第6話       一1つの戦いの終わり(後編)−

 西暦にして、2499年。
 月日にして、12月22日。
 そして、時間にして、AM11:12。
 CGとCCの戦いは、一旦、閉幕のときを迎えようとしていた。

 ズィゴガアアアアン!!!!
 CG達の銃とは比較にならない太さの「イレイザー」エネルギーが、周囲一体をなぎ払った。
 それに飲み込まれたCCが、一瞬で蒸発する。
 さらに、エネルギーの余波が、主エネルギーの直撃を免れたCCの群れをも、吹き飛ばし、叩き潰した。
 …静寂。
 NCからの通達で、事前に退避命令を受けていたCG達から、どよめきの声が上がる。
 「…な、なんて威力だ…。」
 「あのCCの大群を、一瞬で…!」
 そして−
 そのCG達の中に、リディアと、フォルトゥス率いる、フォース0067の面々がいた。
 CCに足をつかまれ、動きを封じられたリディアだったが、そのCCをすぐに打ち砕き、セイルの後を追おうとした。
 しかし、わずかな時間の硬直を、CCは見過ごすことが無かった。
 たちまち、リディアは、CCに取り囲まれてしまい、防戦一方となる。
 そこに助けに来たのが、フォルトゥス達だった…というわけである。
 「…ったく、やってくれるぜ。ずいぶんなものを作ったもんだ…。」
 「…。」
 陰鬱な表情を顔に出すリディア。
 「リディア、どうした?」
 「…セイル…、巻き込まれてないといいけど…。」
 「…これで、死ぬような奴か? あいつは。」
 「…フォルトゥス…。」
 「大丈夫に決まっているよ…あいつなら、な…。」
 フォルトゥスの言葉に、リディアが、微笑みかけた−
 その時である。
 …ズオン!!
 上下の揺れに、爆発のような音が重なった。
 『!?』
 CG達に、動揺が伝わる。
 「…! おい、あれ!」
 フォース0067隊員の1人が、セイルが向かった立方体を指さす。
 リディアも、フォルトゥスも、他のCG達も、その方向に顔を向け−
 そして、凍りつく。
 「…建物の上が、無くなっていく…!」
 立方体の上部が、まるで、背景に溶け込むように、消失していっているのである。
 と−
 「…! 何だ、あれは!?」
 そこから、音も無く浮かび上がる、黒い球体。
 リディアの背筋を、氷塊が滑った。
 「(…嫌な予感がする…。…あれを、壊さないと…!)」
 ヂッ…。
 何かを、焼ききるような音がした。
 同時に、球体の周囲を、電流が−
 −瞬間!
 ドドドドドドドオオオオオッ!!!!
 『!!』
 球体から、無数のレーザーが、発射された!

 「な…何だ、一体!?」
 セイルとネシスは、続けざまに起こる出来事に、呆然としていた。
 天井の消失。黒い球体の出現。
 そして、今現在、そこから発射されている、レーザー。
 「…何を、やっているんだ…あいつ!?」
 壁に半身を埋めた、怪物−いや、CCは、今も、球体に向かって、開かれた口から、エネルギーを放ち続けている。
 と、
 ズィギュアン!!
 レーザーのうちの一本が、セイルとネシスのすぐそばに落ちてきた!
 それは、一瞬で−
 『!』
 ヴン!
 人型の怪物…いや、CCに変わる!
 大型のサルに、両手にかぎ爪と牙をつけて、顔つきを醜悪にしたようなその姿は、セイルに、嫌な記憶を呼び起こさせた。
 「(BEAST−012! ちっ、厄介な…!)」
 BEASTシリーズは、動きが俊敏なことで有名なため、CG達に嫌われているCCの種類である。
 その代償として、総じて、防御が弱くなっているが。
 セイルも、リディアも、幾度となく、この種類に散々苦労させられてきていた。
 「…な! CCになった!?」
 「馬鹿、そこを離れ…!」
 ズシァ!!
 「!」
 CCの爪が−
 「…あ、あんた…!」
 とっさにネシスを守ったセイルの肩を、貫いていた。
 「ぐっ…!」
 ズヴァン!
 無傷の腕で、銃を握り、CCを吹き飛ばす。
 その場に倒れこむ、セイル。
 「…くっ、ここで…倒れるかよ…!」
 「…何やってんだよ…何で、私を! 私は、前に、あんたを殺そうと…!」
 「…体、動いちまった…。」
 「…馬鹿だよ、あんた。」
 ネシスは、頭を抱え−
 「あ〜もう! こいつにまで借りを作るなんで、一生の不覚だわ!」
 「じゃあ…今、返してくれ。」
 「?」
 「…レーザーが、CCになった。つまり、あの黒い球から…CCを放っているってことになる…。」
 「…確かに。」
 「…レーザーの先、見てみろよ。」
 ネシスが、彼の言葉に従い、レーザーを目で追う。
 すると−
 …シュン!
 「! ネットの外に…!」
 「あいつの言った、『カオス』とか言うプログラムの正体が、これだ。CCを、そこらじゅうにばらまいている。早く、外にいる皆に、このことを…!」
 「…って、あんたは!?」
 「あの野郎を片付ける…!」
 「…おい、自分の身体、見ていいなよ!」
 「いいから! さっさと行け!」
 「…戻ってこないかもよ。」
 「知らせてくれれば、それでいい! そのことで、借りは帳消しだ…! 早く!!」
 「…ちっ、馬鹿が。分かったよ!」
 ギゥン!!
 開いている天井から、ネシスは、外へと飛んでいく。
 それを見送って、セイルは、ゆっくりと立ち上がり−
 ギュウン!!
 銃を構え、CCに向けて打った!

 殺戮と破壊が、あらゆる場所で、行われていた。
 ネットの様々な場所に、CCが出現。人々をネットに拘束し、殺し、建物を破壊していた。
 そして、それは、現実の世界にも、伝播していく。

 ジッ、バシィン!!
 異常な電圧がかかり、電気機器がショートし、吹き飛んでいく。
 CCのプログラム破壊。それに伴う、エネルギーの急激な変動。
 バガアン!!
 「きゃあっ!」
 ビルについている、電光掲示板が吹き飛び、大量のガラス片が降り注ぐ。
 「うあぁっ!」
 「! 凛!」
 ガラス片の雨が、とっさにアーティスを覆った凛を、直撃していた。
 彼の身体に、いくつもの裂傷と、痛みが走る。
 「…くっ…!」
 「ちょ…っ、凛、どいて! どいてってば!」
 彼が、アーティスの言葉に従ったのは、完全にガラスが降り止んだ後だった。
 「…何してるのよ…もう!」
 「…痛ぅ…、怪我無いか?」
 「無いけど…。…凛は? 大丈夫なの!?」
 「こんなの…軽い傷だよ。…しかし、一体…どうなってるんだ!?」
 誰もが、同じ気持ちだった。
 何が起こったのか分からず、呆然とする。
 彼らが、その原因を知るのは、翌日になってからのことである。

 ズギゥ、ズギゥ、ズギゥッ!!!
 ことごとく弾かれていく、セイルの攻撃。
 その間にも、CCは、変わらず、球体にエネルギーを送りつづけている。
 「…くそお…、ずいぶん、防御が硬いぜ…。」
 球体も、先ほど撃ってみたのだが、やはり同じ結果に終わっていた。
 「…しかし…CCって、こういう風に、生まれていたのか…?」
 銃を打つ手を休めることなく、つぶやくセイル。
 「…全く…なんで、こんな奴らが、出てきたんだよ…?」
 肩の激痛が、意識を朦朧とさせる。
 「…さっさと、終わっちまえ…!」
 ドンッ!  横っ腹に、衝撃。
 「!?」
 吹っ飛ぶセイル。
 それとほぼ同時に−
 ジゥン!
 彼が今まで立っていた所を、球体からのレーザーが直撃した。
 それは、CCに姿を変え−
 バズァン!
 −きる前に、身体を切断された。
 戸惑いを隠せないセイルだったが、周囲を見回して、納得の色を顔に浮かべた。
 「…人を蹴り飛ばすか?」
 「蹴り飛ばした? 違うよ、こいつが突き飛ばしたんだよ。」
 セティルは、そう言って、またがっているルファードを軽く叩く。
 「よく、精神が復活したもんだ…。」
 「…。」
 セティルの顔を、暗い影がよぎる。
 「?」
 「…後ろに乗りな。あんたに会いたいって人がいる。」
 「え…けど、あのCCは…。」
 「奴を倒す方法を知っているんだよ…その人は。」
 「! ほんとかよ!?」
 「ああ。分かったら、さっさと乗りな。」
 彼女の言葉に従い、セイルは、ルファードにまたがる。
 「まず、ここを降りるよ!」
 ヴン…。
 かすかな音をたてて、ルファードが、空を歩き始める。
 セティルとセイルを背中に乗せた、その身体は、中央の穴から、下へと降下した。
 そこにいたのは−
 「…来たな。セイル…いや、八島修一。」
 「…ヴォルト=ディフック…!」
 「今の所、CCにまとわりつかれていないCGは、お前だけだ。青二才に、この大仕事を任せるのは、いささか気が進まないが…。」
 「…本当に、あの野郎を、止められるのか…?」
 「…その為に…まず、俺の指示に従ってもらう。」

 ヴュンッ!
 『セイル』から『八島修一』に戻り、ポッドの中で目を覚ます。
 それが開き、外へ出られるようになった時、彼の前に、ファトルが姿を見せていた。
 <…傷の具合、どうだ?>
 「…腕、ちゃんと動くぜ。」
 <あくまで、痛み止めつきの応急処置だからな。そのうち、筋肉痛になるぜ。>
 「サンキュ。…じゃあ、母さんのサポート、頼むな。」
 <あの男の言葉を、信じるのかよ?>
 「…あのCCのプロテクトは、メガ・イレイザーでも、無理なんだろ?」
 <ああ。エネルギーの遮断、分散、防御を、とんでもないパワーで行うからな。>
 「…あいつの言葉を信じるしか、今は…打つ手が無い。」
 <…。>
 「…それじゃあ…後は、よろしくな。」
 修一は、そう言って、立ち去り−
 <修一!>
 足を止め、背中で、ファトルの声を受け止める。
 「…この時の、俺の名前…始めて呼ばれたよ、お前に。」
 <…死ぬなよ!>
 軽くうなずき、修一は、走り始めた。

 エレベーターを上がり、一般のビルにカモフラージュされたCGのダイブビルから、修一は、飛び出した。
 ヴォルトに指定されたポイントに向かって、必死で足を進める。
 −そこには、数分で着いた。
 <ディフック・カンパニー 第3倉庫>
 やたらに広く、何も無い場所。
 その奥に、1人の男がいた。
 眼鏡に、長身。外見、三十歳くらいという所だろう。
 「…君が、兄の言っていた少年か。」
 「ハルフォート=ディフック…。カンパニーの社長が、何でこんな所に…。」
 「兄の計画には、私も参加しているのでね。…ついて来てくれ。」
 ハルフォートの後を追う修一。
 二人は、倉庫の隅に隠されていた部屋から、エレベーターで、下へと降りていく。
 それが開くと、今度は、3段階のワードセキュリティが設けられている扉があった。
 「えらく厳重だなあ…。」
 「誰にも、見つかるわけにはいかなかったのだよ。」
 ハルフォートが、9桁×3の文字暗証番号を入力すると、扉は静かに開いた。
 中へと入る、二人。
 「…来たか。」
 「ヴォルト…。」
 そこは、殺風景な部屋だった。
 それだけに、部屋の真ん中にある、二つのダイブ・ポッド−CGが、ネット内へのダイブを行うときに入る、ポッドである−と、その横のモニターの存在が、いっそう際立っている。
 「作戦の手順を、話そう。」
 ヴォルトのその言葉が、修一に緊張を与える。
 「八島修一。これから、お前には、『セイル』となって、ボスCCのプログラム内に、入ってもらう。」
 「プログラムの…中!?」
 無茶な、と、修一は、胸中で叫んだ。
 幾度も言うようだが、CGたちがダイブするネットは、プログラムで形作られている。
 人々の娯楽用のそれは、様々な機能がネット内に取り付けられているが、普通、ネットに入れば、無機質な立方体が、立ち並んでいるだけだ。
 先ほどヴォルトが言った、プログラムの中に入ると言うのは、その立方体の中に、入ると言うことである。
 情報がぎっしりと詰まった、隙間の無い、立方体の中へ。
 「…俺に、ばらばらになれって言うのか!?」
 「すでに、お前が行くところのプログラムは、あらかた破壊して、穴だらけにしてある。ばらばらになる必要は無い。」
 「…って、それじゃあ、何で自分で行かないんだよ!」
 「我々は、CCの中心部までの道を、確かに作り上げた。…だが、その道を通ることは、出来ないのだ。」
 「…?」
 「私と兄は、8時間前から、特定のウイルスを操作して、プログラムを破壊していった。…しかし、その代償として、ウイルスのわずかな痕跡から、我々のことが判明しかけている。」
 「もし、次に俺達が行動を起こせば、CCは、俺達のことを完全に察知するだろう。…俺達の会社や組織が、これ以上の被害を増やすわけにはいかない。」
 「…俺なら、あんた達の代わりに…CCを倒せるっていうのか?」
 「時間を作れる、と言っている。倒せるかどうかは、お前次第だ。」
 「……。」
 ヴォルトは、腕時計に視線を移し、
 「…ネット内に、入るぞ。」

 ヴィシュン!
 「…お、ちゃんと『セイル』になってる。」
 「お前のデータも、出来る限り、取り入れておいた。ハルフォートを、通じてな。」
 刑務所の廊下のような場所を歩く、セイルとヴォルト。
 (ヴォルトは、容姿に変化は無い)
 それが、開けて−
 「…!!」
 絶句する、セイル。
 「…何だよ…これ…!」
 横一列に大量に並ぶ、大量のカプセル。
 その中で眠る−
 セティル達。
 ヴァーキュリー達。
 そして−
 左右に長く伸びた、カプセルの列の突き当たりに−
 「…何で、この人が…ここに!?」
 「? お前の、知り合いか?」
 「…ああ…ああ、そうだよ。」
 そこで眠っているのは−
 紛れも無く、緒原佑里であった。

 「…どうして、どうして…彼女が、ここに!?」
 「ネット内を、半死半生でさまよっていた。見つけたのは、ハルフォートの部下だそうだ。」
 「…まさか…ここに、閉じ込めてるんじゃないだろうな!?」
 <傷を癒している所だ。>
 彼らの頭上に、ハルフォートが、モニターで映し出される。
 <できるだけ、副作用などが無いように、彼女の治癒をしていた。…後わずかで、完治する。>
 「…そう、か…。」
 安堵のため息が、思わず漏れる。
 「…あ…でも、どうして…一緒に、こいつらが?」
 「…彼女の潜在意識には、底知れぬ力が眠っていた。それを、出来る限りコピーして、セティルとヴァーキュリーを、作り上げていた。」
 「…!?」
 セイルの脳裏に、セティルが見せた、暗い表情が浮かぶ。
 「セティルは、俺が。ヴァーキュリーは、ハルフォートが管理し、それぞれが、増加の一途をたどるCG死亡率を、減らす努力をすることにしていた。」
 「…彼女を…佑里さんを、利用していたのか…!?」
 「…ああ。否定はしない。」
 「…くっ!」
 セイルは、殴りたい衝動を、とっさにこらえていた。
 今現在の状況と、抜けていない安堵の気分が、歯止めをかけていた。
 「…おまえにとって、彼女は、それほど…大切な者だったのか。言っておくが、彼女自身には、何の危害も加えていない。」
 「…。」
 「…こっちだ。」
 再び歩き始める、ヴォルト。
 「…ネシスは、セティルとヴァーキュリーのNo・0が、CCに拉致された結果、生まれた。」
 「拉致?」
 「CCのボスが、次世代のCCとして、生み出したものらしい。人間を殺すのに最も適しているのは、人間。そういう結果になったんだろう。」
 「…。」
 「だが、それでも、セティルのときに作られた感情は残った。」
 「…だから、あんたの下についたりしているのか?」
 「ああ。…それに気づいた奴らは、ネシスを失敗作として、全て抹消しようとした。」
 「それを…助けた?」
 「…使える奴を、消されるままにしておくのは、もったいないからな。」
 「…一つ、聞きたいんだけど…CVTでやられた、セティルは?」
 「…助けられなかった。」
 ヴォルトがそこまで話したとき−
 「…!」
 「…着いたぞ。」
 部屋の壁に付いた、やや大きめの扉。
 「ここが…CC内部に、続いているっていうのか…?」
 ヴォルトはうなずき、
 「…それと…お前に、言っておくことがある。」
 「?」

 初老の男が1人、暗黒の空間を、漂い続けていた。
 その瞳に、生気は、全く感じられない。
 と、
 「…見るのは、初めてだな。」
 闇の中から、セイルが、姿をあらわす。
 「…?」
 「自分の子供が来ると思ったかい? ラーゲット=ディフック。」
 「…何者だ?」
 「あんたは…何も知らないんだな。20年前に、死んだと見せかけて、CCをまとめ始めたときから…。」
 「…『イレイザー』のエネルギーを、君の持っている銃から、凄まじいくらいに感じる…。」
 彼の右手には、ヴォルトから渡された、高出力の銃が握られていた。
 「さすが、『イレイザー』を創りあげただけあるな。…これは、『イレイザー』を撃ち出して、CCを駆除するための銃だよ。」
 「…。」
 「それは、今、1つの仕事になってる。」
 「仕事…?」
 「俺は、サイバード・ガンナー。簡単にいうと、CCの退治屋だよ。」
 「…そんなものが、出来ていたのか。」
 「あんた…その口調からすると、自分が『ネシス』っていうプログラムを作ったことも、知らないみたいだな。」
 「…作戦担当が、勝手にやったことか。」
 「ずいぶん、派手にやってるぜ。ネットをまるごとCCの巣にしたり、テストで不必要と判断した奴を抹消したり。」
 「…。」
 「…にしても、わからねえな。『イレイザー』を作った奴が、何でCCに?」
 「…自分の行いに、甚だ呆れ果てたんだよ。」
 「『イレイザー』を作ったことを、か?」
 「…私が死の淵にいたとき、人々は、CC狩りを、ゲームにして楽しんでいた。」
 「…。」
 「その行いのせいで…私は、友人を、何人も失った。」
 「CC狩りの巻き添えをくらったのか…。」
 「ああ。…『イレイザー』を作ったために、私は、死のうとする友人に、憎まれ、呪われてきた。」
 「だから、『イレイザー』を、CC狩りの奴らを、殺そうと? それで、CCに?」
 「…そこらじゅうに散らばるCCを集めた後、私は、作戦を担当するコンピュータをこしらえ、ここで、漂っていた。」
 「あんたの絶望のせいで、死んだらいけない奴、死ななくていい奴まで、死んだんだぞ?」
 「…人間は、簡単に、愚かになる。簡単に、悪になる。『イレイザー』を与えてしまったばかりに…人は…。」
 「…。」
 「…あれから20年も経つのに…人はまだ、愚かな行為を…。…滅びてしまえばいい…」
 ズギゥン!
 彼の頬を、セイルの銃が、かすめた。
 「…逃げるのか。」
 「逃げる…?」
 「『イレイザー』を作って、それで絶望したから、人を滅ぼす? 何も、償わずに?」
 「償う…?」
 「あんたは、それでいいかもしれないけど、周りはどうなる?」
 「まわり…?」
 「『イレイザー』で人が愚かになったんだったら、少しでもそれを直そうと思わなかったのか? 人が、『イレイザー』で愚かになるのを見て、絶望して、それで終わりか?」
 「…。」
 「あんたは…傍観者になってはいけなかったんだ。なのに…何もかも棄てたから、起きなくてもいい悲劇が…!」
 「…君は…心に、何を宿している? その強い意志は、どこから…?」
 「…俺は…この仕事を、償うために…やっている。」
 …10年前。
 入ってはいけない、ネット。
 仮想現実を、ゲームだと捉えていた。
 止めに来た母。現れるCC。
 そして…息絶える、父。
 現実世界に戻っても、帰ってくることがなかった。
 ゲームなんかでは、なかった。
 …月日が流れる。
 ネット内で、浮つき、自分の存在を、軽く思っている者。
 −バーチャル、とか言うんだろ? この世界って−
 −人を傷つけたって、現実世界じゃなんともねえんだ−
 −CCにやられたって、すぐに戻ればいいんだよ。死ぬわけねえだろ−
 −CGが死ぬのは、ぐずでのろまだからよ。あたし達なら、あんなへまは−
 −大げさなんだよ、腕が取れた〜とかさ。痛がっちゃって、馬鹿じゃねえの?−
 −戻ってくれば、しっかりついてるのにね〜−
 −所詮この世界は、ただのゲームだよ−
 −ハハハ。

 ハハハハハ。
 アッハハハハ!!!

 次々とフラッシュバックする、光景。
 「…俺が馬鹿だから…死んだ人がいた。もう増やしたくない! 俺は、大切な人を死なせた。その罪を、償うんだ…俺が守ると決めた奴を、人を、守るんだ!」
 「守る価値のない奴もいる。いや、そのほうが多い。」
 「…真っ先にあんたの餌食になるのは、そういう奴らだよ。…でも、そうなって、嘆いたんじゃ…遅いんだ!」
 「…。」
 「あんたは…絶望して、やけになって、CCになるより…もっと先に、やらないといけないことがあった! 自分の罪を、償うべきだった! なのに…!」
 「…。」
 「CGは…本当は、あんたが作らないといけなかったんだよ…あんたが!」
 それは全て、ヴォルトとハルフォートが、作ったものだった。
 二人は、CC狩りを、娯楽から1つの仕事に変え、規制を敷いた。
 ちなみに、フリーCGと言うのは、規制に反対する人々の、鬱憤のはけ口として、成立したものである。
 「…俺は…CGとして、あんたを消去する! それが、俺の、責任の取り方だ…!」
 「…。」
 セイルは、銃に、力を込め−
 「馬鹿っ!」
 ズギッ!
 切断音が、響く。
 それと同時に−
 ネシスが、ウィング・ソードを手に持ち、その場に現れていた。
 「…ネシス!」
 「後ろにも気を配っとけ!」
 「え…!?」
 彼女の言葉に、後ろを向くセイル。
 「…!!」
 慄然とした。
 先端を切断された大針が、彼のすぐ後ろで、止まっていたのである。
 「…しかし…私の本当のボスが、こいつだとは思わなかったよ。CC退治の始祖が、CCなんて、ねえ…。どんなものかって、見に来てみたら…。」
 「ディフック…まだ、抵抗するのか…?」
 「私は、何も出来ない。ただ…自動防衛機能が、勝手に動いているらしい。」
 「…あんたが…いわば、CCの『核』だから、か…。」
 ヴィシュウ!!
 一瞬で、ディフックの身体が、銀色の球体に、取り込まれた!
 そして−
 ドドドドオ!!
 レーザーの雨が降る!
 セイルは、ネシスに近づいて、銃口を上に向け−
 ヴィン!
 シールドを張り、レーザーを防ぐ!
 「…くっ…これじゃ、動けねえ!」
 <セイル、聞こえるか?>
 「! ハルフォート!?」
 彼の声は、耳の通信機からだった。
 <生きてそこを出るなら、早くしたほうがいい。私達の開けた穴が、ふさがり始めた。>
 「おい…嘘だろ!?」
 <お前の動きを、察知したらしい。私達の力でも、後400秒が限界だ。>
 「…6分半と、少しか…!」

 3分が過ぎた。
 事態は、膠着したまま−
 ビシイ!
 …いや、動き始めた。
 シールドに、ひびが入り始めたのだ。
 それを待っていたかのように−
 「…ぐう…っ!」
 上げていた腕が、激痛に襲われ始める。
 「…ちっ!」
 「どうする? このまま、犬死にする?」
 「…そんな気は、毛頭ないけどよ…けど、どうしろって…」
 「シールドを解除して。そしたら、すぐに、後ろに跳ぶよ。」
 「…。」
 「返事は?」
 「…よし。」
 ビシイ!
 ひびが、決して遅くないスピードで、増加していく。
 「カウント3で、解除するからな。」
 「OK。」
 「よし…1、2の…」
 ビシイッ!
 「…3!」
 ヴン!
 シールドの解除と同時に、セイルは、素早く後退し−
 「…!?」
 ガキッ!
 前へと跳び、球体に、剣を突き立てるネシス。
 そして−
 ジュドウオンンンッ!!
 直後に、ネシスを、レーザーの雨が襲った!
 「ネシ…!」
 「剣を…撃てえっ!」

 ジゥドオン!!

 倒れている、ネシス。
 胸に穴をあけたまま、立っているディフック。
 銃を、ゆっくりと下ろすセイル。
 全てが、異様な静寂の中にあった。
 「…剣の先に、『イレイザー』エネルギーを全部込めて、あの球を破ったのか…。」
 「…ご名答…。」
 「…ネシス…無茶しすぎだぜ…。」
 「…へ…っ、言った…ろ。こいつらに…遊び場は、やらないって…。」
 「…そのままじゃ、お前…助からないぞ。」
 「…なめるなって…このまま、死んで…たまるかよ…。」
 「…。」
 「…記憶、操作されて…そこらじゅうで、いいように使われて…このままじゃ、死ねないっての…。」
 「…ネシス…。」
 「…おい…さっさと、自分の用事、片付けな…。」
 セイルはうなずき、ディフックに、視線を移す。
 「…私を消して…、CCも、全て消すのか?」
 「ああ…。」
 「…人間は、愚かなままだと…私は、思うがな。」
 「それで終わらせたら、何にもならない。」
 「…私は、もう…ここにいるのにも疲れた。責任は…君達に転嫁させてもらう。」
 「いや、お断りだ。」
 セイルは、銃口を彼に向け−
 「…あの世でせいぜい努力して、生まれ変わって、責任取りに来い。」
 「…!」
 ディフックの目が、大きく見開く。
 「消去!!」
 ズギゥン!!
 放った!
 ディフックの顔が、一瞬、柔らかくなり、…そして、消えていった。
 「…は、はは…あほらしいこと言うんだねえ、あんたって…。」
 「…ち…っ、俺の言葉を笑って、消えやがった。」
 <セイル。後35秒で、完全に扉が閉じるぞ。>
 「…早く、行きな…。」
 「ネシス…。」
 「何度も言わせるな…このまま、死なねえよ…。」
 「…。」
 「行くんだ…さっさと…。」
 「…お前には、借りがある。返させろよ…いいな。」
 セイルは、出口に向かって、走り始めた。
 その姿が、ネシスの視界から、ゆっくりと消えていく。
 そして、完全に、それが消えて−
 「…さて…と…。どうするかな、これから…。」
 少しづつ、ネシスの息が、小さくなる。
 「…とりあえず…、ここを…出るか…。」
 しかし、倒れた身体は、全く起きない。
 手も、足も、微動だにしなかった。
 「…その前に…少し…や…す…んで…」

 漆黒の空間。
 今までCCの内部だったそれは、核を破壊されたことにより、崩れ始める。
 そこには−

 『何も、なかった。』
 その直後。
 メガ・イレイザーが、CCを生み出していた球体を、建物と、CCごと、完全に吹き飛ばした。

 暴れていたCCは、その生産が止まったことにより、数に限りが出来た。
 最後の一体は、PM0:22、除去されることになる。

 ネット112398・1256は、『イレイザー』が凝縮された、ネット破壊用爆弾により、消滅した。

 その日を持って−
 30年に及ぶ、CCとの戦いは−
 …少しの間、終わりを告げた。

                        −To be continued


                        
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