IN THE BLUE SKY 第3章


 木陰にあるベンチに座り、僕は溜め息をついていた。
 頭上にひろがる空はむかつくぐらい青く澄んでいる。
「ハァー・・・」
 またひとつ、溜め息をつく。
 パリに着いて4日、僕はずっとこんな風にタイクツな日々を過ごしている。
 とは言っても、1日目はホテルに着くなり眠ってしまったので実際は3日なのだけれど。
 ここは3日前に散歩している時に見つけた公園だ。
 ホテルから歩いて5分の場所だし、人影は少なく静かなのでわりと気にいっている。
 そんなわけで今日までの3日間ここでボーッとして過ごしていたんだ。
 こんな所を父さんに見られたら笑われてしまうな。
「なにをしているんだ。お前は目的があってパリに行ったんじゃないのか」と。
 でも僕だって好きでこうしているワケじゃない。
 これには理由があるんだ。
 そう、僕は父さんたちにパリにいる医学博士に会いに行くと言って日本を出た。
 だから4日前パリに着いてすぐ彼の家へと向かったんだ。


 古い石畳の上を歩いていくとレンガ造りの住宅が続いているのが見えてくる。その中に一軒だけ木造の家が建っている。
 それはとても大きく白いペンキで塗装されていて家というよりは屋敷といった感じだ。
 その周りは高いブロック塀で囲まれていてご丁寧にも門までついている。
 その壮麗な門の隣にはインターフォンがあり、表札がかかっていた。
 表札にはアンソニー・フランソワーズと書いてある。
 親愛なる医学博士の名前だ。
 とりあえずベルを鳴らす。
 するとインターフォンから声が聞こえてきた。
「はい」
 若い男の声だ。アンソニー氏だろうか?
「こんにちは。僕は日本から来ました。藤堂光といます。アンソニー博士にお会いしたいのですが・・・」
 用件を伝えると
「入っていいよ」
 相手がそう言って通話が切れる。
 しばらくして目の前の門が軋んだ音をたてて開かれた。
 敷地内に入り屋敷の扉までの長い道を歩く。
 やっぱり白い扉は開いていて、その前に14、5歳の男の子が立っていた。
 扉にたどり着き彼の前に立つと彼はにっこり笑って
「はじめまして。僕はピエール。アンソニー博士の助手をしてるんだ。博士は今、留守なんだけど。まぁとりあえず中に入って待っててよ♪」
 そう言って屋敷の中へ入っていく。
 後をついていくと畳の部屋に通された。
 部屋には日本人形やら掛け軸やら、日本の物がたくさん飾られている。
 そういえばアンソニー氏は大変な日本かぶれだという噂があったがこの様子では噂は本当なのだろう。
 そういえば榊がしきりに抹茶を持って行かせようとしてたっけ。
 ヤツはこのことを知っていたのだろうか。
 ピエールと名乗った少年は僕に座布団をすすめると自分の座布団も用意して座る。
 そして、この部屋に来る途中で用意したお菓子をつまみ口を開く。
「光・・・って言ったっけ?君、日本人なんだよね?」
 頷くと
「じゃあさ、日本の話聞かせてよ僕、日本に興味があるんだよね☆すっごく
 どうやら日本かぶれなのはアンソニー氏だけではないらしい。
 僕は彼に質問責めを受けるハメになってしまった。
 そうして2時間ほどたった頃
「アンソニー様?ここにいらっしゃるんですか?」
 男の声がして襖が開けられる。
 入ってきたのは20歳ぐらいの男で、ダークグレーのスーツに身を包み、髪は後ろになでつけている。
 そしてとても整った顔をしていた。
 彼は僕に気付くと優雅に一礼して
「これは失礼いたしました。お客様がいらしていたとは気付かなかったものですから。私はアンソニー様の助手でジーク・ジョルジャーノンといいます。 アンソニー様の身の回りのお世話もしています」
 え?
「・・・て。えぇぇー!?」
 ピエールを見ると
「あ〜ぁ、バレちゃった☆」
と舌をだす。
 ということは、やっぱり彼がアンソニー?
 ってことは19・・・歳?
 嘘だろ?だってどー見たって彼は・・・
「14、5歳にしか見えない」
 つぶやくとジークという青年が眉をひそめる。ばっちり聞こえてしまったらしい。
「ちょっと失」
 彼の抗議の声をアンソニー氏がさえぎる。
「いいじゃない、ジーク。僕は光が気にいったよ。それに若く見えるっていいことだと思うけどな
 そして僕に視線を移すと
「そういえば、君がここに来た理由を聞いてなかったね。どうして僕に会いに来たの?」
 促されて
「実は・・・」
 そして僕は彼らにアンソニー氏に会いに来た理由を話した。
 ある医学雑誌でアンソニー氏の記事を読んでからずっとあこがれていたこと。医者を志していて彼に医学を学びたいこと。
 それに対してジークは難色を示したがアンソニー氏は今とりかかっている研究が終わる半年後に研究に立ちあわせてくれることを約束してくれた。
 それで今にいたる。
 研究に立ちあわせてもらう約束をとりつけたのはいいがそれまでの半年間は何もすることがないのだ。
 学校に行くことになっているのも半年後だし。
 その間ずっとこんな風に暇な時間を過ごさなくてはならないかと思うと少々うんざりだ。
 そんな事を考えていると10歳ぐらいの女の子がじっと僕をみつめていることに気が付いた。
 彼女はTシャツとジーンズに身を包み、腰にはGジャンをまいている。
 彼女は僕と目があうと口を開いた。
「どうして、そんな瞳をしているの?」
 首をかしげると
「誰かを殺したいほど憎んでるって顔してる。・・・あんた、不幸なの?」
「・・・別に不幸なんかじゃないよ?」
 とっさに嘘をついていた。
 だって名前も知らない子供に、しかも身上の人間をあんた呼ばわり(初対面で・・・だ)するような子供に本音を 教える義理はないし。
 すると。
「幸せなフリなんて誰にでも出来るのよ。一見幸せそうに見えて実は不幸な人間なんて、この世にいくらでもいるわ。あんただってそうなんでしょ?」
 ・・・・・・。  人の事を言えたモンじゃないが、なんてすさんだ物の考え方をする子供なんだ。
 呆れはてて何も言えずにいると
「アリス様ー?どこですかー!?」
 女の人の声がして目の前の生意気な少女が軽く舌打ちして
「ここよ!美月!!」
 大声で返事をする。
 するとバタバタと足音をたててダークスーツに身をつつんだ20歳ぐらいの女性が現れた。走ってきたのかぜー ぜー息を切らしている。彼女は何度か深呼吸して呼吸を整えてアリスの肩を勢いよくつかまえると大きくため息をついて
「アリス様。こんな所で何してるんですか?す〜っごく探したんですよ」
 少し涙目になっている。
 肩をつかまれた少女(アリスというらしい)の方はというと、あっはっはと軽快に笑い、美月と呼んだ女性の肩をばしばしたたいて
「なぁに、涙目になってんのよぉ。ちょぉ〜っと散歩していただけじゃないの」
 ・・・そこら中探しまわらなきゃいけないほどの散歩なんて迷惑なモノだよなぁ。
 同情をこめた瞳で2人の様子を眺めていると案の定美月さんは恨みがましい目でアリスをみつめている。
 それに気づいたアリスは、またばっしと美月さんの肩をたたくと
「もぉ、あんたもいいかげん慣れなさいよぉ いつものことなんだから 」
 いつものことなのか?いつもまわりの人間をふりまわしているなんて、なんというじゃじゃ馬ぶりだ。
 美月さんはもうこれ以上何を言っても無駄だと判断したのか、またひとつため息をつくとアリスの肩から手を離し
「それで?いったい何をしていたんですか?」
「んー?いや、散歩してたらさぁ、昔のあんたと同じ瞳をしてるヤツに出会ったからさ口説こうと思ってたとこ☆」
 アリスは答えるとあっけにとられている僕に視線を戻す。
 その視線を追った美月さんはやっと僕に気付く。
 初めて真正面から見た彼女は、ショートカットのよく似合うきつい目の美人で日本人のようだった。
 彼女はしばらく僕を探る様にみつめていたがやがて視線をそらした。
 そんな彼女を横目に見て肩をすくめたアリスはジーンズのポケットを探り何かカードのような紙を取り出すと僕に手渡した。
 それは“Blood Tears”という何かの組織名らしきものとアリスの名前とアリスの住所と電話番号が記されている名刺だった。
 彼女はそれを僕に手渡すと
「自己紹介が遅れたわね。私、アリスっていうの。いちおうプロの殺し屋よ」
 殺し屋ぁ!?
 嘘だろ?こんな子供が殺し屋なんて。
 でも、まぁ“Blood Tears”血の涙なんて殺し屋っぽい組織名ではあるが。
 それにしても信じられない。こんな子供がプロの殺し屋だなんて。
 思いきり疑っていると
「何よ、その瞳は。信じられないってぇの!?まぁいいわ。すぐに信じさせてあげるから。見てなさい」
 言ってアリスは美月さんを大木の前に立たせると、ジーンズのポケットから小型の銃をとりだして銃口を美月さんに向ける。
 そして引き金を引いた。
 銃声が響く。僕は最悪の事態を予想して瞳を閉じた。
 が肩をたたかれ恐る恐る瞳をあけると目の前に全く無傷の美月さんが立っていた。
 そして大木には人間の形に狙撃の跡が残っている。
 ・・・すごい腕前だ。こんな物を見せられたら信じざるをえない。
「どう?これで信じた?」
アリスの自信満々な声が聞こえてくる。
 頷くと満足そうに微笑み
「私の元で殺人の技術を学んでみない?」
と言ってきた。
 答えられずにいると
「返事は急がないわ。気がむいたら来なさい」
 そう言い残して美月さんと共に帰っていった。


 数時間後。
 ホテルの部屋のベッドの上で僕は名刺を眺めていた。
 名刺を眺めているとさっきの公園での出来事は現実に起きたことだったんだと思えてくる。最近まで日本で普通に中学生活を送っていた僕にとってはまったく現実味のない出来事だったのだが。
 とにかく夢ではないらしい。
 僕はその事を実感すると同時にアリスに言われた言葉を思い出す。
『誰かを殺したいほど憎んでるって顔してる』
 確かに父さんの事、説得できなければ殺そうと思ってはいるけれど憎んでるワケではない・・・と思う。
『・・・あんた、不幸なの?』
 僕の現状は客観的に考えても十分に不幸だと思う。
 尊敬していた父さんは裏で不正な事をしているし。生まれた時からずっとそばにいて何も出来ない母さんの代わりに世話してくれて信頼していた執事は母さんに横恋慕してるし。母さんは母さんでゲテモノ好きでワニやら、海亀やら飼ってるし鈍感だしで僕を悩ませてばかりだ。
『幸せなフリなんて誰にでもできるのよ。一見幸せそうに見えても実は不幸な人間なんて、この世にいくらでもいるわ。あんただってそうなんでしょ?』  さっきは呆れてしまったが考えてみれば確かに今までの僕は幸せなフリをしていたんだと思う。
 本当は不幸なのに「幸せか?それとも不幸か?」って聞かれると虚勢はって「幸せだ」って笑って。無理してたのかもしれない。
 行ってみようと思った。
 アンソニー博士に約束してもらった半年後までは暇なんだし。
 その間、説得できなかった時のために殺しの技術を身につけるつもりでいたし。
 公園で誘われた時ためらったのは、子供に教わる事に抵抗を覚えたからだが子供でもプロに違いはしないし。
 よし行こう!


 そんなワケで翌日、僕はアリス邸を訪れていた。
 アンソニー博士邸には劣るが、なかなか立派な洋館だ。
 呼び鈴を鳴らすとしばらくして扉が開きアリスが顔を出した。
 そして「やっぱり来たのね」と笑う。
 招き入れられて家敷に入ると、さっきは扉に阻まれて見えなかった彼女の全身が見えた。
 彼女はこの前とはうって代わってフリルがいっぱいついたワンピースを着ている。
 そういう服を着ているとますます殺し屋には見えない。
 凝視していると視線に気づいた彼女はワンピースのすそをつかみ
「ああ、これ?仕事用の服なの。この方が相手を油断させられるでしょ?」
 そして僕を応接間へと通すといすに座り話し出した。
「そういえばこの前名前もなにも聞かなかったわね。名前は?歳はいくつ?」
「藤堂光。15歳」
 名乗ると彼女は一瞬なんともいえない表情をした。
「そ・・・う、光って言うのね美月と同じ日本人ね」
 そういえば美月さんの姿が見えないがどうしたのだろう?
 部屋の中を見渡していると、
「ああ、美月ならいないわよ。仕事にいってるから。彼女まだ見習いだけど修行して2年目だから仕事もらえるのよ」
 そして微笑むと
「それに・・・私のお目付けなんて役もやらされてるみたいだし」
「お目付け役?」
「ええ、私が組織の方針に従わないで勝手ばっかりするから。他の人間なら殺されているところだけど、私はボスの養女だから」
 言って溜め息をつくと
「私、ボスの屋敷の前に捨てられていたんですって。それをボスが拾ってここまで育ててくれた。アリスって名前ももらった。私に殺人の技術を教えたのもボスよ。 いずれは私がボスになるようにね」
「・・・・・・」
「あぁ、余計な事話しちゃったわね。それで?ここに来たって事は殺人の技術を学びたいって事よね」
「そうだけど」
 答えると
「ひととおり全て教えるつもりだけど。じゃあとりあえず明日から狙撃を教えるわ」
「今日は?」
 問いかけると
「今日はちょっと約束があってこれから出かけるのよ」
 そして
「暇なら狙撃場に行ってみる?地下にあるから」
 頷くと
「地下への階段を降りてすぐだから分かると思うわ」
 そして地下への階段まで案内してくれて、くれぐれも銃には触らないようにと言い残して出かけていった。
 狙撃場は本当に階段を降りてすぐの所にあった。
 扉を開くとそこにはいつのまに帰っていたのか美月さんがいた。
 彼女は仕事着なのだろうか露出の多い深紅のドレスに身を包んでいた。
 的に向かってナイフを投げている。
 ナイフは見事に的の真ん中に命中した。
 彼女は満足そうに息を吐き僕が入って来た事に気付いていたのだろうか声をかけてきた。
「・・・どうも」
「どうして殺人の技術を学ぼうって気になったの?あなた、見た所いいトコのお坊ちゃんでしょ?やめときなさい。お坊ちゃんには無理よ」
「そんなのやってみないと分かりませんよ。それに、それを言うならあなただってどうして殺し屋見習いをしているんですか?」
 言い返すと彼女は驚いたような顔をして
「アリス様から聞いてないの?」
と聞いてきた。
 頷くと
「そう、聞いてないのね。・・・いいわ。教えてあげる」
 つぶやいて瞳を閉じ
「私ね、17歳の時に両親を亡くしてるの。あの頃の私、自分勝手でわがままで。ほんっとに嫌な人間だった。両親の死んだ原因も私のわがままだった。 それに両親が亡くなった事で荒れてますますどうしようもなくなっちゃって。友達にさえ見放されかけてた。そんな私を救ってくれたのが息吹だった」
 “息吹”という名前を口にしたとたん幸せそうな表情になる。
 彼女にとってよっぽど大事な人間なのだろう。
「息吹とは両親と一緒に運ばれた病院で出会ったの。幼い頃から胸を患ってて入院していた彼とね。彼、本当に優しい人でね。荒れきった私の心を優しく 包み込んでくれた。私はだんだんと彼にひかれていったわ。彼も私の事好きだって言ってくれて。彼の病気が治ったらいろんな所に遊びに行こうって約束もしてた。 でも・・・彼は手術中に死んでしまった。悲しかったけれど仕方ないって思ってた。いつ死んでもおかしくない病気だったんだからって」
 そこまで話すと彼女はその場に座り込んでしまった。
「でも・・・違ってた。彼のお兄さんの話だと手術は成功率70%って言われてたって。それなのに死ぬのはおかしいって。それで彼のお兄さんといろいろ調べたの。 そして、息吹が死んだのは手術中の医療ミスが原因だという事を知った。しかもミスをしたのは院長だった。院長は自分の立場のために医療ミスを隠してた。 関係者にお金をばらまいて!!」
 地面を力いっぱいたたく。
「許せなかった。・・・そして決めたの。院長を殺そうって!でもどうすればいいのか分からなくて。そんな時お兄さんにパリへの留学を勧められたの。 外国に来れば銃とかが手に入りやすくなるしと思って私はその話を受けた。そして私はパリに来た。でも、なかなか武器が手に入んなくって途方に暮れている所に アリス様に拾われて。それで今に至るってわけ。ちなみに院長の名前は藤堂秀一っていうの」
 藤堂秀一?父さんじゃないか!
 じゃあ、父さんは不正な取り引きだけじゃなく医療ミスの隠蔽までしてたのか。
 青褪めているだろう僕を見上げて美月さんは
「これが私が殺し屋見習いしてる理由よ」
と皮肉めいた微笑みを浮かべる。
 僕は黙って立ちつくしていた。
 父さんが医療ミスの隠蔽をしていたという事実は父さんを殺すという意志をますます強くした。
 彼女は深く溜め息をついて立ち上がりドレスについた埃をはらい落とすと
「勝手にすれば」
 言い残し出ていった。
 その後夜遅く帰宅したアリスといろいろ相談した結果、僕は泊まっているホテルをチェックアウトしてアリス邸に住み込むことになった。


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