第七話 大切なもの

そして迎えた大会の日――――― 
ポイントゲッターを欠き、流れを変えられないチームは、脆かった。そして誰もが彼の存在の大きさを感じていた。追い込まれた時でも、いつも自然に重い空気を変えてくれていたのは雅斗だったんだと。いつもここに居た、ここにいるのが普通だった雅斗・・・。今はいつもと反対の場所に立っているけど、でも心はいつだって近くにいる。それは変わらないと今なら信じられる。

コートに出たのはたった数分という時間だったが、ベンチに居るときでも俺は、心から歓声を上げ、応援をし、夢中になって叫んだ。雅斗の視線、雅斗の場所、雅斗の存在を感じながら。
 俺はこのとき、本当の意味でこのバレー部のメンバーになったと思う。
 今まで本気でなかったとは決して思わないが、自分では一生懸命になっているつもりでも、それでも心のどこかに味気無さがあった。いつも感じていたこの満たされない気持ちは、きっと俺の中に居たもうひとりのヒネクレ者の俺だったんだと思う。
俺は傲慢だった。その場限りの“精一杯”を棚に上げて、自分を慰めて、周りをちゃんと見ようとしていなかった。認められない自分が歯がゆいばかりに、いつのまにかその事に拘泥して大切なものを見失っていた。俺の周りにはいつだって認めてくれる人がいたんだ。部活に行けば一緒に汗を流し笑い合える仲間がいた。どんなときでも俺を思ってくれる家族がいた。いつも近くにいてくれるかおりや雅斗がいた。そんな簡単なことに気づいていなくとも、ずっと支えてくれていた。


結果は、激しい攻防戦の末惜敗を重ね、決勝リーグに勝ち残れないまま終わってしまった。しかし、俺はこれまでにないほどの充実感を感じていた。もしかするとこれは自己満足かもしれないしナルシズムかもしれない。でもこの大会で、俺は初めて“一緒に闘えた”気がする。



 

 

「今日はホンマええ試合やったなー。」
 その日の帰り道、「初陣祝いや!俺おごったるから晩メシ食いにいかんか。」という雅斗の誘いをうけて、かねてからの希望だったらしい“もんじゃ焼体験”に赴いた。「タラコが先、ダシは後から!」「チーズなんか入れるんか!?」「もうそろそろかな」「まだ食えらんのか〜?」そんな言葉を飛び交わせながら作って見せると、鉄板でクツクツ焼けるもんじゃを興味深そうに見ながら、ハガシを片手にうれしそうな顔をしている。いつになく子供っぽい雅斗は結構笑えるかも。
「今日はマジ燃えた、ベンチってやっぱいいな。」
「そうやろー。何かワクワクするしなぁ、あの緊張感もたまらんし。
言うけどコートはもっとええで。特にスパイク決まった時!自分がまだ跳んどる間にボールがコート叩く音聞くねんで、あれが一番最高やな! つーかコレうまっ!関東人ってこんなウマイもん食っとったんか〜!」
「それは良かった。雅斗は食べるの初めてか?関西の方じゃあんまし食べてないって聞くけど。」
「まぁ向こうはお好み焼きあるからなぁ、他のはあんまし。俺もこっち来て何年も経つけど初めてやしな。知らんもんに手出すんは勇気いるし。」
「そんな大層なモノか?(笑)じゃ、また連れてきてやるよ。一人じゃ来にくいだろ?あ、そういやさぁ、あれ何?メールで書いてあったやつ。『色んな意味で大事』とか言ってたけど。」
「ん?・・ああ、・・・あれね」
 一息ついたあと、雅斗は笑顔でこう言った。
「ま、早い話が転校するねんよ、俺。」

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