第四話 事件

 それからと言うもの、かおりはあからさまに俺を避け続けた。
 朝、見かけても挨拶すらしない。廊下ですれ違っても、まるで一度も会ったことのない他人みたいに素通りする。
 「悪い、あの時俺も自分の事でいっぱいでさ、言いすぎた。かおりだったら分かってくれてると思うけど、・・・ごめんな。」って、明るく言ったり、トーンをかえてみたり何度も予行してみたけど、俺も俺で一言すら言えないでいた。通学路、廊下、昼休み・・・言うチャンスはいくらでもある。いつだって叫べば届く距離にいる。いや、叫んでもいいと思う。早く謝りたい。正直、かおりに無視され続けるのは結構キツイのだ。

 部活には行った。行ったけどいつのまにか目的が変わってしまったように、ここでもチャンスを探してかおりの様子をうかがう。俺が友達だったら「そんなに気になるんなら早く言ってしまえばいいのに、なに意地張ってんだ」って言ってるだろう。でも、
(気の強い女は難しいよな・・・・俺も頑固だけど。)

部活が終わるとそのまま何となくゲーセンに行って何時間も遊んだ。何となくむしゃくしゃして帰る気にならないし、どうせ帰ってもひとりだ。勉強なんか論外。寝るためだけに帰った。もちろん気分は晴れないまま。

 そんな調子で三日が過ぎ、試合はもう明後日に近づいていた。
 帰り道、ふいに降り出した雨は激しくならず、また止むこともなく、だんだん俺の思考を止めてくれた。その冷たさが少し快い。

アパートの扉を開けると、母さんが来ていた。
「あら、おかえり。やっぱり傘持ってなかったのね。ちょっと待ってて、タオルとってきたげる。」
(今日は会いたくなかったな・・・)そう思いながら重い靴を脱ぐ。
テーブルを見ると一汁三菜の食事が用意され、ラップがかけられていた。
「はい、・・・・何ぼーっとしてるの、風邪引くわよ。」
タオルがあたたかい。 
「・・・いや、何か部屋明るいなって思って。」そう言うと、おかしな子ねって顔で笑い、またコンロの鍋を相手する。
「いつもこんなに遅いの?頑張ってるわねぇ。」
「そんなことないよ。」と、かばんを下ろしてテーブルの唐揚げをつまむ。
「今度は何つくってるの?」
「カレーよ。明日になったらおいしくなってるから。
ねえ、ご飯はちゃんと食べてるの?流しに食器ためてちゃだめでしょ、何か変な臭いしてたわよ?洗濯も。隅にかためてあったの洗ってよかったのよね?」
「うん。ありがと。」
 久々のマトモな夕食。生活の音。
一人暮らししたいって言った時は一番反対してたのに、何だかんだ言いながら俺の部活生活を応援してくれてる。
今部活を辞めたら、この人はどう思うんだろうか・・・。

「そうそう、かおりちゃんから電話あったわよ。携帯つながらないって。」
「ああ、今日忘れて行ってたんだ。」
(仲直りってやつか?いや、まさか向こうから折れてくるわけないよな・・・)
 机の携帯に手を伸ばす。着信が5件。かおりからだ。
「何か元気なかったみたいよ?帰ったら言っとくって言ってあるから、ちゃんと電話しときなさいよ。」
(おかしい。何があったんだ・・・・?)

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