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学芸員コラム れきはく講座

 こんにちは。兵庫県立歴史博物館です。このコラムは、当館の学芸員が兵庫県域の歴史や、あるいはさまざまな文化財に関するちょっとしたお話をご紹介していくものです。一月から二月に一度のペースで更新していきたいと考えていますので、どうぞよろしくお付き合いください。

 

第96回: 下戸の酒蔵好き!?~特別展準備中~  2018年3月15日

学芸員 大黒 恵理

 

 兵庫県には酒づくりにゆかりのある地域が多くあります。清酒発祥の地といわれる伊丹、六甲山系から流れる水を活かして酒づくりを行なってきた灘、酒づくりの職人「杜氏」を輩出した丹波・但馬、『風土記』に酒づくりの記載がある播磨。地域ごとの利点を生かした特色ある酒づくりは現代まで受け継がれ、今なお多くの人々を楽しませています。

 今年の秋、そんな兵庫県の特産品のひとつである酒を取り上げる特別展を企画しています。ただいま準備の真っ最中。しかし担当者は酒づくりについてはまったくの素人なうえに、あろうことか下戸ときたもので。酒に関する知識のなさに困っていたところ、姫路酒造組合長でもあり、田中酒造場の長でもあられる田中康博氏にお声がけいただき、11月から3月まで数回にわたって酒づくりの工程を見学させていただきました。

 田中酒造場は天保6年(1835)創業。現在も江戸時代と同じ方法「天秤しぼり」で酒をしぼっているということもあって、新聞等の取材を受けられることも多いのだとか。初めてお伺いした日には、まさに江戸時代から受け継ぐ木製の「酒槽(ふね)」で酒をしぼっているところでした。『日本山海名産図会』に掲載されている光景と同じ!と感動。

 

「天秤しぼり」:醪(もろみ)を圧搾して酒と粕に分ける作業

 

 

『日本山海名産図会』(当館蔵):酒槽で酒をしぼる

 

 「天秤しぼり」とは、木製の箱のような酒槽に醪(もろみ)を入れた酒袋を積み入れ、上から圧力をかけてしぼる方法です。酒袋の上に桟木や台などをのせ、先端に重石となる掛り石を取り付けたハネ棒をのせます。ハネ棒の反対側は手前に見える太い柱(男柱)に固定されているので、テコの原理で圧力がかかり、酒がしぼれていくのです。

 『日本山海名産図会』は、日本各地の産物についてその採取や生産のようすを絵入りで記したもので、寛政11年(1799)に刊行されました。巻之一には「造醸(さけつくり)」と題して伊丹の酒造業のようすがリアルに描かれています。使用する道具や機械が変わっても、基本的な酒造工程は現在も同じ。文献を何度読んでも理解できなかったところが、実際に現物を目の前にしながら説明を聞くとすぐに納得できたということもしばしば。また、文献を読んだだけでは分からないような、蔵人たちの知恵や工夫もたくさん教えていただきました。本コラムではその一部をご紹介します。

 たとえば蒸した米にコウジカビをつけて発酵させる部屋が「室(むろ)」ですが、田中社長に促されて麹を口に含むと、ほんのり甘みを感じるほっこりとした味わい。「何の味に似てると思う?」う~ん、どこかで食べたことのあるような…。しばらく悩んでいると、「栗」の味だと教えてくださいました。たしかに、言われてみるとホクホクとした栗の味わい!この栗のようなほっこりとした味わいが出れば、よい麹なのだそうです。麹の出来の見極めは、今でも職人さんたちの舌にかかっているのですね。

 

室(むろ)
麹(こうじ)

 

 この麹に水と蒸し米、酵母を加えて培養していくと「酛(もと)」になります。『日本山海名産図会』では仕込んだ酛を酒蔵の二階へ運ぶようすが描かれています。つまり酛は二階でつくられているのです。何故、わざわざ二階でつくるのでしょうか?

 

『日本山海名産図会』(当館蔵):仕込んだ酛を二階へ運ぶ

 

 

酛(もと)

 

 答えは、二階の方が室温が高くなるので酵母の培養に適しているから。答えを聞くと納得…なのですが、絵を見ているだけではなかなか気づかないものです。ちなみにこの二階へ上がるための階段はかなり急な勾配になっており、踏み板部分も幅が狭くなっています。桶を抱えて上り下りしやすいように、という工夫なのだとか。『日本山海名産図会』にもきっちり描かれていますね。

 

急勾配な蔵内の階段

 

 ちなみに麹や醪を写真撮影しようとするとフラッシュが反射してしまい、真っ白に。かといって暗い酒蔵の中、フラッシュを使わなければ写真は薄暗くなってしまいます。なかなか思うような色合いにならずにモタモタしていると、「フラッシュにティッシュペーパーをかぶせてごらん」とのアドバイス。一番良い写真がとれました。さすが、取材慣れしていらっしゃいます!

 別の日には「袋しぼり」「吊るし」などと呼ばれる別のしぼり方も見せていただきました。醪を酒袋に入れて吊るし、圧力をかけずに醪自身の重さで自然にしぼる方法です。手間がかかる上に分量は少ないものの、大変香りのよい酒ができあがるそうです。取材中も常にふわ~っとただよう、甘い香り。職人さんたちのプライドをかけた酒づくりの工夫のひとつです。

 

吊るした酒袋に醪を入れていく
しぼる前の最後の攪拌作業

 

 田中酒造場では、酒にあわせて①天秤しぼり(酒槽)、②袋しぼり、③機械しぼりの3種類のしぼり方をしていらっしゃいます。江戸時代の道具と現代の機械がどちらも現役で並んで使われているさまは何か感慨深いものがあります。

 

左が酒槽、中央が吊るし、右奥が機械。

 

 機械化が進むなかで途絶えていった天秤しぼりに魅力を感じたという田中社長。「昔ながらのしぼり方は無駄がないので、今でも通用する。これを次世代に残していきたい。」とお話しくださいました。

 田中社長、お忙しいなかご協力いただき、本当にありがとうございました。大事な作業に何度もお邪魔したにもかかわらず、いつも優しくいろいろなことを教えてくださった蔵人の皆様にも感謝申し上げます。

 酒づくりの工程が飲み込めたところで、やっとスタートライン。酒造業も酒文化も本当に奥が深く、まだまだ勉強が足りていないと痛感する日々です。しかし、これから古文書を読み込んでいくにあたって、実際の酒造現場を拝見したことで随分と理解しやすくなった気がします。

 特別展「ほろよい・ひょうご ―酒と人の文化史―」は10月6日(土)からスタートです。展示を見終わったあと、「ほろよい」のような楽しい気分で展示室を出ていただけるよう、準備を進めてまいります。ご期待ください。