第2章 天陵結城編
秀昭と離された結城は、入ってきた門とは反対の荒野に建っている地下収容所に連れて行かれた。中の石壁にはいたる所にヒカリゴケが生息していて、建物の中を淡く照らし出している。延々と続く階段を下り、いいかげん歩くのにも疲れてきたころ、一枚の鉄門の前に立ちはだかった。そしてそこに蹴り入れられた。
どんどんっ!
「だせぇ、ここから出しやがれぇっ!!」
あれからいったいどれくらい時間がたっただろう。扉を叩き続け幾度となく叫んだが、誰もやってくる気配はない。すでに喉は潰れかけ、手からは血がにじんでいた。
「くそう・・出せって言ってるんだよ・・・げほっ、げほげほ!」
いきなりむせて、一瞬呼吸が止まる。喉が切れたらしく、口の中に血の味が広がった。立っている気力も失せて、その場にへたり込む。扉の内側にはヒカリゴケがないためまったく何も見えない。と―――
「おやおや、新しい同士の方かな?」
いきなり声をかけられ、驚いて後ろを振り向いた。しかし、真っ暗なため何も見えない。ただそこには確かに人がいる気配がしていた。
「まあまあ、そう驚かず。と言っても何も見えないから仕方がありませんがね。ハハハ」
「誰だ、お前」
結城は押し殺した声でたずねた。人がいた、という安堵感もあったが、相手が敵か味方か分からず、さらに姿が見えていないことで不安が一層あおられる。
「私はこの収容場で一番長いときをすごしてきたもの。まあ、カッコ良く聞こえはしますが、本当はただの老いぼれです。まあ、立ち話もなんですから、下へ降りませんか?」
「下って、この建物はまだ続いているのか!?」
「ええ、ここはほんの入り口。我々が暮らしているとことまであと半刻ほど歩きますよ」
それを聞いて、結城は何もする気力をなくした。
「さて、何からお話ししたらよいのか・・・。もともと2つの教えは1つだったというのはご存知ですか?」
「え?ええ、聞きました・・・」
あれから、とりあえずこんなところくたばっていても仕方がないということで、みんなが暮らしているという居住区へ降りることにした。しかし結城には何も見えないため、老人に手を引かれながら色々説明をうけている途中である。ちなみに結城の言葉遣いが敬語に変わっているのは相手が敵でないのと年上だったからである。
「そのころ月の聖地に住んでいたものが一人、太陽の聖地に住んでいたものを殺してしまったのです。
我々の教え、まあヴァースル教もそうですが、人を殺すというのは最大の禁忌とされています。
そしてそれが原因で月の聖地と太陽の聖地は交流が途絶えてしまいました。伝承によれば当時すでにミュースル教とヴァースル教、そしてどちらにも属さない者達に別れていたとも言われています。」
「それと、この収容所といったい何の関係が?」
「光の聖地にはミュールステイトを信仰していた者も住んでいました。またその反対もしかり。そして、そうした者達はこの収容所に入れられました。殺すことはできませんからね。それが約100年前とも200年前とも言われています。そのもの達の末裔が今もこうしてここで暮らしているのです。」
「え?」
「わたしは生まれたときからこの光のない場所で生きているのです。そのせいで私の目はまったく役に立たなくなりましたがね、ハハハ」
「そんな・・・」
「別に悲しむことのほどじゃあありません。慣れれば楽なものですよ。食料や衣類などは、月に1度看守がまとめて運んで来ますし、治安もちゃんとしている。小さいながらも学校もいくつかあります。1週間に1度の人口調査なんてものを除けば私にとっては天国のようなものですよ。まあ、若いあなたには退屈なところかもしれませんがね、『神の御使い』」
「なっ!」
どうしてという言葉を老人がさえぎる。
「長い間視覚を使わないで生活していると、その他のところが発達してきたのです。私にはその人の周りにある、オーラのようなものが胸の中に見えるのです。そしてあなたのオーラは私が今まで出会ったどんな人とも違う力を感じた。それでですよ」
「そう・・・ですか。それよりお聞きしたいのですが、『神の御使い』とはいったいどういう存在なのですか?」
門のところで出会った老人が言っていた、『神の御使い』。結城はずっとそのことを考えていたのだった。
「私が聞いているところによれば『神の身使い』とは、それぞれの神の子供の生まれ変わりだといいます。神の子はその昔、それぞれの親の力を受け継がれきれず、命を落としました。それを悲しんだ神は、その魂がまた人の器に戻るときに自分たちの声が聞こえるようにとほんの一握りの力を与えている、と」
そして一息つき、また続ける。
「その力のせいか、生まれてきた子供は神の姿にとてもよく似ているといわれます。あなたもきっと美しい黒髪と瞳を持っているのでしょうね」
そしてこちらを振り向いて笑った――だろう。真っ暗で何も見えなかったが、結城はなんとなくそんな気がした。
と、いきなり目の前が開けた。
「着きましたよ。ここが我々の『町』です」
確かにそこは『町』だった。果てが見えない天上やはるか下に立ち並ぶ家々、そして行き交う人々。
まさか、この建物の中がこうなっているとは思ってもいなかった。
しかし、それよりもっと驚いたのが―――
「光が・・・」
そう、建物の中には光があったのだ。『町』のいたる所の壁にヒカリゴケが植え付けられていた。とても明るいとはいえないが、それでもまじかで人の顔がわかるほどの光量はある。
「我々が植え付けたのです」
老人が結城の驚きの声に答えた。
「我々は長い時の間、何もせずにじっと時が過ぎるのを待っていたわけではありません。せめてこれから生まれてくる子供たちには少しでもこの苦しみから救ってあげたい。『孤独』という苦しみから。そこで我々は月に1度やってくる看守の衣服に付着している、わずかなヒカリゴケを、こうやって壁に移植していったのです」
「すごい・・・」
「なに、そんなに驚くほどのことでもありません。看守の中にも我々の同情してくれているものもいますから。それより・・・」老人はくるりと下にいる人々のほうに向き直ると、大声を上げた。
「おうい!皆の衆!我々に新しい仲間が加わったぞ!それも『神の御使い』だ!」
「え!?」
老人の声を合図に町中を歩いていた人々全員がこちらに振り向き、そして押し合いへし合いこちらに突進してきた。あっという間に結城と老人は人々に囲まれ、しかも結城を拝む人まで出てくる始末である。
(な、なんなんだぁ〜いったい!?)
何が起こったかわからずパニくっている結城をよそに、老人がまた大声をあげた。
「慌てるでない、皆の衆。われらが『神の御使い』は逃げなどせぬ。落ち着くがよい。それよりも―――」
老人は一呼吸置いてから先ほどの声にも負けないぐらいの大音響で叫んだ。
「宴の準備じゃー!!!」
「いったい何なんだぁー!!!」
わけもわからず、結城も老人の声に負けないくらい叫んでいた・・・。
わいわいがやがや・・・。
あれからなんだかわからないうちに宴会の準備がなされ、結城を中心にどこぞの区の偉いさんや学校の先生などがお酒などを持ってやってきた。始めのうちは割と付き合っていたが、なんといってもまだ未成年である。さすがにやばいと感じたところで混乱に生じて何とか逃げ出してきた。ちなみに老人になぜこんなことをしたのか訊ねると、単にドンちゃん騒ぎがしたかっただけらしい。
(ったく、ありがた迷惑なんだよ・・・)
酔いを覚ますために、ぶらぶらと人のいないところを歩きながら結城は今までのことを思い出した。
(確か、気が付いたら秀昭と草原で2人きりだったんだよな・・)
軒先に古いいすを見つけそこに座りながら、いつの間にかくすねてきていた果物らしきものにかぶりつく。
(その後2人でどうしようか考えていて・・・)
それからどうしたのだろう?
『気がつけば街の見える丘に寝そべっていた』
それ以前の記憶がまったく思い出せない。必死に思い出そうとすると突然あのときの頭痛が襲い始めた。恐い。たまらなく恐い。体中がびっしり汗をかき、寒くもないのにがたがた震え始める。このまま思い出さずにいられたらどれだけ楽なのだろうと感じる。しかしその反面、どうしても思い出さなければならないような気分も襲ってくる。
「おれは、おれは…」
「何してるの?お兄ちゃん。」
突然声をかけられはっとして顔を上げると、目の前に1人の女の子が立っていた。美しい少しウェーブのかかった黒髪に、黒い瞳。結城自身にとてもよく似ていた。しかし1つだけ―――少女の瞳には光がなかった。おそらく老人と同じように生活に必要のないものは排除されたのだろう。
「私はミュール。お兄ちゃんは?」
「あ、おれは結城…」
「ふーん、ユーキお兄ちゃんか。もしかしてお兄ちゃんって『神の御使い』かなにか?」
「え!?あ、うん」
(どうしてこんな小さな子が…?目も見えないはずなのに)
返事を聞いてミュールがうれしそうな声をあげる。
「やっぱり!さっき大人の人たちが話してたのを聞いたんだ。『神の御使い』がどっかに行っちゃったって」
「ああ、そう・・・」
(だよな。こんな小さな子があの老人と同じって事は・・・)
「それにお兄ちゃんって、変わった色を持っているし!」
「なっ!?」
「なんかね、すっごくきれいな色なの。他のみんなはなんか、どよ〜んってした色なのに。やっぱり『神の御使い』はちがうんだね」
(うそ…だろ!?こんな小さな子供が…)
「あーあ、私もユーキお兄ちゃんみたいな色だったらいいのになぁ。そしたらあの子とお話できるかもしれないのに」
「あの子?」
ミュールの言葉にふと考えるのをやめる。
「うん。あのね、ユーキお兄ちゃんと同じ色してるの。でもいくら話し掛けてもなぁんにも答えてくれないの」
「同じ色って・・・」
自分の他にも『神の御使い』がいるのだろうか。もしそうならば、何か記憶を思い出す方法を知っているかもしれない。
「なあ、その子ってどこにいるの?」
「ずぅっと奥。何なら連れて行ってあげようか」
「ああ、たのむ」
とりあえずどうしようもないので、結城はあたれるところからあたってみることにした。
「こっちだよ」
そしてミュールの後に続き、さらに居住区の奥へと入っていった・・・。
「ほら、あの子だよ」
ミュールの後をついていくこと約三十分。人の手の入っていない岩の奥のさらに奥でやっと彼女は足を止めた。彼女の指した穴の中に入り少し進むと、たしかに、しかし想像していた者とは違う物があった。
「これは・・・?」
そこにあったのは水晶球のような『玉』だった。しかし、水晶球よりもはるかに小さく、淡い蒼い色を放っていた。何かに取り付かれたように結城は無意識のうちに手を伸ばしたが、
「あづっ!」
『玉』に触れようとした瞬間、いきなり強い電流のようなものが体中に駆け巡り、すばやく手を引っ込めた。と―――
「『神の身使い』になら触れられるはずだよ」
いつの間にかミュールが背後に立っていた。しかし先ほどの子供っぽい様子とは違い、何処か怪しげな不陰気をかもし出していた。
「どうしたの?知りたいのでしょう、自分の過去を」
「おまえ、どうしてそのことを!?」
ミュールには一切自分が記憶を失っているとは言っていない筈だった。それなのになぜ彼女はそのことを知っているのだろう。
「私に聞くより、その子に聞いたほうがいいよ。だって私は何も知らないもの」
「くっ」
これ以上彼女を問い詰めても変わらないと思った結城は半ばやけくそ気味に『玉』に手を伸ばす。そして―――
「ぐぅぅぅ!」
体中を駆け巡る電流に耐えながら両手を『玉』に近づけていく。
そして結城の手が『玉』を包み込んだ―――
目を開くと周りは人だかりでいっぱいだった。立ち並ぶ高層ビルに道を進む車。そして流れていく人々。このうっそうとした場所に、しかし結城は何処かほっとした気持ちがあった。
(ここは俺が生まれた世界・・・)
明らかにさっきまでいた場所とは違う世界。ということは、自分は異世界から来たのであろうか。みたこともない町や流れていく人々。いや一人だけ、いつの間にか目の前にいる子供は見覚えがあった。黒い髪に黒い瞳の小学生くらいの男の子。
(あれは・・・小さいころの俺・・・)
少年は自分には気が付かないのかうれしそうに駆け回っている。
(何も知らずに、父さんと母さんに守られていたころの俺)
と、いきなり少年の姿が消え、かわりに少し成長した子が現れた。少年はさっきとはうって変わって暗い表情で立ち尽くしている。
(あれは、すべてを知ってしまったときの俺・・・)
結城は自分自身に同情したくなってきた。と―――
(俺はいったい何を知ったんだ?)
ふとした疑問が胸を横切った。とたんに体中ががたがたと震えだす。宴を抜け出した後の感覚と同じである。立っていられなくなり思わず座り込むが誰も気づかずに通り過ぎていく。いや、もしかしたら自分は誰にも見えていないのかもしれない。
(俺は・・・おれは・・・オレハ・・・)
周りの景色がいきなり消え始め闇に飲み込まれていくが結城は気がつかない。ただ頭を抱えつぶやくのみである。
(オレハ・・オレ・・ハ・・オ・・レ・・・ハ・・・・)
「もっと知りたい?」
いきなりミュールの声が闇の中に響き渡った。結城ははっとなり辺りを見渡すが漆黒の闇意外何も見えない。
「だけどその子はそれ以上のことは知らないの。もし知りたいのだったらさ―――」
いきなり周りが真っ白くなり、あまりのまぶしさに思わず結城は目を閉じる。
「ペイシェンの山へおいでよ。そこできっと何かがまっているよ」
(ペイシェンの・・・山・・)
それだけを胸に刻むと、結城の意識は真っ白な光の中へと消えていった・・・。目を開くとそこは初めてミュールとであった場所であった。しかもいつの間にかあの老人を始め多くに住民が自分の周りを心配そうに取り囲んでいる。
「おお、目を覚まされたぞ」
誰かが叫んだと同時に人々から安堵や喜びの声があがった。
「まったく心配しましたよ。急にいなくなられたと思ったらこんなところで倒れられていたのですから。ご気分がすぐれなかったのなら言って下されば良かったのに」
恰幅のよさそうなおばさんが心配そうに言うが結城はまったく聞いていなかった。
(今までのことはぜんぶ夢だったのだろうか・・・)
確かにいきなり景色がころころ変わるなんて変なことである。が、
(夢じゃあ、ない・・・)
左手に何か違和感を感じ開いてみると、そこにはあの『玉』が握られていた。しかし今はもうあの淡い光を放っていない。
「ペイシェンの山、か」
「おや、ペイシェンの山をご存知で?」
結城のつぶやきが聞こえたのか、一人の人が話し掛けてくる。
「あ、いや。ただどんな所なのかなぁと」
「ペイシェンの山は、別名『始まりの山』といわれています。はるか昔、まだ二つの教えがいっしょだったときそこで説教をしていたことからこう言われています。まあ、今じゃ単なる荒廃した山ですがね」
「ずいぶん詳しいんですね」
「十年程前まではまだ地上にいましたからね。ちょっとへまをやっちゃってここに入れられたんですよ」
「ペンシェンの山に行きたいのですね」
いままで黙っていた老人がいきなり口を開いた。
「ま、まさかぁ」
「隠しても無駄ですよ。伊達に年をとっちゃいませんから。なんなら地上までならご案内しましょうか?」
「・・・は?今、なんて?」
一瞬自分の耳を疑う。地上まで案内する?
「いや、ですからここから出して差し上げようかと」
「そんなことできるんのですか!?」
「ええ。まあとりあえずついて来てください」
そういって老人は立ち上がり入ってきたほうへと歩いていった。
「これです」
あれから老人に連れてこられたのは、初めて彼とであった扉の内側であった。さっきは明かりになるものが何もなかったためわからなかったが、ヒカリゴケを持ってきて壁を照らしてみると1個所、不自然にレンガが積まれているある場所がある。その場所のレンガを数個はずしてみるとぽっかりと奥に続いている道が出てきた。
「・・・こんなものがあったなんて・・・」
ハハハと笑いながら老人が答える。
「ヒカリゴケを移植するのにはそんなに時間はかかりません。だからついでに余った時間でこのトンネルを掘ったのですよ」
(ついでで作れるようなシロモンなのか、これ・・・)
こっそりと胸の中で突っ込む結城。
「でも、こんなのを作っておきながらどうして皆さんは逃げ出さないのですか?」
「逃げ出してもね、生きていけないからですよ」
ついて来た人の中の一人がつらそうな声で答えた。
「今ここで暮らしている人のほとんどがここで生まれ育ってきた者です。だからこの地下収容場以外の世界をほとんど知らないもの達ばかり。こんな状態で逃げても水も持たずに砂漠を旅するようなものです」
「あ、すみません。何も知らないのにでしゃばったことを言って・・・」
「気にしないでください。それよりこれ、一週間分の食料と水です。この道は町と反対の荒野につながっています。そこから北に向かって5日ほど歩けばロスイングという町に出ます。まずはそこへ行ってみてください」
「あ、はい。何から何までありがとうございます」
「いえいえ。『神の御使い』に御仕えするのは当然のことですから」
「・・・あの」
「はい、なんでしょう?」
結城はここへ連れてこられてきたときからずっと思っていたことを口にする。
「その『神の御使い』って言うのやめてください」
「え!?いや、しかし・・・」
「俺はまだまだ子供だし、それに、特別何かができるってわけでもないの
です。なのにみんなにそんなふうに対応されてもはっきりいってどうしたらいいのかわからないんです。別に皆さんの機嫌を害するために言ってるわけじゃありません。ただ、俺も普通の人だということです」
「『御使い』・・・」
気まずい沈黙があたりに漂う。結城は自分の言ったことに今更後悔していた。
「あ、じゃあ俺はこれで・・・」
ついに耐え切れずに結城は行く(逃げる)ことにした。そして暗いトンネルに足を踏み入れかけ―――
「待ってください!」
いきなり老人が結城を呼び止めた。そして、
「名前を、教えていただけませんか?」
それを聞いて結城はなんとなくうれしさを感じた。
「結城。天陵結城です」
「そうですか、では結城君。ひとつお願いがあるのですが」
「え?なんでしょう?」
「もし、あなたのすべきことがすべて終わったら、またここに伺ってくれませんか?別に滞在していただかなくても結構です。ただ、伺ってくれさえしてくれれば・・・」
「やだなぁ」
老人の残りの言葉を、結城は笑いながらさえぎった。
「もちろんですよ。必ずもう一度、ここに寄らせていただきます」
そういって結城の差し出した手を、他人に引かれながらもしっかりと握り返してくれた―――。
「う〜ん」
見渡す限り一面、岩と砂しかない世界である。老人達と別れ逃げ出してから二日たった。彼らは元気にしているだろうか。結城はあの時教えてもらったようにひたすら北を目指して歩いている。はじめは、猛獣などが出やしないかとびくびくしていたが、どうやらここら辺りにはいないようである。
「ペンシェンの山、か・・・」
ミュールの言葉どうりにその山を目指しているが、いったい何があるというのだろう。そもそも彼女はいったい何者だろう。あのあと収容所にいたときに何人かの子供達に尋ねてみたが、誰も首を横に振るだけであった。結城は少しいらいらしていた。何もわからないむずがゆさと、そして―――
(秀昭・・・)
かれは今どこにいて何をしているのだろう。なんとかして秀昭と合流したかったが、どこにいるかがわからない以上何の手のうちようもない。
(ま、あいつのことだから死んでるってことはないだろうがな)
「さてと、それじゃあ行くとしますか」
勢いよく立ち上がり、食料などが詰まっている袋を肩から掛ける。北に向かって、自分の失われた記憶に向かって結城はまた一歩を踏み出した・・・。
―――再来月に続く―――