
第4話 一つかの間の平穏−
気が付くと、修一は、走っていた。
真っ暗な空間。その先に見える、かすかな光を目指して。
その光が何なのか、その先に何があるのか、自分でもわからない。
しかし、目に見えない力に押され、彼は、ひたすら走りつづけた。
−約、10秒。
修一の身体は、光に飲み込まれ−
「…?」
CGとして、見慣れた光景が、そこにはあった。
無機質な長方形の建物が、規則正しく立ち並ぶ。
「…ここは…プログラムの、中…?」
周囲を見回し、つぶやく修一。
と、その時。
ヴィシウッ!!
彼の目の前を、白色の閃光が飛ぶ!
「!?」
それとほぼ同時に、大きな物体が、彼の前に降り立ち−
「…! CC!?」
人型。身長、2mほど。全身が、機械で覆われている。
「…な…なんで、こいつが!?」
修一の驚きも、当然のことだった。
そこにいるCC−後につけられた名称で、BORGは、10年前に1体が出現して以来、全くその存在が確認されていない。
そして、その1体を倒したのは−
ズヴァン!
BORGの胸部を、先ほどの閃光が、直撃した!
修一が、それの飛んできた方向を見ると−
1人の男が、後ろの女性と少年を守るように、銃を構えていた。
その服装は、紛れも無く、フォースのもの−
思考が、その部分にたどり着いた瞬間、修一は、凍りついた。
その3人には、見覚えがあった。間違いなかった。
いや…それどころか−
「早く逃げるんだ!」
男が、叫ぶ。
「そんな…ねえ、あなたは!?」
「俺は、こいつを倒す!」
「駄目だ! そいつを倒しちゃ、いけない! さっさと逃げ…!」
修一の声は、彼自身にも、全く聞こえなかった。
「行け! 早く!」
「いやだ! ぼくとかあさんだけなんて、いやだっ!」
少年の、悲痛な声。
「…いいか…おまえが、母さんを守ってやるんだ! 頼んだぞ!」
「何言ってるの! それじゃまるで、遺言じゃない!」
会話は、そこまでだった。
激しい、戦闘。
そして−
男の身体が、宙を待った。
少年の声と、修一の声。
それは、見事に、重なった。
『父さあああ―――――――――――んっ!!!!!』
…目を開けると、天井が、目に入った。
「…あ…。」
「お目覚め?」
声の方向には、開いたドアから修一を見る、里美の姿があった。
「…えっと…俺…。」
少しずつ、記憶が、はっきりしてくる。
「…そうか…俺、寝ちゃったのか…。」
「ずいぶんと、うなされてたみたいだけど?」
「…うん…。」
修一は、体を起こし、
「…あのときの夢、見てた。」
数秒間の、沈黙。
「…そう。」
「…で、何か用?」
里美は、答えない代わりに、修一のそばまで寄って来て−
ゴヅッ!
「いだっ!」
彼の頭をぶん殴って、怒鳴った。
「友達と約束した時間に何寝てるんだ、この大馬鹿!!」
西暦にして、2499年。
地球は、ようやく、落ち着きを取り戻し始めていた。
2000年に入ってからの、絶望的な環境破壊。
2100年代の、通称「戦争の百年」。
そして、その二つが合わさった2200年は、人類の半分が死滅する事態となった。
一度は絶望の泥沼に全身を埋めた人間だったが、その中から、はじめに、数百人が脱出。それに引きずられるように、続々と、人は、泥の中でもがき、頭を出し、体を見せ、足を抜き、そして、泥を洗っていった。
「泥の中で、何かを悟った」
「泥の中でじっとしているのも、いいかげん面倒になった」
…後世に生きる者達の、勝手な解釈である。
だが、2300年、人は、自らの行いに、愕然とする。
地球の生態系が、ほぼ変わってしまっていたのだ。
後に残るものは、先人の、わずかな遺産。
それを使い、人は、もう一度、歩き始めた。
それから、200年。未だ見えないゴールを目指し、その足は、止まることなく、前へと進んでいる。
頭の痛みと、未だに残る眠気を、セットにして引きずりながら、修一は、友人2人と共に、大通りを歩いていた。
「…ったく…大体、何でこんな朝早くに、俺達が借り出されなきゃならないんだ?」
「いいじゃない、どうせ暇なんでしょ?」
友人は、それぞれ、同年齢の少年と少女。
少年の名は、鹿山凛。少女の名は、アーティス=高原。
ちなみに、少女の名前は、彼女が米日ハーフであることに由来する。
「いや、まあ、確かに暇だけど…。…だからって、お前の買い物に付き合わされる筋合いは無いと思うがなあ…。」
「も〜ぐだぐだ言わない! 男らしくないわよ、凛!」
「…っ!」
「…あ…。」
言ってから、自分の発言のまずさに気づくアーティス。
というのも、凛にとって「男らしくない」は、禁句なのである。
「(…ま…ちょっと見たら、女だもんなあ…。)」と、胸の奥で、修一。
童顔、低い身長、声変わりしているはずなのに高い声。それらが反発することなく組み合わさって、普通に見たら、『髪の短い少女』になってしまう。
前々から、凛は、それに、強いコンプレックスを持っており、そのことに反発するように、性格は、荒っぽいものになってしまっていた。
実際は、優しい性格なのだが−
「ご、御免、凛!」
「…、…。」
必死で怒りを抑えているのが、はっきりと分かる。
「…い…いや、いいよ…もう。」
「…御免。」
「(…抑えられるように、なったか…。)」
修一は、再び、心の中でつぶやく。
もしこの言葉を、アーティスと修一以外の誰かが言えば、少し前まで、確実に喧嘩沙汰に発展していた。
…もっとも、それでも、怒りは、湧き上がってくるのだが。
3人の間に、気まずい沈黙が流れ出す。
『……。』
それが長続きする前に、目的のデパートについたのは、せめてもの幸運だった。
同時刻−AM10:22。
コンピュータ世界、フォース本部。
「…? 今日は非番のはずでは?」
受付を務める女性は、目の前の人物に、そう聞いた。
「…そうか…君は、知らないんだね。」
「え?」
「他の奴らも、きっと来る。その時に、聞いてみるといい。」
「あの、フォルトゥスさん、ちょっと−」
女性の言葉を無視し、中へと入っていくフォルトゥス。
しばらく歩いた後、彼は、一つのドアをくぐった。
「…よう、フォルス。」
声の主は、部屋の長椅子に座る、別部隊のフォース隊長、ジルトだった。
「…よう。先、越されちまったな。」
「なあに、俺も、今さっき来たとこさ。」
「後から、他のメンバーも、来るだろうな。」
「…いないよ、来ないやつなんて。」
ジルトの隣に、腰をおろすフォルトゥス。
「…あの人の、10回目の命日。そして…誕生日。」
「全く…祝うべきか、悔やむべきか、分からんよ。」
二人のいる部屋。そのドアには、ネームプレートがかかっている。
<フォース0002 隊長・クライド>
「…あの人は、隊長として、心から尊敬できる人だよ。」
「今の俺達なんて、足元にもおよばねえ…。」
10年前。彼ら2人はまだ、フォースの新米だった。
そのときの上官の名を、クライドという。
「…しかし…どうして、あの人は、CCの攻撃を、まともに…。」
「…守ったのさ。」
「?」
「あの人は…大切な人を守って、死んだんだよ。」
「…フォルトゥス…おまえ、何か…知っているのか?」
答えない、フォルトゥス。
「…クライド隊長のことを…何か、知っているのか?」
「…。」
彼は、首を横に振り、
「…いや…。…でも…あの人の致命傷を見れば…。」
「致命傷?」
「…胸の、ど真ん中だ。そんなところに来る攻撃を、避けられないと思うか?」
「…つまり…避けなかった。避けたくても、避けられなかった…そういうことか?」
「…ああ。」
フォルトゥスは、胸のうちで、同僚に謝罪していた。
彼の言葉には、嘘があった。
10年前、彼は、見たのである。
すでに息絶えているクライドと、その亡骸のそばで泣いている、少年と、女性を。
3人のつながり。それに伴う、情報。
その女性は、今−
その少年は、今−
「………。」
フォルトゥスの頭は、しばらくの間、上がらなかった。
AM12:45。
買い物にいそしむアーティスや、それに引きずられている凛と別れ、修一は、通りを歩いていた。
途中の花屋で、やや大きめの花束を購入し、歩くこと、約30分。
彼の身体は、共同墓地の入り口にあった。
と、
「あら、意外に早かったわね。」
後ろに、里美が来ていた。
「約束のもの、買ってきた?」
修一は、花束を掲げ、
「…ったく…。何で俺が、好奇の視線を浴びなきゃなんねえんだよ。」
「いいじゃない、買い物ついでなんだから。」
「…まあ…父さんの墓参りだから、いいけどね。」
「さ、行きましょ。」
連れだって、墓地内へと入っていく2人。
その墓は、墓地のやや奥にあり−
『…え?』
2人は、同時に、声をあげずにはいられなかった。
そこには、すでに、花束が生けてあったのである。
「…誰、だろ…?」
「…父さんの友人か…、それとも、<クライド>を知る者か…。」
「…!」
修一は、1人、思い当たる人物がいた。
「…ヴォルト=ディフック…。」
「?」
「…あいつは…、俺が、<クライド>の…父さんの息子だって、知っていた…。」
「…じゃあ…?」
「…。」
…サゥ…。
風が、花を、かすかに揺らした。
同時刻。
「悪いな、佑里。花束、半分しかなくて。」
佑里の眠る病室。亮は、そこで、少々不器用に、花瓶に花をいけていた。
「…修一君のようには、なかなか出来ないなあ。」
独り言を、ぼやきつつ。
「…彼が、うらやましいよ。」
花束が、どうにか、全て、花瓶に収まる。
「…。」
どこからどう見ても、花の上に花が刺さっていた。
「…これ以上いじくったら、花を枯らしそうだ。」
言いながら、頭を掻く。
「…やっぱり…修一君の役目だな、これは。」
不意に、亮の瞳が、真剣さを帯びた。
「…彼は…、…生きないといけない。佑里に何も言わないまま…CCに倒されては、いけないんだ。」
拳を、強く握り締める。
「…佑里…彼は、僕が守ってみせる。<フォルトゥス>として、彼を、おまえの目の前に、連れて来てやる。」
次の言葉は、佑里の顔に、投げつけられていた。
「…だから! おまえも、起きるんだ! いい加減…目を覚ますんだ!」
休息の終わり。
それは、その日の夜、全てのCGに、突然告げられた。
<CCの本拠地、判明。明朝8:00より、殲滅作戦を開始する。>
−To be continued