IN THE BLUE SKY 第2章
         〜旅立ち〜

  ・・・ここはどこだ?
 目を覚ますと俺は見知らぬ部屋の中にいた。
 俺は何があったのか思い出そうと腕組みをして瞳を閉じた。
 えっと、確か、中本に司の夢の事を話した後、中本に抱きしめられて、そのままウトウトしだして眠ってしまったハズだ。
 それがどうしてこんな部屋で一人座ってるんだろう。
 とりあえず、部屋の中を探索してみる事にした俺はまず勉強机を見つけた。
 机の上にはペンケースとノート。それに中3の数学の教科書がある。
 そして窓の傍にあるクローゼットの中には複数の洋服と黒い学生服が所狭しとハンガーにかけられていた。
 どうやらこの部屋の住人は中学3年生で男らしい。
 そしてクローゼットと対角線上にある本棚の中には、たくさんの医学書が並んでいた。
 医学書を見て一瞬何かを思い出しかけたような気もするが――・・・はて、何だろう。
 と。首をかしげる俺の視線の先に旅行かばんを見つけた。
 さっきは目に入らなかったが、どうやら俺の座っていた場所の前に置かれていたらしい。
 中を見てみると、まずパスポートが目に止まる。
 ページを開くと藤堂光という名と今より少し幼い俺の顔が――・・・
 そうだここは僕の部屋だ。
 みんな夢だったんだ。
 僕が司という女性を殺したのも。父さんを殺そうとして偶然父さんの傍にいたヤクザに殺されたのも。死神になって、たくさんの人の死を見届けて来たのも。中本架月という天使と出会って友達になった事も――・・・。  そうだよ。僕は藤堂光なんだ。速水光なんかじゃない。ちゃんとした人間だよ。
 そう僕が父さんに殺される訳がないんだから。
 でも僕が父さんを殺そうとする事はこれから起こり得る未来かもしれない。
 だって僕は――・・・
「失礼します」
と、扉をノックする音が響き、長身の男が入ってきた。
 彼は榊といってこの家の執事だ。お嬢様育ちの母さんのために父さんが雇ったんだ。
「何?榊」
 榊は一礼して僕に夕食の準備が整った事を告げた。そして僕の目の前に置いてある旅行かばんをみつけて顔をしかめる。
「光様。そのような事は私が」
 僕は手に持っていたパスポートをかばんの中に入れると
「いいよ。もう済んだから」
 そして立ち上がると部屋に一歩足を踏み出した状態で立ち止まっている榊を押し出し、自分も部屋を出る。
 食堂へ向かう途中、窓から母さんの姿が見えた。
 何やら一生懸命に庭に穴を掘っている。
「何・・・やってるの?」
 榊に尋ねると
「奥様が飼ってらっしゃったワニのエリザベスが亡くなってしまったんです」
「・・・で庭掘ってるって訳?」
「はい、奥様とても可愛がっていらしたから」
「それでいつ死んだの?」
「5時30分です」
 ポケットから取り出したアンティーク調の懐中時計をちらりと見て答える。
 今6時だから、30分前か。そういえば何か騒がしかったな。いつものコトだから気にも止めなかったけど。
 それにしてもよくそんなに正確な時間を覚えていられるものだと思うが、この榊はいちいちきちんとしている男なのだ。
 だから父さんも雇ったんだろうけど。
 でも父さんもわざわざ自分のライバルを雇い入れることないと思うけど。
 そう彼は母さん、藤堂要のことが好きなのだ。今も、庭を掘っている母さんを心配そうに見守っている。
「そんなに心配なら手伝いに行けば?」
 僕が言うと
「えっ」
おもしろいくらい赤く頬を染める。
 ・・・・・・。バカバカしい。
 僕は榊をおいて一人で食堂へと歩きだした。


 食堂でテーブルの上に並べられていた料理を先に食べていると、母さんと榊が部屋に入ってくる。どうやら本当に手伝っていたらしい。二人共、服が汚れている。
 母さんが席に着き食事が始まる。
「ねえねえ光ちゃん。そういえば明日出発だったよねぇ。どこ行くの?中国?中国行くんなら中国服買ったげよっか?」
 大きな瞳をキラキラと輝かせて聞いてくる。
 そして両手を祈るように組み合わせて
「そうそう。光ちゃん、むこうに行ったらお腹痛に効くお薬買ってきてね。やっぱりぃ、漢方といったら生薬よね
 ・・・。もうイヤ。
 今に始まったことじゃないけど母さんのこのテンションにはついていけないよ。
「母さん。僕が行くのは中国じゃなくてフランスのパリなんです。パリ。だから中国服なんていりませんし、漢方薬も買ってこれません。解った?」
 頬をひきつらせながらも説明すると、長くのばした天然パーマの髪を指でいじりながら
「えー?漢方医のお勉強しに中国行くんじゃなかったの?じゃあ、何しに行くの?パリなんて」
と口をとがらせる。
「だから、先日、説明した通り、パリに、僕の尊敬する博士がいるんです。10歳でもうすでに医学博士になってらしたそうで、ものすごい頭脳の持ち主なんです。19歳で年齢も近いですし。ぜひ彼に医学を学びたくて」
「え〜っ。そんなのパリに行かなくっても秀一さんに教わればいいじゃない☆ね?榊ちゃんもそう思うでしょ?」
 聞かれた榊はあわてて顔をあげる。
 どうせまた榊は母さんのかたを持つんだろうなと思ったが
「奥様、パリに行く事は光様がご自分の意志でお決めになったことですから。光様の意志を尊重すべきだと思います。秀一様も光様のパリ行きを許可なさいましたし」
「そうなの?光ちゃん」
「ええ」
 そう、僕のパリ行きは父さんも許可した事だった。
 先日、学校の帰りに藤堂病院によって説得した。


 院長室に行くのも父さんと2人きりになるのも久しぶりだったから、僕はとても緊張していた。
 扉をノックしてから中に入ると、彼はカルテに目を通していた。
 僕が声をかけると顔を上げて、接客用のソファを示す。
 座れという合図だ。
 僕は大人が3人座れる大きさのソファに座り、隣に学生かばんを置く。
「どうした?光。おまえがここに来るなんてめずらしいな」
 かばんを置いたとたん、父さんが声をかけてきた。
「そんなことないですよ、お父さん。たったの1年来れなかっただけじゃないですか」
 そう1年、僕はずっとこの部屋に来なかった。それまではしょっちゅうこの部屋に来ていたのだけれど。
「それで、どうしたんだ?何か用事でもあるんじゃないのか」
「はい。実はお父さんにパリへ行く事を許可していただきたくて」
「パリに行きたいのか?」
「はい」
 頷く僕に父さんは頬づえをつきながら聞いてくる。
「何をしに行くんだ」
「パリに学びたい医師がいるんです。僕が医師を志しているのはお父さんも知っているでしょう」
「医師になるのならパリよりもドイツに留学した方がいいと思うが」
 確かにドイツの方が医学の研究は進んでいる。でも・・・。
「パリに行きたいんです」
 すると、僕の決意の強さを分かってくれたのだろう。
 父さんは溜息をついて頬づえを解いて
「お前の人生だ。好きにしなさい」
 そして立ち上がると僕に背を向ける。
「悪いが、これから人と会う約束があるんだ」
 帰れということだ。
 僕は促されるまま、院長室を後にした。
 つき放すような背中。
 この人はいつからこんなに遠い存在になってしまったのだろう。
 1年前までは僕にとって1番近い存在だったのに。
 僕が中学にあがる前までは父さんはよく一緒に遊んでくれていた。
 いろんな所に連れていってくれて、いろんなことを教えてくれた。
 キャンプでの火の起こし方やキャッチボール。
 僕が医者になりたいと思ったのも父さんが原因だ。
 藤堂病院の院長をしている父さんはとても仕事熱心で患者のために寝る間もおしむぐらい、がんばっていた。
 そんな父さんを傍で見ていた僕は父さんみたいな医者になりたいと思った。
 患者のために力いっぱいがんばる父さんに憧れていた。
 僕のまわりにいる人間の中で父さんが1番好きだった。
 だから僕は中学に入り、一緒に遊べなくなっても、院長室には毎日のように通っていた。それが1年前から来るのをやめたのは父さんが変わってしまったことを知ったからだ。
 あの日、いつものように院長室にやって来た僕は、父さんとどうやら客らしい数人の男達との話を聞いてしまったんだ。
 男達はいかにもヤクザといったような格好をしていた。
 話を聞いて分かったことは彼らが不正な取り引きをしているということだった。
 僕は愕然とした。
 父さんは変わってしまった・・・そう思った。
 こんなのはイヤだ。
 僕は自分が父さんを元の父さんに戻そうと決めた。
 それから1年間悩んで決めた事はとにかく説得するという事だ。そして、それでダメなら・・・。
 結論が出た時、僕はパリに行くことを決めた。
 説得するのならもっと知識をつけてからのほうがいいだろうと思ったからだ。パリに学びたい医者がいるのも本当だし。
 はたして僕は父さんを説得するだけの知識をつけることができるだろうか。
 多くの不安はあるが明日僕はパリへと旅立つ――・・・


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