有馬温泉寺縁起
 むかしむかし、行基という聖(ひじり)が摂津国(せっつのくに)の昆陽寺(こやでら 今の兵庫県)に住んでいた。貧しい人に施し、困っている人を助けたので、人々からは菩薩として慕われていた。
 あるとき行基は、近くに荒れはてた温泉があることを知った。それは「有馬」という温泉で、病気やキズ・けがによく効くのだが、山の中にあるため道がすっかり閉ざされていた。
 行基はひらめいた。
「そうだ。道をきりひらき、お寺を建てて、病(やまい)やけがをえた人々を有馬の温泉で救おう!」
 さっそく行基は旅立った。
 山道をわけいるとうめき声が聞こえた。全身をかさぶたや膿(うみ)でおおわれた男が、道に迷い、力つきようとしていた。どうやら有馬の湯までゆこうとしたらしい。
 行基は自分のご飯をさしだしたが、「新鮮な魚のあつもの(※煮物)」しか食べられないと、病人は訴える。
 そのため行基は、長洲の浜にゆき生きている魚を手にいれた。病人のもとに戻ると魚をさばき煮炊きした。それを食べさせようと口に運んだところ、病人は塩で味つけしてほしいと言う。行基はそのとおりに調味して、ぺろり、と一口味見をした後で、病人に食べさせた。
 その魚の半身を昆陽池(こやいけ)に放つと一つ目の魚としてよみがえり、いまもその子孫が生きていると言い伝えられている。
 ところで、さらに病人はからだの膿にウジ虫がわいているので、それを舌でなめてとりのぞいてほしい、と行基に言った。そこで行基は病人の膿(う)んだ傷口をなめ、ウジ虫をとりのぞいてやった。
 すると、とつぜん病人のからだが金色にかがやきはじめた。まぶしい光がさすと、そこには病人の姿はなく、お薬師さまがましましていた。
「行基、おまえを試させてもらいましたよ。病人は、わたしが方便で身を変えていた姿なのです」
 お薬師さまは、さきほどの行基の慈悲深い行いをほめたたえた。行基に、有馬の温泉への道をひらき、病気やケガに苦しむ衆生を助けなさいと告げ、そのまま虚空に消えていった。
 このような奇跡をまのあたりにして、行基の心はふるえたった。お告げのとおり有馬の山にのぼると、果たして温泉をさがしあてることができた。そこで石を刻んでお薬師さまをかたどった仏像をつくり、また『法華経』を写経して、ふたつとも温泉のわく泉の底に沈めた。それから立派なお寺を建立して、有馬への道もふたたび切り開いた。
 行基は、石のお薬師さまにむきあうと、祈りをささげた。
「この温泉にはいる人は、だれしも病いをいやし命をながらえ、煩悩(ぼんのう)の垢(あか)さえも洗い落とし、悟りを開くことができますように……」
 そのおかげで病気によく効く温泉として、人々はこぞって訪問するようになり、有馬の名は全国に知られることになったということである。
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