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学芸員コラム れきはく講座

 こんにちは。兵庫県立歴史博物館です。このコラムは、当館の学芸員が兵庫県域の歴史や、あるいはさまざまな文化財に関するちょっとしたお話をご紹介していくものです。一月から二月に一度のペースで更新していきたいと考えていますので、どうぞよろしくお付き合いください。

 

第104回:変わっていくものと、変わらないもの 〜モノづくりの歴史〜 2018年11月15日

学芸員  大黒 恵理

 

 現在、当館では特別展「ほろよい・ひょうご ―酒と人の文化史―」を開催中。会期真っただ中の先週11月10日(土)・11日(日)には、お酒造りに携わる職人の方々をお招きしてイベントを開催しました。

 

 11月10日に開催したのは「菰巻き実演」です。「菰(こも)」とは藁(わら)で編んだ莚(むしろ)のこと。菰を巻きつけた樽のことを「菰樽(こもだる)」「菰かぶり樽」などといいます。現在では、酒屋さんや居酒屋さんの店先にディスプレイとして置かれていたり、お祝いの席で鏡開きをするのに使ったりしますね。

 

 この菰樽、もともとは船で輸送する際に破損しないよう、酒樽に菰を巻き付けたのが始まりといわれています。 そして、江戸時代から菰づくりが盛んに行われていたのが尼崎(現 兵庫県尼崎市)です。今回は、現在も尼崎で菰づくりを行っている岸本吉二商店のご協力を得て、菰を樽に巻きつけ、四種類の縄をつかって固定し仕上げていく職人技を実演でご披露いただきました。

 

 今も樽に菰を巻き、菰樽に仕上げる作業は荷師と呼ばれる職人が一つ一つ丁寧に手作りで仕上げています。今回、実演をしていただいたのは荷師の横谷さん。あっという間に菰樽が仕上がっていく職人技に、会場からはため息が。

 

 

 実演の後には当館館長、そして会場のお客様からのご質問にも丁寧にお答えいただきました。師匠から譲り受けたという大切な菰巻き用の道具もご披露いただき、「意外と重い!」「道具に文字が書いてあるけどどういう意味?」などと会場は大盛り上がり。荷師の方々は、それぞれ手になじむように工夫しながら、ご自身で道具を作るのだとか。横谷さんも師匠の道具を使いながら、現在、自分用の道具を作っている最中だそうです。

 

 

 現在、20代の横谷さん。師匠譲りの道具を大切そうに扱いながら、菰を巻く上でのちょっとしたコツなど、本当にたくさんのことを師匠に教わった、と語る姿が印象的でした。職人技が次世代に受け継がれていくようすを目の当たりにして、ほっこりした気分になった方も多いのではないでしょうか。

 

 そして翌11日には、お酒造りに携わる職人さんをお招きして、酒造り唄の実演とトークイベントを行いました。

 まずご登場いただいたのは、丹波流酒造り唄保存会の皆さん。酒造り唄は、時計のない時代に、おおよその作業時間をはかるために唄われた作業唄です。仕事の工程ごとに対応した唄があり、日本三大杜氏である丹波杜氏の唄う酒造り唄は、「丹波流酒造り唄」と言われていました。しかし、現在では技術の革新や雇用形態の変容など、酒造業をとりまく様々な環境の変化もあって、ほとんど唄われることはありません。

 

 そんな失われつつある酒造り唄のうち、今回は「秋洗い唄」「もと(酉+元)摺り唄」「風呂上がり唄」の3曲をご披露いただきました。

 

 

 実演のあとは、館長とのトーク。この道50年という大ベテランから、現役で杜氏をされている方まで様々なお話をお伺いしました。

 その道一筋で活躍されてきた職人さんたちの貫禄に圧倒された方もいらっしゃったようです。実演の後にお客様からいただいた感想の中には、「この道50年という杜氏さんには驚いた。自分は今の仕事をもう30年近くしていると誇りを持っていたが、それでもまだまだ。おごってはいけないと改めて感じた。」というものも。

 

 

 イベント後半では田中酒造場の田中康博さん、灘菊酒造株式会社の川石光佐さんをお招きして、現代の酒造りについてお話をお伺いしました。兵庫県で誕生した「山田錦」が何故お酒造りに良いと言われているのかといったことから、お二人が考える「お酒の楽しみ方」まで、トーク内容は様々です。

 

 

 なかでも女性杜氏として活躍されている川石さんのお話が印象的でした。

「お酒造りをしていて、正直、この作業は女性に向いていないな、と思うことはたくさんあります。」

 今までのご苦労がしのばれるような、控えめな言葉。杜氏は昼夜を問わず仕込み作業をしなければならないため、家庭があると難しい。それでも続けていけるのは、職人としての誇りがあるから、なのではないでしょうか。そして、先にも述べた酒造業をとりまくさまざまな環境の変化がそれを後押ししているのでしょう。最近は「杜氏になりたい」と言って川石さんを訪ねて来られる女性も少しずつ増えて来ているそうです。

 

 失われていくものがある一方で開かれていく部分もあり、また職人の矜持という、ずっと変わらないものもある。今回のイベントで、そのような「モノづくりの歴史」を感じていただけたら、と思います。

 

 関連イベントは終わってしまいましたが、特別展「ほろよい・ひょうご ―酒と人の文化史―」は11月25日(日)まで開催しています。11月5日に前期・後期の入れ替えを行い、絵画資料の多くが新たにお目見えしています。是非、足をお運びください。