七十一番職人歌合
 天地(あめつち)のはじめより、さまざまな職業の道がつくられてきました。その道のなかでも和歌の道は人の心をやわらげます。ですので、わたしたち百四十二人の職人も、庶民ながらも心おきなく、それぞれの職にあわせて和歌をよみ、左右に分かれて競いあう歌合(うたあわせ)をいたしました。七十一番の勝負です。
 お題は、月と恋。
 和歌とあわせて、わたしたち職人の姿もお楽しみください。
 さぁ、職人といえばまずは工人です。
 建築関係の番匠(ばんしょう)や鍛冶(かじ)。戦の世なれば弓作(ゆみつくり)に鎧細工(よろいざいく)。宮中に納める御簾屋(みすや)や蒔絵師(まきえし)もおります。女性ならば、機織(はたおり)、紺搔(こんかき)、縫物師(ぬいものし)などの染織関係。
 京の都では、次第しだいに、モノ作り職人が充実してまいったのです。

♪あばら屋根 ふるき鍛冶屋が 鎚(つち)ふって ふりさけみれば 月のさやけさ♪

 工人たちが納期に追われ、夜どおし仕事をすることは、昔も今も変わりません。
 つづいて職人といえば行商人です。
 鍋売に扇売、畳紙売(たたうかみうり)……、日用雑貨を小売りする商人がおります。魚売(いをうり)、酒作(さかつくり)、餅売(もちゐうり)……、食料品を小売りする商人もおります。店を構える者や、振り売りの者。こうした職人には在京の者ばかりでなく、地方から京にのぼって来る者もおります。

♪畳紙 銀(しろがね)のばした 切箔(きりはく)の 光みたいな 秋の夜の月♪

 品物ばかりでなく、口上(こうじょう)も巧みになります。
 それで、職人といえば芸能の者です。
 白拍子(しらびょうし)に田楽、猿楽、早歌謡(はやうたうたい)……。舞を舞ったり、歌ったり。
 最後に、職人といえば宗教者です。
 神道は、禰宜(ねぎ)に巫(かんなぎ)。仏教は、華厳宗や山法師など旧仏教のほかに、禅宗や念仏宗など新しい宗派が起こっております。僧侶だけでなく尼僧もおります。比丘尼(びくに)と尼衆(にしゅう)です。

♪恋せよと 我になすすめそ 戒律を たもつは難(かた)し 君は愛(いとお)し♪

 そうそう。
 貴族のなかにも、文者(ぶんじゃ)という事務文書の職人がおります。武士は、弓取(ゆみとり)という戦闘の職人です。
 このように、ちかごろ京の都にはたくさんの職人がそれぞれの道を営んでおります。
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