第1話
都内某所にある、私立玉造部総合学院。まだ新しいながらも優秀な人材を多く出しているこの学園に今、二人の有名人がいた。
一人は天陵結城。学園創立以来の天才児といわれ、成績優秀、スポーツ万能、さらに美しい黒髪や子供のようなひとみを持つ容姿とは反対に、クールな面を持つという意外性から、男女ともに慕われている。
もう一人は地夜隰秀昭。某国の軍人を父に持つ彼は、金髪と青い瞳という容姿と、殺伐とした性格、そして彼自身から醸しだされている人を寄せ付けない雰囲気から、学園のほとんどの人間から嫌われていた。
生まれた場所も育った環境も全く違うふたりには、たった一つの共通点があった。それはバイクのツーリングである。はじめはインターネットで知り合ったふたりだが、お互い同じ学園に通っているということがわかり、それからというもの休日になれば2人してバイクのツーリングに出かけるようになった。
しかしある日、いつものようにツーリングに出かけたふたりに突然の事故が起こった。ふたりとも崖のガードレールをつき破り、はるか下の海に落ちたのだった。警察の懸命な捜索にもかかわらず、二人の遺体は上がることはなかった。そして二人は人々に死んだと思われつつあった・・・・。
「いてててて・・・」
目を開くと、太陽の白い光が差し込んできた。顔には朝露にぬれた草がまとわりつき、土の匂いが鼻を通してにおってくる。気が付けば秀昭はまったく見知らぬ場所にいた。起き上がって見回せば、足首までしかない草がただはてしなくはえているだけである。
「どうしてこんなところに・・・いつつっ」
いきなり頭に激痛が走った。どっと冷や汗が噴きだしてくる。
「何も・・・思い出せない?」
何かを思い出そうとすると、まるで頭を殴られたような衝撃に襲われる。まるで頭にもやがかかったような感覚である。唯一わかるのは自分の名前と・・・
「何しているのだ?」
「うおっ!?」
いきなり背後から聞こえた声に驚き振り返ると、そこにはなぜか結城が座っていた。
「な、結城、何でおまえこんなところに!?」
驚きで声が裏返ったが、結城は別段驚いた様子もなく、淡々と話し掛けてきた。
「それはこっちのせりふだ。それよりここはどこだ?」
「さあな。俺にもわからんよ。思い出そうとしても頭に激痛が・・・いててっ」
再び襲ってきたなぞの頭痛に秀昭は顔をしかめた。
「おい、だいじょうぶか!?顔色が悪いぞ」
「ははっ、もうだいじょうぶだ。それよりなんでおまえがこんなところにいるんだ?・・・ってさっきも聞いたっけな。やっぱりおまえも何も思い出せないのか?」
そういいながら秀昭はごろんと草の上に転がった。太陽のまぶしさに思わず目を細める。目に入ってくるのは青い空と白い雲、そして結城の影だけである。
「ああ、何もわからない。自分の名前以外、自分の家族も友人も自分が今までどうやって生きてきたかさえわからない・・・」
結城はふうとため息をひとつつき、秀昭と同じように寝転がった。思い出せば思い出そうとするほど、胸のあたりになんだかわからないものが広がっていく。あえて言葉に直そうとするならそれは―『恐怖』
しかもこの気持ちは思い出すことを忘れていてもなくならない。まるでこれから起こるべきことを暗示しているかのように。
「さあて、これからどうするかね。見渡す限り草しか見えないこんなところで油ばっかり売っているっていうのもなんだしなぁ・・・」
そのときざあっと、一陣の風が草や結城たちの髪を凪いだ。と、いきなり秀昭が身を起こした。その顔は、まるで宝物を見つけた子供のようにさんさんと輝いている。
「おい、気づいたか今の?」
「ああ」
結城も身を起こした。しかしこちらは注意深くあたりを見回している。
「今確かに人の声がした」
「それと、血のにおいもだ」
「え?」
結城はなるべく音を立てないようにしながら立ち上がった。
「血のにおいって・・・俺には何もにおわなかったけど・・・」
「いや、確かにあれは、あのにおいは・・・!」
結城は早くなった呼吸を直しながら答えた。さっきの風が吹いてから気のせいか胸のわだかまりが増えたような気がする。胸の鼓動が高まるのを感じながら結城はすばやく秀昭の腕をつかんで立ち上がった。
「逃げるぞ。この場から、一刻も早く!」
「お、おい、どうしたんだよ結城」
予想以上の力で引っ張られたのを驚きつつ、秀昭は何とかその場に踏みとどまった。
「おちつけ、何で俺たちが逃げなきゃならないんだ。人がいるんだったら、そいつらに助けてもらえばいいじゃないか!」
「いいから、とりあえず逃げるんだ!」
そういって結城は風下のほうへ─人がいるであろう方向と反対のほうへ走り出した。
「おいっ、結城!」
仕方なく秀昭は結城の後を追って走り始めた。
いったいどれくらい走ったであろう。気が付いたときには東にあった太陽がすでに、自分の真上でさんさんと輝いている。
結城は何かに躓いて激しく倒れこんだ。息が激しくあえぎ、体中が水分を欲している。すでに制服は、汗と泥で汚れきっていた。
「はあ、はあ、はあ・・・」
体中の細胞が悲鳴をあげていた。おそらく当分の間、指一本すら動かせないだろう。
しかし身体とはまったく逆に、結城はいたって冷静にさっきのことを思い出した。
(あの時俺は、ひどい不安感に襲われた。しかしあの気持ちはどこから出てきたのだ?)
またあの不快な気持ちが出てきた。ずっと走っていたせいか、今度は嘔吐感も感じる──
と、
「お・ま・え・なぁ・・・」
突然秀昭が転がり込んできた。彼も結城と同じように体中が泥と汗で汚れていた。
せっかくの容姿が台無しだなと、二人は同時に思った。
「ったく、二時間も三時間も全力疾走しやがって。おかげでこっちはへとへとだ。せっかくここがどこだかわかるチャンスだったのに。それになんだ?血のにおいって。俺にはそんなものはにおわなかったぞ?いや、それよりおまえ、どこにそんな体力があるんだ?ついていくのが精一杯・・・」
「秀昭」
「ん?」
「男のおしゃべりはみっともないぞ」
「よけーなお世話だ!!」
秀昭は顔を真っ赤にして叫んだ。そして、結城に手を差し伸べる。
「ほら、いくぞ」
「え?」
結城は一瞬、ぽかんとした表情で秀昭を見上げた。その表情にきづいたか、笑いながら結城の手を取った。
「え、じゃないだろ。ここまできたんだ、後もう少しだろ。さっさといくぞ」
「いくぞって、どこに?」
「どこって、おまえ気づかなかったのか?向こうに街があるっていうこと」
その言葉を聞いて、結城は体中がだるいのも忘れ、立ち上がった。秀昭の言うとおり、前方に家々が立ち並ぶ姿が見えた。かなり先だったが。
「おまえはわき目も振らず無我夢中で走っていたから気づかなかったんだよ」
秀昭は今まで全力疾走していたことがうそのように、軽い足取りで歩き始めた。そのあとを重い足取りで結城がついていく。
「とりあえず早いとこ街に行ってなんか食わないと、俺、空腹でしんじまうよ」
「・・・ああ、そうだな」
秀昭の明るい声とは裏腹に、結城は重い口調で答えた。胸に新たな恐怖感を抱いて・・・。
街にたどり着いたとき、空はすでに赤く染まっていた。まるで血のようだと秀昭は思った。
たどり着いた街は、かなり大きなものだった。街の周りをぐるっと、石の外壁が守っている。まるで中世ヨーロッパの物語に出てくる絵のようである。
「さあて、入り口はっと・・・あったあった」
左のほうに門兵らしき人々が立っているところを見つけると、秀昭はそちらのほうへ歩いていった。結城もその後を追いかける。
「すいませーん、ちょっと街の中はいりたいんすけど」
秀昭が、軽い調子で声をかけると、数人の男たちが振り返り、それぞれ驚きと困惑の表情を浮かべた。そして一人の男が、街の中へと走っていった。
「なんか、俺ら驚かれてねーか?」
「そりゃそうだろう。何せこんな格好だからな」
二人は、泥と汗で汚れた自分の制服を見下ろした。
そのとき、街の中へ入っていった男が、数人の人を引き連れて戻ってきた。そしていきなり、結城を縄で縛り上げてしまった。
『なっ!?』
二人の声が見事にはもる。しかしその間に門兵たちは結城をどこかへ連れて行こうとした。
「ちょっとまてよ。結城をどこへ連れて行くんだ!」
秀昭は結城を連れて行こうとする男の一人に殴りかかろうとしたがあっさりとかわされ、反対に押さえつけられてしまった。
「畜生、離しやがれ!」
男の腕の下で暴れるが、押さえつける手の力は変わることはなかった。と、
「御手荒かに扱ったことをお許しください」
門兵が連れてきた男の中から一人、初老の男が進み出てきた。豊かな白髪に、金色の目をした老人である。
「しかしあなたは『神の御使い』そんなふうに暴れられては困ります」
「なんだよその神の御使いって、俺は地夜隰秀昭だ!」
秀昭は男の腕の下で抗議の声をあげるが、老人は表情一つ変えずに話を続けた。
「なんと『神の御使い』をご存知ないと。それではヴァースル教の事は?」
「しらねえよ、ばーするだかぶーするだか!」
「そうですか、ご存知なかったとは・・・。それではご説明いたしましょう」
そういうと老人は結城や秀昭が抗議の声をあげるのを無視しながら淡々とこんなことを語り始めた。
───この世界には二つの宗派が存在している。ひとつは、太陽の神、ヴァルステイトを絶対神としてあがめるヴァースル教。そしてもうひとつは、月の女神、ミュールステイトを絶対神としてあがめるミュースル教である。この二つの宗派はもともと一つの宗派だったが、ある日、ミュールステイトをあがめるものが反乱を起こし、二つに分かれてしまったという。それ以来、お互いの宗派は抗争が絶えないという。
そして、それぞれに『神の御使い』というものがいて、ヴァースル教には、黄金の髪に青きひとみを持つもの、ミュースル教では、漆黒の髪とひとみを持つものだといわれている。それはまったくそっくり、結城と秀昭のことをさしている。しかも2人がやってきたこの街は、ヴァースル教の聖地、セルスメイト。
「この街ではミュースル教の者は全員地下集容場に送られる決まりになっています」
そういうと老人は門兵たちに結城を連れて行くように促した。
「ちょっとまてよ、それじゃあ秀昭はどうなるんだよ!」
「ヴァースル教の『神の御使い』は大神殿にいくことに決まっている。心配するな。さあ、連れて行け」
「はなせ、はなせよぉ!秀昭!!」
「結城!!」
こうして、秀昭は大神殿に、結城は地下集容場に連れて行かれた。それぞれの運命とともに・・・。