
マーキュエル・ストーリー
胎動の海。
いつの頃からか、人々はその場所をそう呼ぶようになった。
マーキュエル達にもその言葉は受け継がれ、そして…今は、皆が知る言葉。
セーメ達の旅の目的地であり、シオのそれでもある…生命の始現地といわれる、場。
彼らの旅は、そこで終わりを告げる。
果たして何が待つのか、一抹の不安と好奇心を…そして、誰にも妨げられない願いを抱えて、そこへと向かう物語は−
…1つの結末を、ここに示す。
THIRD STORY・永遠の願い
−1−
軽い排気音が、暗い海と星空に吸い込まれていく。
「…よし…異常無い。」
恐らく、下手にボートの上で持ちこたえて、船底にむやみに傷をつけてしまった…などということが、幸いにも起きなかったためであろう。
少なくとも、シオはそう考える。
ボートの速度が、ゆっくりと上がっていく。
「…。」
すでに、彼の意識は、数刻前の情景に移っていた。
「…俺の、身体が…。」
−最初に沈黙を破ったのは、セーメであった。
「…手?」
「うん…手、出してみて。」
セーメの言葉に従い、シオは彼女に手を差し出す。
「…一体何なんだ…突然?」
彼女の後ろにいるクロルとカイリも、複雑な表情を抱えている。
「…。」
3人は…マーキュエル達は、一体自分に何を見ているのか。
先程の言葉に、どんな意味があったというのか…。
戸惑うことしか出来ないシオとは対称的に、セーメは、唾を飲み込むと−
迷いを捨てた表情で、彼の手を両手で抱え込む。
そして、目を閉じ−
…数えること、十。
「…!」
弾かれたように、セーメが手を離す。
その目は、驚愕に見開かれていた。
「…間違い…ないよ…!」
『!』
「…な…!?」
シオも、湧き上がる不安を抑えられずにいた。
「…い…一体、何がどうしたんだよ!?」
「…こんな、ことが…あるなんて…!」
「おい、答えてくれよ…セーメ!」
深呼吸と唾を飲み込む動作を、数回繰り返し−
言葉を絞り出すように、セーメは言った。
−意識を、現在に戻し−
「…まさか、そんなこと…。」
ボートの上で、自分の身体を注視し続けるシオ。
その前方を泳ぐセーメ達も、言葉を発することは無い。
…静寂が、周囲一帯を支配していた。
−2−
「…?」
シオが、しきりに周囲を見回し始める。
「…これ…は…?」
「凄いね…この距離で、気づくなんて。」
声の方向に目を向けると、セーメがボートに隣接していた。
「…風の向きや匂い、波の揺れ…こんなことに気づかなきゃ、漁師なんてやっていけないよ。」
頬を、汗がつたう。
「…もう少しかかると思っていたんだけど…セーメの話からして…。」
「…寝付こうにも出来ずに、一昼夜ずっと進んでいたから…。」
手の震えを、抑えられない。
頭の中で、警告信号が点滅を続けている。
…まるで、嵐の真っ只中に自分から飛び込んでいくような…そんな感覚。
『両親に会うため』という目的が無ければ、すぐに引き返しているに違いない。
「…ほら…あれが…。」
セーメの指さす、先。
「……!!」
高く昇った太陽の光さえも吸い込んでしまいそうな大穴が、エメラルドグリーンの光に周囲を取り囲まれて、海の一点に口を開けていた。
ボートを停止させたシオは、驚愕する。
「…あれが…胎動の、海…!?」
セーメはうなずき、
「…正確には、海への道。大穴に見える漆黒の海の先に、胎動の海が広がっているんだ。」
「……。」
クロルの言葉が、シオの脳裏にリフレインする。
−胎動の海に行くことを許されているのは、俺たちマーキュエルだけ−
−人間には、その力も、資格も無い−
その意味が、ようやく理解できた。
まさにそこは、人間を拒む力を放ち続けていた。
「…。」
恐怖が、不安が、シオの胸を締め上げていく。
−来テハ、行ケナカッタ−
−ココハ、俺ガ来テ良イ所ジャナカッタ−
−ココカラ、離レタイ−
−ソウダ…離レナイト−
「シオっ!」
セーメの叫びが、膨張を続ける感情に歯止めをかける。
「…恐いのも、離れたいのも分かるよ…私たちだってそうなんだし…。」
「…え…?」
胸に手を当てて、セーメは言葉を続ける。
「…まあ…私たちは、自分がどうなってしまうのか分からない、ってことで恐いんだけど…でも、あそこへ行くのは、私たちも恐いんだよ。」
「…。」
「…理由は違っても、恐いのは同じ。でも、それを乗り越えるからこそ、…あそこへ行く意味がある。」
「…。」
「…一緒に、いるから。」
「?」
「…ランクを上げるのは、シオが…お父さんとお母さんに会うのを見届けてから。それまで…私は、あなたと一緒にいるから。」
そう言ってセーメがシオに向けた笑顔は…強張っていた。
「…セーメ…。」
胸が痛んだ。
自分のために…恐いのを、無理に押さえつけて…。
「…だったら。」
「え…?」
「…俺も、一緒にいる。父さんと母さんを見つけて、目的を果たしても…俺は、セーメと一緒にいる。」
「…。」
「…出来る限り…そばにいる。」
「…シオ…。」
…静寂。
今まで何度かあったそれは、気まずいものが多かったが…いまは、何故か安らげる。
「…行こうか。」
「うん。」
シオは、ボートから海中へと降りる。
…ジャケットの内ポケットの中身を確かめると、ゆっくりと泳ぎ始めた。
そして…数分間の後、出来る限り息を吸い込んで、一気に潜った。
…セーメ、カイリ、クロル…その奥に、明るい緑色の海が広がっている。
セーメの<言葉>が、シオに届いた。
−私たちに、ついて来て…。
言葉に従い、泳ぎ始めるマーキュエル達の後に続くシオ。
…視界が、緑一色と化していく。
そして…徐々に見え始める、漆黒の円柱。
「…。」
海の下を見てみるが…それは、果てしなく続いていた。
−見て、あそこ。
セーメの<言葉>に顔を上げると、彼女は円柱の一点を指さしていた。
…光が見える。
小さいながらも、強い輝きを放つ光が。
−あそこにぶつかれば、中に入れる。
−でも…その後は、分からない。あたし達も、知らないんだ。
…クロルと、カイリ。
−大丈夫だよ、シオなら。
…セーメ。
彼らの<言葉>が、シオの心を揺さぶっていき…そこに、決意を生み出す。
聞こえるかどうか分からなかったが、彼は、3人に向かって胸中で言った。
行こう、と。
…セーメ達はうなずき、光に向かって泳ぎ始めた。
シオも、進み始める。
…光が、近づいてきた。
…小さく見えたはずの光は、予想に反して、彼ら全員をすっぽり包み込んでしまうほどの大きさがあった。
光は、確かにまぶしい…が、目を突き刺すような強さは感じられない。
−…後ろから、仲間が来てる。
−…本当…他のマーキュエル達が近づいてる…。ここでぐずぐずしていられないよ。
−みんな…、シオ…、行くよ。
…彼らは、光の中へと飛び込んでいった。
−3−
ざあ…と音がして、世界が渦巻いた。
「…!」
光を抜けた一瞬の後。
4人は、その中に渦巻く流れに、一瞬で散り散りにされてしまった。
「…セーメ…ぇっ!」
声が出ることに驚いている暇は無い。
昨夜の魚群の流れと、激しさも規模も、比べ物にならなかった。
どうにか目を開けるが…何も見えない。
ただ…1つだけ感じる、確かなこと。
「(……落ちている…!)」
自分の身体が向かっているのは…確実に、円柱の底。
しかし、それが分かった所でどうにもならない。
流れに抗うことが出来ないのだ。
「(…こんな、こん…な…!)」
ここまで来ておきながら、何も出来なくなってしまった。
悔しさが、シオの心を満たす。
涙が、流れの中へと消えていく。
その間にも身体は、落ちて…落ちて…ひたすら落ち続け−
「…!」
シオの耳に、微かだが…セーメの声が聞こえて来た。
…少しづつそれは、はっきりと聞き取れるようになっていく。
「…。」
<…意識を…持ち続けて…。…シオなら…出来る…。>
「…セー…メ…。」
<…あなたの…力…私達と同じ、その力があれば…。>
−シオの脳裏に、セーメの驚く顔が浮かぶ。
−そして…昨夜の、彼女の言葉。
「…私達と、同じ…力を、シオの中から感じる…。…マーキュエルの、力を…。」
…目を閉じて、シオは、身体の力を抜く。
頭の中に、自身の意識を定着させる…そんなイメージを浮かべて、流れに身を任せていく。
…数分後。
まるで、川の上流から下流へと流れてきたかのように、流れが緩やかになり…そして、身体が止まった。
ゆっくりと、目を開ける。
「…!」
藍色の海と、数え切れないほどの淡い光球が、視界の全てを支配していた。
慌てて周囲を見回し、そして…絶句する。
シオの身体もまた、光球と化していたのだ。
「…こ…これは…!?」
「…これが…胎動の海、なんだ…。」
聞き知った声の方向にあったのは、やはり光球。
「…セーメ…なのか?」
「うん。クロルとカイリも、すぐそばにいるよ。」
さらに2つの光球が、…クロルとカイリが、彼らに近づいてくる。
「…俺達…一体、どうなったんだ?」
「…命の素体…みたいなものになったんだと思う。」
「…素体…。」
「うん。…ほら、上見て。」
セーメの言葉に従い、視線を上に向けたシオの視界に−
分解し、融合し、そして…海面目指して上昇していく、光球が映る。
「…新しいマーキュエルや、生命達が生まれていく…。」
『……。』
−ココガ…胎動ノ海…。
−ダケド…コレカラ、ドウシタライインダ…?
−…父サント母サンニ、会イニ行クニハ…ドウスレバ…!
…その時。
「…!」
シオの視界が、突然光に包まれた。
「な…!?」
「シオ! それは、この海の<情報>だよ!」
「…!?」
「恐がるものじゃない。おまえが強く望んだから、おまえの中にそれが流れ込んできたんだ。」
「そのまま目を開けていれば、自然とあんたに溶け込んでいくよ。」
クロルとカイリの言葉の通りに、シオは、その光から目を逸らさずに−
「…!」
…光が、消える。
シオは、<情報>を理解する。
自分が何をすべきなのか。どうすればいいのかが、はっきりと分かる。
…彼は、動きはじめた。
−4−
…2つの人影が、海の中を進んでいく。
命の根源を司る深海の守り手、マーキュエル<フーティ>。
その背にある翼は、ティクス以上に長く、大きく、透き通っている。
…ゆっくりと降り始める、マリンスノー。
それに混じって。
『…?』
同時に気づく。
光が、彼らに向かってきていることに。
…4つあったそれが、少し離れた地点で3つ止まり、残った1つが、2人のマーキュエルのすぐそばへとやって来る。
その美しい光に、2人の顔が照らされた。
…男女。年は、30代後半であろうか。
『…!』
2人の顔が、驚愕に見開かれる。
そこにある光が何なのか…はっきりと分かったからだ。
「…シ…オ…?」
…光が、その形を変えていく。
緩やかに膨張し…細長くなり…そして、人の形へと。
「…どう…し、て…。」
マーキュエルになったその時、その記憶は、思い出の一つとなった。
自分達の役割がどれだけ大切か、頭の中に刷り込まれていた。
…だが。今は。
「…お前も…まさか…。」
光から姿を現したシオは、首を横に振り−
彼らの…シオの父親と母親、ショウとエナの額に、そっと掌を当てる。
瞬間。
『!』
光がはじけた一瞬後、ショウとエナに、シオの今までの記憶が伝えられる。
どうして…どうやって…ここにやって来たのか。何故ここに来れたのか、が。
…二人の額から掌を離し、シオは自分の内ポケットをまさぐって−
彼らに、1つの小箱を渡す。
「…これを…私達に…?」
うなずく、シオ。
ショウがそれを受け取り、箱を開ける。
…2つの、指輪。
海をその形に切り取ったような、クリスタルブルー。
流れるような文体で裏に刻印された、2人の名前。
「…父さんと…母さんが、あの漁から帰ってきたら…渡そうと思っていたんだ。」
シオは、2人に微笑みかけ−
「…俺の貯めてた小遣いじゃ…これぐらいのものしか、作ってもらえなかったけど…。」
「…初めて渡す、結婚記念日の贈り物…受け取って欲しい。」
…指輪が、そっと小箱を離れ−
しばし海を漂ったあと、二人の指へと収まる。
「…シオ…。」
様々な感情が、彼らの心に入り混じる。
喜ぶべきことであるのに…安全とはお世辞にも言い切れない旅をしてきたシオを前にすると、とても素直には−
「…嫌われても…。」
シオが再び言葉を紡ぐ。
「…馬鹿な息子とか、親不孝とか…言われて、拒まれても…構わないって、そう思ってた。」
『……。』
シオの顔から、微笑が消えていく。
「…でも…それでも…。…俺…別れの言葉すら言えない事が…本当に、つらかった…。」
少しずつ、言葉の間に挿入されていく、嗚咽。
「…御免…な、さい…心配、かけ、て…。…だけ、ど…俺は…!」
まっすぐに二人を見つめたシオの眼から、涙がこぼれ−
「…俺は…父さんと母さんが…、世界一、大好きだから!!」
…静かな、静寂。
降り積もるマリンスノーの音さえ聞こえるような、本当に静かな…そして、暖かな静寂。
…ショウが。
…エナが。
シオを、優しく、強く抱きしめた。
…そして。
時間が経ち…ゆっくりと、シオが2人から離れ−
「…いつまでも…仲良く、ね…。」
『…。』
「…さよなら…。」
シオの形が、人のそれでなくなり…光となる。
少しづつ…遠ざかっていく、シオ。
「…さよなら…父さん、母さん…。」
彼の視界から、2人の姿が消え−
その、直前。
ショウとエナの微笑みが、その瞳にはっきりと映っていた。
…そして。
『…。』
思い出そのものの強さは色褪せることなく−
彼らは、再び2人のマーキュエル『フーティ』となり−
再び、深海における生命の流れを、司り続ける。
−一方。
シオ。セーメ。カイリ。クロル。
4人の身体は、胎動の海に戻ってきていた。
光球ではなく、元々の形を取って。
「…有難う…セーメ、カイリ、クロル。ここまで…ついて来てくれて。」
「…ま、あたし達はセーメと一緒に行くって約束だったからね。」
「礼だったら、セーメ一人に言うのが筋だぜ。」
「…良かったね…本当に。…シオ。」
「…。」
「…お父さんとお母さん…本当に、幸せだったんだね…あなたといた時が。」
「…え…?」
「…マーキュエルの姿はね…死んだとき、それまでの思い出の中で一番幸せだったときの姿なんだよ…。」
「…!」
「…あなたが、一目で自分の親だって分かった、あの姿は…その年齢の時が、一番幸せだったっていう証拠なんだよ。…それに、あなたのことを…ちゃんと覚えていた。」
「覚え…て…?」
「俺たちは、過去を知らない。死んだときの辛さを抱えて、マーキュエルとして生きるのは…可能だけど、辛い生き方なんだ…。」
「…死に勝るような幸せな思い出を持ち続けない限り…マーキュエル以前の記憶は、無くなるってわけ。」
「…それ…じゃあ…。」
シオが、その意味を理解した瞬間−
セーメ達の微笑みが、霞んで見えた。
…やがて。
3人とシオの距離が、少しづつ離れ始める。
「…お別れ…だね…。」
「…うん。…でも…」
「?」
「…私達は…ここに、海に…ちゃんと、いるから。」
「…。」
「…これからも…シオ達を、生命達を、見守り続けているから…。」
「…さよなら、セーメ…マーキュエル達。」
「…さよなら…、シオ。私達の…友だち。」
セーメの、その言葉と共に。
マーキュエル達は…踵を返し、行くべき場所へと向かっていった。
−エピローグ−
…そして…半年後。
シオは、客船の甲板で、祖母のミナギや大勢の乗客と、海を見ていた。
彼らの手には、花束が握られている。
…合図とともに、それが…一斉に、海へと投げられる。
親族や知人達による、事故の追悼式であった。
…大半の人々が船内に入っても、シオは海を見続ける。
「…シオ、温かいお茶はいらないかい?」
背にかかる柔らかい声は、ミナギのもの。
「風にあたりっぱなしというのも、あまり良くないよ。」
「…婆ちゃん…。」
ミナギの方に向き直り、手すりに体を預けるシオ。
「…聞きたいことが…あるんだ。」
「…ああ。分かっている…つもりだよ。…嫌でも、気づかざるをえないことだったろうからね。」
「…何で…俺に、マーキュエルの力が?」
−波の音と、客船のモーター音。
「…子供の、頃…。」
「?」
ミナギが、話しはじめる。
「…私が…お前の半分くらいの子供だった頃の話だよ…。」
「……。」
「私は、その時…1人のマーキュエル<ティクス>と知り合った。胎動の海への旅を続けている途中…彼女は、そう言っていた。…見た目は、人間の生を終えたエナくらいだったかねぇ…。」
「…。」
「…私は…彼女に、命を救われたのさ。」
「…命…を?」
「調子に乗って、泳いでいて…気が付くと、ずっと沖まで来ててね。おまけに、足をつってしまって…。」
「嘘…溺れたの? 婆ちゃんが?」
「昔の話さ…恥ずかしいから、あんまり人には言わないでおくれよ。」
そう言って、ミナギは笑みを浮かべ、話を続ける。
「ま、それで、マーキュエルに助けられて…その時さ。」
「?」
「私は…自分の魂が引き戻されていくのを、確かに感じたんだ。私の、『死にたくない』『生きたい』っていう気持ちがあったから…マーキュエルが、引き戻してくれた」
「…引き戻す…?」
「…そう。肉体が無事である限り、命を救うことが出来る…マーキュエルは、ほとんどそういうことをやらないけどね。」
「…どうして?」
「自分の役割が第一だし、ほとんどが寿命で死んでいくもの達だからね。…きっと、ショウやエナの身体は、あの爆発で…。」
「…。」
「…まあ、その拍子に…私に、彼女の知識と力が入ってきたんだよ。全くの…そして、小さな偶然さ…。」
「…。」
「…その力は…私からエナへ。そして、今…お前へと、引き継がれている。」
「まさか…父さんと母さんが<フーティ>になったのも、そのため?」
「…否定は出来ないけど、ね。でも…それは些細な事だと思うよ。…ショウとエナが<フーティ>として迎えられたのは…2人の心が澄み切っていたからこそさ。」
「…そう…だね。」
「…に、してもねぇ…あれから何十年も経って、こんなことが起こるなんて…。」
「…どうか、した…の?」
「…あの子を…セーメを、見たとき…一目で分かった…。」
「…?」
「…そっくりだった…私を助けてくれた、マーキュエルに…。」
「え…それって…。」
「鏡映しとか、そういうことじゃない。あれは…親子の似方さ…。」
−静かに、波が音を立てる。
「…そう言えば、さ。婆ちゃん…マーキュエルの姿の意味、知ってる?」
うなずく、ミナギ。
「…父さんと母さん…俺が最後に見た姿と、一緒だった。」
「…だろうね。悔いは残ったろうけど…でも、私が見る限りでも、本当に幸せだった2人は…その時さ。」
「…婆ちゃん、は? もし…自分がマーキュエルになったら…」
「…そうだね…おまえが無事にこうやって、私の前にいてくれる…今かねぇ。」
「…。…俺は…」
「シオ。」
「?」
「…おまえは、これからだよ。まだ、幸せを振り返るには…早いさ。」
「…。」
「…最後の最後まで生きて…どんな形でこの世を去るにせよ、その瞬間に思い出すもの…それが、幸せな思い出だよ。」
「…。」
ミナギの言葉を頭の中でかみ締めながら、シオは、海の中に視線を落とす。
…魚達と一緒に泳いでいるマーキュエル達の姿が、見えた気がした。
−ティクスは、海の命を守る。
−…フーティは、命の根源を司る。
−…そして、その中間に位置するノルムは…海を、浄化する役割を担う。
「…有難う…マーキュエル。」
今までの思いを乗せたその言葉を、シオは、海へと投げかける。
…さぁ…と、微笑むように、海が優しい音をたてて、薙いだ。
−END−
後書き
…。
…終わりました。マーキュエルストーリー、これでこの物語は終了です。
後々、詳しいこととかは総括後書きに書きますが…これを読んでくれた皆様、本当に有難うございました。
拙い物語で、かなり手探り状態での執筆でした。
終盤、話の骨格はできていたというのに、一番悩みました。
肩の力を抜いて書こう…というのを目的としていたのに、なかなかそうはいかず、頭を抱えることしばしば。
こんな情けない作者の書いた、この「マーキュエルストーリー」。
読んでもらって、気に入ってくれれば、これ以上の幸せはありません。