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cross第五章
『ジークフリート! (後編)』
戦闘が始まると、僕はミスティの必死の要望もあり、僕は精霊弓『シャーウッド』を用いての参戦となった。
弓が飛び交う中、シャーウッドを構える。
弓は余り使った事がないので、狙いがなかなか定まらない。
それを、自らも弓を射掛けながらミスティがもどかしげに非難する。
スナイパークラスの腕を持つミスティからしてみれば、シャーウッドの実力をほとんど生かせていない
僕の弓が気になって仕方ないのだろう。
「ゼフさん、何やってるんですか!?」
この台詞を聞くのはもう何回目になるだろう、だんだんとイライラして来た。
「えぇい、やめたぁ! こっちの方が手っ取り早い!」
弓を後ろに放り投げて魔術式を組み上げる。
無数の火の玉がドレイク艦隊めがけて飛んでいく。
「ほぅ、弓の腕はともかくとしてたいした魔力だな。流石は勇者、と言ったところか。」
後ろでこちらもやはり弓を射掛けながらジークフリート。
「ゼフさぁん、シャーウッドはどうするんですかぁ?」
僕の背後でシャーウッドをスライディングキャッチしたままの状態でミスティが訴える。
「いりません! 何だったらミスティが使ったらどうですか!? どうせミスティの方が弓は得意なんですし!!」
先ほどから言いたい放題言われて少々気が立っていたため、半ばやけになっていた。
「あうぅ、ごめんなさい。謝りますから、そんな怒らないで下さい〜。」
「いいじゃねぇか、使っちまいなよ? あんたが使った方が絶対に役に立つと思うぜ!」
他人に言われると少々腹が立つが、この際そんな事を言ってもいられない。
「…解りました。それじゃあ、精霊弓、使わせてもらいます!」
そう言ってミスティが精霊弓を構える。
何だかんだ言っても、精霊弓は弓を使う者の憧れなのだ。
護人だったとは言え、ミスティにだって使ってみたいと言う気持ちがあってしかるべきだろう。
シュゴォー!! ドォ!! ズドォォ!!
途中、ググッと何かに押されるように減速した後、爆音と共に急激な加速を見せてドレイク艦隊めがけて飛んでいく。
まさに精霊弓、凄まじい威力だ。
「おぉぉ! 流石は精霊弓! こりゃすげえ!!」
ジークフリート以下、近くにいた船員たちから歓声が上がる。
何か立場が無い……。
「さあ、まだ戦闘は終わってませんよ!」
こうして多少の被害は出たものの、僕の魔術とミスティの弓によってどうにか残り一隻を残すのみとなった。
(ベルは出番無し)
もちろん、その残り一隻と言うのは……。
「残るは、あの黒いのだけだな。しかし、あれは厄介だな。
あれじゃ、下手に近づくと体当たりされただけで粉々だ。
しかも縁が高くて弓も魔術もあたらねぇと来てる。」
そう、あの黒い金属でできた船、恐らくは古代人の遺産か何かなのだろう。
金属製の筒が何本となく伸びている。
何の金属でできているのかは知らないが、僕の魔術も、ミスティの精霊弓ですら歯が立たなかった。
「おう、ジークフリート、ずいぶんと好き勝手やってくれたじゃねえか?
だが、このクロガネはそう簡単にゃあ落とせねえぜ!」
どうやら何らかの装置を使って声を拡大しているのだろう、ドレイクの声が響く。
と、それに続いてクロガネから一匹のドレイク(竜)が現れた。
全長約20メートル、緑の鱗が煌き、ゆっくりとした動きで巨体が舞い上がる。
ドレイクは、正式にはワイバーンと言うのだが、このドレイク海賊団にいるワイバーンが余りに有名になり、
その結果、海生のワイバーンを特にドレイクと呼ぶようになったと言われる。
それ程に、このドレイクという竜は格別なのだ。
ドレイクが二、三度羽ばたいた後、急降下をかけてきた。
側を掠めただけだが、その突風にあおられ船が大きく揺れる。
「うわぁ!」
「きゃあ!」
「うおぉ!」
ドボォン!
そこいらで悲鳴が上がる。
「大変だ! あの嬢ちゃんが落っこちたぞ!!」
船員の一人が叫んだ。この船に嬢ちゃんと呼ばれるのは二人しかいない。
そしてミスティは僕の隣にいる。
となると残るはただ一人!
「ミスティ! 後は頼みますよ!!」
とっさに海に飛び込む。意思とかそう言った物より先に体が動いた。
5m、10m、どれくらい潜っただろうか。
焦りから1分が1時間にも2時間にも感じられる。
…いた!
ベルが海底に倒れているのが見えた。
すぐ側は崖のように更に下に続いている。恐るべき強運だと言えるだろう。
魔術式を組み上げ、ベルと僕が入れる程の大きさの気泡を作る。
「まずいな……。」
どうやら水を飲んだらしい。意識も無い。
飛び込んでからどれ位だろう、上まで上っている暇は無い。
とにかく急がないと!
ふと、手を止める。
「……そんな事、気にしてる場合じゃないか。」
その頃海上ではドレイク竜を相手にミスティらの奮戦が続いていた。
ジークフリートの天才的な操舵術でその攻撃を何とかしのぎ、ミスティの的確な射撃がドレイク竜を襲う。
しかし、そんな事は全くお構いなしに、その翼が、炎が、マストをへし折り、甲板を燃やす。
船員が消火に、応戦にと右往左往している。
「ちくしょう、あいつら何してやがんだ…。さっさと戻って来い、置いてくぞ。」
ジークが苦々しくつぶやいた。
……どれ位の時間が経っただろう、上ではまだ戦闘が続いている。
そっちも気がかりだ。
「ゴホォッ、ゲホッ、ガハッ」
ベルが息を吹き返した。
「ケホッ、ケホッ、ぅう〜気持ち悪い…、…ここは?」
「気が付きましたか? ここは海の底。船から落ちたんですよ。」
「ゼフ? あぁ、助けてくれたんだ……。」
「ん、まぁ、そういう事になりますか。ともかく、早く上に戻りますよ。
皆さん心配してますし。」
「…ねぇ、私、泳げないんだけど。」
しまった、そこまで考えてなかった。
「…わかりました。それじゃあ、思いっきり息を吸い込んだら目をつぶって掴まってて下さい。
そのまま上まで上がりますから。」
「そんな、無理よ!」
「他に方法が無いんです! 時間も無いんですから、我慢してください!!」
「…わかったわ。じゃあ、任せるからね?」
「はい。」
ベルが大きく息を吸う。
「いきますよ?」
ベルが頬を膨らませ頷く。
ボワンッ と周りを包んでいた泡が割れる。
全身に水圧を感じながら一気に海面を目指す。
…ボコンッ
何だろう、下から多量の泡が吹き出してきた。
(!? この臭いは! …いけるかもしれない!!)
とにかく今は上に上がるのが先決だ。
隣を見るとベルも苦しそうにしていた。
急激な水圧の変化に耐えながら一気に浮上する。
あと5m……3m…1m…
「ぷはぁっ!」
船から縄梯子が降ろされ、それを伝って船内に上がる。
急浮上したもんだから、目や耳が痛い。
ベルはもうぐったりしていた。
かなり疲れているが、そうも言っていられない。
「はぁ、はぁ、ふぅ…。ジークフリート、状況は?」
「芳しくねえな……。あのドレイクにメインマストを一本たたき折られちまった。
さっきから弓で応戦してるんだが、いかせん鱗が硬くてな。
四、五本の矢が刺さった程度で致命傷とまではいかねえ。」
「そうですか。ところで、クロガネのほうはどうですか?」
「向こうは時々矢を掛けてくる程度で、そんなに気にする必要もねぇ。
恐らくはドレイクに任せるつもりなんだろうな。」
「つまり、クロガネは動いてないって事ですね?」
「ああ、だがそれがどうした?」
…いける!
「ちょっといいですか、今ここに……。」
「……本気か? 下手すりゃ俺たちまでお陀仏だぜ!?」
「しかし、向こうは不沈艦、しかもドレイクというおまけ付きです。
このままでは、この船が沈むのも時間の問題でしょう。」
「……わかった。この船の運命、あんたに預けるぜ!」
ジークフリードの一喝が響き渡る。
「全艦全速で戦域を離脱! 伝達急げ!!」
「逃げるんですかい!? こんだけやられて?」
船員の一人が不満顔で尋ねてきた。
「心配すんな、逃げやしねえよ。 まあ見てなっ!
あのクロガネとやらに一泡吹かせてやるよ!!」
当初二十数隻あった船も、もはや数える程しかない。
残った船も、もはや満身創痍の状態だ。
かく言うこの船もメインマストの一本が折られている。
船足が落ちているのが気がかりだ。
クロガネが追いかけてきたらそこで終わりだ。
…速く! 速く!! 速く!!!
気ばかりが急ぐ。
ドレイクの攻撃を防ぎながら、じりじりとその時が来るのを待つ。
「……今だ!!」
渾身の力を込め、残り全ての力を注ぎ込んだ魔術を放つ。
ズズ
ズズズズズズズズズズズ……地響きが波を起こし、船体を大きく揺する。
「はっはっはっはっ、この程度の波で、この船は沈まんぞ!」
ドレイクの声が響く。
そして、次第に波も弱まってきた。
「ちょっと、もしかして失敗!?」
「まぁ、見てて下さい。」
ボコッ、ボコボコボコボコ……
クロガネ周辺に多量の泡が発生しだした。
と、クロガネが、泡に飲まれて沈み始めた。
「何? 何なの? あれ、何がどうなってんのよ!?」
「メタンハイドレート……、ベルを助けた時に見つけたんです。」
「何よそれ? もっと解り易く説明しなさいよ!」
「お嬢ちゃん、悪いが話は後だ。まず先に、こっちの仕事があるんでな。」
ジークフリートが割り込んでくる。そして大きく息を吸い込む。
「ドレイクに告ぐ! お前達の負けだ!! その船はもう助からん!
おとなしく降伏しろ! そうすりゃ命だけは助けてやる!!」
ジークフリートの声が大気を震わせる。船員たちの間から、ざわめきが起こる。
「船長、まさかあいつらを助けるつもりですか!?
あいつら、俺たちの仲間の命を奪ったんですよ!」
「そんな事解ってるさ、しかし、先に仕掛けたのはこっちだろ?
それに、ドレイクの首を持って行かん事には報奨金は出ないぜ。」
「ですが、しかし……。」
「しかし、何だ? お前もわからん奴だな、俺は無駄な命を奪う趣味は無いんだよ。」
「……わかりやした。俺たちゃ、そんな船長に付いて来たんだ。
悪かったよ、かっとなっちまって…。船長がそう言うんならそれでもいいさ。
しかし、どうやって助けるんですかい?」
「なかなかいい質問だな、これを使うんだよ。」
そう言って一つの石を取り出した。
「それは! いいんですかい!? そんな高価なもん使っちまって!」
「他に方法が無いんだ。やむを得んさ。」
「何? 何なの? それ。」
と、こちらはベル。
「これは、マックスウェルの魔石。この前遺跡で見つけた、取って置きだ。
持ってるだけで物を自由に動かせるって代物だ。
船はともかく、乗組員位ならなんとかなるだろ。」
--魔石-- 古代人の残した遺産の一つ。
いくつかの種類があり、それぞれ使い捨てではあるものの、驚異的な力を持つ。
中には神界の盟主、オーディンの力をも凌駕すると言われるほどの力を持つ魔石もあると言う。
それをこんなにも簡単に使ってしまおうとは……。
「さぁ、こちらの了解も得た事だし、あっちもお待ちかねだ。さっさと始めようか!」
そう言ってジークフリートは魔石をぎゅっと握り締める。
うわあぁぁぁぁ!
クロガネの方で驚きの声があがるのが聞こえる。
そりゃまあいきなり体が浮けば無理も無いか。
「おおおおおおおおおおおお!!!!」
ジークフリートが気合の雄たけびと共に握り締めた拳をこちらに引き寄せる。
ドレイクの一味がこちらに飛んでくる。
ズドォォ!!
無事に連中がこちらに到着した。
もっとも、皆驚きと恐怖に顔を引きつらせていたが。
「ふぅぅ、持ってるだけでいいと聞いてたんだが、やたらと疲れるな…。
まぁ、そんな事はいいとしてだ、ドレイクってのはどいつだい?」
手を広げると粉と成り果てた魔石が散った。
「…私だよ。」
「は?」
そう名乗ったのはゴツイ体の老人。
…の、隣にいた女性だった。
よく日に焼けた健康そうな肌に、黒い髪、切れ長の眼が印象的だ。
一見すると、どこかの漁師の娘と言った感じだ。
「冗談はいけないな、こっちは真面目に聞いてるんだ。
脅されてるのかい? だったら、もう助かったんだからそんな事しなくていいんだぜ?]
「違う! 本当に私がドレイクだ!」
彼女の目には嘘は見えなかった。
「……本当にそうなのか? しかし、ドレイクはもう相当な歳のはずだが?」
「じいさんは…、死んだよ。」
なるほど、そういう事か。
声が違うのは、多分変声機か何かを使っていたのだろう。
「そういう事か……。しかし、こいつは参ったな。
こんな嬢ちゃんがドレイクだなんて信じちゃもらえんだろうしなぁ。」
そう言ったジークフリートは、然程困ったと言う顔をしていなかった。
「もう行っちまうのかい?」
「すみませんが、まだやる事がありますので。」
「そうか? まぁ、いつでも来てくれ、俺たちでよけりゃ、いつでも力になってやるよ。」
「それは助かります。ところで、ドレイクの方ですが、本当にあれでよかったんですか?」
「なに、リベンジなら何時でも受けてやるよ!」
「いや、ドレイクの方がですよ。女海賊と言っても、女性一人と言うのは……。」
「なんだ、そんな事か、それなら問題ねぇよ。ちゃんと再就職先も手当てしといたからな。」
「そうですか、それは良かった。」
「だから、あんた達も安心して旅を続けな!」
「はい、それではこれで……。」
「おっと、そうだ。ちょっちゼフ、これは俺からの餞別だ。」
そう言って、ニヤニヤしながら何かを握らせた。
「ちょっと、これって……。」
「いいからいいから、その内必要になるだろ? 見てりゃ解るよ。」
「何? 何もらったの?」
ベルとミスティが隣から覗き込んでくる。
「な、何でもありませんよ! さ、急ぎましょう!!」
急いで隠す。
これは……ねぇ。
「?」
二人が頭の上にクウェスチョンマークを浮かべる。
「では、これにて!」
「あ、ちょっと待ちなさいよ!」
「さよ〜なら〜。」
こうして僕たちはそそくさとその場を離れていったのだった。
「ねぇ、何貰ったのよ?」
「何でもありませんって!」
うぅ、これはさすがに見せられないよなぁ〜……。
第五章『ジークフリート! (後編)』完
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