第三話 涙

放課後、部活に行こうか迷った。
 うちの部は試合の一週間前になるとメンバーの発表があり、それからは練習メニューが
分けられることになっている。 試合が近づいてますます燃える奴らを横目に沈む自分を思うと、いつも一日の一大イベントと授業が終わるのを心待ちにしていた部活なのに、放課後になるのが憂鬱に感じられた。
結局、休んでもその時間を埋める手立てを知らない俺は部活に行くしかなかった。
行ったと言っても何をしたか覚えていない、中身のない時間を過ごした。誰ともあまり話さなかったし、コートでプレイするメンバーを見る度、そこに居るはずの自分を思ってため息がこぼれた。
時折そんな自分がバカらしく思えたのだろうか、無性に笑えてきて、それが一段と情けなくさせた。
かおりや雅斗の視線を感じることがあったがだんだん息苦しくなって、雅斗もそれを感じたのか、
練習中一度も話しかけてこなかった。もう呆れているのかもしれない。
部活中は早く終われとばかり思っていた。

「一緒に帰るって昨日言ったじゃない。もしかして忘れてた?」
「あ・・・ごめん。」
自転車置き場まで来たときかおりが追いついてきた。少し息を切らしている。
「一人でスタスタ行っちゃうんだもん、そんなことだと思ったよ。」
「・・・片付け、もしかして・・・いいのか?」
「ん?・・あ、大丈夫、ちゃんとやってたんだけどね、杏子たちが早く行けって。みんな心配してたよ・・・?」
「・・・・」
言葉が出てこなくて、無言で自転車を引っ張り出す。
かおりは話題ミスを察したのか、
「一緒に帰るのってひさしぶりだよね。夏以来?
だんだん陽が沈むの早くなってきたし、すっかり秋らしくなったね。」
なんて話をする。「・・・風も、冷たくなったよな。」と曖昧に返すものの、何だか申し訳なさを感じた。
(何言ってんだろ・・・・バカだ、俺・・・)


河原沿いの道まで出ると人通りが無くますます静かになった。
 何となく水面を眺めたり、道端のススキに手をやったり。
 隣を歩くこいつは何を思っているんだろう・・・・。
 「・・・話って?・・昨日言ってた。」そう言ってみると、
     「あ、・・うん・・・。」
 静けさが戻ってくる。

 自転車の音が虚しく続く。


「・・・俺さ、」
 先に沈黙を破ったのは俺のほうだった。
 「俺さ、・・・高峰先輩に憧れてたんだ。」
 かおりは下を向いたままだった。
俺は呟くように続ける。
 「中3の時にバレーやってる友達の試合見に行って、そこで初めて先輩のプレイを見たんだ。
とにかくかっこよくてさ、あの時先輩が決めたスパイク今でもはっきり覚えてるよ。
先輩の居た場所はレフト、そこからコートの真ん中にホントにきれいに決まったんだ。
それ見た時にこの高校でバレーするって決心して、先輩目標にずっと頑張ってきた。
いつか俺もあのレフトで打てるように・・・・(でも・・・)」
「でも、もう無理かもしれない・・・。」
 かおりの歩みが止まった。
「・・・どうしてそんなこと言うの?これから頑張ったらいいじゃない、無理って言ってて叶う
わけないじゃない。他の皆だって同じように頑張ってるんだから。」
「俺だって精一杯頑張ったよ、いつでも考えることは部活のことばっかりだった。
でも、どんなに頑張ったって結果がついてこなきゃ空回りもするさ!」
「甘えてんじゃないわよ!潤平の"結果"って何!?試合に出ること!?レギュラーなってる人は
それだけの努力してるから強いんだよ。高峰先輩も、片桐さんも、橘くんも、雅斗くんも、みんな・・・」
「じゃあ、かおりは俺の努力が足りないって言いたいのか!?」
「そうじゃないよ、潤平が頑張ってたことは誰より知ってる」
「じゃあ、これ以上どうしろって言うんだ!?何が足りないのか教えてくれよ!」
「・・そんなの、あたしに聞かないでよ、わかんないわよ!・・・・泣き言なんか聞きたくないの・・・、
頑張ってよ・・・」
 言い過ぎたことに気がつくのがすこしばかり遅かった。
「・・・あたし帰る!もう知らない!」
 そう言い残して走っていってしまった。
 かおりの目は涙でいっぱいだった。

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