作品解説
酒呑童子絵巻粉本 (しゅてんどうじえまきふんぽん)
江戸時代後期 1巻 紙本墨画淡彩 巻子装
縦38.0㎝×全長984.4㎝ 全37紙継 絵8段
印記「九曜文庫(朱文方印)」(見返し左下)

 「酒呑童子」の物語の導入部分を描いた絵巻物です。酒呑童子に娘を奪われた池中納言が陰陽師の安倍清明を召して占わせ、討伐に向かう源頼光と四天王らの一行が、石清水・住吉・熊野の三社へ参詣するまでを描いています。この資料は狩野派に伝わる絵手本を、江戸時代後期に写した粉本だと思われます。

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 「酒呑童子」の導入部分を描いた絵巻物です。詞書は付随しません。全8段からなる絵画場面の図様は、伊吹山系酒呑童子のなかでも最古の作品であり、詞書筆者を近衛尚通・定法寺公助・青蓮院尊鎮、絵画筆者を狩野元信と伝える「酒呑童子絵巻」(三巻 サントリー美術館蔵)のうち上巻とよく類似します。

 現状では以下の順に8段が描かれています。

  • (1)娘を酒呑童子に掠われた池田中納言が安倍晴明を召して占わせる
  • (2)池田中納言の天皇への奏上
  • (3)石清水八幡・住吉・熊野の三社の化身に導かれて酒呑童子の住処へ出立する源頼光・四天王・藤原保昌の一行
  • (4)三社の化身の館にて兜や神変鬼毒酒を授けられる一行
  • (5)三社の化身の導きで千丈ケ嶽をすすみ谷川にでる一行
  • (6)山伏姿に身をやつして出立の準備をする一行
  • (7)朝廷は伊吹山に住む酒呑童子の討伐を頼光へ勅命する
  • (8)頼光・四天王・保昌は石清水八幡・住吉・熊野の三社へ参詣する

 しかし伝狩野元信筆「酒呑童子絵巻」(サントリー美術館蔵)上巻と比較すると、本来は(1)(2)(7)(8)(6)(4)(3)(5)の順に物語は展開しており、(6)と(4)のあいだに存在するはずの三社の化身と山中にて出会う一行の場面(α)が欠落していることが分かります。

 本作品は、薄手の和紙に墨線と淡彩によって絵画が描かれ、ところどころ彩色の指示が書き込まれていることから、こうした狩野派に伝わる伊吹山系酒呑童子の絵手本を、江戸時代後期に写した粉本だとみなされます。この粉本を制作した絵師の系譜が、どのくらいまで続いたのかは分かりませんが、錯簡は、表具を改めた明治時代以降に生じたのでしょう。

 なお見返しの左下には旧蔵書印「九曜文庫」が押されており、当館が収蔵する以前には、国文学者の中野幸一氏が旧蔵した品であることが知られます。

酒呑童子図屏風(しゅてんどうじずびょうぶ)
酒呑童子図屏風(しゅてんどうじずびょうぶ)
江戸時代前期 六曲一隻 紙本着彩 屏風装
縦164.9㎝×横360.4㎝ 絵13場面

 「酒呑童子」の物語の前半部分を描いた屏風で、絵画様式から近世初期狩野派の制作とみなされています。「酒呑童子絵巻粉本」に見られる各場面に加え、この屏風では、酒呑童子との対面までが収められています。また、画面の上方部に内裏や参詣した神社、下方に酒呑童子の住処という描き分けの趣向が認められます。

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「酒呑童子」の前半部分を描いた屏風で、もともとは六曲一双を構成する右隻にあたります。絵画様式から近世初期狩野派による制作とみなされています。

全13場面が描かれており、館蔵「酒呑童子絵巻粉本」で描かれた8場面に加えて、欠落していた(α)石清水八幡・住吉・熊野の化身と源頼光・四天王・藤原保昌一行との出会いや、(9)谷川上流での掠われた姫と一行との出会い、(10)酒呑童子の住処である城門への到着、(11)城内に通された一行、(12)酒呑童子との謁見までが描かれています。

 その絵画は、伊吹山系酒呑童子のなかでも最古の作品であり、詞書筆者を近衛尚通・定法寺公助・青蓮院尊鎮、絵画筆者を狩野元信と伝える「酒呑童子絵巻」(三巻 サントリー美術館蔵)とよく類似し、この絵巻の上巻から中巻前半部までと一致しています。

 本作品におけるこれらの場面は、画面上方に内裏や石清水八幡・住吉・熊野の社殿を、画面下方に千丈ケ嶽や酒呑童子の城をかためて配置されており、画面の上が聖性の高い場所、下が鬼の住む悪所という意識で振りわけられ、構図がなされています。

 残念ながら後半部分の描かれた左隻は失われていますが、もとの左隻には画面下方に酒呑童子の城における酒宴や鬼の対決、画面上方に一行の都への凱旋が描かれていたことでしょう。

絵本大江山
絵本大江山 下(えほんおおえやま げ)
江戸時代 1冊 絵入版本 袋綴装 楮紙
縦21.2㎝×横15.1㎝、全5丁半
印記「名古屋/杦□屋□吉/杦之町」(2丁表、裏表紙裏)
墨書「酔月七百町二丁目佐々木氏」(裏表紙)

 江戸時代中期に制作された北尾政美の挿絵入りの多色刷絵本です。装幀は、半紙本を小さくした判型の紙を袋綴装にしています。表紙・裏表紙は、黄色に染めた厚手の紙に、黄緑色で霞に松の枝を摺り出しています。

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 館蔵「絵本大江山 下」は、本来は上下2冊セットの下巻にあたるもので、製版の多色刷による絵本です。大江山に棲む酒呑童子と手下の鬼たちを、源頼光や四天王、藤原保昌らが討伐するというストーリーで、それを北尾政美による挿絵と森羅万象による文章によって簡略に表現しています。画故・入江正彦氏による児童文化の収集品(入江コレクション)のうちの1冊です。

 装幀は、半紙本を一回り小さくした判型の紙を袋綴装(ふくろとじそう)にしています。表紙および裏表紙は、黄色に染めた厚手の紙に、黄緑色で霞に松の枝を摺りだしたもので、表紙の左肩には外題として、二重枠に縁取られたなかに「絵本大江山 下」と墨刷りされた橙色の題箋が貼られています。

 6丁裏は奥付となっており、絵師として「東都画者 北尾政美」や書肆として「須原屋市兵衛」「永楽屋東四郎」が名を連ねています。

 見返しは1丁表と貼り合わされており、裏表紙裏には「大日本国郡全図」と「書肆 尾州名古屋本町通七丁目 永楽屋東四郎/江戸日本橋通本銀町二丁目 同出店」の広告が印刷されています。また2丁表と裏表紙裏には、貸本屋のものと思われる蔵書印「名古屋/杦□屋□吉/杦之町」が一カ所ずつ押され、裏表紙には「酔月七百町二丁目佐々木氏」と墨書されており、来歴が示唆されます。

 また版心には「大江山 □(丁数)」と刻まれ、その丁数は本資料の1丁から5丁まで順に六から十までの漢数字が当てられています。開版当初には上下2冊本ではなく全11丁により合綴された1冊の本として企画されていたのかもしれません。入江コレクションには同じ板木による墨摺の版本で、上下巻の内容をあわせた「大江山」(縦21.0㎝×横14.5㎝、全11丁)がもう1冊収蔵されています。

 『国書総目録』には、北尾政美画による「絵本大江山」の項に、漆山又四郎版・天明六年(1786)刊行と記載されており、館蔵「大江山」の叙(序文)の「午の孟春」もこの年を指すもの(同年の干支は丙午です)と考えられています。

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