sleipnir presents
cross第四章
『ジークフリート! (前編)』
「……で、この先にある港町、カイエンって言うんですけど、この大陸で一、二を争う貿易都市なんです。
だから……」
シャーウッドの森を抜けた僕たちは、神聖龍の背のふもとにある港町、
ネイスンに向かう定期船に乗るためカイエンの町に向かっていた。
そして、今僕らの先頭に立ってガイドをしているのは僕でなければベルでもない。
ミスティ、本名『ミスティカ=ガーデナー』。精霊弓の護人だった。
「ところで、ミスティは一体どこまで付いてくるつもりなんですか?」
「どこまでだって付いて行きますよ!
どうせあたしと離れれば精霊弓を売っちゃうつもりなんでしょ?」
「そんなに心配なら僕に渡したりしなけりゃいいじゃないですか?
別に僕たちは精霊弓を必要としてる訳じゃないんですし……。」
「でもそれじゃ、今度いつ挑戦者が来るか判らないし、あたしだって早く自由になりたかったし……。」
「…それが本音ですか?」
「え? あ、いや、一度譲渡した訳ですし、それを返すとなると色々と問題が起き無い事も無いんじゃないかなぁなんて……。」
まぁ、気持ちは解らないでもない。十四歳(人間年齢に換算)と言う若さで、250年間ずっと一人であの森に住んでいたのだ。
きっと寂しかっただろう。しかしミスティは律儀に精霊弓を護ってきた。
楽しみはと言うと、月に一度報告のために来る友人とのおしゃべりだったらしい。
待っている間は、ずっと本を読んでいたと言う。
(何かいろいろあって、普段は友人が来られないらしい)
出会ってからこっち、ずっと喋っているのも、きっとそんな事があって人と話すのが楽しくて仕方ないのだろう。
「あのぉ…もしかして、迷惑…ですか?」
シュンとうな垂れる。あぁぁ、何か悪い事したみたいじゃないかぁ!
「いや、迷惑だなんて、そんな事無いですよ。ねぇ? ベル」
「ん? あぁ、別にいいんじゃない? 結構腕も立つみたいだし、料理もゼフなんかのよりよっぽど美味しいわよ。」
「…そうですよね、どっかの誰かさんは卵焼きもろくに作れないくらいですし?」
言ってから、しまったと思うがもう遅い。
「うぐぅ……。あんた、言っていいことと悪い事があるでしょ?」
ハンマーを握り締めて唸る。
「そっちが先に振ってきたんでしょう?」
こちらも身構える。こうなってはもう後には引けない。
………その後、小一時間たっぷり運動が続くが、以下省略………
「はぁ〜疲れたぁ……。ところでなんでこんな事してたんだっけ?」
事の発端すら覚えてないベルだった。
「あ、あのぉ……。」
おずおずと、ミスティが声をかけてきた。
「あぁ、そうそう、ミスティの話をしてたんだっけ? 私は別にいいわよ。」
「そうですか? よかったぁ。」
ミスティに笑顔が戻った。うんうん、良かった良かった……、ん?
ちっとも良くないじゃないか! 人数増やしてどうすんだ!?
「あ、でも、お金が無いですよ? 船は何かとお金がかかりますし、旅は節約しないと……。」
「あら、それは困ったわねぇ。あ、じゃあミスティ翼が生えてるんだし、飛んでいけばいいじゃない!」
「それはいくらなんでも無茶ですよ。いくら翼があるって言ったって、海を渡るだけの力は無いはずですし。」
「そうなの? 良い考えだと思ったんだけどなぁ。」
「あ、それなら問題無いですよ!」
「あら、何か良い方法でもあるの?」
「ええ、最近この辺りで海賊が暴れまわってるんですけど、カイエンの商船が護衛を探してるんです。
だから、腕に自信が有れば護衛という事で、ただで船に乗せてもらえるんですよ。」
「あら、そうなの? やったじゃない、私たちなら楽勝よ!」
「そうですね……。」
何だよそりゃ……。最近やる事なす事全て裏目に出てる気がする……。
――と、言うわけで、カイエンの町に着いた僕たちは、商船の護衛テストを難なくクリア。
晴れて(?)商船護衛の任につくのだった。
「ところで、海賊ってどんな奴らなの?」
「はい、今、この近海を支配しているのが『海帝ジークフリート』の一味です。
これは義賊として有名で、主にトレジャーハンティング(財宝探し)をしています。
まぁ、今回の依頼主みたいな小さな個人の商船を襲う事は滅多に無いですから特に問題無いです。
ただ、問題なのが、最近活動を再開した『海賊王ドレイク』の一味です。
一時は海の支配者として恐れられていたのが、数年前からめっきり姿を現さなくなっていたんですけど、
最近また活動を再開して、噂では何か秘密兵器を手に入れたらしいです。
こっちは何かと物騒な噂がありますから、気をつけたほうが良いですね。」
「ふーん、面倒な話ねぇ」
その面倒な話に、今まさに、自分が首を突っ込んでいる事に気づいてないかのようなベルの返事。
「ま、もし私の船(私の?)に襲い掛かって来るようなら、片手でひねり潰してやるわよ!」
まんざら冗談でも無さそうなベルの台詞に、お互いのためにも海賊に出会わない事を
祈らざるにはいられなかった……。
――そんな感じで出航して4、5時間、特に問題なく船は進んだ。
「この分だと、無事にネイスンまでいけそうですね。」
「……どこが無事なのよ! まったく、何だってこの船こんなに揺れるのよ!?」
甲板に置いたベンチでベルが力無くぼやく。
「仕方ないですよ、この船そんなに大きくないんですし。」
「悪かったな、こんなボロ船で。」
いつの間に後ろにいたのか、船長。
「あ、いえ、決してそんなつもりで言ったわけじゃ……。」
「はっはっはっ別に良いんじゃよ、どうせ本当にボロ船なんじゃしな。
ところで嬢ちゃん、船酔いしたんなら、そんなところに居らんとこっちに来て風にあたったらどうかね?」
そう言って、船首に来るよう勧める。
「あ、良いですから、ホント、気を使わないで下さい。」
すかさずカバーする。実はベル、水が苦手なのだ。
ドワーフの血がそうさせるのか、ベルはカナヅチだったのだ。
しかし、そんな事が知れれば、護衛になど雇ってもらえるはずが無い。
そんな訳でその事は黙っていたのだ。
もっとも船酔いした時点でアウトのような気もするが……。
まぁ、船長が何も言わないんだから良いんだろう。
かくして更に数時間後、ベルは真っ青な顔で、ほとんど死にかけていた。
「あっ」
船首で望遠鏡を覗いていたミスティが小さく叫んだ。
「どうしました?」
急いで駆けつける。
「イルカの親子が〜♪」
ズルッ 滑った勢いで危うく船から飛び落ちるところだった。
「勘弁してくださいよ。」
船の縁に掴まりながら訴える。
「エヘへへ、ごめんなさい。」
船に這い上がると、ミスティの肩越しに巨大な影が見えた。
船団だ! 白鷲を背負った海賊旗、ジークフリートの一団だ。
「船長! 後方にジークフリートの船団が!!」
話によると、ジークフリートは義賊らしいが、一応海賊には違いない。
用心に越した事は無い。護衛がいるとは言え、所詮こちらは商船。
海賊相手にまともに勝負して勝ち目は無い。全速力で逃走を試みる。
「ダメです! 追いつかれます!!」
やはり小さな船に商品を満載した状態では逃げ切れるはずも無かった。
「!! 船長! ジークフリート先頭艦より交信あります。」
船員の一人が叫んだ。確かに何か手旗信号が上がっていた。
どうやら仕掛けてくる気配は無いようだ。
しかし、僕にはそれが何を意味するのか解るはずも無い。
船長と船員はなにやら話し始めた。
「どうしたんですか?」
「あぁ、奴さん、今すぐ引き返せと言ってきとるんじゃよ。」
「何故? ネイスンの港までもうすぐじゃないですか?」
「そのネイスンの港なんじゃが、今ドレイクの一団の襲撃にあっているらしいんじゃ。」
「なるほど、それなら仕方ないですね。」
「うむ、ここはひとまず引き返したほうが良さそうじゃな。」
「何のんきな事言ってんのよ! 時間が無いの! ドレイクなんか、ゼフがぶっ飛ばしちゃいなさいよ!
エクスカリバーがあるでしょ?」
時間が無いというのは、恐らく船酔いでもう危ないという事だろう。しかし、いくら何でも言う事が滅茶苦茶だ。
が、
「あんた、本当にあの聖剣を持ってるのかね?」
船長は乗り気である。
「しかし、海戦じゃあ剣の出番は無いのでは……。」
「それだけじゃないですよ! 精霊弓シャーウッドまであるんですから!!」
そう言ってミスティがエクスカリバーとシャーウッドを持ち出してきた。
あぁ、なんて事を言い出すんだ……。
「本当かね? おまえさんたち、一体……。」
「わたし達は勇者様御一行よ!」
…自分で言うか? ベルが瀕死の状態で、それでも必死に胸を張る。
ベンチで寝込んだまま……。
と、考え込む船長。
「あぁ! 船長、御気を確かに!! 命は大切にするべきですよ!」
必死に訴えてみるが、僕の誠意は伝わらなかった。
つまり……。
「全速前進! 目標、ネイスン!! これよりジークフリート艦隊と連合し、ドレイク艦隊を殲滅する!!!」
…と言う訳だ。
ドレイク程の海賊を捕らえれば、遊んで暮らせるとまではいかなくとも、
親子2代は不自由しない暮らしができる程の褒賞が出る。
心を動かされない方がおかしいだろう。
しかし……。
「まったく、ベルはともかくとして、ミスティまでどうしたんですか!?」
今、僕たちはジークフリート艦隊の旗艦『ホワイトフリート』に移っている。
戦闘時の作戦を立てるためだ。
「あははは、いや、やっぱり困っている人はほっとけないというか……
でも、これでシャーウッドが必要になったわけですし……。」
…どうにもミスティはうそをつけない性格らしい。
しかし、そんな理由でこんな面倒事に巻き込まれるとは……。
「とにかく、今回だけですよ!こんな面倒事は!」
「うぅ、すみません……。」
「何言ってんのよ? 勇者が人助けするのは当然でしょ?」
大きい船に移り、幾分元気を取り戻したベルが食ってかかる。
「私は勇者になったつもりはありません!」
「でも、牧師なんだろ? だったら人助けは当然だよなぁ?」
すかさず突っ込みを入れてきたのはジークフリート、想像していたよりずっと若い。
ダークブラウンの髪に、とび色の瞳、日に焼けた肌と白い歯のコントラストが印象的な
好青年風の男だ。
「うぐぅっ! し、しかしですねぇ……。」
「勇者様! ドレイク艦隊と接触します。こちらへ来てください!」
言い争っていた所に船員の一人が飛び込んできた。
ひとまず話は後にして甲板へ向かう。
……何やら騒がしい。
もう戦闘が始まっているのかと思い甲板に出ると、皆が顔に驚愕の表情を貼り付けていた。
そして、ドレイク艦隊のほうを見やったとき、同時に僕たちも同じ表情をしていた。
「な、な、な、何だあれはぁぁぁ!!?」
その場にいた者は皆、一様に驚きの表情を浮かべていた。
今、僕たちの目の前には巨大な影が落ちている。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! これが船なんですか?」
目の前にあるのは、全長数200mはあろうかという黒い金属の塊だ。
(この時代の船は木造の帆船が普通)
そのマストにはドレイク(海生の腕を持たない翼竜)を背負った海賊旗がはためいている。
「こ、これがドレイクの秘密兵器……、一体どこでこんな物を……。」
驚愕の後に、理性と共に猛烈な恐怖が襲い掛かる。
船内はもはや混乱の渦に飲み込まれていた。
船から飛び降りようとする者、奇声を張り上げる者、意味も無く階段を走り回る者、艦隊を離れ逃げ出そうとする船もあった。
当然と言えば当然だが、僕らを乗せていた商船はと言うと、とっくの昔にどこかへ行ってしまって、影も形もなかった。
しかし、
「静まれえぃ!! この程度で怯えてどうする!? 俺の名を忘れたか!?
俺は『海帝』ジークフリート! 海の覇者だ!! 何をしている!? 戦闘は始まったんだ!
早く配置に着け! 海戦は船の大きさだけで決まるもんじゃねえって事を教えてやれ!!」
ジークフリートの一喝で船内の騒ぎがぴたりと止まる。
そして、後退していた船は止まり、止まっていた船は前進を開始した。
若いとは言え、さすがは海帝と呼ばれた男。
この混乱を一喝で静めてしまうとは、その指揮力、カリスマ性、そしてそれらに裏打ちされる実力も相当なものだ。
「さぁ、私たちも うかうかしてられませんよ!」
こうして、歴史に名を残す二大海賊の海戦が始まった………!
第四章「ジークフリート! (前編)」完
第三章 第五章
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