
第1話 一始まりの仇討ち−
ウイン、という軽い音をたてて、自動ドアが横に滑る。
そこから、自分の家に入ってきた少年・・・矢島修−を迎える者は・・・
「・・・あれ?」
誰も、いない。周囲を見回しながら、台所へと入っていく修−。
「おかしいな・・・。いつもなら、もう、帰ってきてるはずなんだけど…。」
そう言いながら、台所の机に目を落とすと・・・
<仕事にいっています 里美>
「…やっぱり、まだ、帰ってないのか…。」
と、電話の着信音が、突然、鳴り響く。それを取る修−。
「はい、矢島…。…えっ、母さんが!? CCに…!? はい、すぐ行きます!」
同時に、修一は、家を飛び出していた。
西暦にして、2499年。 人類は、今、協力しあって、一つの敵と戦っていた。
敵の名は、CC−<サイバー・クリーチャー>。
30年ほど前に突然現れた、未知の コンピュータ・ウィルスである。
出現理由は、不明。今現在で分かっていることは、どこにでも突発的に発生すること
と、今までのコンピュータ・ワクチンが、全く通用しないということである。
人々は、始め、打つ手無しと半ば絶望していた。しかし、その状況の中で、直接コン
ピュータ内に入り込み、CCを消去するという、危険極まり無い方法を取るものが現れ始めた。
CC駆除の方法が、それ以外に見つからないことを知った企業や政府は、この行為一
通称<CC狩り>を、2475年に公認。徐々にこれが広まり始め、2482年、ついに、一つの職業一CG<サイバード・ガンナー>となったのである。
大急ぎで、とある病室に駆け込んだ修−が見たものは、ベッドで眠っている母親一矢島里美の姿だった。
「あなたが、矢島修一さんですか?」 里実の隣に座っていた、医者がいう。
「あ、はい。…あの、母さんは…。」
「精神に、5から6のダメージを負っています。命に別状はありませんが、絶対安静が必要です。」
「5から…6!?」
<オメガ>の階敬を持つ、CGのスペシャリストである里美が、それ程のダメージを受けているとは、修−は、信じがたかった。
精神に及ぼされるダメージには、1から10までの数値が付いている。
5から6と言うのは、精神の約半分を削り取られた、ということを意味する。
修−の 知る限り、里美がそれ程のダメージを受けたことは、一度もなかった。せいぜい、1か2がいいところである。
「いや、しかし、運がよかった。」
「えっ?」
「彼女のNC(ナビゲート・コンピュータ)によりますと、彼女とともに戦っていた、フオース1師団が、全滅したそうなのです。」
「!? フオース1師団っ!?」
フオースとは、簡学に言えば、CGの軍隊のことである。そして、1師団とは、約30人を意味している。
「(CGは、基本的に、一匹で出るから…。…また、えらく強い奴だな…。)」
「それでは、お大事に。」
医者が病室を出ていった後、修一は、里美のベッドの、すぐ近くにある椅子に腰掛けた。
「…こんなことに、なるなんて…。」
修−は、夜になるまで、里美を見守っていた。
病院を出た修一の足は、まっすぐ、とあるところへ向かっていた。
彼の家とは、正反対の方向である。
「…母さんを、よくも…。…この代償…、…高くつくぜっ!!」
そう叫んで、大きなビルの中へと入っていく修一。ホールを抜け、エレベーターを使い−
降りた階−20階では、彼を待っている者がいた。
「やっぱ、来たか。」
「…ファトル…。…無駄だぜ、止めても。」
「『リディア』が、おまえに伝言を残してた。…私が負けたら、おまえも負ける、だと。『リデイア』の二の舞になるぞ。」
「半年前の話だよ、それは。」
自分と見た感じはそう変わらない少年−ファトルを横手に、修−は奥へと進む。そこにあったのは、一つのカプセル。
「今の状況は?」
「フォルトゥス率いるフォース1師団が、ネット−10727・524で、例の奴と交戦中。…10人くらい、やられてる。」
「あの人の部隊が?」
「行くなら、早いほうがいいぜ。」 修−はうなづき、カプセルの中に入る。
そして、目をつぶり−
「…いいか?」
「ああ、頼む。」
「よし、精神転送、開始!」
ファトルのその言葉と同時に、カプセルの入口が閉じ、その中にいる修−の身体を、
一筋の光が撫でていく。その状態が続くこと、約十秒。
コンピュータのディスプレイに、修−が現れた。が、そこにいる彼は、全く感じが違っていた。
服装は、Gパンに黒シャツ、ジャケットというラフな服装になり、頭にヘッドギアを付け、さらに、その頭髪は、青色に変わっている。瞳の色も、緑色に変わり、一目見ただけで、彼をあの矢島修−だと分かる者は、ほと
んどいないだろう。
「それじゃあ、銃にデータを転送するぜ、『セイル』。」
「ああ。」
彼が右手に持つ銃に、光が集まっていく。
「頼むから、リディアの二の舞にはならないでくれよ。」
「分かってる。」
「信用できねえな…。おまえら、いつもいつも無茶するからなあ…。ナビゲートする
俺の身にもなってもらいたいぜ。」
言葉からも分かるように、彼−ファトルは、NCの一人(?)である。
ちなみに、先ほど修−の前に現れたのは、彼が立体映像の形を取ったものだ。
「なんで、こいつら二人のNCに、回されたのかねえ・・・?」
「愚痴はいいんだよ、愚痴は。早く<ダイブ>させてくれ。」
「分かったよ。…んじゃ、行くぜ!」
「っ!!」
「<タイブ>!!」
CG達は、彼のように、転送装置の置かれているビルのコンピュータから、CCの徘徊するコンピュータヘ飛び込んでいく。このことを、CG達は、<ダイブ>と呼んでいるのである。
修一−いや、『セイル』がダイブしてきたその場所は、すでに、随分とひどいものになっていた。
あちこちで、建造物が壊されていて、そのことは、コンピュータの情報が破壊されて
いることを意味する。
セイルが、周囲を見回した− その時だった。
シュン!
鋭い音とともに、奥にある建造物の間を、レーザーが飛ぶ!
「あそこかっ!」
セイルが、走っていくと− そこでは、フォース約20人とCCが戦っていた。
−いや…、CC一匹に、フォースが動弄されていた。
「うおおおおっ!!」
シュウン!!
レーザーの間を、驚異的なスピードで抜け−
バシュッ!
フォースの一人を、巨大な爪のある手で、切り裂いた!
声もあげず、その場に倒れる。…おそらく、もう、絶命しているだろう。
「フォルトゥスさんっ!」
「! セイル、か!?」
フォース・0067隊長、フォルトゥスのところへと、駆け寄っていくセイル。
「見てのとおりだよ。 まさか、この中を、これほどのスピードで動けるとは…。リ
ディアがやられたのも、うなずけるってもんだ。」
「知ってたんですか?」
「フオース内でも、大騒ぎだったぜ。…で、おまえ、勝てるか?」
「もう…<彼女の弟子>は、卒業ですよ。」
言葉使いなどから、察しているかもしれないが、このコンピュータ内では、全員、仮の名前を名乗っている。言うまでもなく、個人のプライバシー保護のためである。
セイルも、リディアを、母親の里美として見ることが、ようやく自分で止められるようになってきていた。
「少し、フォースの人達を、抑えといてください。…3分でいいですから。」
「3分、だな。よし。」
その言葉を確認したセイルは、建造物に取りついているCCに向かっていった!
1分、経過。
「何なんですか、あのガキは!?」
新人のフォース隊員が、フォルトゥスに抗議している。
「あんなガキ一人に、一体何ができると…。」
「『セイル』と、『リディア』の名を、聞いたことはあるか?」
「…それって、わずか2〜3年で<オメガ・0>と<オメガ>の階級に昇り詰めたという、超天才CGのことですか?」
「ああ、そうだ。よく知っているな。」
「随分話題になったじゃないですか。…あれ? 先ほど、隊長は確か、あいつのことを…。…!そんな、馬鹿な!」
「事実さ。そう、あいつが、<オメガ・0>こと、セイルなんだよ。」
「…あいつ、が…。」
「全く、俺なんざ、この仕事を始めてそろそろ10年になるっていうのに、まだ<ガンマ>なのによお…。」
このあたりで、CGの階級説明をしておいたほうがいいだろう。
階級は、<アルファ><ベータ><ガンマ><オメガ>の四つがあり、それぞれが3
段階に分かれている。
<オメガ>を例に取ると、<オメガ><オメガ・0><オメガ・
00 <ダブルゼロ)>となり、前者ほど階級が高い。新米は<アルファ・00>から始まり、一般兵で<ベータ>もしくは<ベータ・0>
で、ベテランや、フォルトゥスのようなフォースの隊長は、<ガンマ>となる。
現在、<オメガ>の全ての段階を合わせても、そこに属する者は、20人もいない。まして、<オメガ>となると、一ケタとなってしまう。
<オメガ>になるには、10年以上CGを続け、その上で、五千人に一人いるかいないか…。いつからか、そんな噂が流れていた。
2分、経過。
「くそおっ! まだスピードが上がるってのか!?」
と、セイル。
縦横無尽に周囲を飛び回り、引っ切り無しに彼に襲いかかってくる、獣型のCC。
一瞬でも隙を見せれば、彼の身体は、無残に切り裂かれてしまうだろう。
「どうりで…リディアがやられるわけだ!」
ヴュッ!
爪が、空を切る。
「ぐっ!」
息を整え、その場に立ち上がり、考えを巡らせるセイル。
「く…どうすればいい…!?…どうすれば…!?)」
ヴン!
再び、CCの爪が唸る。
間一髪、それを避けるセイル。
「(このままじゃ…、こっちが先に動けなくなる…っ!)」
ヴンッ!
「(…なんとか、動きを止められれば…!)」
そう考えて、ふと、彼の脳裏に、一つの思いが浮かんだ。
「(…こいつ…、どうしてここまで、動き続けるんだ…?)」
ヴュンッ!!
「(…もしかしたら…!)」
これで何度めになるか、またもや襲いかかってくるCC!
それを、またぎりぎりで避けるセイル。 そして−
「っ!!」
ゴッ!
なんと、CCを殴りつけた!
対してカを入れていない攻撃のはずなのに、軽く吹っ飛ぶCC。
「ビンゴ!」
動き続ける利点は、攻撃が当たらないこと。今までの行動でも、奴は、常にヒット&
アウェイを繰り返していた。 そうまでして、攻撃を避ける理由。
セイルは、それを、防御の弱さと仮定して、賭け
に出たのである。
ちなみに、いままでのCCにこのようなことをしても、ほとんど効果はなく、報復を受けるのが常である。
CCがようやく立ち直り始めたとき、…その命運は、完全に尽きた。
「消去!」
ヴィシュウッ! ッズバアン!!
セイルの銃の光は、CCを、完全に消し飛ばしていた。
−一日後。 里美が、意識をようやく取り戻した。
「…う…、ここは…?」
「病院だよ。」
「修一…。…そうか、母さん…CCにやられて…。」
「でも、無事でよかった。」
ベッドから身を起こす里美。
「ところで、修一…。」
「何?」
「ご苦労様、CC退治。」
「な…っ!」
眠っていたはずの彼女が、修一に、自分を襲ったCCがやられたことを知っているはずがない。
修一は、神でも見るかのような表情で、
「…どうして、そのことを…。」
「…やっぱり、ね。」
「へ?」
「あんたのことだから、と思って、ちょっとカマかけてみたけど…。」
瞬間、修一は、自分が、見事に母親の誘導尋問に引っ掛かったことを悟った。
「…ま、いいわ。とりあえず、ご苦労様。」
「……。」
「詳しい話、後で聞くわよ。さ、帰りましょう。」
「…うん。」
心の中で、修一は、まだまだ彼女に勝てないことを、改めて実感していた。