ふ だ し き   タイフーン
札×式  嵐 道中記


 十六才となったその日、彼女は祖父の部屋に呼び出されていた。
 「ミコト、お前ももう、十六じゃ」
 祖父はふせていた目をゆっくりと上げて、彼女、ミコトを見すえる。
 庭ではカポーンというししおどしの音がしていた。
 オープニングにはふさわしい、静かな時間の流れだった。
 祖父はそれにうんうんとうなずき、満足しながら孫に諭すように言う。
 「如月家の家系では、後継ぎが十六になると何をしなければならないか、お前は知っているな?」
 祖父は 「はい」というしとやかな返事を期待した。
 が。
 「だーかーら。何なの?さっきからずーっと黙ってるし。やっと口開いたと思ったら何かお決まりな前置きだし。まどろっこしいわよ。さっさと本題入ってよ、本題」
 はーあとため息をつき、苛立ちを隠そうともせずミコトは言う。
  おまけに正座していた足をくずす彼女を見、祖父の頬がひく、とひきつった。
 「だいたいさぁ、あたし今日誕生日よ?まだプレゼントもらってないんだから。これから女の子い―――っぱい呼んで楽しい楽しいお誕生日会しようってトコなのにおじいちゃんのつまんない話なんか聞いてらんないわよ」
 「ぃやっかましいわ!!このアホ孫が――――!!!」
 一人でベラベラまくしたてるミコトに、雰囲気をぶち壊しにされた祖父は堪忍袋の緒が切れましたと言わんばかりに思い切り叫ぶ。
 「頭の悪い孫のためにわしがお前の使命をちょ―――お親切に思い出させてやろうといい雰囲気を作ったとゆーのに何じゃその態度は―――!!」
 「頭の悪い」あたりにカチン、とくるものを覚えたミコトは、これまた負けじと、憤慨している祖父に向かって叫び返す。
 「誰が頭の悪いよ!!わかってるわよ、十六になったら世界一の札師めざして旅しろってことでしょ!?昔っからいつもいつもいつもいつもヒマさえあれば話して聴かせてたくせに今さら言われなくったって百も承知だっつーのよ!!」
 「何おう!?お前はわしの親切を無下にしようと言うのか!?そんならお前に旅をする覚悟はもうできてるんじゃろうな!!」
 「えーえー、やってやろうじゃないの!!あたしの実力なら世界一の札師だろーが何だろーが、そんなの朝飯前よ!!だいたいねぇ、あーゆうムードにとり込んであたしが嫌だっつってもムリヤリ旅に出そうっていうセコイ魂胆みえみえなのよ!!」
 「ええい、やかましい!!ベラベラベラベラ口ばっかり達者になりよってからに!!おまけに同性のおなご達にうつつをぬかすとは何事じゃい!!」
 「うるさいわね!!いいじゃないのよ、あたしは可愛いモノが好きなの!!心配しなくったってしわくちゃ顔の口やかましいジジイにはこれっぽっちも興味なんかないわ!!」
 「そおいうことを言っとるんじゃな――――い!!!」
 ぎゃあぎゃあと叫びっぱなしの口ゲンカは、祖父がぜえはあと肩で息を切らし、次の言葉が次げなくなって終わった。
 まあ、ミコトも同じような状態ではあったが。
 そして、止めることを諦めた家の者達は、皆うんざりしながらこう思うのだ。
 どうやら口が達者なのは遺伝子のせいであるらしい、と。


 「と、ゆーことで、旅に出ることになったわ」
  髪を高い位置で短く結い、動きやすい身軽な旅の装束に着がえたミコトは、足下に転がるように置いてある―――もとい、座っている幼児のようなモノに声をかけた。
 「ふむ、ミコトももうそんな歳かいのぉ」
 そのモノは赤い鮮やかな着物の袖から、高級そうな扇を取り出し、口元にもっていくと上品に微笑む。
 ころころと小さいこの生き物はミコトの式神である。ミコトの家は、代々続く由諸正しい、札師と呼ばれる、札を使った呪者の家系で、彼女はその跡取りだ。そのため、式神を持つことを許されている。もっとも、式神は自分で作り、名前を与え、契約をして初めて自分の物となる。いかなる作業も呪力が必要なため、 呪力のない者が式神を手にすることなど不可能に近い。
 そして、式神を作るには器が必要である。それに呪をかけるとその力が具象化し、器にあった姿、形をとるのだ。
 「おばさん臭いこと言わないでよ、ミヤ」
 ミコトが苦笑すると、ミヤと呼ばれた式神はフン、と軽く鼻をならす。今にも転がりそうな感じがあるのは、ミヤの器が毬だからだ。
 「何やら今からやる気がみなぎっているようじゃのう、ミコト。まさかさっそく出発するつもりかえ?」
 「うん?そのつもりだけど?」
 そのわりには身一つの軽装である。ミヤが沈黙すると、ミコトはあははと笑った。
 「いやー、あのクソジジイとケンカしてる間に“今すぐ出てってやるー“みたいなこと言っちゃったらしいのね。言ったことは実行しないとあたしのポリシーに反するとゆーか何とゆーか・・・」
 おかげで今日予定していた女の子達との楽しい楽しいパーティはキャンセルだ。
 その辺はものすごく悔しかったが、そのかわり、とミコトは胸をはった。
 「ジジイからお金をたんまりもらってきたわ。必要なものは町に行って買いましょ」
 たんまりなお金は、正確にはもらったというより、脅し取った、に近かった。
 旅の費用の少なさにミコトが文句を言うと、祖父はそれを鼻で笑い、頭にきたミコトは祖父の痛い所を巧みに攻撃したのだ。例えば、 「はげ上がった頭をどうにかしたくて、ちょっと前にカツラを購入した」とか、「昔々のアイドルの生写真やらグッズをいまだに大事にしている」とか。つまりは 「バラされたくなければ金出さんかいオラ」ということである。ヘタな借金取りよりタチが悪い。祖父は泣く泣く要求金額の全額を差し出したのであった。
 「とりあえず、ジジイが言うにはまず太雄師匠んとこいったん帰れってさ」
 ケンカのあと、祖父は肩を上下させながら切れ切れに言った。『太雄の所へ行けば、必ずお前のためになる助言をしてくれるじゃろう』
 「師匠んとこまでけっこう距離あるんだけど・・・ミヤ、その格好で歩くの?」
 ミヤの赤い着物は、歩くと裾をズルズルひきずるような代物だ。とても旅に適しているとは思えない。
 それとも来たときみたいに毬になちゃう?と提案するミコトに彼女は少し思案すると
 「それならば」
と言って呪力を発動させた。すると次の瞬間、ミヤの服装は丈の短い上着の、ふんわりとした狩衣のようなものへと変化する。
 「これならよいか?」
 着物から軽装へと、服装を転じたミヤがミコトを見上げると、ミコトは瞳にキラキラ星をうかべていた。そして、
 「かあぁっわいい―――・・・・・・」

と感激のため息と共につぶやく。そのままストンとミヤの足元に座りこむと、ミコトはまじまじとミヤを観察した。
 「んもー、ミヤってばこういうことできるんなら早く言ってよねー。自分が作った式神ながら、こんなに可愛いなんてっ 前の着物も良かったけど、こっちのほうがコロコロ感増ってカンジで超ステキ
 はしゃぐミコトにぺたぺた触られながら、ミヤはあきれたような、諦めたような何とも言えない表情をして天井を仰いだ。


 その日のうちに家を出たミコトは、近所の女の子達一人一人に別れを言い、惜しみ、 「必ず帰って来るから」と涙ながらに抱き合った。
  そして出発。
 「相変わらず、おなご達にはマメじゃのう」とミヤは半ばあきれたような口ぶりだったが、ミコトは 「好きでやってるんだからいいのよ」とかまわず歩を進める。
 ミコト達の住んでいるこの世界では、村から一歩出ると妖怪がうじゃうじゃ生息しているような所だ。もっとも、村と村をつなぐ公道には結界が張ってあり、妖怪を寄せつけないようにはなっている。時々、偶然で妖怪が入り込んでくることもあるが、そういうものはザコの妖怪だ。身を守る呪符なんかを持っていれば、一般人でも充分対処できる。人里離れれば離れるほど、妖怪は強く、賢くあるものであるというのが、この世界での常識だ。
 太雄の住んでいる村までは、山を一つ越えなければならなかったが、そこまでの道のりにも例にもれず結界が張ってあったため、ミコト達は順調に距離を縮めていった。
 それでも到着した時には途中で町に寄ったせいもあり、辺りはもう暗くなりはじめていた。
 「んー、一年ぶりー」

 もう少し早くに家を出ればよかったと多少後悔もしたが、とりあえず太雄の屋敷にむかって歩きながら、ミコトは小さくのびをする。
 「やぁっぱ、口を開けば文句ばっか言うジジイのいる実家より、こっちのほうがあたしのふるさとって感じするわ」
 「それはまあ、こっちでの生活のほうが長いからのぉ」
 「そうなんだけど、物心つくころにはすでに師匠んとこ住んでたし。それにしても何で今回の里帰り、一年なんて長い間だったんだろ。いつも一、二ヶ月なのにさ」
 不思議そうに首をかしげるミコトの横で、ミヤは 「いろいろ事情があるんじゃろ」と気のない返事をする。そのへんの「事情」が気にならないわけでもなかったが、そうこうしているうちに太雄に屋敷に着いてしまったので、この話はうやむやのまま幕を閉じた。ミコトはまぁいいか、とため息をつくと一年前と少しも変わらない、古びた扉を押し開ける。
 その時、そんなミコトを庭木の上から見つめてる影がいた。
 「・・・・・・あれは・・・ミコト・・・・・・。帰ってきたのか・・・」
 影はつぶやいて、枝をける。
 ふわりと軽く、宙に浮いて、影はそのまま太雄の隣の屋敷へと姿を消した。
 「しっしょ――たっだいま――」
 スパァン!!と小気味いい音をたてて、太雄の部屋の障子が思いっきりスライドした。
 あまりに突然の出来事に、酒を口に運んでいた太雄は豪快にそれを吹き出し、おまけに変なむせ方までしながら、
 「ミ・・・ミコト!?お前いつ帰って・・・」
 「ついさっきだよーん。びっくりした?っと・・・お客さんがいたのか」
 太雄のリアクションが予想以上に派手で気がつかなかったが、膳をはさんだ彼の向側に男が座っている。
 彼はゆっくりとした動作でふり返ると、
 「やあ、ミコトちゃん。一年ぶりだね。元気だった?」
と、にこやかーにあいさつした。
 が、ミコトはその顔を見たとたん、あいさつどころではなくなった。
 何故なら、彼の歳のわりには整った顔や落ちついた色の髪からは、さきほど太雄が吹き出したものと思われる酒の雫がぽったりぽったりと滴り落ちていたからである。
 「マイのおじさんっ!?」
  それを見てミコトはかなり慌てた。
 「ごっごごごごめんなさいっ!!まさかおじさんがいると思わなくてって、師匠、いつまでげへげへ言ってんの!!布巾布巾っ!!」
 酒がかなり深いところに入ったらしく、畳にうつぶせ苦しそうにげへげへ言っていた太雄は、涙のたまった瞳でミコトをにらむ。
 「お前・・・ちょっとはオレにあやまるとか心配するとかしろよ・・・」
 「何言ってんの。別にお酒が気管に入ったくらいじゃ死なないでしょ。師匠だし」
 「どう見たって清一郎よりオレのほうが重傷だろーがよ」
 「どこが!!おじさんは師匠の吐き出したお酒をあびたのよ!?勝手にむせた師匠より、全然ヒドイじゃない!!」
 言いながらおじさん、もとい清一郎の髪をていねいにふいているミコトを見、太雄はムッと口をとがらせた。
 「何なんだろうな、この扱いの差・・・」
 そんな会話を聴いていた清一郎は突然ぷっと吹き出して、それからくっくっと喉を鳴らす。肩を震わせ、おさえた笑い声をもらす清一郎に太雄は眉をひそめた。
 「オイ、清一郎・・・」
 「ごめんごめん、君達の会話がおかしくて・・・。実にひさしぶりだったから、よけいにね」
  彼はひとしきり笑うと、まだ肩口の辺りをふいているミコトに 「もういいよ」とストップをかける。
 ミコトがためらうと、清一郎はにっこり微笑んで、
 「家がすぐ隣なんだから平気だよ。一年ぶりの師弟水いらずを邪魔しちゃ悪いから私はそろそろおいとまするけど、ミコトちゃん、また遊びにおいで。マイもきっと喜ぶと思うから」
 「はい!!明日にでも改めてごあいさつにうかがわせていただきます」
  かしこまって言うミコトに 「それじゃあ」と軽く手をふって、清一郎は部屋を出ていった。
 「今回は長い里帰りだったな」
 ほんのしばらくの沈黙のあと、太雄が巻き煙草に火をつけながら口を開いた。
 ミコトは太雄の正面に腰を下ろし、いつの間にか赤い着物にもどったミヤがその隣にちょこんと正座する。
 「師匠、あたし十六になったわ」
 「そうだな。お前んとこのジイさんは相変わらずか?」
 「これでもかっちゅーくらい相変わらずよ。今日だって朝っぱらから説教きかされて―――って、師匠何か話はぐらかそうとしてない?」
 「やっぱわかった?」
  太雄は紫煙の立ちのぼる視界の向こうで、ニヤリ、と人の悪い笑みをこぼす。
 「うっわ、似合わねー」
 そしてすかさずミコトの冷えたツッコミが入った。
  セリフは矢となり太雄の心臓一直線。どすうっという鈍い音がした。(ような気がした。)
 クリティカルヒットだったらしい。
  彼は青ざめた顔に口端だけの笑顔を乗せて、こめかみに中指を押しつけ、力なく言う。
 「今の・・・ダメだったかなあ?オレ的にはカッコイイかなーとか思ったんだけど・・・」
 「そんな不精髭はやした三十すぎのオッサンにカッコつけられてもねェ。髭さえそればけっこう見栄えするのに変な意地はってるし。そんなんだからいつまでたっても独身なのよ」
 連続コンボである。
 (ヤバイ・・・このままでは再起不能になりかねん・・・・・・)
  精神的ダメージに何となく口の端をぬぐいながら太雄は煙草をもみ消し、軽く咳をする。
 「あーそれで?十六になってどうしたって?」
  結局、ミコトの毒舌から逃れるには、自分からそらした話をもう一度持ちださざるをえなかった。
 (何やってんだ、オレ。かっこ悪ィ)
  今さらである。
 ミコトはといえば、太雄の胸の内など露知らず、振られた言葉にはっと顔を上げた。
 「そうよ!その話をしようとしてたのに師匠がはぐらかしたりするから、ややこしくなっちゃったんじゃない!!」
 (オレのせいじゃねぇっつの)
 悪態はミコトを恐れて口まで出てこなかったが。
 「あたし十六になったの。だから旅に出なきゃなんないの。んで、世界一の札師になって帰ってこなきゃいけないんだけど、その輝かしい旅の第一歩を師匠の助言に従って踏み出そうという・・・」
 つまりは助言がほしいわけだが、物をたのむわりには態度がでかかった。しかし、こんなミコトは毎度の事なのか、太雄は特に気にしたふうもない。
 彼はふぅん、と目を細めると、顎に手をあてた。
 「世界一ってぇのは、マジか?」
 「とりあえず、後が継げるよーなレベルになれれば充分らしいけど、あたしの野望は何が何でも世界一よ」
 「・・・・・・そうか」
 意気込むミコトを真っ直ぐ見つめて、太雄は 「よし!!」と立ち上がる。
 そして、ぐっと拳をにぎり、
 「ミコト、勝負だ!!」
びしり!!人指し指を向けるいい音がした。
 指を指されたミコトは、きょとんとしてからあからさまに嫌そーな顔をした。
 「師匠としょおぶぅ―――――?え―――、やだな―――」
 「何故!!」
 「だって、札がもったいないじゃん」
 「・・・・・・・・・・何?」
 さすがの太雄もこんな返答が返ってくるとは思っていなかったらしく、じんわりと嫌な汗をかいている。ミヤにいたっては、もうあきれを通りこしているといった体だ。
 「この先何があるかわかんないし、札は多いほうにかぎるじゃない。それにこのごろ物価も上がって、札用の紙代もバカになんないしさ。戦わないですむ相手とはなるべく戦いたくないの」
 ミコトが言うことはもっともだったが、太雄がそれで納得するわけなかった。
 「そんなら、オレが持ってる一番高価な符紙をやる!!」
 「でもあたし一日中歩きっぱなしだったんだけど」
 「十代の娘が何を言っておる」
 ついにはミヤまで太雄に参戦し、ミコトはしぶしぶながらも重い腰を上げた。


”勝負”は太雄の屋敷から少し離れた、村のはずれとも呼べる場所で行われた。
  夜なので当然真っ暗である。
(まあ、これも夜戦の修行だと思えばいいのよね)
 ミコトはやれやれと息を吐き出して、いつでも呪符が取り出せるよう、体勢を整えた。
何だかんだ言ってミコトもやる気である。

”やるからには勝つ!!”が彼女の精神でもあるし、その上相手はプロだ。気合を入れるなと言うほうが難しい。
 「いくぞ」
  吹きっさらしの平地に、太雄のよく通る声が響いた。
 「ミヤ、用意はいい?」
 「いつでも良いぞ」
 「・・・・・・来るわ」
 ふっと風が頬をなでた、次の瞬間、四匹の牙をもつモノがミコトめがけて飛来した。
 ミコトはすばやく『絶』とかかれた札を三枚かかげ、結界を張る。
  それと時を同じくして、ミヤは二十代位の女性に姿を変え、太雄へと突っ込んだ。その俊敏さは、着ている着物やおとなしい表情に全くそぐわないが、式神だからこそなせる技である。
 ミヤは扇を取り出し空を切った。風が一種の刃となり、太雄を襲う。
 太雄はいとも簡単にそれにはじきとばされた。
 が、彼の体が地に着く直前、彼は人型の呪符へとその身を転じる。
 「!!」
 (いつの間にっ・・・!!)
 ミヤは急いでふりかえる。
 そこには三枚の札を使いぎりぎりで呪を撃破したミコトの姿があった。
 やっとの思いで太雄の呪を退けたミコトだったが、一息つく間もなく、背後に気配を感じた。攻撃に転じようとした時には、すでに彼の呪によって宙になげ出され、ミコトは痛みに顔をしかめる。
 それでも受け身はきれいにとって、ミコトは器用に起き上がった。
 すると、すぐ目の前に呪符が下げられていてミコトは驚く。いつの間にか移動したのか、太雄がそこに立っていた。
 「勝負あったな」
 「まだ終わってないわ」
 ミコトは太雄をキッとにらむ。その目はまだ勝負を捨てていなかった。
  太雄は短く嘆息すると、じっとミコトの目を見つめる。
 「ミヤの事を言っているのか?だったら無駄だ。囮の人型には二重の呪がかけてある。オレの姿をとるように。もう一つは呪符に戻った直後、周辺に結界をはるようにとな。今ごろミヤはオレの結界にハマって動けない・・・」
 「それはどうかしら
 ミコトが告げるのと、太雄がふり向くのは同時だった。
 ズバンッ!!
 背中に派手な音をたてて一撃をくらい、太雄は目を見開き、どっと倒れ伏す。
 攻撃を加えたミヤは、これで完了とばかりに扇を袖にしまい、元のミニサイズに戻った。
 「ミヤー、ナイスファイト
 きゃあきゃあ言ってミヤを胸に抱きながら、ミコトはうつぶせたままの太雄に近寄る。
 「師匠、あたしの勝ちだよねーって、あれ?師匠?」
 太雄はピクリとも動かない。ミコトは彼の体をゆすった。
 「え?ウソ、師匠?ねェってば」
 自分でも血の気が引いていくのがわかった。彼の着物に赤い波紋が広がって―――・・・。
 まさか、まさかまさかまさか。
 死・・・・・・。
 「しっ師匠――――っ!!!!」
 「生きておるよ」
 「え?」
 泣きそうになって叫んだミコトに、ミヤの落ちついた声がそう告げた。思わず聞き返して、それから足元に目をやると、死体が勝手に上向いた。
 「今週の、ビックリドッキリメカ―――」
 死体は抑揚のない声でそう言って、背中から食紅を取り出す。
 それを目の前にかかげると、
 「びっくりした?」
  と、嫌な笑顔までうかべている。
 そのすぐ後、死体君には返事のかわりに強烈なアッパーカットが与えられた。
 死にぞこないのゾンビに、もう一度、眠る権利が許されたのだ。


 「良かったわねー師匠、ミヤが手加減してくれて。おかげで死なずにすんだのよ」
 「お前は手加減もクソもねェな。おかげで顎の骨折って死ぬとこだったぜ」
 一晩明けて次の日。
 二人は朝食の乗った膳を前に、朝から憎まれ口をたたきまくっていた。
 「師匠がいけないのよ!あんな手の込んだアホらしいイタズラするから!!」
 「だからって背中の傷よりヒドイケガ負わせるこたぁねェだろ!?飯食うのにも一苦労してんだからな、オレは!!」
 そして、ミヤはミコトの隣できっちり自分の分の朝食をたいらげ、(飯食うのも一苦労なら、大口開けて怒鳴るのも辛いだろうに、ようやるのお)なんて思いながらお茶をすすっていた。そんなミヤが、もしかして一番最強かもしれなかった。
 が、ミヤがお茶を飲み終わる頃には怒鳴り合いも一段落したらしく、二人はやっと箸を動かし始める。あとは黙々と沈黙だけが流れ・・・・・・。
 「ああ、そうだミコト、あとでオレの部屋に来てくれ」
そう言って口を開いたのは太雄だった。
 呼ばれたミコトは、眉根を寄せ、怪訝そうな顔をする。
 「何だよ、その顔。イイモンやるんだから、もっと嬉しそうな顔をしろよ」
”イイモン”の言葉に、ピクッとミコトが反応した。
 「イイモノ?それって師匠が持ってる中で一番高いっていう符紙のこと?」
 「・・・ああ、そうか、そんな約束したっけな」
  彼はちっと舌打ちすると、自分の口の軽さを呪った。ミコトはきょとんとしている。
 「それじゃないの?」
 「や、まあ、それもあるが・・・・・・、もっと、イイモンだ」
 「もっとイイモノ〜〜〜?何か、あやしい・・・・・・」
 「別にあやしかねェよ。じゃ、ちゃんと来いよ」
 太雄は自分の膳を持って立ち上がると、ミコトを指さし、念を押す。
 ミコトはわかった、とだけ答えると、再び朝食に取りかかった。


 呼び出された太雄の部屋は、南向きに造ってあるので昼間はとても暖かい。昼寝にはもって来いの快適さだが、説教にはとてもじゃないが遠慮したいとミコトは思った。
 「師匠、来たよ」
 開け放しになっている障子の外から声をかけると、煙草をおいしそうにふかしていた太雄は顔を向ける。
 「おお、まあ座れ」
  太雄に座布団をすすめられ、ミコトは素直に従った。後ろについてきていたミヤも、ミコトの横に腰をおろす。
 「で、何くれるって?まさか説教とか言わないわよね」
 彼は鼻と口から静かに煙を吐き出し、上目づかいに彼女を見た。その目は太雄が戦闘以外で見せたことのない、真剣そのものの目つきで、ミコトは思わず唾を飲み込む。
 彼は、ゆっくりと言った。
 「お前にやるのは、式神だ」
 「し、式・・・神?」
  軽口をたたけない雰囲気ではあったが、ミコトは肩に入っていた力を抜く。もっとスゴイ物かと思って身構えていたのに、何だか拍子ぬけだった。
 それにしても、とミコトは思う。
  (式神をくれるって、どうゆうこと?)
 器ではなく、式神そのものを、という意味だろうか。
 いや、それはない。
 式神を作る段階で、自分以外の誰かが手を加えれば、それはもう自分のモノではなくなる。式神は自分の主を判別できなくなり、暴走し、自滅するのだ。だから式神を作るには、誰にも頼らず、自分一人で作らなければならない。
  だからこそ、式神にとって主の命令は絶対なのだ。式神は主のために存在し、主に使われるために生を受ける。このことを利用して、悪事に式神が使われるなど、めずらしくはないのだ。
 太雄は煙草をミコトに突き出し、 「ただし」と付け加える。
 「もう既に実体化しているヤツだ」
 先程頭の中で否定していたことをあっさり太雄に肯定され、ミコトは目をむいた。 「!?」マークが頭上に出ている。
 「そんなのもらったってどうしようもないじゃないのよ!!」
 「あとは名前を与えて、契約するだけだ」
 「って聞け!!そんなことしたって意味ないでしょ!?暴走したあげくに消滅するのがオチよ!!」
  それを聞いた太雄はフッと不気味な笑みを浮かべ、人指し指を左右に振った。チッチッチ。
 「そーれができちゃうんだなー」
 あまりに不似合いなその動作に、ミコトは意気消沈し、げんなりとする。
 「どこにそんな根拠が・・・」
 「論より証拠!!今からソイツんトコ案内するからとりあえず名を与えろ。そしたらちゃんと説明してやる」
 「与える前に説明してよぉ―――っ!!」
 太雄にズルズル引きずられながら、ミコトは悲痛な叫び声を上げた。
 そんなことには意に解さず、彼は離れへと向かう。
 太雄がどこへ行こうとしているのか察したミコトは首をかしげた。
 「師匠、あの離れに行くの?あそこ・・・入っちゃいけないんじゃなかったっけ」
 ミコトは物心つくころからここに住んでいたが、その時からずっと『あの離れには行ってはいけない』と教えられていた。一度好奇心に負けてそっと近づいてみたことはあったが、強力な結界が張られていて、中に入ることはできなかったのだ。
 「だから、今がその入ってもいい時なんだよ」
 バカにしたような口ぶりに多少ムッとしたミコトだったが、口には出さないでおく。これ以上話をややこしくしたくなかった。
 「お前は十六になり、オレとの勝負に勝利した」

  離れの入口に立ち、一旦言葉を切ってから、太雄は呪文を唱える。
  パキン、と鋭い音が響き、結界独特の雰囲気が霧が晴れるようにしてなくなった。
  太雄は障子を開けながら続ける。
 「そしてミコト、お前は如月家の人間だ。これを手にする資格がある」
  その中には―――・・・・・・、
  男、がいた。
  年の頃は十九、二十くらいで、目を閉じ、動かない。
  否、動けないのか。
  膝で立ち、両手を広げ、全身いたるところに包帯のような布がまかれている。布の先端は、壁だけでなく天井にまで何本ものび、呪符でつなぎとめられていた。布にはかなりの数の札が張り巡らされている。
 「な、何、これ―――・・・」
  いきなり視界に入ってきた生々しい光景にミコトは息を呑んだ。
 (こんな強力な呪縛、見たことない・・・・・・!!)
 「さあ、ミコト」
  太雄は中に入るよう、ミコトを促す。ミコトは少しためらったが、やがて決心したかのようにキッと顔を上げた。
 そして、一歩、部屋の中に足を踏み入れる。
  と。
  男がうっすら目を開けた。
 「!!!!」
 ミコトは飛びずさりたい衝動を覚えたが、意地と根性で踏みとどまる。
 それからさらに一歩。
 小さな部屋なので、中央にいる男の所までは三、四歩だ。
 正面に立つと、男はじっとミコトを見ている。
 ミコトも男をじっと見返す。
 (よく見るとけっこう男前じゃない)
 アーモンド型の人懐っこそうな瞳は、ミコトに犬を連想させた。
 男が飽きもせずしつこく見てくるので、ミコトは何となく居心地が悪くなり、入口に立っている太雄に声をかける。
 「師匠、このコ、器ナニ?」
 男の瞳のせいか、緊張はすっかり和らいでいた。
 太雄は薄く笑うと
 「竹細工だ」
と答える。
  いつの間についてきたのか、心配顔のミヤも太雄の横に立っていた。
『大丈夫だよ』と目くばせして、ミコトは男へと向き直る。そのまま顎に手をあてて、彼女は思案に暮れた。
 「うーん・・・・・・、竹細工・・・竹ねェ・・・・・・。竹、竿竹・・・・・・竿・・・・・・さお・・・・・・」
 ポンッ!!
 ミコトは手を打った。
 「決定!!命名、サオ!!」
 人指し指と中指を男の額にあてながら、ミコトは叫ぶ。
 指先から光が発し、額の中へと消えた。
 名付けの儀式の終了とともに男の体は呪縛から解放された。続いて契約が行われる。
  その間中ずっと、部屋の入口では『いいんかい、それで』みたいな空気が流れていたが、ミコトが気付くことはなく、契約もつつがなく終わりを告げた。
 ミコトは新たな式神を手に入れた。
 旅はまだ、始まったばかりである。


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