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学芸員コラム れきはく講座

 こんにちは。兵庫県立歴史博物館です。このコラムは、当館の学芸員が兵庫県域の歴史や、あるいはさまざまな文化財に関するちょっとしたお話をご紹介していくものです。一月から二月に一度のペースで更新していきたいと考えていますので、どうぞよろしくお付き合いください。

 

第5回:河童とフィギュア 2010年8月15日

学芸員 香川雅信

 去る7月23日、高知県南国市稲生(いなぶ)にある河泊(かはく)神社の祭りを見に行ってきた。河泊神社は、いわゆる河童(かっぱ)を祭神とする全国的にも珍しい神社だ。

河泊神社(高知県南国市稲生)

 高知県には、河童に相当する妖怪として、「エンコウ」と「シバテン」の2種類がある。その区別は必ずしも明確ではないが、「シバテン」はもっぱら人間と相撲を取りたがり、人や牛馬などを水の中に引き入れようとするのは「エンコウ」の方であるようだ。これらはどちらも、いわゆる河童の重要な属性である。

 河泊神社に祀られているのは「エンコウ」の方だという。しかし河泊神社の祭りのメインイベントは、子ども相撲なのだ。そこに伝承の「ねじれ」があるようにも思われる。

 さて、筆者がこの河泊神社の祭りを訪れたのは、この秋に当館で開催される展覧会の資料調査のためだ。その展覧会は「フィギュアの系譜―土偶から海洋堂まで―」(会期:平成22年10月9日〜12月5日)。日本を代表するフィギュアメーカーである海洋堂の作品を紹介するとともに、縄文時代の土偶から現代のフィギュアに至る日本の人形文化の系譜をたどるというものだ。一見、歴史博物館にはそぐわない「色モノ」の展覧会と見られがちだが、準備を進めるうちに、筆者がこれまで担当してきた展覧会の中で最も民俗学的な性格を帯びたものになりつつある。

 というのも、海洋堂の創業者である宮脇修氏(海洋堂ホビー館館長)の父君は、高知で指物師をしながら、同時に民間宗教者でもあり、「憑きもの落とし」のようなこともしていたようなのだ。高知県高岡郡四万十町には、宮脇氏の父君が「障(さわ)り」(祟りなどの災厄)を起こしていた子どもの霊を祀り上げることによって作った「馬之助神社」が現存し、それを知った宮脇氏は、平成21年に祭神である「馬之助大明神」のフィギュアを海洋堂の原型師に作らせ、奉納したとのことである。

 実はこの河泊神社も、同じく平成21年、宮脇氏の奥様が近くのご出身という縁もあって、祭神である「河泊様」のフィギュアを滋賀県長浜市にある海洋堂フィギュアミュージアムに製作させたのだという。そして旧暦6月12日(今年は7月23日)におこなわれる河泊神社の祭りには、あたかも子ども相撲を観戦するように、境内の土俵を見渡せる位置にこのフィギュアが陳列されるのである。

 今年はさらに、完成したばかりの2体目の「河泊様」がお披露目された。2体目の「河泊様」は女性とのことで、1体目が緑色だったのに対し、赤茶色をしたものになっている。現在では、河童といえば緑色をしているという共通イメージがあるが、実はこれは19世紀以降に広まったイメージで、それまでは体に毛が生えた河童というのが主流であった。また地方によっては赤ら顔の河童の伝承もあるので、この赤茶色の「河泊様」は決して突飛なものではなく、むしろ自然なものに思われた。キャラクター付けという面からも、色を変えたのは実に慧眼であったように思う。

河泊様フィギュア

 この「河泊様」のフィギュアを、今度の「フィギュアの系譜」展でお借りできることになった。また、神社に奉納したもの自体ではないが、「馬之助大明神」のフィギュアも展覧会には出品される予定である。日本を代表するフィギュアメーカーである海洋堂がかかわった二つの「御神体フィギュア」。それは、フィギュアという現代的なものと、民俗的なものとの意外なつながりを示すものとして、きわめて示唆に富んだアイテムであるといえるだろう。