ふ だ し き | タイフーン | 札×式 | 嵐 | 道中記 その2 |
本日は晴天なり。
サオは人間ではない。式神である。
もっと詳しく言えば、つい半日ほど前に手に入れたミコトの式神、である。
「どうゆうこと?」
サオとの契約が終了してすぐ、ミコトは太雄につめよった。
「何が」
「とぼけないでよ。何で他人が実体化させた式神があたしのものになっちゃうのよ!!」
「いいことじゃねェか」
「良かないわよ!」
こんなこと前代未聞だわ!!と彼女はわめく。
絶対に暴走する、と思っていたわけではない。もしかしたら、と考えたからだ。
だから名付けと契約を行った。
そしたら本当に自分の物になってしまった。
暴走もしない。いたって正常だ。
この事実を否定したいわけでもないのだが、彼女は理由を問いつめざるをえなかった。
あるはずがない。
あってはならない。
(こんなの、こんなこと、まるで―――)
「お前の親父だよ」
ミコトはビクリ、と体を震わせた。
「な、何・・・」
声も掠れている。
そうかもしれないと思った。
そんなことが出来るのは彼しかいないと。
太雄の言葉はミコトの考えを確信へと導く。
「あいつしかいねェよ、こんな非常識なコトできんのはな。あいつは不可能を可能に変えちまう。それほどの力を持っているんだ」
太雄は煙草に火をつけた。ちらりとミコトをうかがうと、彼女は落ちつきなくまばたきをくり返している。彼は1つ息をつくと、紫煙をくゆらせながら言った。
「恐ろしい奴だよ、お前の親父は」
その言葉は、ミコトの耳にこびりつき、長く離れることはなかった。
「で、これがその恐ろしい親父があたしのために作った式神・・・ねェ・・・」
彼女はうなる。
ナルト目になっているサオを観察しても、別段変わったところは見られないからだ。
ミコトはサオの着物の襟から手を離すと、屋敷の縁側から空を見上げた。
確かに恐ろしい男だった、と彼女は思う。
何故なら、ミコトは彼の札師としての強さを目のあたりにしたことがあるからだ。
幼かったミコトの目に飛び込んで来たのは、朱。
彼は全身を真っ赤に染めて、ミコトに背をむけていた。
たたずむ彼の目の前には、大きな、とてつもなく大きな、「何か」が横たわっていた。
「それ」は、小さなミコトに襲いかかろうとした物ではなかっただろうか。
一瞬にしてはじけ飛んだ「それ」の前に、彼は立っていた。
返り血を、いたる所からしたたらせて、彼は立っていた。
ミコトは声も出せず、ただただ、それを見つめた。
禍々しく、美しく、そして恐ろしい光景だった。
彼女はその時の情景を思い出し、軽く身震いする。
ミコトを襲った「それ」が国の精鋭部隊も匙を投げた、凶悪な妖怪だったと知ったのは、しばらくしてからのことだった。
一躍有名になりかけた彼だったが、そのころにはもう、彼の姿は消えていた。
ミコトは今や消息不明となった彼に、想いを馳せる。
(今・・・生きているのかしら・・・)
「父さん・・・・・」
声に出してつぶやいてみて、ひどくなつかしく感じた。
何年ぶりだろう、その言葉は、ミコトの父を表す唯一の名称である。
彼女は、彼の名前を知らないのだ。
誰も教えてはくれなかった。そのうちミコトも訊かなくなった。
知ってはいけないような気さえ、した。
「あ――――っ!!!もう!!!」
突然発せられた彼女の大声に、隣でのびていたサオがガバッと身をおこす。首をせわしなく動かして辺りを見回し、ミコトをとらえてサオはきょとんとした。
「暗い・・・・・暗いわ。まだ2話目だってゆーのにしょっぱなからこんなダークでいいの!?いいえ!!良くないわ!!(反語)」
わなわなと震え、わけのわからないことで嘆きつつ、ミコトは勢い良く立ち上がる。
その表情にさっきまでの憂いなどカケラも残ってはいなかった。
「こんなときは!!」
彼女は意気込む。背後ではミコトを真似てガッツポーズを作るサオが「こんなときは!?」とくり返し、ミコトはミコトで、
「Let′sナンパよ――――っ!!」
と拳をふり上げていた。
しかし。
「待て」
今まさに屋敷を飛び出さんばかりのミコトとサオに、どこからあらわれたのか、見かねたミヤが制止をかけた。
ミコトはムッと唇をつき出すと、
「もぉー何よおー」
と遠慮なくブーイングする。
ミヤはそれをサラリと流すと冷静な声で言った。
「今日はマイの所にあいさつに行くと、きのう清一郎に言っていたのは誰じゃったかのぉ」
「あ、そういえばそうだった」
ミコトはハッとするとそそくさと準備をはじめる。
「なーんか色んなことが一度にあってスッカリ忘れてたワー」
なんて、いいわけがましい言葉を付け加えながら。
隣の清一郎の屋敷をたずねると、出むかえてくれたのは屋敷の主人だった。
「いらっしゃい、ミコトちゃん」
清一郎はいつ見ても変わらぬ笑顔をミコトに向けて、屋敷の中へと彼女を促す。
ミコトは「あいさつに来ただけですから」と柔らかくそれを遠慮し、手土産を差し出した。
そのときになって初めて、清一郎の頬に絆創膏がはられていることに気づく。
「どうしたんですか?それ」
ミコトが指で差し示しながら問うと、彼は「いやあ、ハハハ」と照れ臭そうに頭をかいた。
「実は昨日の夜、マイとケンカしてしまって・・・・・」
「え、マイとですか?めずらしいですね」
思ったままを口にするミコトに、清一郎は腕ぐみをしてうなる。
「何だか機嫌が悪かったみたいで。帰って来たとたん、『パパのバカー!!』だったからなぁ」
「嫌なことでもあったんですかね」
「うーん。『毎日毎日ママが忙しいからって隣のオジサンのとこ行っちゃうなんてサイテー!!』とか『そんなんだからママも帰ってこないのよ』
とか『ミコトのところはライバルだって言うのに仲良すぎよ』とか今サラなこと色々言われたけど・・・」
「八つあたりじゃないですか?」
心配ないですよとミコトが声をあげて笑うと、清一郎もそうだねと笑った。
笑いながら、(八つあたりなんかでケガさせられちゃたまんないよなぁ)と2人は思った。
もしかしたら一番お互いを理解しあえるかもしれない人物を目前に、2人はしばらく笑い合う。
そんな光景を、ミヤは一歩ひいて、サオはめずらしそうに、見守っていた。
それからしばらくして、ミコト達一行は散歩がてらその辺をぶらぶらしていた。
本当はマイに会うつもりだったのだが、あいにくと彼女は不在だったのだ。
「あーあ、つまんなーい」
ミコトは一言不平をもらすと、足下の小石を思い切りけり上げた。
小石は予想以上に飛距離をのばし、道の脇の林へと落下する。
と。
「ぎゃっ!?」
何とも間ぬけな声がした。どうやら林の中に誰かいたらしい。
ミコトのけった石の落下地点にいたと思われる人物は、ミコトがすたこらと逃げ出すよりも速く、林の中から姿を現した。
「何奴!?」
* * *
同時刻。
人里離れた山岳地帯。
殺風景な岩肌からとび出した岩に、2人の少年が腰かけていた。
「いた・・・」
そのうちの1人、遠くを見るように目を細めていた少年が、小さく声を上げる。
「どうした、紺」
紺、と呼ばれ、ちらりと自分の隣にいる人物を見やりながら、彼は告げた。
「いたよ、みつけた」
「・・・・・そうか。どこにいる?」
「村だ。けっこう大きな・・・」
「間違いないか?」
「ちょっと見えにくいけど・・・間違いないよ、兄さん」
「・・・・・ふぅん」
彼は形のいい唇に弧を描いて、「お前の千里眼はいつも優秀だな」と紺をほめる。
紺は「そんなことないよ」とゆるく首を振り、とても小さな声でつけ加えた。
「兄さんのほうが、ずっと・・・」
「何か言ったか?」
彼がたずねてきた。紺はもう一度、首をふる。
「なんでもないよ」と。