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学芸員コラム れきはく講座

 こんにちは。兵庫県立歴史博物館です。このコラムは、当館の学芸員が兵庫県域の歴史や、あるいはさまざまな文化財に関するちょっとしたお話をご紹介していくものです。一月から二月に一度のペースで更新していきたいと考えていますので、どうぞよろしくお付き合いください。

 

第82回:近世庶民女性の手紙 (2)もじことば 2017年1月15日

学芸員 大黒 恵理

 

 前回のコラムでは、江戸時代に庄屋筋の家の女性が書いた手紙について、内容の面からお話ししました。今回は手紙に使われている「ことば」に注目してみたいと思います。

 

 女性の手紙の特徴として話し言葉や方言が多いということは前回も少しふれましたが、ほかにも女性ならではの言葉遣いがあります。そのひとつが「女房詞(にょうぼうことば)」です。

 「女房詞」とは「中世に内裏や上皇の御所の女房の間で用いられた言葉」で、次第にその他の階層の女性にも広まり、「近世には上品な言葉と意識され、一般の武家や町家の女性の間にまでも広まるようになった」とされています。また「近世には、女中詞・大和詞・御所詞などとも呼ばれ」るようになりました(『国史大辞典』)。

 「かちん(餅)」「くこん(酒)」など、もとの形から随分変わってしまうものもありますが、言葉の一部に「もじ」や「お」をつけて用いられることが多いのも特徴です。

 「髪(かみ)」+「もじ」=「かもじ(髪)」

 「お」+「田楽(でんがく)」=「おでん」

など、のちに一般語として定着し、現在も使われている言葉もあります。

 

 江戸時代には、「女重宝記」などの女性向けの教訓書や寺子屋で使う往来物(教科書)の中で取り上げられ、解説されるようになりました。

 たとえば、元禄15年(1702)に刊行された『新板増補女重宝記』の「大和言葉」という項目には97もの言葉が紹介されています。「もじ」をつけたいわゆる「文字詞」をいくつか抜き出してみましょう。

   おび(帯)    → おもじ

   ゆぐ(湯具)   → ゆもじ

   のり(海苔)   → のもじ

   ゑび(海老)   → ゑもじ

   しゃくし(杓子) → しゃもじ

 このようにわざわざ教訓書で解説されるということは、それだけ日常的に使用される機会が減り、当時の女性においても身近なものではなくなっていたのではないかと予想していたのですが、実際に当時の女性の手紙を見ると意外にも「もじ」だらけ!これらの「文字詞」がどのように使われているのか、前回も取り上げた「大谷家文書」の中からいくつか見てみましょう。

 

井口ゆう書状(大谷家文書、個人蔵)

 

 手紙の挨拶部分などでよく出てくる文字詞がこちら。「嘸々(さぞさぞ)御いそもしさまと存まいらせ候(さぞさぞお忙しいことと存じます)」。「忙しい」を「いそもじ」と文字詞で表しています。

 

江見亀書状(大谷家文書、個人蔵)

 

 こちらは「誠に先もしハさんしまし久々ニて御めもしいたし…(先日お伺いした際には久々にお会いして…)」。「先日」を「先もじ」、「お会いする」を「御目もじ」と表現しています。「おめもじ」は現在でも使われますね。



立石つや書状(大谷家文書、個人蔵)

 



 こちらは贈答品の礼状の一部。「御めつらしきこうるか御さもし遣され…(珍しい子うるかの肴をいただき…)」とあります。「子うるか」は鮎の卵巣を塩漬けにしたもの。「さもじ」は「肴(さかな)」の文字詞です。

 

井口ゆう書状(大谷家文書、個人蔵)

 

 こちらは短い間に文字詞が3回も出てきます。

 「先もししんさいけより承り候へば御ともじ様やはりやはり御すくれ遊されす候よしきゝまし、山々あんじ申、嘸々あつさの時御なんもしさまと存上まいらせ候(先日新在家の親戚よりお聞きしたところではお父様の具合がすぐれないとのことで案じております。暑い時期ですし難義されていることと存じます)」

「先もじ」は先ほども出てきましたが「先日」、「御ともじ様」は「お父様」、「なんもし」は文脈から推察するに「難義」といったところでしょうか。

いずれも、もとの言葉から一文字か二文字しか入らないので、後世の私たちが読む際には、文脈から考えたり、他の用例とつき合わせたりする作業が必要になってきます。

 

 ここに挙げたもの以外にも女房詞、特に文字詞が見られる手紙は多くありました。「こんもじ(懇意)」「ねんもじ(念を入れる)」「きもじ(気持ち)」「かもじ(悲しい)」「まんもじ(満足)」など、さまざまな言葉が文字詞で表現されているのです。

 前述の『新板増補女重宝記』の中の「女ことばづかひの事」という項目には、「女の言葉ハ片言まじりにやハらか成るこそよけれ」「万(よろづ)の詞におともじとを付やわらかすべし」とあります。「お」や「もじ」をつけることで言葉の響きがやわらかくなり、上品な言い回しになると理解されていたのでしょう。

 実際の手紙にこれほど多くの用例が見られることからも、女房詞(文字詞)をうまく使いこなすことも当時の女性の教養として認識されていたことがうかがわれます。そして当時の女性にとってはひとつの「女性らしさ」の表現方法だったのかもしれません。

 これらの手紙の一部は、現在当館の「歴史工房」で展示中です(3月頃まで展示予定)。このほかにも、女性の手習い帳などもあわせて展示しています。ぜひ足をお運びください。