。
人々は慌てて、現実世界へと戻っていった。
しかし、その中には、戻り遅れた者連もいて―
―その中の―人に、佑里が入っていたのである。
「…それにしても、本当に、有り得るのかしら?
意識が戻る可能性、なんて…。」
と、里美。
最初、医者からその話を聞いたとき、修―も、里美のように、自分の耳を疑った。
普通、コンピュータ内でCCに襲われ、絶命すれば、肉体のほうも、『脳死』という
形になる。だが、彼女の場合、まだ,脳は死んでいないし、心臓だって動いている。
彼女の意識 が、まだ、どこかで生存している証拠だ。医者は、修―達に、そう告げた。
そして、彼らは、佑里の意識が戻る日を、信じて待ち続けている。
「…また、来る。」
彼女にそう言って、修―が、椅子から立ち上がった―
その時だった。
突然、彼等の持っている通信機器―この時代のそれは、ポケべルほどの大きさでありながら、テレピ電話の機能が付いているというものである―が、鋭い音を発した。
二人同時に、同じ音。
誰かが、二人に通信を送ってきたことを意味している。
里美が、ポケットからそれを取り出し、回線を開いてみると―
<お、二人―緒だったか!>
『ファトル!』
<緊急事態だ! ほかのCG達も動いてる! 今すぐ、来てくれ!>
「何が起こったの!?」
<後から話す! とにかく、早く来い!!>
彼がそう言った途端、通信が切れる。
「私達のことをばらさない。それがモットーなのに、こんな通信を送ってくるなんて
…。」
「CGの正体を気に掛けてられないほどの、事態か…。…行こう、早く!」
「ええ!」
同時刻。
とある場所で、二人の男女が、椅子に座って、話していた。
男のほうは、身長2mを越える、大男。女のほうは、幼さの残る、少女である。
「奴等め、えらく慌てておるわ。飼い犬どもを、次々とけしかけよる。」
この男なら、さぞや凄みがある声に違いない。
彼の体格を見れば、誰もが予想することであり、そして、それは、見事に的中していた。
「ねえ、行ってもいいでしょ?」
―方、女の声の調子は、まるで、父親に物をねだる娘である。
「さすがにおまえでも、心配ではあるな。腕は確かだが…。」
「大丈夫、大丈夫! 心配ご無用!」
「…まあ、おまえなら、止めたって行くとは思うがな。いいだろう、久しぶりに、暴れてこい。」
「オッケー!」
修―から『セイル』、里美から『リディア』―彼女の髪の色は、黒から赤になり、目の色は、黄色になっている―へと変わった二人の前に、ファトルが現れる。
「随分、急な呼び出しね。」
「今の状況を知れば、納得するさ。…説明、始めるぜ。」
彼はそう言って、二人に、野球のポールほどの大きさがある、緑色の球体を渡す。
「…何だよ、これは?」
「『イレイザー』の詰まった、小型爆弾だよ。」
『!?』
二人の驚く顔を確かめて、ファトルが話し始める。
「ネット4923・41。何のことか、分かるか?」
「4年半前に、CCの襲撃を受けて、そのままネットの海に捨てられた場所でしょ?
…それが、何か?」
と、リディア。
その場所は、CG達への連絡が遅れたために、すでに手遅れとなり、つながっていたコンピュータから切り離され、破棄されたところだったのである。
「今、それが、CGの本社…ディフック・カンパ二―のブレインコンピュータに、向かって来ている。CCどもを、わんさか抱え込んで、な。」
「な…っ!」
「もしも、ブレインに、そのネットがぶつかれば…奴らは、ネットの壁を簡単にぶつ壊して、ブレインを粉々に破壊するだろう。だから、その前に、ネット4923・41
を、完全に破壊する。」
「だから、爆弾を…?」
ファトルはうなずき、
「爆弾は、すでに動き始めている。セットの時間を考慮して、後12分。その時間内に、指定されたポイントに、爆弾をセットするんだ。」
「俺たちは、解体屋か何かか…?」
「もちろん、CCもしっかり倒してもらう。下手に奴らが爆弾に触ったら、アウトだからな」「戻るときは?」
「爆破の0.7抄前に、強制的に戻す。…いいか、他のCG達も大勢いるが、それでも、CCの数は、今までとは比べものにならない。…死ぬなよ、二人とも。」
ファトルがこの二人を心配することなど、滅多にないことである。思わず呆気に取られるセイルたちだったが―
自信に満ちた声で、言った。
「ああ!」
「死ぬもんですか!」
「…よし! じゃ、行くせ! …ダイブ!!」
『っ!!』
二人の身体は、先ほど居た場所から、弾き飛ばされるように、転送された!
そこはまさに、戦場であった。
獣タイプのCC、戦闘メカタイプのCCと、CG達が、戦って―いや、互いの命を消し合っている。
「…すこし、考えが甘かったわね。」
「この中を、後11分も生きていろっていうのか…。」
指定されたポイントに向かいつつ、つぶやく二人。
途中で、別れ道にさしかかり、そこからは、別行動を取ることになった。
「死ぬんじゃないわよ!」
「ああ、また後で!」
そう言って、お互いの道を行くことになる二人。
―ここからは、セイルの行動を見ていこう。
彼が、襲いかかってくるCCを撃退しつつ、爆弾のセットポイントの、すぐ近くまでやってきた―
その時!
「うぐわああっ!!」
声のほうには、片手を無くし、痛みにその場をのたうちまわる、CGの姿があった。
駆け寄ろうとするセイル。 と、
「あ〜あ、何逃げてんのよ。ひと思いに食われちゃえば、そんな痛み、感じることもないっていうのに。」
あまりにも、その場に不釣り合いな、軽い声。
その方向には、金髪の少女が―人、宙に浮いていた。
服装や髪型からして、おそらく、話の最初に出てきた、あの少女であろう。
そして、その下を、巨大な恐竜―ティラノサウルスが、歩いていく。
「…こんなとこに、なんで恐竜なんか…。」
茫然とその光景を見つめるセイルだったが、無論、こんなところに、恐竜がいるはず
ない。
と、いうことは―
「あれが…CCだってのか!?」
信じられない思いで、その場に立ち尽くすセイルだったが、少女の言葉を聞いた時、
足が勝手に動いていた。
「さあ、今度こそ、楽にしてやりな!」
「やめ…っ!」
ズパアッ!!
セイルが叫びかけたとき、腕を失ったCGに向かっていた、ティラノサウルスのCCが、凄まじい音とともに、身体を二つに切り離された!
「なっ!?」
その光景を見た誰もが、言葉を失う。
「マジ!? CG用のプロテタトを施しているってのに!」
「そんなもん、通用しないよ!」
その声の方には…なんと、―人の騎士がいた。
思わず自分の目を疑うセイル。…いや、騎士ではなかった。
シルエットのみを見ると、確かにそう見えるのだが、明らかに違うところが、三つ。
―つ。騎士に当たる人物が、鎧を全く着ていない、女性であること。黒い髪を短く切った、先ほど、大男と話していた少女である。
二つ。彼女の手に握られている武器が、剣ではなく、巨大な手裏剣のような武器であること。四方の、中央から3Ocmほどの部分が、持ち手になっていて、そこからは、巨大な刃が付いている。
そして、三つ。彼女を乗せているのが、馬ではなく、巨大な、翼の生えた、狼であること。
「へえ…随分と、変わったものに乗ってんじやない。―体、何者?」
「あたしは、セティル。フリーの、CG。CCどもと、賞金首のあんたの命を、もらいにきたんだよ。」
「賞金首? あんた、私が誰か分かってて、言ってんの?」
「もちろん。天才ハッカーの、ネシスでしょ?」
思わず、自分の耳を疑う、セイル。
ネシスの…名は、この時代を生きる者たちにとって、悪魔と同じ響きを持つ。
その腕は、紛れも無く、超―流。ハッキングの痕跡など、いっさい残さない。
加えて、歪み、ねじ曲がった性格の持ち主。
彼女―何かの気紛れで、ネシスが残すメッセージは、女の口調であった―は、様々な
手を使い、時には、CCまで利用して、コンピュータを徹底的に破壊する。
その理由は、「楽しいから」。
―度、特ダネ目当てに彼女とコンタタトを試みようとした、とある報道局に、寄せられた言葉である。
それに続く文章には、こう書かれてあったのである。
<そう、楽しいから。私は、それだけのために、ハッカーをやってる。自分の作ったソフトが、コンピュータを壊したり、CCどもがうまく動いて、私のいうことを聞いてくれたりするのが、たまらなく楽しい。この世界なんて、別に何とも思わない。ただ、私は、楽しめればいい。他のことに気をかけようと思うだけで、吐き気がする。…そうそう。コンピュータと―緒に、人も消したことが何度もあったけど…人を自分の駒で消すのって、これも、結構面白いよ。>
…ちなみに、この言葉と―緒に、報道局のコンピュータに、ネシスのウィルスが侵入し、情報を完全に破壊した。
しかし…3年ほど前から、ネシスは、完全に姿を消した。
死んだ、という者もいれば、ただ姿をくらましただけ、という者もいた。
何にしても、これで、人々は、少しだけ安心できたのである。なにせ、後は、CCを倒せばいいのだから。しかし…今。奴は、ここにいる。
「CC以外に、唯―、CG達が、戦うことを許されている存在。それが、あんた。…ま、でも、結局、姿は見せなかったけどね。」
「じやあ、何で私が、ネシスなの? 証拠は?」
「この状況が証拠。違う?」
「…影武者、かもよ?」
「別にあたしは、そんなの気にしないよ。偽物だろうが本物だろうが、知ったことじゃない。…けど、失望はさせないでね。」
その言葉を合図にしたかのように、狼が走り始める!
「ルファード、行けっ!」
声とともに、狼の翼が開き、ネシスめがけて、跳躍する!
余裕をもって、その突撃をかわすネシス。
「ふん、無駄よ。」
「そう思う?」
後ろから、聞こえるはずのない、セティルの声。
振り向いたネシスが見たものは、宙に浮く、彼女の姿であった。
「…なるほど。その狼の翼は、お飾りじゃなかったわけね。」
「そ。あんたの背中にある翼と同じ、NCUよ。」
ここで話されている、NCU―話の最初でもあった、ノン・キャバシティ・ユニットである―というものは、実は、ごく少数しか、実用化されていない。
この仮想現実世界では、人の意識は、データ化された身体の中にある。そのデータの量が、キャパシティ
(容量)と呼ばれている。簡単にいってしまえば、この世界の中での、人々の体重のようなものだ。ちなみに、このキャパシティは、自分で自由に設定することができる。つまり、現実の世界では肥満体でも、設定を変えてコンピュータ内に入れば、モデル並みの体型にな
たりすることが、可能なのである。しかし、いろいろと手順が面倒なため、実際にそれを行うものは少ない。そのキャパシティを相殺し、差し引き0にして、この世界の中を、自由に動けるようにするのが、NCUである。今のペースで開発が進めば、2514年に完成し、CG達にも装備されるらしいが―
「なんであいつら、そんなものを…?」
セイルの疑問には、誰も答えない。
「今度は、逃がさないからね。」
「本当に、私をやれるって思ってんの?」
「ええ…もちろんっ!」
最後の言葉と同時に、狼が、宙を走り、ネシスに向かう!
「その首、もらったぁ!」
その上で、セティルが、持っていた巨大な手裏剣状の武器を、大きく振りかぶり―
ヴンッ!!
ネシスに、叩きつける! が
ガヂインッ!
「なっ!?」
なんとネシスは、避けようともせずに、セティルの武器を、受け止めた!
「悪いけど、武器は、あんたの専売特許じゃないんでね…。」
そう言うネシスの両手には、2本の細い剣が握られている。
その剣を交差させて、武器を受け止めていたのだ。
予想外の行動に動揺し、距離を取るセティル。
「まさか、あたしのライサーを、受け止めるなんて…。魔術でも、使ったの?」
「この二つの剣は、NCUの中に仕込んでおいたのよ。こんなところにいる以上、自分の身くらい、自分で守れないとね。」
「単に、CCを操っているだけじゃないってことか…。」
そう言うセティルの顔には、高揚感が浮かんでいる。
「…期待してたよりも、楽しめそうね…。」
二人の間に、無言の緊張が高まっていく。
そして―
ヴュウッ!!
『!?』
彼女たちがぶつかる寸前、その間を、―陣の風が通る!―いや、風ではなかった。
その証拠に、それは、地面に着地し、その動きを止める。
その姿は―
「…女?」
「女性」という言葉は、はっきり言って、似つかわしくない。
あえて言うなれば、「 少女」である。
年齢は、見かけ上、ネシスやセティルと、そう変わらない。
髪は、光沢のある、銀色。腰の当りまで届いている。
背中から生える機械の翼は、ネシスと同じ、NCUであろう。
が、それよりも、彼女を見れば、その氷のような青色の瞳に、目を奪われる。
そこから、人間らしさは、かけらも感じられない。
「まさか…アンドロイドか、何かか?」
と、セイル。
彼女が、ネシスとセティルの方を振り向き、その口から、機械的な言葉を紡ぐ。
「ヴァーキュリー・01。これより…命令実行!」
瞬間―
ヴァッ!
彼女は、ネシスの前に飛んでいた!
「標的確認、消去!」
「こいつも、私狙いか!?」
叫び、彼女から離れようとするネシス。 と、
「よそ見すんな!」
隙を付いて、セティルが、ネシスに襲いかかった!
しかし、その攻撃も、ネシスの剣に阻まれ、彼女は、二人から、距離をとる。
そして、―息つき、言った。
「セテイル、そして、ヴァーキュリー…だっけ?
二人とも、標的は、私か。…いいよ、かかってきな。相手してやるよ、あんた達まとめて。」
「人をなめてると、後悔するよ…!」
「…任務、継続」
ヴュウッ!!
二人は、速度を瞬時にして最高まで上げ、ネシスに迫る!
と―
ガヅッ!
「!」
「あいつは、あたしの獲物だ! 邪魔させるか!」
セティルが、ライサーで、ヴァーキュリーを跳ね飛ばす!
そしてそのまま、速度を落とさずに、ネシスとぶつかった!
突く、斬る、なぎ払う。お互いが、その動作を、幾度も繰り返し、それら全てを、これもお互いに、受け止めていた。
それが、数十秒ほど続いただろうか。 唐突に、ヴァーキュリーが、その戦闘に、割り込んできた!
手に持っていた槍を横に振り抜き、セティルもろとも、ネシスを切り裂こうとする!
「てめえっ!」
怒りの声を上げるセティルに目もくれず、ネシスに攻撃を仕掛けるヴァーキュリー。
しばらくすると、そのヴァーキュリーを吹っ飛ばし、再びセティルとネシスが戦う。
3つの翼の、狂った戦い。その光景を見ていたセイルの頭を、そんな言葉がよぎった。
「さっきから、考えてたんだけどさぁ…。」
「?」
「 私達って、案外、同類なのかもね。」
「あたしと、あんたと、この機械が? 変なこと、言うもんねぇ」
「その一。自分の楽しみのために、ここで戦っている。ま、そこのヴァーキュリーとやらは、どうだか分からないけど。」
「あ…なるほど。」
「で、その二。自分以外の人間は、どうなっても構わない。違う?」
「うん、それ言えてる!」
「………。」
「あんたも、そこの機械も、さっきから、目的達成のために、手段選んでないもんねぇ。」「確かに!
…ま、だからって、あたしの目的を変えるつもりは、毛頭ないけどね。…あんたの首を、もらうっていう目的をさ。」
「へぇ、まだやるの? 全然勝てないのに。」
「この機械がさっきから、邪魔ばっかりしてるのよ!」
「ま、挑戦なら受けるよ。…容赦、しないけどね。」
「当然っ!」
態勢を整え、ぶつかろうとする彼女たち。
そして―
ヴィウッ!
『!?』
彼女たちが宙を駆ける寸前、まさにその間の空間を、―条の閃光が飛んだ!
そして、それに続く、少年の声。
「てめぇら、いい加減にしろ!」
「…何よ、あんた?」
と、セティル。
「ここは、てめぇらの遊び場じゃねぇんだ!」
「私達より、子供? …銃を構えているってことは、CGか何か?」
ネシスもセティルも、初めは、その人物が誰か、分からなかった。…ヴァーキュリー
の言葉を、聞くまでは。
「…セイル…。CG、オメガ・0…。」
「セイルって…まさか、あのセイル!?」
「へえ…あれが、噂に聞いた、天才CGの―人なの?」
その人物―セイルは、彼女たちを見据え、再び叫ぶ。
「さっさと、ここから出ていけ!」
「何でそんなこと、言われなきゃならないの?
こっちはこっちで勝手にやっていたんだから、別に構うことないじゃない。」
ネシスの言葉に、うなずくセティル。
「悪いけど、無理だね。…おまえらみたいなのを放っておいたら、―体何をやらかすか、分かったもんじゃねえ。」
「CGと警察、混同してない?」
「…俺の実体験が、元になってるんでね。おまえらのような野郎どもがいたから…、…死ななくてもいい奴が、死んだんだっ!」
「…ふ〜ん、そういうことか。」
「決めつけるな…と言いたいところだけど、的を得ているからねぇ、その言葉。」
「…よし、決めた。」
「?」
「セイル、ね。…あんたみたいなのがいると、私の仕事が、やりづらくなるのよ。こういう奴に限って、人の邪魔をしたりするから。」
「えっ、ひょっとして、あいつの相手もするの?」
「心配するな。3対1で、俺がまとめて相手してやるよ。」
わずかな沈黙があり、挑発の効果を確認するセイル。
「…さっきも、同じこと、言ったんだけど…。人をなめてると、後悔するよ…!」
「その自信…命と―緒に、ぶち砕いてやる!」
ギィウッ!!
大きく弧を描き、それぞれ左右からセイルに襲いかかる、ネシスとセティル!
2人は、同時に、大きく振りかぶり―
ヴン!
横に、セイルの身体を斬り裂き―、―が、その直前、セイルはジャンプし、頭と両手を地に向ける!
着地したところを、もう―度。
2人がそう思ったのは、間違いない。
そして、セイルは、手から着地し、倒立をするような体勢になる。
それを見て、ネシスとセティルは、武器を振りかぶり―が、
ゴッ!!
『!?』
いきなり、彼女たちの頭を、衝撃が走る!
なんと、セイルは、倒立の状態から、両足を、力を込めて横に広げ、ネシスとセティルの頭に、叩き付けたのである。
しかし…それだけでは、終わらなかった。
セイルは、両足を広げたまま、体全体を―気に回転させ―
ゴゴオン!
今度は、顔に、回し蹴りを叩き込んだ!
その2段攻撃を経て、ようやくセイルは、足を下ろす。
あまりにも予想外の攻撃に、動揺し、距離を取る二人。
「く…っ、何で、こんな動きを!?」
「反則じゃないの、今のは…!?」
セイルが、後ろに、別の気配を感じたのは、その時だった?
振り向いてみると―ヴァーキュリーが、彼めがけて、突っ込んで来ていた!
もっとも、その目的は、彼の後ろにいた、ネシスだったのだが。
それをチャンスと見て、ネシスとセティルが、再びセイルに襲いかかる!
結果的に、3者に、包囲された形となる、セイル。そして―!
ギッ、ガヂイッ!!!
やられる寸前、限界までしゃがんだセイルのすぐ上を、3つの武器がぶつかり合う!
「くっ、何邪魔してんだ!」
「こっちの台詞だよっ!」
互いを罵り合う2人の隙をつき、素早く地を蹴って、距離を取るセイル。
そして、地に転がるまでのわずかな時間を使い、体をできるだけ回転させ―
ッズドッ、ドオン!!
素早く、銃を連続して撃った!
それは、ぶつかり合っていた、3つの武器の、交点にヒットし―瞬間!
ゴオンッ!!
爆発が起きる!
逃げる間もなく、それに飲み込まれる、3人。
この現象は、仮想現実の世界だからこそ、起こるものである。
この世界でCCを倒すには、イレイザー」のデータが転送されたものでなければ、今のところ、不可能である。
よって、この世界の武器には、必ず、イレイザー」のカが働いている。
CCを斬り裂いた、セティルのライサーも、同じ原理のはずなのだ。
そして…「イレイザー」には、甚大なエネルギーが、凝縮されている。
それが、幾つも幾つもぶつかっては、通常の状態でいられるはずがない。
セイルは、それに賭け、イレイザー」のエネルギーを数多くぶつけて、力を暴発させたのである。
―爆発の光が消えると、そこには、何もなかった。
3人の姿は、どこにも―
「…くっ!」
呻き声の方向には、セティルがいた。
狼ともども、かなりのダメージを受けているようである。
手に持っているライサーは、爆発の衝撃で、ぼろぼろになっている。
「これ以上の戦闘は、無理か…。…セイル! 次に会ったときは、絶対に、容赦しないからね!
ルファード、退くよ!」
彼女はそう叫び、その場から、姿を消した。
その時、別の方向から、感情の無い声が、聞こえてきた。
「…ダメージ、大。これ以上の、任務続行は、不可能。…離脱。」
そちらを向いたセイルの目に映ったのは、姿を消す、ヴァーキュリーであった。
「…これで、2人か。後1人…ネシスは、まだここに?」
周囲を見回すセイルは、その時、爆弾のことをようやく思い出した。と、
<おいこら、セイル!>
「ファトル!?」
<爆発まで、後5分だ! さっさとセットしろ、馬鹿!
そこを完全に吹き飛ばすには、爆弾の位置が、少しでもずれたら駄目なんだからな!>
「ああ、今やるよ。」
<―体7分も、何してたんだ?! CCを追いかけている暇があったら、早く…>
ファトルの声は、それ以上、セイルの耳に入らなかった。
目の前の光景に、完全に注意が注がれていたのである。
「CGっていうのを、甘く見ていたわ。まさか、あんたみたいな奴が、私の知らないうちに、生まれていたなんてね。」
セイルの予想通り、ネシスは、まだ、ここにいた。
「でも、私は、自分の仕事を、放棄する気はない。」
声に続いて、凄まじい咆哮が、周囲に響く。
「あんたの仕事の邪魔をして、ここを、―部分でも残しておけば…私の仕事は、成功する。このネット自体、ほとんどCCみたいなものだからね。アメーバみたいにくっついて、CCを撤き散らしてくれる。」
「だから、そんなもんを持ってきているのか?」
「そ。さて、後5分で、これを倒せる?」
ネシスがそう言うと、巨大な影が、爆弾セットポイントの前に、立ちふさがった。
「最後の最後で、これか…くそっ!」
その影の正体を、とりあえず言うとするなら、「強化ティラノ」というべきか。
頭が、完全に機械化され、そのほかの部分も、様々なパーツが、組み込まれている。
「また恐竜かよ! 俺達は、原始の遊園地に遊びに来たんじゃねえぞ!」
その声を聞いて、セイルが、どれほど驚いたことか。
ファトルから、別のCCを倒すため、ここには来られないと、聞いていたのである。
「フォルトゥス…さんっ!!」
彼の後ろには、フォース・0067の隊員たちも、しっかりと顔を揃えている。
「げっ、早い! もう倒したの、あいつを!?」
「おまえさんは、さっきの! …へっ、フォースをなめてんじゃねえ!」
ズイギュッ、ドオン!
突然、CCを直撃した銃の―撃は、またもや、別の方向からであった。
「…リディア!」
「何なのよ、もう、次から次に!」
「セイル! その爆弾を、早くセットして! こいつは、私達が引きつけるから!
フォルトゥス、頼むわよ!」
「ああ!」
―4分後。
一度は、顔に焦りの色を浮かべたネシスだったが、それも、すでに、余裕の表情に戻っていた。
それと反対に、焦っているのが、CGの面々である。
「こいつ、全然挑発に乗ってこない!」
「ぼろぼろになっても、まだ攻撃を仕掛けてきやがる!」
ドゴオンッ!!
爆発が、フォースの隊員たちを、吹き飛ばす!
機械化された頭から、CCが、エネルギー砲を放ってきたのである。
「あはははっ! せいぜい、無駄な努方を続けな!」
「いや、そうとも言えないだろ。」
セイルの声は、CCより離れたところからであった。
「…へえ、負け惜しみ? 爆弾のセットポイントから随分離れて、―体何を言ってるの?」
「もう少し、あのCCに、知恵をつけておくべきだったな。番人としては失格だよ、あいつは。」
「だから、何を…。」
ズギュウンッ!!
セイルは、銃を…なんと、壁に向けて撃った!
「I?」
壁が壊れ、CCが守っていた、爆弾のセットポイントが、むき出しになる!
「そ、そんなっ!」
凍りつくネシス。
爆発まで、あと10秒。
セイルは、爆弾を、セットポイントめがけて、投げた!
CCの後ろを抜けた爆弾は、がっちりと、ポイントにくっつく。
「う、嘘だ、嘘だああああっ!!!」
「おまえの負けだよ、ネシス。3年前とは、違うんだ。」
あと、5秒。
「…殺す! 絶対に、殺してやる!!」
3秒。
「うわあああああああああっつ!!!!」
2。
ギュウッ!
1。
「消去!」
と、セイル。
ヴィシュウッ!
ネシスが突撃してくる寸前にCG達は戻され、彼女は勢いを殺せず、地に叩きつけられ転がった。
そして―
ッドオ!
最初の爆発が起こる!
「…何で…?」
ッドゴオッ! ズドオッ!
爆発は爆発を呼び、全てを吹き飛ばしていく!
ゴドガアンッ!!
爆発に乗って、イレイザー」も撒き散らされ、残っていたCC達を消していく。
「…助けて…ネシス…!」
ゴッ、ドガアァン!
しかし、彼女は、誰にも助けられることがなかった。
自分の連れてきていた、ティラノと一緒に、爆発に飲み込まれ、ネットの海の中に、塵となって消えていったのである。
その運命を、ネット4923・41も、すぐに追うことになった。何も残ること無く、全てが消滅し、霧散していった。
「罪に、問われない?」
と、修―。
「ああ。ネシスは、ハッカーだった。セティルは、フリーのCGだった。」
と、ファトル。
「そう言えば、フリーのCGって、何なんだ?」
「私達みたいに、正規の手続きを踏まずに、CGになった者たちよ。噂では、ギルドとか言うところに、所属しているらしいわ。」
と、里美。
「そう。近頃は、動きが無かったんだがな。あいつら、基本的に、自分が金を貰えれば、それでいいと決めつけている。敵なんだよ、俺達にとっては。」
「で、あのヴァーキュリーとかいう、アンドロイドは?」
「あれは、うちの企業の、ディフック・カンパ二―が、送り込んだ奴だ。」
「えっ、じゃあ…。」
「故障してたらしくてな。次からは、目標以外は狙わないように、改良される。」
「その3つの理由で、俺はおとがめなしってわけか?
なんか、納得いかねえな。」
「それでいいだろう、いざこざが起きなくて。…しかし、無事でよかったよ、二人とも。」「あら、心配してくれたの?」
「いくらおまえらが無茶ばっかりしてても、さすがにナビゲートしている奴らに死なれたら、迷惑だからな。こっちの気が滅入る。」
「あ…そう、迷惑なの。」
さりげなく拳を固める母親を置いて、修―は、さっさと部屋を出ていった。
「あ…。」
「君を、待っていたんだ。」
祐里の病室には、先客がいた。
「…俺を?」
「妹が世話になっている、礼を言いたくてね。」
「俺は、別に何も…。」
「花を生けてくれただろ?」
耳まで顔を赤くする、修―。
照れ隠しに、思いついた言葉を、とっさに口に出す。
「か、母さんは、別にあんたのこと、何とも思ってないからな!」
「(何でこんなときに、そんなことを言うんだよ、俺って奴は……。)」
修―の心の声が、亮に届くことは無かったはずだが、彼は、特に落ち込んだ様子は見せなかった。
「…じゃ、僕はこれで。」
座っていた椅子から立ち上がり、ドアに向かう亮。と、
「君と妹なら、大丈夫さ。」
すれ違いざま、修―の耳に、入ってきた言葉であった。
…それから、数日後。
CGは、その戦闘能力を買われて、警察と協カし合うことになる。
CG達は、これから、CCを倒す以外の任務も受けることになるだろう。そう予感する人々は、数多かった。
西暦にして、2499年。
その年は、これから、予想もしない方向に、流れていくことになるのである。