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cross第八章 『王都 炎上!』
ズガオオオオオオォォォォォォォ
大地を揺るがす爆音が響き渡り、王都に火の手が上がった。
「何事だ!? おい、スクルド! 物見を出せ!」
「はっ!」
スクルドは二、三、指示を出すと、ヴァルキリーの内から
数人の物見隊が編成され、すぐに飛び立っていった。
「……さて、心当たりはございませんか?」
ゲイムハルトが鋭い口調で尋ねる。
「いいえ。」
「そうか、それは失礼いたした。」
「そんな簡単に信用してもよろしいのですか?」
ゲイムハルトが、あまりにもあっさりと引き下がったので
スクルドが不満の声を上げる。
「王族の言葉には、王族の重みがある。
言葉一つ取っても、国の、そして王族としての誇りを背負う事になる。
ここで嘘をつく事はそのまま国の威信を傷つけることになるのだ。」
王族にそう言われては何も言い返せず、スクルドは黙り込んでしまう。
「……ねえ、ずっと気になってたんだけど、殿下とか王族とか。
背中に翼が生えてたり、ゼフってば一体何者な訳?」
ベルが意を決して聞いてきた。ミスティの方も興味深そうにしている。
「えーとですねえ…、もう少し、オーディン陛下にお会いするまで
待っててもらえませんか? 一応決まりなもんで。」
「もったいぶらなくてもいいじゃない…。」
ベルがブーたれていると、物見隊が帰ってきた。
「早かったな。で、どうだった?」
「それが、大変なんです!」
「大変なのは分かっている。どうしたと言うのだ?」
「は、すいません。王都のほうからも伝令が向かっておりまして、
王都が壊滅したとの事です。」
「壊滅!? 確かなのか?」
何やらきな臭い話になってきたな。思わず顔を見合わせる。
「はっ、詳しくは王都にて説明がございます。
なお、地上は危険なので地下の隠し通路を通って参られるように、との事です。」
「ちぃっ、一体どうしたと言うのだ!? 王都を壊滅させるだけの兵が一体どこから………。」
なおも毒づきながらゲイムハルトは足早に歩き始めた。
「とにかく、ここにいても始まりませぬ、隠し通路を通りますので、遅れぬようについて来て下され。」
そう言って森の奥へと進んでいく。
木の洞にカムフラージュされた通路を通り、辿り着いた先は王城の地下だった。
ゲイムハルトは一目散に階段を駆け上がると窓に近づいた。
僕達もそれに続き、窓に顔を押し付ける。
(
この王城は古代人の遺産をそのまま利用したもので、ガラスのようなものがはまっている)そして、その光景に、皆一様に声を失った。
何も無いのだ。
数時間前までは栄華をほこっていたであろう、街並みも、人影も、何もかもが無くなっていた。
そして、不信な事に、敵兵の姿さえも無かった。それが更に謎と、そして恐怖を引き起こした。
「ゲイムハルト様!」
不意に背後から声が掛けられた。
「陛下が謁見の間にてお待ちです。お連れの皆さまもご一緒にとの事です。」
「わかった。すぐに行こう。」
そして、一行は謁見の間へ向かった。
「神界騎士団総隊長、オーディン
=ゲイムハルト8世、及び客人四名、只今参りました。」ゲイムハルトにならい、僕達も片膝をつけ、頭を下げる。
「うむ。」
謁見の間の一段高くなった高台の上の玉座から、鷹揚な声が響いた。
重圧と寛容とを備えた、低く、よく通る声だ。
「よく参られた、我が友の子らよ。楽になされよ。」
そう言われて、頭を上げる。たっぷりとひげを蓄えたその顔は威厳に満ちていた。
「私の名はオーディン。友の子よ、名を聞こう。」
「は、私の名はベルゼブブ
=ザ=ラスト。第7代魔王ディアブロが第一子にございます。」この時、僕は初めて本当の名を語った。
ベルが、ミスティが、自分の耳を疑う。目はこれ以上無い位に見開かれている。
何か聞きたげではあったが、場の雰囲気がそれを許さない。
「良かろう。我、古の約にのっとり、汝を魔王家正当の後継と認めよう。」
こうして僕の旅の目的はようやく達成するに至った。
もっとも、今はそれ以上に厄介な問題が山積みになっているが。
「さて、話は変わるが、知っての通り、王都が奇襲を受け、壊滅に追いやられた。
ただし、軍勢が責めてきた訳では無い。
現在の調査では、恐らくは古代兵器、『終焉の炎』 によるものだとの事だ。」
皆に緊張が走る。
『終焉の炎』―――
かつて古代人は、その優れた技術で、魔術ですら不可能とされる事をいとも簡単にこなしたと言う。
しかし、古代人はその力の使い道を誤った。
彼らは争い、憎み合った。
その果てに生み出されたのが、古代兵器『終焉の炎』だった。
精霊王はその姿に大いに怒り、悲しんだ。
そして、一部の人間と、動物を残し、全てを無に返した。
その後、残った人間の一部に力を与え、人間が再び同じ過ちを繰り返さぬよう見守ると言う任を与えた。
これが神族、魔族の始まりと言われる。―――
「一体誰が!?」
ゲイムハルトが思わず声を上げる。
「それはまだわかっておらぬ。詳しい情報が入り次第、改めて軍議を行なう。
ともかく今は休まれよ。連れの方とも話すことがあるのだろう?」
そう言ってベルの方へ視線を送る。つられてそちらを見やると、ベルは慌てて視線をそらす。
「そうですね。お話はまたの機会と言う事で、それでは失礼させていただきます。」
そして、僕達は謁見の間を後にした。
「……えーと、何から話しましょうか?」
取り合えず頭をぽりぽり掻きながら話を振ってみる。
「さっきの話、本当なの? ゼフが魔王だなんて…、わたしをだましてたの?」
「だますつもりは無かったんです。ただ成人の儀と言って、魔界から神界までの間、
力を封じ、自ら身分を明かさず旅をして、王への謁見をすませ、
王として認めてもらうと言うのがあるんです。」
「つまりはこう言うことね?
ゼフは魔王で、その事を話ちゃいけなかった。
わたしは魔王を倒し、勇者になろうと旅をしていた…と。」
チャキッ とハンマーを握りなおす。
「ちょっと待てぇい! なんでそこまで端的に物事を解釈しようとするんですか?」
取りあえず間合いを取りながら訴える。
「冗談よ、こんなしょぼい魔王じゃ倒しても誰も認めてくれないでしょうし?」
しょ、しょぼいって………。
確かに威風堂々とは言わないが、あんまりだー。
「ま、まあ、ベルさんだって悪気がある訳じゃないんですし……。」
バックに黒いもやもやを背負ってめいっぱい落ち込んでいると、ミスティやらロウウェルやらが
慰めてくれるのだが、それってほんとにそう見えるって事じゃないのか?
などと、更に落ち込んで見たりしたが、いつまでもそうしてても始まらないので、何とか立ち直った。
「……まあ、色々とあるんです、はい。
それとですね、1つ言っておきますが、ベルは魔族全てが悪の権化みたいに
考えているみたいですけど、それは誤解です。
魔族だって、友の死を悲しみ、子の誕生を喜ぶ心を持っているんです。
それに、人魔大戦の時の事にしたって、僕は真実だとは思っていません。
確かに父は気性の激しい所はありましたが、仁義を重んじる、知性的な人物でした。
欲に目がくらんで戦争なんてするような人じゃありません。
オーディン陛下にしても、それが判っているからこそ父を友と呼んで下さったはずです。」
一息にそうまくし立てると、突如エクスカリバーが輝き出し、頭の中に声が響く。
『我が主よ。どうやら力は取り戻せたようだな。』
「おおう! びっくりしたぁ! そういや自我を持ってたんでしたっけ?
ずっとしゃべらないもんだから、すっかり忘れてましたよ。
いままでどうしてたんですか?」
『………まあ、色々と事情があるのだ。』
おお! さすが聖剣! 流した! 人間(?)が出来てる!!
「へえ、エクスカリバーってこんな声だったんだ。」
となりでベルが呟く
「!! 聞こえてるんですか!?」
「どうやらここにいる全員に聞こえているようだが?」
変わりにオーディンが答える。
『不特定多数の者とコンタクトを取ると疲れるのでな、今回は特別だ。
恐らくこうして話しかけるのも最後になるだろう。』
再び光が満ち、次の瞬間、目の前に魔王都王城の光景が浮かび上がった。
しかし、そこには人一人見当たらない。
『これは、人魔大戦の記憶。我の知り得る全ての情報、しっかと見届けよ…!』
視界の向こうから
4人の人影が姿を現した。恐らくは彼らが伝説の四勇者なのだろう。『何だここは? 何の抵抗も無いどころか、人一人いないなんて……。』
エクスカリバーを手に、軽鎧を着込んだ中背の男。確か、アーサーとか言ったはずだ。
『あるいは我等に臆して逃げ出したか……?』
こちらはグングニルを背負った男。
小柄だががっしりとした体格、東洋系の顔立ちの特徴的な容姿だ。確か名前はイザナギとか……。
「!! 神族!?」
背中には確かに白い翼が生えている。精霊族の四枚翼じゃない、確かに神族の物だ。
「どう言うことですか? 神族が直接大戦に関与していたなどと言う話は聞いてませんよ!?」
思わずゲイムハルトに詰め寄る。
「いや、これはだな、イザナギが勝手に……。」
「ちょっと静かにしなさいよ! 話は後でもできるでしょ!? 今いい所なんだから!」
事の重大さに気付いていないベルが、しかし、正論で持って二人の論争を制した。
言い争っていた間に会話は進み、何やら場に不穏な空気が流れ始めていた。
『そこだあ!』
シャーウッドを手にした男、ロビンが弾かれた様に弓を手に飛び出す。
しかし、シャーウッドには、矢はおろか、弦さえ無かった。
彼は構わず弓を引き絞る。
すると、しなるはずの無い弓がしなり、あるはずの無いオレンジに輝く矢が現れた。
ヒュッ 矢は光の速度で眼前に迫る。
ギイィィィン しかし、その矢があたる瞬間、銀光に切り落とされた。
『ヒュウッ、まさか俺の矢が打ち落とされるとは思わなかったぜ。』
おどけて見せるが、そこには確かな驚きが内包されていた。
『貴様らが四勇か?』
父上!? 聞きなれた声に思わず振り返るが、背後は真っ暗で顔が見えない。
しかし、その体格と声は、確かに父上のものだ。
四勇は陣を組み、いつでもこいとばかりに身構える。
『まあ待て、私は争うために来たのではない、少し話をしようではないか?』
そう言って手にした刀を鞘に収める。
『へっ、貴様と話すようなことなんてあるかよ!』
ロビンはかまわず再び弓を引き絞る。
ぱこぉぉん!!
『馬鹿モンが! 武器を収めた者に矢を向けるつもりか?
わしらは別に戦争しに来た訳じゃなかろうが!』
ロビンをいきなり背後から殴りつけたのは四勇の一人、大賢者モーゼだ。
『ってぇなあ、いちいち殴るんじゃねえ!』
そう言いながらも弓を下げた。
『さて、せっかくこうやって話し合いをする機会を得た訳なのですから、
出来れば実のある話をしたいものですな。』
やわらかな口調の中にも鋭い意志がこもっている。
魔王を前に物怖じしないその風貌は、正に賢者のそれである。
『全くだ。ではまず、事実の再確認から始めたいと思うが……。』
その後の会話は正に驚くべき内容だった。
エアリアルグラウンドの王ガロード
=ラ=ルーク四世、ある日、彼は王城の地下であるものを発見した。古代人が滅びた元凶、古代兵器『終焉の炎』。その報は、人間の監視をしていた魔族にも届いた。
そして、その真偽を確かめるべく使者を送るがそのことごとくが行方を眩ませた。
彼らはルーク帝の手の者により、その生を奪われたのだ。
そして、あろう事かルーク帝は、その使いをもって魔族の侵略と公言し、戦争を始めたのだ。
当然、魔族内部では抗戦を唱える者が出てきたが、誤解による戦争は
更なる悲劇を産むのみとして、これを却下。
民間人を退避させ、ディアブロ自ら話し合いに現れたと言う事だった。
『まさか、そんな事があるはずがない!』
若いアーサーはその事実を受け入れられずにいる。
『しかし、それが本当だとすれば、魔族が反撃しない訳も説明がつく。
魔族が本気になっとれば、エアリアルグラウンドはとうの昔に壊滅しとるはずじゃ。』
『だから貴族の連中は信用ならねぇんだ。市民の事なんか少しも考えちゃいねぇ。
吐き気がするぜ!』
比較的冷静に聞いていたモーゼや、元より王侯貴族に嫌悪感を抱いているロビンが顔をしかめる。
『ともかく一度、そのルーク帝とやらに事の真偽を問い詰めるのが先だろう。
これが真実ならば、神族としても放っておくわけにも行かん。』
イザナギの言葉に、3人はうなずき合った。
『話はまとまったようだな。それでは、我が…。 !! あれは!』
上空より黒い影が近づいてくる。
『いかん!』
とっさに魔術式を組み上げる。
『八門鉄扉!』
防御系最高位を誇る、城砦防御にも使われる魔術である。
そして魔術式が組みあがった直後、
カッ
目も眩む光と、全てを焼き尽くす熱波が周囲を包む。
最高位を誇る防御魔術がその形を歪め、働きを失う。
ただの映像であるにもかかわらず、こちらにまで熱気が伝わって来るようだ。
そして、その後には、八門鉄扉により、かろうじて原形を取り止めている
ディアブロと、四勇の骸だけがあった。
『これは、……これが《終焉の炎》か……。』
誰かが呟いた。熱波の余波も冷め遣らぬ地に、一人の男が降り立った。
黒い羽は魔族の証。朱い髪に蒼いバンダナ。
澱んだ瞳は生気とは余りにかけ離れている。
「ルシファー!?」
ロウウェルが声を漏らす。
「知っているのか?」
「はい、軍部大臣を務めていたベリアル卿の息子で、殿下がお生まれになる
少し前に卿と仲違いを起して姿を眩ませております。」
――ルシファー……――
『王家の剣……か、面白い。』
魔王の剣を手に取る。
魔を降する剣 大典太光世
(だいてんたみつよ)神を封ずる剣 鬼丸国綱
(おにまるくにつな)神王の持つグングニル、ルーンの力に対応する刀で、それぞれ、
魔族、神族に対し、絶大な威力を誇り、その傷は決して癒える事は無い。
その後、その男は周りを見渡し、聖霊四神器に目を留める。
しかし、それに気付いたようにそれらの神器は突如飛び去った。
そこで、映像は途切れ、元のヴァルハラ宮に戻った。
「私が語り得るのはここまでだ。この後どうするかは、自らの意思で決めるが良い。」
「ちょっと待って下さい! 何故こんな大切な事を今まで黙っていたんですか!」
僕のこの問いに対し、今までと違った口調で返答が返って来た。
「あの時のお前に話して、一体どうなっていた? お前にはまず、力が必要だった。
だから今まで、お前の封印が解けるまで、話さずにいたのだ。」
「
!! 父上!?」そう、何故、今まで気付かなかったのか。
先の映像には、エクスカリバー自身が映っていた。そして、父の顔は映らなかったではないか。
恐らくあの時、死ぬ間際に何らかの魔術、もしくは呪いを自らにかけ、
その魂の欠片を聖剣に封じたのだろう。
「それでは、私はそろそろ行かせてもらおう。少々ここには長居をしすぎたようだ。
後は………で……を………。」
「……父上
!!!」声の限り叫んだが、それに応じる声は無かった。
長い沈黙の後、僕は身を翻し、歩き始めた。
「ちょっと! 待ちなさいよ! どこに行くつもり!?」
ベルが呼び止める。
「決まってるでしょう。ルシファーを探しに行きます!」
淀むことなくそう言いきると、それを見たベルは、一つため息をつき、
ハンマーを握り締め、こちらをキッと見据える。
今後の展開を予想し、僕は、魔術式を組み立てる。
トッ と、ベルが床を蹴る。天井すれすれまで跳び上がり、ハンマーを構える。
「ギース直伝! メガ=レイン!!」
どう見ても射程距離圏外と思われる距離から、岩をも砕くハンマーの雨が降り注ぐ。
対して僕は、上空にシールドを展開し、それを防ぐ。
しかし、その威力はベルの落下に伴い、加速度的に増加していく。
少しキツイか……。
そう思い、シールドの範囲を狭め、中央に厚みを持たせようとしたその時、
シールドの横にそれた一撃が、大理石の床を吹き飛ばした。
拳ほどの大きさの破片が、頭めがけて飛んでくる。
新たにシールドを展開する間も無い、体をひねってそれを避けようとした。
しかし、その時、
「ぐっ!」
先の、ゲイムハルトとの戦いで受けた傷が開き、その痛みに思わず動きが止まった。
―しまった―
歯を食いしばり、頭をかばい、衝撃に備える。
ビシィィッ しかし、痛みは無かった。
見ると、そこにはベルが立ち、あろうことか、その手にはさっきの石片が握られていた。
手に怪我を負っている。しかし、ベルは一向に気にしない。
「わかったでしょ! そんなケガじゃろくに戦えもしないわ。
気持ちも解らないでもないけど、まずはケガを治すのが先よ。」
僕は、何と答えて良いかわからずにうつむいた。
「話は着いたようだな。私は陛下に先の大戦の映像について報告に行って来る。
後は……おい、誰か医者を呼んで来い!」
ゲイムハルトは近くの兵に言付けをした後、謁見の間へと向かった。
その後、すぐに廊下の向こうから医者と思われる女性が走ってきた。
年齢不詳、かなりの美人である。
「ミスティちゃ〜〜〜〜ん!」
ぎううぅっ その医者
(だと思う)は、僕やベルには目もくれず、ミスティに抱きついた。「久しぶりね〜。会いたかったわ〜。」
「む〜! む〜〜〜!」
その豊満な胸に顔を埋め、ミスティが何か叫んでいるが、
その女医
(多分……何か自信なくなってきたけど…)は、構わず話を続ける。その間僕らはと言うと、事の成り行きに付いて行けず、ただ呆然としていた。
ミスティは、始めジタバタともがいていたが、次第に動きが緩慢になり、ついには動かなくなってしまった。
「あら? ちょっとぉ、ミスティちゃん。聞いてる〜〜?」
さすがに何の反応も無くなったのを感じて、体を離す。
「あら、やだ! 息してないじゃない!」
自分でやっといてあんまりな台詞である。
「と、言うことは、ここはやっぱり人工呼吸よね!」
誰にとも無く宣言したその顔は、まるでおもちゃを手に入れた子供のような満面の笑顔だった。
「それじゃ、いただきま〜す。」
何だ? いただきますって?
艶かしく動く唇が、まるで自ら意思を持っているかのように蠢き、ゆっくりとミスティに近づいていく。
そして、その唇がミスティのそれに触れようとしたまさにその時、
身の危険
(?)を察知したミスティが、自ら息を吹き返した。「ひああぁぁ!」
「ああっ!」
ミスティが、その手を逃れ、一足飛びに2
,3m跳びすさる。「ア、アルテミス様〜!?」
「はぁい。」
ミスティの驚きの声に、まるで何も無かったかのように、片手をひらひらと振って応える。
「何でアルテミス様がここに?」
聞かれてアルテミスは 「あれ?」 と首を傾げ、周りを見渡す。
僕達と目が会うと、ポンッと手を叩き、
「あー! そうそう、ケガ人の手当て頼まれてたんだったわね。
ミスティちゃんがあんまり可愛いからすっかり忘れちゃってたわ。」
医者がこんなでいいのか?
「あら、ひどいけがじゃない! ちょっと、麻酔とって。」
いつからそこにいたのか、助手Aが注射を渡す。
「い、いや、僕は大丈夫ですからベルを先に!」
「ななな、何言ってんのよ! ゼフの方が重傷じゃない!」
「あらあら、どうしたの? まさか、注射が恐いなんて子供みたいな事言わないでよ?」
恐いのは注射じゃねええ!
と、
ぷすっ
「さあさあ、あんまり世話焼かせ無いでね。」
ツーッと背中から麻酔が注入されていく。
「はーい、じゃあ担架用意して〜。」
いやだ〜! 誰か、他に医者はいないのか〜!
もはや声にならない悲鳴を上げながら担架で連行されていった。
―数分後、手術は無事に終了した。性格の方はともかく、腕はたいした物で、
縫合跡は、まるで機械で縫ったように、恐ろしく綺麗に縫い上げられていた。
もっとも、鼻歌混じりで縫われる方はたまったもんじゃなかったが……。
ともかく、そんなこんなで神界での一日は過ぎていった。
その夜、僕は、一人城を抜け出した。向かった先はゲイムハルトと戦った草原。
遠くでフクロウの鳴声が聞こえる。
「…さてと、確かこの辺りだと思ったんだけどな。」
草叢をガサガサと掻き分ける。あまり人に見られたくないので明かりはつけてない。
「………さっきから何してんの?」
不意に後ろから声が掛かった。
後ろの岩の上に座ったベルが、ほお杖をついてこっちを見ている。
「うわぁ! ベル、あー、いや、ちょっと散歩を……。」
「散歩? とてもそうは見えなかったけど。」
冷ややかな視線が突き刺さる。
「あー、これは、まあ、何と言いますか……。」
「もしかして、探し物はこれじゃないの?」
その手の中には、月の光を反射して、タリスマンが銀色に輝いていた。
「あぁ! それ!」
僕の手がタリスマンを掴む瞬間、タリスマンは上へと逃げ、僕の手は宙を掻いた。
「これって、そんなに大切なものなの?」
「そうです、だから返して下さい!」
「ふーん、そうなんだぁ。」
「な、何ですか。」
「これに、どんないわくがあるのか教えてくれたら返したげる。」
やっぱりそう来たか……だから一人で探してたのだが……。
「……実はですね、これは昔、彼女から……
って、ウソ、ウソ! 冗談です!
投げないでぇ〜!」
「で、本当のところはどうなのよ?」
「別に、大して面白くも無い話ですよ。いいじゃないですか。」
「良くないわよ! ゼフってば、いっつもそう!
自分の事なんて、何も話してくれないじゃない!」
語気荒く言い放ったベルは、小刻みに肩が震えているように見えた。
参ったなぁ。
「実は、これ、母の形見なんですよ……。
―――今から360年前、魔王ディアブロは、一人の女神と恋に落ちた。
その女神の名はエイリーン、貴族の娘で、当時ビーナスの再来と謳われた
神界随一の美女であった。しかし、魔族と神族という二人の交際には、
当然、周囲の激しい反対があった。それでも、二人の愛は変わらなかった。
二人は周囲の反対を押し切り、結婚を果たし、翌年、二人の間にゼフが生まれた。
ディアブロの父、魔王プルートはこれを大いに喜んだ。そして、このゼフの誕生を
期に、神界との友好関係を結べるのではないかという考えもあり、二人の仲を認めた。
しかし、現実はそうは行かなかった。
神界では、『国交を盾に結婚を強要した』などと、
また、魔界では『その美貌でもってディアブロをだまし、国を乗っ取ろうとする女だ』などと、
根も葉もない噂が公然とささやかれた。
そして、エイリーンは産後の疲労と、周囲の重圧とで体調を崩し、その命を亡くした。
それから数年、『神魔の血をひく』ゼフは、周囲の嫌悪と侮蔑の視線を一身に浴びる事となった。
頼れるのはごく一部の者だけ。王子と言う立場上、直接的な物は無いにせよ、
その冷たい視線は幼いゼフには敏感に感じ取られた。
そして、父ディアブロは、よくこの事で頭を悩ませていた。
いつの頃からだろう、ゼフは身を守るため、敵を作らぬようにと、愛想をふりまくようになった。
言葉遣いもやわらかなものになった。父を心配させまいと、笑顔を浮かべるようになった。
そして、280年前、成人の儀へと旅立つ際、父は封環として、母の形見であるこのタリスマンを選んだ。
母の加護を得られるようにと―――――
………と、まあ、こんな所です。さ、もういいでしょう? 返してください。」
「あ、うん………。
ゼフも色々と大変だったのね。」
「昔の話ですよ……。それに……。」
「ん?」
「…いや、何でもありません。」
「そう? ならいいんだけど。」
その夜、世界はまだ、おおむね平和だった………。
第八章『王都 炎上!』完
第七章 第九章
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