メールの中身は、こうだった。
『追伸。浅岡は常にナイフを持ってるって情報だから、綾人も良太くんも充分に気をつけるんだよ。それと、夜は冷えるから風邪をひかないように厚着をしていってね。パパより』
呆れるしかない俺だ。
大手暗殺組織のボスがこれじゃ先が思いやられる。
「お前の親父さんもなァ・・・。腕は相当って聞くけど、あのほややんとした雰囲気どうにかならんのか」
俺の脳裏に、いつまでも入社したてのサラリーマンですみたいな風貌の男が思い浮かんだ。
実際ボスが暗殺を働いているとことを見たことないのでさっぱり想像が・・・。
「あのまんまだよ」
「はァ?」
「あのまんまのほややんとした雰囲気で殺るんだ。ためらいもなくね」
綾人は指でピストルの形をとると、ズドン、と引き金を引いてみせる。
それがヤツの親父の話だと理解した俺は、背筋を氷が滑り落ちるような感覚に肩をすくめた。
いや・・・、想像したら、・・・・スッッゲェ怖ぇもん・・・・。
ターゲットもボスが目の前に現れたとき、まさか殺されるなんて思っちゃいねーんだろうなぁ・・・。
何か、同情。
人を殺す上でのご法度、哀れみの感情が湧いたところで、綾人が俺を呼び止めた。
「いたいた、あそこ」
少し行きすぎた足を戻して、ヤツの指し示した指をたどると。
なるほど、人気のない公園の、また目に付きにくいところで四、五人の若者がたむろしている。ここからでは闇が蠢いているようにしか見えないが、浅岡その他に間違いないだろう。
そして、聞こえてくるものと言えば。
下卑た笑い声と、骨のぶつかる音と、内蔵をえぐる呻き。
「真っ最中だねぇ」
眉をぴくりともさせず、綾人が言う。顔色を変えないのは流石というところか。
奴らの足下にうずくまるように転がっているのはたぶん、見も知らぬサラリーマンだろう。もうとっくに動けなくなっているにもかかわらず、浅岡たちは罵倒の言葉といたぶるような攻撃をやめない。
「どうするよ、ヤツが帰る道すがらにでも殺ろうかと思ったけど、あのオッサンほっといたら死ぬかもよ?」
「うーん、できればターゲット以外の殺人を目の当たりにしたくないなァ」
やれやれ。
「はぁ、ほんじゃま、行きますか」
「そうしましょうそうしましょう」
懐から薄い色のサングラスを取り出して、それを掛けながら綾人がやる気無く同意した。俺も同じようなサングラスを掛け、隠れていた茂みから立ち上がる。
気配を殺して、ゆっくりと近づいた。
奴らは気が付かない。オヤジをいたぶるのに夢中なようだ。
「浅岡義博クン?」
気取った口調で、綾人がヤツの名を呼んだ。
びくり、五人の肩が震える。驚いたように振り向く奴らが、ひどく滑稽に見えた。
「何だよ、テメーら!?」
そう叫んだのは、浅岡の隣にいたさえない男。まずいところを見られたという焦燥感と、相手が二人だと認めた余裕な態度がない交ぜになって、はっきり言ってかなり変な顔になっている。
ぷぷっ。
おっと、笑っちゃ悪いよな。
思いつつ隣を見上げると、うわ、綾人のヤロー今にも笑いだしそうじゃねェか。やめろよな、不謹慎だぞ。でも気持ちはわからなくもないぞ。
「あー、いやいや、ただの通りすがりだけどさ」
声、震えてないよな?(笑いで)
「そうそう、そのオッサンがかわいそうで止めに来たんだ」
綾人の声は震えている。あぁ、頬まで引きつらせて。そんなにツボだったか、あの顔が。
「おい、何のつもりかしんねーけどさ、ジャマしないでくれるかなァ?」
二人して笑いを噛み殺しているのが気に入らなかったらしく、反対隣の男が青筋を立てながらそう言った。こちらも愉快な顔をしていらっしゃる。
今にも殴りかかりそうな勢いだが。
それでも一応、説得から始めようと俺は思った。笑いをひっこめて。
「でも、そのオッサン死にそうじゃん?カンベンしてやったら?」
どうせ金目のモンは全部盗っちまった後なんだろうが。
「関係あるかよ、そんなこと」
それまで黙っていた浅岡が、微笑を浮かべながら口を開いた。
足元にあった、サラリーマンの顔を軽く蹴飛ばして。
ゴッ。
嫌な音だ。眉をしかめる。
「こいつが死のうが生きようが、俺は何の興味もないね。俺が楽しけりゃ、それでいいんだよ」
女子が騒ぐ綺麗な顔を、狂喜の色に染め変えて、抑揚のない声を響かせる。
「むしろ、感謝でもしてほしいよ。家と会社の往復なんてつまんないことばっかしてるコイツらに、俺が刺激を与えてやってんだからな」
くすくすくす。
ヤツが笑うと、周りの四人も同感だとばかりに笑い声をあげた。
「救えないなー」
そうつぶやいたのは、綾人。俺はそれを、妙に冷めた気持ちで聞いていた。
「救うつもりなんか、ねーよ」
こいつらは最悪だ。
性質の悪いことに、奴等は皆正気の目をしていて、それでも罪悪感なんか微塵も感じちゃいなくて。
自分さえ良けりゃ、家族のために一生懸命働いているオッサンなんか死んだっていい、だと?ふざけんなよ。自分の快楽のために人を傷つけるなんて奴等、許されていい訳がない。
そうだろう、綾人?
「その通りだよ、良太」
わっと歓声のような叫びが巻き起こった。奴等がぞれぞれにナイフを持ち、一斉に襲い掛かってきたんだ。
五対ニであることからの余裕だろう、ナイフの描く軌跡が甘い。まあ、こいつ等の実力なんざ、こんなもんだろうよ。
すいと軽く受け流し、鳩尾に一発、後頭部に一発。それでおしまい。
浅岡以外の四人が地に伏した。
突っ立ったまま目を見開く浅岡が、哀れでしょうがなかった。
「あんた、覚えてるか?あんたがバラまいたシャブで、こっちに戻れなくなった人。あんたにリンチ受けてたおかげで、今でも病院に縛り付けられている人。一年前、あんたが殺した、可哀想な人のこと」
白い息を吐き出して、奴を見やる。凍るような空気にも関わらず、浅岡は汗をびっしょりかいていた。
わかってるだろ、浅岡。お前は気絶だけじゃ済まされないってこと。
一歩、奴に近づく。
砂利を踏みしめる足音に、浅岡の体が飛び上がるほど震えた。
「来るな!!」
銀色のナイフを振りかざして奴が叫ぶ。
真後ろにあったサラリーマンの足に躓いて、バランスを崩す。尻餅をついた奴に構わず歩み寄ると、浅岡は倒れていたオッサンの体を後ろから抱え込み、その喉元にナイフを突きつけた。
「近づくんじゃねェ!こいつの喉掻っ切るぞ!」
震える声と指でそう言う奴に、俺は一つ舌打ちして懐に突っ込んでいた手を引き抜いた。浅岡は自分の命が危険に晒されていることを知っている。こういうヤローは何しでかすかわかんねーからな。
と、思ったのは俺。
しかし。
背後でガチリという銃の撃鉄を引く音が聞こえ、ぎょっとして振り向くと。
綾人がしっかりと愛用のトカレフを構えていた。
「あ、綾人・・・!?」
何やってんだ、コイツ・・・!?
慌てて浅岡に視線を戻すと、奴はこれ以上ないくらい青ざめた顔で固まっている。かと思うと素早くリーマンの体を盾にして、
「う、撃ったらこのオヤジも死ぬぞ!それでもいいのかよ!?」
金切り声で叫ぶ。誉めるつもりじゃないけど意外に冷静なヤローだ。
しんとした沈黙が漂う。綾人は銃を下ろそうとしない。
「銃を捨てろ!」
やがて浅岡がそう要求した。
しかし綾人はそれには従わず、にやりと口元を歪ませて。
「なぁ、浅岡。俺が引き金を引くのと、お前がナイフを引くの、どっちが速いと思う?」
浅岡の顔が引きつった。
「お前がその人の喉を掻っ切る前に、俺はお前の頭を打ち抜く自信がある。お前がどんなにその人の陰に隠れようとも、例えその人を殺したとしても、お前は死ぬんだよ」
綾人の言葉を理解した浅岡の喉が鳴って、奴は震え出した。うっすらと涙を浮かべ、死の恐怖に息は荒くなって。
「い・・・やだ、嫌だ、死にたくない、助けて、助けてくれ、頼む・・・!」
懇願する奴に、綾人は冷酷だった。この俺が、悪寒を覚えるほどの、冷たい瞳で。
「ばいばい」
「・・・・・ッ!!嫌だ!!俺は悪くない!!奴に、赤城に頼まれただけだ・・・!!!」
パシュン。
サイレンサーの付いたトカレフが、死の瞬間を告げた。奴が言葉を発することは、もう無い。
後ろ向きに倒れこんだ浅岡の死とサラリーマンの生を確認してから、腕時計を見やる。
「午前1時47分任務完了」
メモ帳にそれを記録し、浅岡の頭蓋を貫通して公衆トイレの壁に突き刺さった弾と綾人の足元に落ちている薬莢を回収・・・って。
「おい、綾人、お前何いつまでもぼーっとしてんだよ!」
俺一人で後始末をしていることに気が付いて、奴を振り向くついでに睨んでやる。
けれど、綾人はじっと手元のトカレフを見詰めたまま、まばたきさえせず。
「綾人?」
呼びかけるが返事はない。
「おーい?どうしたんだよ」
「・・・・なんでも・・・・」
漸く口を開いた綾人はそうつぶやくと、近くにあった公衆電話に歩み寄る。
警察に電話をかけるためだ。
俺は空を見上げた。月は出ていなかった。
******
「ご苦労様でした」
あの夜から三日後、表向きは大手貿易会社である黒崎グループのでっかいビルの社長室で、俺達はボスからのそんなありがたい言葉を頂戴した。
相変わらずの緊張感のない顔を眺めていると、自分達が人を殺してきたことなんて夢の中の出来事のように思えてくる。
しかし、指定の口座にはきっちり500万。現実を思い知らせてくれる金額だ。
「ささ、腰掛けて腰掛けて」
ボスが黒の革張りソファを勧めてきたので、遠慮なくそこに腰を下ろすと、ボス直々にお茶を出してくれた。ああ、何て違和感のない姿。
もったいないとか思う前に、そんなことを感じてしまう俺だ。
「さて、依頼内容の方はきちんとクリアしてくれたようだけど」
向かいのソファに腰掛けながら、黒崎三十朗はめったに見せない真面目な顔でそう切り出した。
俺達はぎくりと体を強ばらせる。何故って?心当たりがあるからに決まってる。
「浅岡以外の人たちに姿を見せたのはマズかったね〜」
そうなのだ。今までそんなことは絶対にしなかったのだが、あの夜はオヤジ狩りの現場を目撃したことで少なからずぷっつりきていたらしい。自覚してなかったけど。
つまり後先考えず行動しちゃったということ。
ふ、まだまだ若いね、俺達。
無意識に自嘲的な笑みを浮かべた俺に、ボスは溜息をついて。
「も〜揉み消すのすんごい大変だったんだからね?丁度山吹君が帰ってきてて、手伝ってくれたおかげなんだけど。後でお礼言っとくようにね、二人とも」
そんなのほほんとした声で言われてもあんまり大変そうな印象は受けないなぁ・・・って、え!?
「「リン帰って来てるの!?」」
綾人とハモりつつ、驚いて立ち上がったのは俺だけだった。その勢いにボスはきょとんとしたがすぐに柔らかい笑みを浮かべ、
「ああ、一週間ほど前からこっちにいるよ。なんでも向こうの仕事の延長で、気になることがあるとか何とか言ってたかな?」
なーんてあやふやなことを言ってくださった。そこんとこはちゃんと聞いとけよ、ボスとして!
あー、でも帰ってきてるんだー。ニ年ぶりかなぁ。久しぶりだなー。
「で?で?今どこにいんの?」
身を乗り出して訊く俺に、綾人が「落ち着けよ・・・」と息を吐く。
何だよ、いいじゃねーか、久しぶりなんだぞ?
「たぶん狙撃練習場だと思うよ。僕もさっき見てきたけど、いやー、変わってないどころかますます上手くなっちゃっててまいったよ」
あっはっはっはとゆーボスの花でも飛んでそうな笑い声を背後に小さく聞きながら、俺はソッコー部屋を飛び出していた。
狙撃練習場の自動ドアをくぐると、真っ先に目に飛び込んできたのは、背の高い黒ずくめの男だった。分厚いガラスの向こうで、その男は鋭い瞳を細め、的を睨んでいる。
わーお、三発連続ワンホールショット。すげえ、さすが。
いちいち感動しながらそれを見ていると、暫くして綾人が溜息をつきつつやってきて。
「良太、話の途中で出て行かないでよ。親父泣いちゃってなだめるの大変だったんだからさー」
愚痴なんか聞きたくない俺は綾人を無視して、男の狙撃から目を離さない。綾人はむっとしたらしく、俺の顔を無理矢理振り向かせた。
「ちょっとは悪いとか思ってる?」
「全然」
普段お前が俺にしてることに比べたら可愛いもんだろ。
って言ったら、綾人の頭からピキ、なんて音が聞こえて。
いやん。
「あーーーッ!!痛い!イタイイタイって!キマってるって!!すいません、ギブギブ!!」
手首と肘の間接を合気道風に思い切りひねり上げられた俺。体格差がうらめしい!
「反省した?」
「し・・・ッ、した!したから、離し・・・痛いってーーー!!」
完璧にキマってるおかげで、涙が出るほどかなり痛い。俺これのはずし方知らんしよー!!
ギブアップの意で自分の太腿を叩くけど、綾人はしつこく「もうしない?」だの「ごめんなさいは?」だの言ってくる。だから謝ってるじゃんか!うえーん。
「何してるんだ?」
騒ぎを聞きつけたのか、ガラスの向こうにいた黒ずくめの男が仕切りの扉をくぐってそう訊いてきた。助かった!
「リン、リン助けて!」
空いてるほうの手を伸ばして助けを求めると、リンは無愛想な顔を少し緩めて。
「良太か?大きくなったな。ということは、そっちにいるのが綾人か」
「久しぶりだね、リン」
そんな、そんなあいさついいから!早く!
うめく俺に、リンは漸く待ち望んだ言葉をくれた。正確には綾人に。
「離してやれ、綾人」
「はーい」
あっさりと、しかし俺にとっては「やっと」って感じの綾人の開放。うぐぐ、痛ェ・・・、覚えてろよ、綾人め・・・。
しかし、今日の俺は機嫌がいいので復讐はまた今度にしてやる。ありがたく思え。
ふっふっふ、と奴を見上げると、綾人はお見通しとばかりにあの黒い笑顔を俺に向けた。
こ、怖くなんかねーぞ!コノヤロー!!
リンはその様子を見てもう大丈夫だと判断したらしく、その場を去ろうとしていた。相変わらず愛想の無いというか、関心薄いというか・・・。
リンは本名を山吹鈴と言って、ホントは「すず」って読むんだけど、仲間は皆「リン」って呼んでる。短く刈った髪に、均衡の取れた筋肉、タッパもあって、技術も一流。そんでもって、俺達に殺しの技をたたきこんだ、師匠。
無愛想で無口なのがたまに傷。そゆとこもかっこいいけどさ。まー、俺は尊敬してるわけで。
ニ年前から、アメリカの方に大仕事に行ってて、で、一週間前に帰ってきたらしい。
以上、リンの人物紹介終わり。
ともかく、俺は慌てて追いかけた。
「ちょっと待てよリン!久しぶりに会ったんだからさ、何かこう、話とか聞かせてよ」
「ああ、後でな。娯楽室で千依が待ってる」
「あ、ちょりも来てるんだ。わー久しぶりー」
俺は(ついでに綾人も)わくわくとリンの後について娯楽室に向かった。
娯楽室にいたのは、テレビを見ながらジュースをちびちび飲んでいる、小さな少女。
「千依」
リンが名前を呼ぶと、ぱっと振り向いて笑う。
「ぱぱ!」
ぱぱ。パパ。
そう、リンはこの、どんな花の前でも見劣らないくらい可愛らしい娘の父親なのである。
にわかには信じがたい。どうしたらこんな無愛想な男の遺伝子から天使に見紛うばかりの女の子が生まれたりするのだろうか。
俺は最初見たときホントに血が繋がってんのかと疑っちまったほどだ・・・。よっぽど美人の奥さんもらったんだろうなぁ。うんうん、そうだ、そうに違いない。見たこと無いけど。
それにしても、
「まーた可愛くなったなぁ。おーい、良太お兄ちゃんだよー、覚えてる?ちょり〜」
「良太鼻の下伸びてる」
「うっさい綾人」
笑顔のまま奴を見もしないでそう返す。言っとくが俺はロリコンじゃないぞ。可愛いモンは可愛いんだ。
リンに駆け寄ってその足に嬉しそうにしがみ付く少女は、俺を見て一瞬きょとんとしたが、にっこりと向日葵のような笑顔を見せて。
「りょうたおにいちゃん」
ああっ、か〜わい〜い。
そんな幸せな俺の気分を押しやって、綾人がちょりの前に顔を出した。
「ちょり、綾人お兄ちゃん。覚えてるよね?」
「あやとおにいちゃん」
「うんうん。久しぶりだねぇ」
「ひさしぶり?」
「ちょりは可愛いね〜」
なでなで。
あっ、綾人め!お前のよーな奴が俺より先にちょりになでなでしやがって!ちょりもそんな下心丸見えなヤローに極上の笑顔を見せちゃだめだ!食われるぞ!
「良太じゃないんだから、そんなことしないよ」
どっきーん。
「おま・・・、お前、心読むのやめろよ・・・」
「言ったでしょ、顔に出やすいんだって、良太は」
「・・・そんなに?」
「下心丸見えなんて、失礼な」
「・・・!?」
そこまで!?そんなことまで解るほど顔に出てるの、俺!?
「出てる出てる」
「やめろー!!綾人のアホーー!!」
そんな漫才みたいな俺達の会話を聞いていたリンが、容赦なくずばっと。
「全部口に出してたぞ、良太」
ガビーン。
ベタすぎるオチをありがとうリン・・・。
「綾人テメーコノヤロー!!何が顔に出やすいだ!ようは全部聞いてたんじゃねーか!」
「モノローグとセリフの区別つかないほうがどうかと思うけどー」
「うるせー!!」
ぎゃいぎゃい騒ぐ俺達を、ちょりが楽しそうに笑いながら見ている。それを目の端に認めて、やっぱ可愛いなぁ、なんて思わずほんわかしたそのとき、
「うるさいッ!!」
いきなり罵声が飛んできた。びびっと電流が走ったように、体が硬直する。ほとんど条件反射となったその声に対しての冷汗。それが流れ出して。
ゆっくりと娯楽室の入り口に視線を送ると。
そこには、黒崎グループの表向き副社長、裏向き参謀長官、緑麗子氏がどどんと構えていた。
長く伸ばした茶系の髪を知的に結い上げ、きりりとした目尻はいかにも厳しそうだ。薄いブルーのスーツをぴしりと着込んだ彼女も、何を隠そう殺しのプロフェッショナルである・・・。
「あああの、緑参謀長官、これには訳が・・・」
とにかく言訳!と脳が指令を送るがままに、俺は綾人の胸ぐらをつかんだまま口を動かした。
しかし彼女はそれを一睨みで黙らせることに成功し。
「ここは娯楽室ではありますが、あなたがたがケンカをするところではありません。他の人の迷惑になります。控えなさい」
うっ、怖い・・・。
「はい、申し訳ありませんでした・・・」
素直に謝る俺に、綾人が「以後気をつけます」、ケロリと付け加えた。
ああーもう、この人めっちゃ苦手や〜。美人だけど怖いのなんのって・・・。綾人は平気そうだけど。その図太い神経が羨ましい。
緑氏は「わかったのならよろしい」と横を通り過ぎ、リンに向き直った。
「山吹さん、例の件、情報入りました。お時間よろしいですか」
ちょりを抱きかかえていたリンは「例の件」と聞いたとたん、表情を硬くして。
「わかりました。伺います。良太、千依を頼む」
無愛想な顔を更に厳しくしたまま、俺達にちょりを預けた。そして娯楽室を出ていってしまう。
しばらく沈黙が続いて。
「綾人・・・」
「何、良太」
「気になるだろ?」
「例の件、ね」
「気になるよな」
「良太こそ」
「行くか」
「そうだね」
尾行、あーんど情報収集決定。
俺達ってつくづく即決即実行派だよなぁなんて思いながら二人の後を尾ける。
見失わないよう、気付かれないよう、遠すぎず、近すぎず。コレを教えたのはリンなんだけども。まさか師匠を尾行する日が来るとは思わなんだ。
「ぱーぱー?」
「ちょり、しー」
腕に抱えたちょりがリンの背中を指差す。置いていくのが妥当だったんだけど、「ちょっと待っててね」って言った後のあの悲しそうな瞳で見つめられてみろ。誰が逆らえようか?
というわけで、子連れで尾行。異様だな、はっきり言って・・・。
二人はしばらくして普段あまり使わない、第四会議室に入っていった。扉が閉められたのを確認してから、俺達は気配を消して扉に耳をそばだてる。
中からぼそぼそと男女の会話が聞こえてきた。
「・・・は、昨日未明、・・・で確認・・・捕え・・・・死亡しました・・・」
「そうですか、感謝・・・は今・・・アメリカには・・・からですか?」
何かよく聞こえないな〜。何の話だァ?
俺は扉に耳を押し付けた。これでちょっとは・・・。
「それで、奴はどこに・・・」
「それが、まったく手がかりを残さずに逃げたようで・・・。逃亡ルートは不明です」
聞こえやすくなった話の内容に、俺は眉を寄せた。リンの奴、誰か探してんのか・・・?
誰を・・・?
「とりあえず、詳しい資料はこちらに」
「ありがとう・・・」
ふう、という溜息。それと同時に吐き出された感謝の言葉は、あまりその役目を果たしてはいなかった。
「・・・だいぶお疲れのようですが」
緑氏の声が沈む。
「平気です。・・・緑、参謀長官」
「・・・何でしょう」
「・・・コイツは・・・、赤城小太郎は必ず、俺が・・・カタをつけます・・・」
一瞬の沈黙。哀愁を匂わせる空気が、辺りを支配した。
「・・・期待しています」
緑氏は静かにそう言うと、くるりと踵を返したようで。
それにしても・・・、赤城?あかぎ・・・。どっかで聞いたような・・・。
なんて考えている間に、内側からコツコツと靴音が近づいてきた。やばッ、二人が出てくる!
素早くそこを離れようとしたのだけれども、綾人が動こうとしない。
「何やってんだよ、綾人!」
小声でそう叫んで、襟をひっつかんで。隣の部屋につっこんだあと、自分も滑り込む。
その直後、会議室から出てくる二人分の足音を認めて。
あああ〜、危なかったァ〜。
バクバクいってる心臓が収まるのと、足音が聞こえなくなるのを待って、腕の中のちょりを見やる。彼女はいつの間にやらぐっすりとおやすみ中だった。どうりで静かだと。
そして、さっきから一っ言も喋らない綾人。
何やら考え込んでいるのか、それとも何も考えていないのか。中途半端に眉を寄せ、ぼんやりとどこかを見つめている。
「綾人?」
返事なし。
目の前で手をひらひら振ってみる。
反応なし。
「・・・」
何か前にもこんなことあったよなぁ。いつだっけ・・・?
ってゆーか、考えないようにしてたんだけどここって・・・。
「女子トイレッ!?」
ひーッ!男子用だと思ってたとは言わねーけどっ、あの特殊な形の便器がねーよぅっ!!
慌ててたといえど何たる失態!誰も入ってなくてよかったーっ!
「出るぞ綾人!!」
入ったときと同じように綾人の襟をひっつかみ、俺達はばたばたとかなり怪しくその場を後にしたのだった。
おかげで考えてたこと忘れちまったけど、まあ後で思い出せばいいや。なんて思いながら。
ACT.2 終了
*言訳っつーか・・・。
作者です。二話で終わらせるつもりでした(どーん)
すいませんすいません。大体この話は札式に飽きて書きはじめたものであって(正直)こんな真面目っぽくするつもりなぞありませんでした。ギャグで突っ走るつもりでした。読みきりのつもりでした。
つもりつもり。
すいません。悪い癖が出ました。また伏線はってます。ああ・・・(汗)
頑張ります。えーん。
言訳でした。おそまつ。