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cross第七章 『オーディン!』
ズダオォォー
草原を走り抜ける目の前に、突如何かが飛来した。
僕はとっさに横に飛んでかわす。
「何故、無断にてこのノーブルガーデンに立ち入った?」
声の主は、ゆっくりと目の前に突き立った―槍の元へと降り立った。
2mを悠に超すであろう長身に、赤みがかった金髪、金色に輝く翼は、
彼が王族の血を引く事を如実に物語っている。
「もう一度聞く。何故このノーブルガーデンに侵入した?」
ゆっくりとした、しかし、一切の妥協を許さない口調で再び同じ問いを口にする。
背中を冷たい汗が流れる。
「神界の盟主に、オーディン様にお会いしたく参りました。」
「ほぅ、何のために?」
「それは、――今はまだ言えません。」
「ならば、無理だな。一国の王に、素性も知れぬようなものを合わせるわけには行かぬ。
早々に立ち去るが良い!」
「しかし、そうもいかないのですよ。」
「ならどうすると言うのだ? よもや、力ずくでも、などと言いだすのではあるまいな?」
「できれば穏便に行きたいのですが、どうしても、と言うのであれば…。」
「ほざきおったな? いいだろう!
ガーデン・ナイツ(神界騎士団)総隊長、オーディン=ゲイムハルト8世。
我自ら相手をしてやろう!」
そう言って大地に突き立つ槍を抜き放つ。自分の鼓動が早くなるのを感じる。
身体が危険信号を発している。まともにやり合って勝てる相手ではない。
ならば……。
「グラビティフィールド!」
逃げの一手、これしかない。
グラビティフィールド解放後、ゲイムハルトの背後目指して走り出す。
しかし、
「えりゃぁあ!」
ゲイムハルトが槍を大地に突き立てる。と、
ッキィィィイン
ガラスの割れるような音と共に、魔術が解ける。
続けざまにゲイムハルトが放った薙ぎ払いを、とっさに後ろに跳んでかわす。
(まさか! 魔術式を貫いた!? なら、あの槍は……。)
「いかにも。これこそは神槍『グングニル』魔に抗する神の槍。」
こちらの心を見透かしたように、高らかに宣言する。
―神槍グングニル― 精霊四神器の1つ。
ルーンの力を得たその槍は魔術式をも貫き通すと言われる。
しかし、
「何故、主たるオーディンの持つ槍を我が持ち得るのか、と言う事だろう?
簡単な話だ。我が主より借り受けているというだけの事。
無論、主が望めばすぐにでもこの槍は主の下に戻る。
しかし、我がここで侵入者を防ぐならその必要も無い。」
確かに筋は通っている。
まさか侵入者が現れる度に、主自ら出向く訳にもいかない。
ならばグングニルを最大限活用でき、なおかつ預けるに値する人物。
なるほど、次期盟主にして騎士団長たるゲイムハルトが妥当な線だろう。
しかし、グングニルを他の人間に預けていようとは、予想だにしなかった。
こうなると、ますますもって厄介だ。
並大抵の魔術では、まず通用しないだろう。
かと言って高位の魔術となると術式の組み立てに時間がかかる。
その時間を黙って見過ごしてくれるはずはない。
ならば残された道は唯一。
かなり危険な方法だが、この際そうも言っていられない。
手に剣を握り、地を翔ける!
ギィィィン
甲高い金属音が響く。
全力を乗せた一撃はあっさりと受け止められた。
「貴様、気は確かか! 神族相手に接近…だっ!?」
台詞の途中で何かを感じたゲイムハルトがとっさに跳び退る。
そこを、剣から ―聖剣エクスカリバ― からほとばしる真空波が通り過ぎる。
ゲイムハルトの背後で木がゆっくりと倒れる。
「魔力剣…いや、聖剣か…。フフフ、久々に楽しめそうだな。」
その顔には喜びの表情が浮かんでいた。
そして2人は再び間合いを取り、対峙した。
その頃ベルたちの方でも動きがあった。
セイントドラゴン相手にベル、ミスティ、ロウウェルの3人が取り囲む形で、
散発的に攻撃を仕掛けていたが、3人ともそろそろ体力的に厳しくなってきた。
「そろそろ…逃げても……いい頃じゃないですか?」
荒い息を整えながらミスティが尋ねる。
「そうしたいのは山々なのですが……。
どうにも素直に逃がしてくれそうも無いようですし…、
どうしたものでしょうかな……。」
と、こちらはロウウェル。
「何言ってんのよ! 逃げるだなんて、そんな弱気でどうするの!?
絶対勝〜つ!!」
運動量から考えれば一番疲れているはずのベルが雄叫びを上げる。
そして再度セイントドラゴンに突撃しようとして――
コケッ
蹴っつまづいた。
「……まあ、戦術的撤退なら考えてあげなくも無いけど……。」
鼻の頭をさすりながら続ける。やはり疲れてはいるようである。
「しかし、問題はどうやって逃げるかですが…!?」
ピシィッ
突如雲を割って一条の光が、セイントドラゴンの頭上に降り注いだ。
そして、なにやら訴えるような身振りをしながら人外の言葉を放った。
「何? あれ?」
皆一様に呆けた顔をしてその光景に見入っていた。
「そ、それより、チャンスですよ! 今なら逃げられます。」
正気に戻ったミスティが叫ぶ。
「え、ええ。急ぎましょう!」
そうしてベル達は一斉に走り出した。しかし、
チドォォォォ
紅蓮の炎が行く手を紅に染め上げる。そして、背後からセイントドラゴンが迫る。
セイントドラゴンは忌々しげに口を歪めると、吐き捨てるように言った。
「
我が背に乗るが良い、先の牧師の所まで乗せていってやろう。」『……え゙?』
ベル、ミスティ、ロウウェル。3人の声が重なった。
僕とゲイムハルトの2人は、対峙したまま一向に動く気配を見せなかった。
まったくもって隙が無い。ただ、あくまでも動けないのはこちらだけ。
ゲイムハルトに関しては、この空気を楽しんでいる風にすら見える。
額を汗が流れる。そこに、背後から声がかかった。
「貴様! 先刻はよくも愚弄してくれたな!」
ヴァルキリー隊が、先程からの騒ぎを聞きつけて飛んできたようだ。
「スクルドか。随分とみっともない真似をしでかしたな。」
視線を外さぬままにゲイムハルトが問い掛ける。
「ゲ、ゲイムハルト隊長! いえ、あれは決して油断していたわけでは……。」
「言い訳は後で聞く。今はこの者と遊んでいるのだ。黙って見ていろ。」
「…はっ。」
唇をかみ締め、了解の意を示すと、こちらを一睨みし、後に下がった。
「とんだ邪魔が入ったな。だが、まあいい。では…いくぞ!」
ゴウッ
風が唸り、大地に槍が突き立つ。その巨体からは想像もつかぬスピードだ。
そして突き立った大地を巻き込んで切り上げてくる。
エクスカリバーでなんとか受け流す。
さすがに聖剣だけあって折れると言う事は無かったが、受け流しただけで腕が軽く痺れた。
恐らく、これでもまだ加減しているのだろう。
「どうした? 守ってばかりでは我には勝てんぞ!」
そう、このままでは勝つことはおろか、逃げる事すら出来ない。
僕は必死で考えた。
神槍グングニルを持ち、超絶的な力を持つゲイムハルトに勝てる方法を。
魔術さえ有効なら方法はいくつかあるのだが……魔術?
いや、しかし、もし失敗したら……。
…いや、どうせこのまま粘っても状況が好転する訳でもない。
ならば!
「くらえぇい!」
横薙ぎの一閃をゲイムハルトは地に転がるようにしてよけた。
しかし、ゲイムハルトの放った突きは僕の横腹を浅く傷つけていた。
「守りを捨てたか! それでいい、そうでなくてはつまらんからな。」
大事なのはタイミングと動き。
下手な動き方をするとこちらの狙いを勘ぐられる可能性がある。
いかに自然に動くか、である。
やもすれば一撃で絶命しかねない剣技の応酬の中、密かに機会を待った。
「…ゼフ!」
その時、ベルの声が聞こえた。
どうやってここまできたのかは知らないが、どうやら大丈夫そうである。
そして、ゲイムハルトの方は、新手の出現に少なからず動揺したようだ。
…隙が生まれた…。
ゲイムハルトの突きを回り込むようにして背後を取る。
しかし、ゲイムハルトの反応は速かった。
銀光が閃き自分の身体が宙を飛ぶのを感じる。
時間が妙にゆっくりと流れているような錯覚を起こす。
胸のあたりに灼熱の痛みを感じながら、
飛んだ銀のタリスマンを視界の隅に捉えた……。
「!!」
「!!」
「ゼ〜フ!!」
瞬間。
まさに一瞬の出来事だった。
槍がまさに竜巻のごとく銀風を巻き起こしたかと思うと、僕は紙人形のように吹き飛んだ。
その光景を見てミスティは卒倒し、ロウウェルはそれを受け止める。
ベルは弾かれたように駆け出していた。
ゼフの身体は逆袈裟に破れ、その傷口からはとめど無く意識の砂が流れ落ちる。
「ゼフ! ちょっとゼフ! しっかりしなさいよ!
わたしがぶん殴っても平気なくせに、こんな事で死んじゃうつもりじゃないでしょうね!!」
無論、いつもは本気で殴っているわけではない。
本人にしろ、そんな事はわかっている。しかし、それを信じたくなかった。
知らず、ベルの頬を雫が伝った。
「…倭伝夢想流奥義、真珠菩提…。(わでんむそうりゅうおうぎ・しんじゅぼだい)
まさか奥義を使う事になろうとはな。
大したものだ。ただ惜しむらくは、貴様が人であった事か……。
ゼフと言ったな? その名、覚えておこう。」
そしてゲイムハルトは背を向け、ヴァルキリー隊が後に続く。
「…くっ!」
ベルはキッとゲイムハルトを睨み付けるとハンマーを握り締め、
彼女の考え得る最大最速をもって地を翔ける。
しかし、ヴァルキリーが素早く反応し、目前に槍を交わらせてこれを防ぐ。
「邪魔するんじゃないわよ!!」
怒りの鉄槌が道を塞ぐ者を薙ぎ倒す。
しかし、十数人のヴァルキリー隊相手に真正面からかかったのでは、いくらベルとて勝てるものではない。
冷静さを欠いたベルは、いとも簡単に絡め取られてしまった。
「放しなさい! 放して!!!!」
ベルはなおも抵抗を続け、その声は絶叫じみていて、悲痛ですらあった。
そして、その声を聞くに堪えなかったのだろうか、初めてゲイムハルトが振り返った。
その瞳には同情とも悲しみともつかぬ色が浮かんでいたが、すぐに消えた。
いや、消したと言うべきだろうか。
「ここは我ら神族の地、無断に立ち入る事は許されぬ。
罪を犯した者は等しく罰を受けねばならぬ。貴様らも早々に立ち去るが良い。」
「うるさい! だったら、わたしと勝負しなさいよ! ぶっ殺してやる!!」
「……その者達を連れ出しておけ。」
「待ちなさい! ちょっと、あんた達も放してよ! わたしはあいつに用があるんだからぁ!!」
ベルがそう叫ぶと、突如、ベルの上空に魔術式が構成され始めた。
それは膨大な魔力に支えられ、肉眼で見て取れる程だった。
そして、それは流れるように、瞬時に組みあがり、発動した。
ヴァオオオォォォォ
ベルを中心として大気が膨れ上がり、周囲のヴァルキリーを残らず吹き飛ばした。
砂塵がベルを包む。
「なっ!?」
異変に気付いたゲイムハルトが振り返る。
しかし、思うさまに吹き荒れた突風が止んだ。
そこには、捕らえられていた時のまま、茫然自失の体で佇んでいた。
そして、背後に気配を感じて振り向くと、そこには、もはや二度と会う事の無いと思われていた顔があった。
しかし、いくつか違ったところもあった。
まず、いつも眠たげに閉じていた糸目は、変わりに切れ長のミッドナイトブルーの瞳をあらわにし、
その背には、漆黒の大きな翼が生えていた。
それは、神族や精霊族のような白や黄金色の羽翼でも、魔族やドラゴンのような翼でも無かった。
宵闇の如き漆黒の羽翼。
「流石は神王の後継、リーチを見誤ってしまいました。危うく死ぬところでしたよ。」
その姿を見てゲイムハルトは全てを悟った。
「なるほど、そう言う事か……。
しかし、まさかグングニルを使って封環を断ち切ろうなどとは、無茶をなさる。」
そして、ゼフは、ベルに視線を移す。
ゼフが生きていた事に対する喜びと、突然の変化に対する戸惑いから、
複雑な表情で立ち尽くしていた。
「どうも、心配掛けてしまいましたね。」
そう言って微笑んだ。
表情が崩れ、糸目に戻る。
いつもの顔である。
いつもの声である。
いつものゼフである。
ベルの顔に笑顔が戻り、涙があふれる。
気が付けば、すでに駆け出していた。
「ゼフ!……心配したじゃない!…バカ!!」
聞きたい事はいくらでもあった。
しかし、ゼフが生きていた。
今は、それだけで良かった。
「すいません。」
ゼフも、返した言葉はそれだけだった。
「……ん、ううん………。」
ここに来てようやくミスティが目を覚ました。
「ミスティ、心配かけ…」
「ぃ、いやあああああぁぁぁぁぁぁぁぁ! ゼフさん! 迷わず成仏して下さいぃぃぃ!!」
…………雰囲気ぶち壊しである。
「さて、それではついて参られよ。主の元に案内いたそう。」
そう言って身を翻した直後、
ズガオオオオオオォォォォォォォ
大地を揺るがす爆音が響き渡り、王都に火の手が上がる………………。
第七章「オーディン!」完
第六章 第八章
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