sleipnir presents
cross第六章
『St’ DRAGON!』
カイエンの街を出て数日後、何事も無く次の村に辿り着いた。
『神聖龍の背』のふもとにある小さな村『トト村』。
ここには神属崇拝の拠点とされ、毎年多くの巡礼者が訪れ、
景観も見事なもので小さいながらも観光地としてなかなか活気のある村である。
「おおおおおおおおおおお!」
突如、右隣の丘、と言うより高さは無いが、ほとんど崖に近い急斜面から
人が転がり落ちてきた。
「うわああ!」
ズドーン
突然の出来事に対応できず、三人+一人はボーリングよろしく吹き飛んだ。
「あたたたたた…、いったい何事よ?」
近くでさっきの人が立ち上がる。
「あいたたた、どうもスイマセン。薬草探しに夢中になっておりましたら、ついつい…。」
ええっ?
その顔は見覚えのあるものだった。
そして、向こうもこちらに気付くと、そのひげと眉毛に覆われてほとんど見えない顔で、
精一杯驚きを表現している。
「おお! 殿下! 殿下ではございませんか!」
「ロウウェル? ロウウェルか! 生きていたのか!」
「ほっほっほっ不肖ロウウェル、そう簡単には死にはしませぬぞ!」
(……でんか?)
「ねえ、その人、ロウウェルさんだっけ? ゼフの知り合いか何かなの?」
「はじめまして、ロウウェルと申します。私、マーブモガ? モゴゴゴ……。」
「ああ、すいません、ちょっと話があるので……。」
とか言いつつ、ロウウェルを連れ、後ろ向きに10m程猛ダッシュ!
「カクカクシカジカ、コレコレウマウマ(?)……。」
「なんと、そうでしたか、殿下…いや、ゼフ殿も苦労なさったのですね。」
「じゃあそういうことだからよろしく頼むよ?」
「わかりました。そういうことでしたらお任せください!
見事役目を果たして見せましょうぞ!」
「ねえ、何話してるのよ?」
「ああ、すいません、もう終わりましたから。」
「で? 結局この人は誰なの?」
「あぁ、えっと、ベルに会う前に一度お世話になった人で、ロウウェルって言うんです。」
「ロウウェルと申します。薬の行商などしておりまして、以前からゼフ殿とは交流がございました。
以後お見知り置きを。」
「ふーん?」
あ、何か疑ってる。まぁ仕方ないか、むしろこの状況で疑わない方がおかしいし。
「ところで、ゼフ殿の話ではお嬢さんは勇者になりたいそうですね。
今、都でこんな噂があるのですが……。」
「何々?」
「実はですね、近々エアリアルグラウンドとノーブルガーデンとで戦争が始まるとか…。
何でも理由は魔族が滅び、神族が今度は人間を滅ぼして三界の覇者とならんともくろんでいると……。」
「いいわね、それ! 名を残すにはもってこいじゃない!」
「ただ、それはもう少し先の話になりますのでこういうのはどうでしょう?」
「何?」
「この神聖龍の背のどこかに神界を守る神聖龍(セイントドラゴン)がいるといわれています。
それを倒せばこの先の大戦のためにもなりますし、何よりドラゴン退治の勇者ですぞ!」
「それいいわね! やりましょ! さぁ、そうと決まれば早速出発よ!」
…よし、かかった!
「ちょっと待ってください! セイントドラゴンがどんなものか知ってていってるんですか?
とても人の手で太刀打ちできるような相手じゃありませんよ?」
「なぁに? ミスティ、私に口答えする気?」
「い、いえ、そういうつもりじゃないんですけど……でも……。」
「でも、なぁに?」
ベルが微笑む。今にも目からレーザーでも出しそうな凄みのある顔で……。
「いえ、あの、あたし、まだ死にたくないですぅ……。」
そう言うとミスティは泣き出してしまった。あぁあ、ベルも人が悪い。
「あぁ、もう、泣かないでよ! 別にミスティに付いて来いなんて言ってないでしょ?
元々勝手に付いて来ただけなんだし。」
「え? あ、じゃ、じゃあ、あたしここに残らせてもらいます。」
よし、ナイス!
心の中でベルに喝采を贈る。
「さぁ、それじゃあ出発しましょうか!」
「あら、ゼフ、今回はやけに乗り気じゃない? やっと勇者の自覚が出てきたのかしら?」
「まぁそんな所ですかね。」
心にも無い事をさらりと言う。
「あ、ベルさん、ちょっと……。」
「?」
ベルとミスティが何やら秘密会議をはじめた。
「………で、……だから……を………。」
「何の話だったんですか?」
「別に〜、シャーウッドを捨てたりしないでってさ。」
こうして僕とベル、そしてロウウェルの三人は神聖龍の背に向かい出発したのだった。
―数日後―
岩肌が剥き出しになった、傾斜の急な山道を歩き続けていた。
どこまでも同じような風景がつながり、違いと言えば、もう少し上の方に万年雪が積もっているくらい。
冷たく、薄い空気が、体力を奪い、吐く息も白く輝く。
「セイントドラゴンはどこにいるのよ!?」
さすがに疲れの色が見え、やつ当たり気味にわめき散らすベルをなだめながら、ロウウェルが言った。
「さすがにこの山の中を探すのは骨が折れますし、どうでしょう?
分かれて探してみるというのは?
三人とも腕は立ちますし 多少の事なら自分たちで何とか出来るでしょう。
見つけたらお互い連絡を取ると言う事で。」
「そうね、じゃあそうしましょうか。でもゼフ、抜け駆けは許さないわよ?」
「はいはい。」
そう言ってお互い別の方向に向かって歩き出す。
―そのまた数時間後―
「本当にこれでよかったのですか?
あのお嬢さんがた、どちらもなかなかの腕と見受けましたが。」
あの後合流したロウウェルが尋ねる。
「ああ、これはあくまで僕たちだけの問題だ。
いくら腕が立つといっても関係の無い人間を巻き込む訳にはいかないよ。」
「はぁ、まぁそれはそうですが……。」
「僕だけでは心許無いと?」
「いえ、滅相もございません。決してそういう訳ではありませんが……、
……まだ封印の方が……。」
声のトーンを落とし、ロウウェル。
「大丈夫だよ、封印されていても今の僕にはかなりの力がある。それに……。」
聖剣『エクスカリバー』。今の僕にはこれがある。
本気で使った事は無いが、それでもこの力は信頼に値する。
「ただ、一つだけ心配なのは、ベルがドラゴン探しを諦めて下山するかって事だな。
あの性格からして見つけるまで降りそうにないからなぁ。」
「まぁ大丈夫でしょう。この山には特に注意するような魔獣はいませんし、
食料が尽きればいくらなんでも下山せざるを得ないでしょう。」
「だといいんだけど……。
ともかく、いつまでもおしゃべりしている訳にもいかないし、急ごうか。」
「そうですな。」
そう言って進路を北に、ノーブルガーデンに取ると、影が差した。
「吹雪くかな?」
「山の天気は変わりやすいと言いますし、急いだ方がよろしいですな。」
いや、これは…!?
「!! 避けろ!」
ズドォオオオオーーーーーン
さっきまで僕たちのいた所には、降り積もる万年雪を蒸発させ、岩を溶かし、
燃え盛る炎の海が広がっていた。
「
フンッ、この山を越えようとは、なかなか度胸のある奴だ。しかし、神聖龍の名に賭けてこの山は越えさせん!!
」その奥から体長5,6m程の銀色のドラゴンが現れた。
ドラゴンは大きいものでは30mを超えるものもあり、そういった事から考えると、決して大型とは言えない。
しかし、ドラゴンの強さと大きさは、決して比例するものではない。
「セ、セイントドラゴン!!!? 馬鹿な…、ただの伝説じゃなかったのか!?」
目の前にドラゴンが立ちはだかる。
起きた事をいつまでも否定していても仕方ない。
僕は思考を切り替える事にした。
セイントドラゴンの体は、強靭で、かつしなやかな筋肉と、強化ミスリル銀をも凌ぐ
頑強な骨と鱗の二重骨格構造を持ち、鋭い牙と爪は天空の剣に例えられるほど、
その尾の一振りは大地を砕き、龍の炎は天を焦がす。
まさに移動要塞。全身が武器と防具の塊である。
以前ドレイクと言うワイバーンと戦ったが、セイントドラゴンに比べれば
大きなトカゲに翼の生えた程度にしか思えない。
そう簡単には通れそうに無いな……。
それに、戦闘となれば、騒ぎを聞きつけてベルがやって来かねない。
「殿下、ここは私にお任せを。殿下は先へお進み下さい!」
「しかし、相手はセイントドラゴン。そう簡単に勝てる相手じゃないぞ?」
「なに、勝つ必要はございません。
要は殿下が先に進むまでの時間を稼げばよいのですから。」
「死ぬつもりか? そんなことは許さないからな!」
「いえいえ、死ぬつもりは毛頭ございませんよ。事逃げ切って見せましょう。
ですから、殿下は早く先へお進み下さい!」
「しかし……。」
「
殿下! 人にはそれぞれ役割というものがございます。そして殿下の役割は、このような所でドラゴン退治をする事ではございますまい?
どうか、御自分の役割を立派に果たして下さいませ!」
「……解った。死ぬなよ?」
「もちろんでございます。」
そう言って走り出した僕を、当然セイントドラゴンは阻もうとする。
が、
ズドォォ! ドドドドドドォォォォ!!
「あなたのお相手は私です。殿下には指一本触れさせはしませんぞ!」
ロウウェルの魔術が炸裂する。
「
おのれ、小賢しい真似を。ならば望み通り、貴様から潰してくれる!」こうして僕は、ドラゴンとロウウェルの戦いを尻目に神界を目指し走るのだった。
ロウウェルの魔術はすさまじい猛攻を見せていた。
しかし、怒れるドラゴンの力はそれを超えて余りあるものだった。
時間とともにロウウェルには疲労の色が見えてきたが、ドラゴンの方にはそれが微塵も見えなかった。
そして、永遠に続くかとも思われた戦闘に、とうとう終止符が打たれようとしていた。
「
年寄り風情が、良くここまで持ちこたえたものよ。せめてもの敬意を表し、全力で止めをしてくれよう!
」ドラゴンが持つ最大最強の武器、ファイアブレス。
今まさに、その炎をもってロウウェルに止めを刺さんとしているところへ
豪速の矢の雨が降り注いだ!
「
ぬおお! 何者だ!?」ドラゴンの体に無数の矢が降り注ぐ。
その硬い鱗を貫くなどと言うのは、並大抵の技能ではない。
「大丈夫ですか!?」
そう言って姿を現したのはミスティだった。
「あら、ゼフはどうしたの?」
続いてベルが姿を見せる。
「お嬢さんがた! どうしてここに!?」
「何でって、あなた、ダイコンなんだもん。あれじゃあ何か隠してるのがバレバレよ。」
「気付いたのはあたしですけど。」
ビシィッ とベルがミスティに視線を投げかけて黙らせる。
「ほっほっほっ、これは手厳しい。しかし、本当によろしいのですかな?
相手はドラゴン、命の保証はございませんよ?」
「もちろん負ける気なんて無いわよ!」
「ここまで来て置いてけぼりはゴメンです!」
ロウウェルは、やれやれと言った顔をして、
「それでは準備はよろしいですかな?」
そう言って再びセイントドラゴンと対峙する。
3人は一躍、ドラゴンを取り囲むようにして構えた。
……どれ位走っただろうか。
足場が悪く、空気も薄いという悪条件の中、ひたすらに走り続け、ようやくノーブルガーデンが見えてきた。
そこは、その名に相応しい緑の草原が広がっていた。
が、その前には、目には見えないが強力な結界が張られているのが判った。
しばし考えた後、エクスカリバーを媒介にして、魔術式を組み上げる。
「オオオォォォ!!!」
気合一声、全力で結界に切りかかる。
ドッゴォォォォ〜ン
ドラゴンとの戦闘の最中、山のふもと、ノーブルガーデンの方角から
爆音と共に巨大な黒い煙が上がった。
「
おのれ、もう着いたのかっ!」ドラゴンが忌々しげにそう言うとその煙の方へと飛び立とうとする。
しかし、
「行かせはしませんぞ!」
ロウウェルの魔術が炸裂する。
続いて背後からベルのハンマーが唸りを上げる。
ドラゴンの鱗がベコリと沈むが、構わずベルを叩き落とそうとする。
すると今度はミスティの矢が飛来する。矢がドラゴンの体に降り注ぐ。
その隙にベルが間合いを取る。
一見簡単そうに見える動きだが、ドラゴンに接近戦を仕掛けるなどと言うのは、
自殺行為に等しい事なのだ。
ドラゴンへの一撃、それを援護する弓・魔術。
相当の腕と信頼が無ければ出来る芸当ではない。
下手をすれば、仲間をも串刺しにしてしまいかねないのだから。
もうもうと立ち込める煙の中、あちこちを焦がしたゼフが立っていた。
「くそ…、なんて結界だ!」
結界を打ち破るのに失敗した訳ではない。
打ち破った瞬間、結界が爆発を起こしたのだ。
どんな強力な結界であっても、空気の通りが無ければ中の者が窒息死してしまう。
それでは意味が無い。
しかし空気を通るようにすると、必然的に結界の能力は低下する。
それならば、と結界が破られると爆発を起こす仕掛けをしてあったのだ。
これにより、侵入者に対し不意打ちの一撃を食らわせると共に、爆音と煙が侵入者を知らせる。
そう言った仕組みだろう。まんまと罠にはまったわけだ。
と、一人分析していると、結界が再生を始めた。
急いで中に入る。
見つからずに忍び込む予定だったが、あの爆発で誰も気付かないと言う事は有得ないだろう。
追っ手が来る前に、早くこの場を離れた方が良い。
…が、どうやらもう手遅れのようだ。
空の向こうから、鈍い金属光沢を煌かせた一団が近づいて来るのが見えた。
羽付き兜! ヴァルキリーの一団だ。
近づいたヴァルキリー隊(数は十人程)の中から、隊長らしき人物が前に出た。
「我はヴァルキリーのスクルド! 何故無断でノーブルガーデンに踏み入った?
返答次第ではただでは返さんぞ!」
「……………。」
じっと俯き、沈黙を守る。傍目にはそう見える筈だ。
「ふっ、それが答えか!」
スクルド率いるヴァルキリー隊は手馴れた動きで包囲網を完成させると
包囲網を狭めながら、じりじりと突撃の瞬間を見定めようとしている。
「
ぃっけぇぇぇ!」スクルドの号令一下、ヴァルキリーはよく訓練された動きで、
十人が、誰一人ぶつかることなく突っ込んでくる。
ぼすっっ
「!!!???」
「これは!!?」
スクルド始め、ヴァルキリー隊が驚きの声を上げる。
切り上げ、貫いた対象には、あるべき筈の手ごたえが無かった。
そう、そこにあったのは僕の上着、防寒具だけだったのだ。
沈黙の中、魔術式を組み上げ風を生み出し、防寒具を支える。
そうして草むらにすべり出たのだ。
こうしてヴァルキリー隊をやり過ごした僕は、茂みの中を疾走した。
「……ほぅ、なかなか面白い真似をしてくれる……。」
その時、上空よりその一部始終を眺めていた者がいたが、僕は気付かなかった……。
第六章『St_DRAGON!』完
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