
第5話 一1つの戦いの終わり(前編)−
AM10:12。
「…なあ。」
「?」
「何か…いつもより、人通りが少なくねえか?」
「そう?」
町の通りを歩きながら、話し合っているのは、凛とアーティスの2人である。
「…今日…どこかのお店が、大特売! …なわけない、か。」
「広告マニアのお前が、見逃すはずないからなあ。」
「マニアは余計。」
と、凛の頭を殴りつけるアーティス。
その後、他愛の無い話を続ける二人だったが、少し経ってから、1つの話題に行き着いた。
「…そういや、さ。」
「ん?」
「…今日、修一も、いないよね。」
「ああ…それに、里美さんも、留守だったよな…。」
西暦にして、2499年。
月日にして、12月21日。
PM7:15、CCの誕生場所が、ついに、判明した。
厳重な迷彩プログラムによって、CGの探索の目から逃れていた、巨大なネット。
単純な規模で言えば、人口50万人ほどの町が、すっぽりと入ってしまう。
それが、圧縮され、極限までサイズを縮小して、ネットの海の中を泳いでいたのだ。
…そして、12月22日。
AM8:15、ネット112398・1256−CCの拠点に向けて、CG本部から、回線が開かれた。
その時、本部には、全てのCGが集結し、その中に、セイルとリディアの姿もあった。
−この日のために、我らはあった。各自、CCの撲滅に、尽力せよ!
フォースの隊長たちが、似た内容の言葉を、それぞれ叫ぶ。
もっとも、フォルトゥスの場合は、「CC倒して、もう一度ここに集まって、みんなで祝杯あげるぞ!」だったが。
彼らは、4つのグループに分かれて、波状攻撃を仕掛けることになった。
第1グループの先発隊は、状況把握と、通路確保。
第2、第3、第4グループが、それぞれ、前後のグループの補助をしつつ、CCのボスを叩きに向かう。
そして…その後方に続くのは、「メガ・イレイザー」。
戦艦の主砲のようなエネルギー砲に、キャタピラを取り付けた、その兵器は、CGとの戦いを潜り抜けたCCへの、死神の手向けとして、用意されていた。
準備は、約10分で、完了。
そして−
ヴュン!
AM8:32、CGたちが、ダイブを開始した。
「CCが…すぎて…、…っ!」
ビヂッ。
音がして、通信が切れる。
声が途切れ途切れになっているのは、そこに、さまざまな音が入り混じって、入っているからである。
CCの音、CGの断末魔、CCとCGの攻撃音。
部屋の中央のモニターは、移ってから数秒で、すでに、消えていた。
<…何…すぎると思う?>
「『多』に決まってるだろ。」
<…だよなあ。>
第4グループに配属された、セイルとリディアは、現在、ダイブする時を、他のCG達とともに、待っていた。
すぐ横には、立体映像で、ファトルが姿を見せている。
「…先発隊は、壊滅ね。」
<1000人じゃ、どうにもならない数ってこと、か…。…やばいな。>
以前、ネシスと始めて戦った廃棄ネットでは、289人。CVTでの戦いでは、500人で、その約3倍のCCに、勝利を収めていた。
だが、今回は、1000人が、(通信から察するに)ものの3〜4秒とたたないうちに、壊滅した。
「(10倍20倍では、いかない…か。)」
リディアの方に、自然と目が移る。
「(…守ってやれ、か。守られてばっか、だってのに…な。)」
「…? 何? 顔に、なんかついてる?」
セイルは、慌てて顔をそむけ、
「あ、いや、何も。」
<ところでリディア、バーストペナルティで失った力、ちゃんと戻ってるか?>
「ええ。テストの結果は、上々。力を100%使えるわ。」
<それなら安心だ。 …お。第2グループに、動きがあるみたいだ。>
『?』
<…10000から、12000に増えた。>
「2000? 増えたって、たったそれだけ?」
<それ以上の増加は、統率が取れなくなるからだろうな。>
「…あんまり変わらない気がするけどな。この物量作戦考えた奴は、たぶん、机にずっと向かっていると思うぜ。」
「むやみに増やしたって、自滅するのが関の山なのにねえ…。」
<…第2グループが、ダイブするぞ…!>
…そして。
それから6分後、セイル達は、戦いへと赴いていった。
ズィギュイアアアアッ!!!
轟音と光が、セイル達の視覚と聴覚を叩く。
無数のエネルギーが飛び交い、それに触れたものは、片端から塵となっていく。
その中には、明らかに、同士討ちによるものも混じっていた。
「(…もし、血が出るようにプログラムされていたら、あたり一面、真っ赤になってるだろうな…。)」
周囲を見回し、胸中でつぶやくセイル。
「…フォルトゥスさん…、無事に辿り着いているといいけど…。」
「第3グループ…だったよな、確か。」
<おい、何をのんきに喋って…!>
ズバアン!!
ファトルの叱責は、間近でのCCの破砕音にかき消された。
念のために言っておくが、セイルとリディアが、もし喋っているだけだったら、とっくに、CCの餌食になっている。
二人は、襲ってくるCCを正確に打ち砕き、目的地へと向かいながら、言葉を交わしていたのだった。
距離にして、約数百メートル。
ぼろぼろの立方体が立ち並ぶ中、それは、傷1つつくことなく、そびえ立っている。
「…くっ、全然ここから遠く感じる…!」
セイル達がいるネットの中で、一番の高さを誇る、漆黒の立方体。
「…早く中に入って、CCの頭を叩かないと…!」
リディアが、そう言った−
瞬間!
ガッ!!
「!」
彼女の足が、何かに掴まれた!
とっさに下を向くリディア。
その視界に映るのは…長い腕を伸ばし、リディアの足をがっちりとつかむ、CC。
「くっ!」
「リディア!」
「止まるな!」
思わず足を止めかけたセイルを、リディアは、叱咤する。
「…!」
「行けえっ!」
バン!
なおも躊躇するセイルの背中を、リディアは、今度は、張り手で叩いた。
軽い衝撃と、強い決意に押され、セイルの走る速度は、再び、最大になる。
後ろは、もう、振り向かなかった。
ダンッ!
セイルは、目的地である漆黒の立方体に、激突していた。
息を切らし、後ろを振り返る。
…いまだ続く戦いの光が、全てをかき消していた。
「…母…さん…。」
歯ぎしりし、拳を固める。
「(…また…守られた…。)」
あそこで止まれば、二人ともやられていたであろう事は、セイルにも、容易に想像できた。
しかし−
「(…守ってやるんじゃないのかよ!!)」
頭を、壁に叩きつける。
「…くそっ! くそっ!」
「情けないねぇ、やっぱガキか。」
「!?」
いきなりの、横からの声。
そこには、忘れたくても出来ない顔があった。
「…てめえ…、ネシス!」
「よ。…そっか、あのバースト女の子供って、あんたか。納得納得。」
「…なんで、ここにいる…!?」
返答の代わりに、彼女は、ポケットから、一枚のカードを取り出した。
「…フリーCGの…メンバー!?」
「ここのボスに、借りを作っちまってさ。」
「…フリーの奴らも、ここに?」
「もちろん、来てる。あの狼女も、機械野郎も、見かけたよ。」
「…あいつらが…。」
安堵のため息が、セイルの口から漏れる。
ヴァーキュリーのことはともかく、精神が崩壊したセティルのことを、彼は、密かに、気にかけていたのだ。
「ところで。ここに辿り着いたって事は、これから、この中に入るんだろ?」
「…ああ。」
「案内してやるよ。」
「…何だと?」
「あんたを騙すつもりも、殺すつもりもないよ。今は、ね。」
「今は…か。」
「私の遊び場を、こいつらにやるつもりは、毛頭無いし。」
「…だと思ったよ。」
ヴィユン!!
音と同時に、壁の一部分に、穴が開く。
それは、瞬時に、民家のドアくらいの大きさに広がった。
「…な…!?」
「プログラム破壊なんて、これくらいなら、手を近づけるだけで出来るんだよ。」
言いながら、穴の中へと入っていくネシス。
その後に続く、セイル。
建物の中は、大きな、吹き抜け状になっていた。
「…ずいぶん、静かだな…。」
「お出迎えに、子分は入らない…ってことかな。」
「…この上に、奴らのボスが…。」
ネシスのNCUのパワーが上昇しているのが幸いして、セイルは、彼女の手をつかんで、上へと飛んでいった。
「…しかし…何で、おまえといい、セティルやヴァーキュリーといい、NCUなんて持ってるんだ? …まさか、盗んだのか?」
「はずれ。もらったのさ、これは。」
「もらった? どこの誰だよ…おまえみたいな危ない奴に、そんなものを…。」
「…私が、生まれた所。」
「生まれた…?」
「気がついたら、私は、CCの仲間の『ネシス』という、存在だった。その時に、NCUをもらったんだ。」
「…何? おい、ハッカーだろ、お前は?」
「…今のボスに雇われたとき、記憶を刷り込まれていたことが、判明したんだよ。」
「…!」
「…つまりさ…私は、『ネシス』であって、『ネシス』じゃなかった。そういうこと。」
「…。」
「昔、ネット内を荒らしまわった『ネシス』の力と記憶を受けついだ…別タイプの、CCだったんだ。」
「…。」
「…上のほうに出るよ。」
立方体の中を、上昇しつづけること、数分。
吹き抜けの部分が途切れ、広い空間が、出現した。
少し上から見ると、まるで角張ったドーナツである。
二人は、その、輪に当たる部分に、着地していた。
「…ここに、いるってのか?」
「…みたい…だよ。ほら。」
と、空間の隅を指差す、ネシス。
そこには−
「…人間?」
人間の上半身が、壁に埋まっていた。
…いや、それは、大雑把に見たフォルムだけの話である。
少しでも注意してみれば、それは−
「…化け物か、エイリアンだぜ…。」
と−
その口が、動いた。
「ニンゲン…」
「! こいつ…言葉を!?」
「…プログラム『カオス』…、サドウ…」
「カオス…!?」
怪物の口が、機械的な言葉を紡いだ後、ゆっくりと開いていく。
それと同時に、頭部が、斜め上を向いていく。
動きが停止したとき、怪物は、その頭部を天井に向け、不気味に、口を開いていた。
…数秒。
ゴ…ゴゴゴ…!
『!?』
建物が、振動に包まれる!
そして−
−ゴッ!!!
−1つの戦いが終わりを告げるまで、もう少しだけ、時間を使うことになる。
それが終わった後、彼らの目の前にあるのは…
そして、彼らの道は、何処へ…
−To be continued