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「君、いい体してるねぇ」
 当時、幼稚園児で砂場で山なんか作っていた俺は、突然背後に現れたサラリーマン風の男を振り返った。
 男はにこにこと笑っていて、いかにも新人社員ですみたいなさっぱりとした風貌だった。
 俺は「?」マークを頭上に浮かべながらも、男につられてにへらと笑い返す。
 しゃがみこんで俺と同じ身長になっていた男は、ポンポンと俺の肩を叩き、こう言った。

  「君、殺し屋になってみない?」

 今思えば、幼稚園児に「いい体してる」だの「殺し屋になってみない?」だの、怪しさ満載である。
 しかし、その時の俺は「殺し屋」の意味もわからぬ幼稚園児。
 しかも相当のオバカちゃんだったらしい。
 俺の返事は、

「うん、いいよ」

なんとも軽々としたものだ。脳ミソ入ってんのかとマジで疑いたくなる。
その返事をしたときの男の喜びようったらなかった。
「いやいやいや、こんな所で金の卵を見つけようとは!ありがとね!」
 言って俺の両手を握り、ぶんぶんと上下に振ってから、一枚の名刺を差し出した。
「悪いけど、今日の僕は時間がなくって。この名刺に書いてある番号に改めて電話ちょうだいね」
 んじゃ、と手を振って走り去る青年。それをバイバイと見送る俺。
 俺は名刺に目を落とした。
 5歳児に読めるわけもない文字が並んでいた。
 俺は一つ頭をひねると、お気に入りのスコップと名刺をそれぞれに持ち、ダッシュで家に向かったのだった。


「ただいまぁ」
 息を弾ませ玄関をくぐった俺は、まっすぐ母親の元へ向かう。
「おう、お帰り良太」
 男勝りな言葉で迎えてくれた母親は、俺をひょいっと抱き上げて笑う。
「かあちゃん、あのね、きょうね、すなばであそんでたらね、へんなおっちゃんがこんなのくれたの」
 舌っ足らずに一生懸命話す俺が差し出したものを、母親は受け取り、読み上げる。
「なになに・・・、『暗殺組織黒崎グループ総帥・黒崎三十郎』・・・?」
 顔をしかめた母親だったが、いきなりプッと吹き出した。
「三十郎だって〜!変な名前〜、な、良太!」
 もっと他に何か言うところがあるだろうと思うのだが、俺の母親はこういう人だ。
「ね、でね、このおっちゃん、おれに『ころしやになってみない?』ってゆったの!」
 母と一緒に笑ったあと、続けられた俺の言葉に、母親は目を丸くした。
「りょ、良太・・・、あんた、殺し屋にスカウトされたのッ!?」
 腕に力を込める母。
「すごーーい!!」
 ・・・・・殺し屋に息子がスカウトされて喜ぶ母親なんて、多分地球上で俺ン家のぐらいだろう。
「で!?何て答えたの!?」
「うんいいよって」
「でかした!!」
 ガッツポーズさえ作る母。
 俺が電話をしてくれと男が言っていたことを話すと、母はさっそく受話器を握る。
電話番号をプッシュし、相手と何かしら会話をして、受話器を置くと、俺を振り返って母は言った。

「あんたは今日から殺し屋だよ、良太!!」


ACT.1

「・・・ヤな夢見ちまった・・・・・」
 ベッドに上で天井を見上げながらつぶやく、俺の名前は白井良太。
 現役高校2年生、青春まっただ中セブンティ〜ンな、
 ・・・・・殺し屋だ。
 こんな高校生がどこにいるよ、と何度思ったことか。
 12年前、俺の一生を決めた運命的なあの日のことを、俺は後悔せずにはいられない。
 あのとき母親に名刺を見せていなければ。
 あのとき男の勧誘にノってなんかいなければ。
 あのとき公園の砂場に遊びにさえ行かなければ。
 ・・・・・考え出すとキリがないが、とにかくそういうことなのだ。俺は後悔している。
 何故か、だと?
 そんなもの・・・・・、

「りょーーたーー、朝だよーん」

 ・・・殺し屋なんかにならなければ、こいつと知り合うこともなかったと思うからだ。
 まあ、死と隣り合わせの仕事ってーのもあるけどさ。
 当たり前のごとく俺の部家に入ってきて、音もなくベッドに歩み寄るこの野郎が俺はどーーーーしてもいけ好かんのだ。
 とにかく俺は寝たフリを決め込んだ。こんな奴に起こされてたまるかというガキっぽい意地からだ。
「んん?まぁだ寝てるのかなー?起きないと遅刻だぞ?」
 奴が俺の顔をのぞき込む。目を閉じていても気配でわかる。
「おーい良太」
「・・・・・」
「りょーたー」
「・・・・・」
「しょーがないな」
 お、諦めたか。と思いきや。
 ジャキ。
 ・・・・・何だろう、この、額に冷たい金属物は・・・・・。
 まさか・・・・・、という思いに、冷や汗が滝のように流れ出す。
 まさかまさかまさか。

「5秒以内に起きないと、俺のトカちゃんが火を吹いちゃうよん

 瞬間、俺はベッドの上で奴から一番遠い所までマッハで移動していた。
 ぜへぜへ肩で息をする俺に、奴は賞賛の拍手を送る。
「さっすがだね良太。すばやいずばやい」
 効きやしないとわかっていても睨み上げてやると、案の定、奴は何食わぬ顔でトカレフを懐にしまい込んでいる。
 こいつ・・・確信犯だな・・・と唇を噛みしめるも、起きなければマジで頭に風穴をあけられかねんのだ。
「綾人・・・、テメ、いい加減にしろよ・・・」
 おさまらない動悸と怒りで震えながら言うが、綾人はケロリとしたものだ。
「だって寝たフリなんて頭悪いことするから」
「・・・やっぱ気付いてやがったな」
「俺を誰だと思ってんの?それでなくても良太って顔に出やすいし」
「よけいなお世話じゃ!!」
 怒鳴る俺を無視して腕時計に目をやった綾人が言う。
「それはそうとさあ、ホントにそろそろ用意しないと、あと10分で始業なんだけど」
「何ィ!?」
 俺は青くなった。何故なら出席日数がギリギリで、遅刻なんてしたらそれこそ進級がやばいからである。
「綾人!!テメー起こしに来るならもっと早く来いよ!!」
「えー何ソレ、責任転嫁?」
 アハハ、なんて余裕ぶっこいている奴にイラッとした俺は、綾人を部屋から蹴り出した。
 その際に何かが落ちて床にぶつかるようなゴン、てな音がしたが、かまっている暇はない。
「先行ってろ!!」
「言われなくてもそうするけど、良太」
「んだよ!」
 焦りまくって制服に袖を通しながらも返事をすると、綾人はヘラッと笑って。
「ごめん」
 とか謝ってきた。
 何が?って感じなのでそれらしい顔を作る俺に、奴は目の前に転がっているソレを指さした。


「起爆スイッチ、入っちゃった


 奴の指先をたどってゆくと。
 転がるソレは小型爆弾。タイマー付きで、小型でも威力は抜群で有名なヤツだ。
 それの起爆スイッチが・・・入った?
 確かにデジタルなタイマーはその秒数を確かに減らしていて。
「あッ・・・・・綾人ーーー!!」
 叫ぶしかない俺に当の本人はすでに階段の下。
「ごめーん良太。でも簡単な仕組みのヤツだから、良太でも時間内に処理できるよね!じゃ!!」
 あっ!あのヤロウ!!逃げやがったな!!
 ギリリと奥歯を噛みしめるも、時すでに遅し。
 爆発まで、あと1分。
「ええい、この急いでる時にッ!!綾人のヤロウ、おぼえとけよ!!」
 綾人への復讐を心に誓い、命の惜しい俺は爆弾へと手を伸ばしたのだった。


 綾人との出会いも、やはり12年前。
 黒崎グループに連れてこられた俺は、公園で俺をスカウトした黒崎三十郎ににこにこと愛想良く迎えられた。
 そこで紹介されたのが、奴である。
「僕の息子で、黒崎綾人だよ。今日から君の相棒だ。仲良くね」
 その日から俺と綾人は血のにじむような(実際何回か死にかけた)訓練を12年間続けてきたわけで、今じゃ狙撃やナイフや爆弾や格闘技に至るまで、ありとあらゆる殺人術をマスターし、この世界で白井良太と黒崎綾人の名を知らない者はないとゆーところまで登りつめた。
 しかし!!
 しかしだ・・・奴の方が上なのだ。
 狙撃もナイフも爆弾も格闘技も!!今まで一度として勝ったことがない!!
 元々負けず嫌いだった俺は、奴に勝つためだけに幼い心に鞭打って、厳しすぎる訓練にも耐え、腕を上げた。 そう言っても過言ではない。
 でも勝てない。頭の出来も違うことが中学あたりでわかってきた。
 しっかもあの喰えないムカツク性格といったらどうよって感じだ。
 奴といるとストレス溜まりっぱなしで、俺は高校生にして今後の髪の毛と胃の具合を心配しなくちゃならなかったりしている。
 ホントに恨むぜ・・・、黒崎三十郎・・・。


 授業終了のチャイムが鳴り、メシだメシだと立ち上がるクラスメイト達にならって俺も立ち上がる。 母親が持たせてくれた弁当は2時間目あたりですでになく、食欲旺盛な17歳男子の腹を抱えて俺は売店に向かうところだった。
「良太、売店行くの?」
 それを引き止めたのは、何を隠そう、黒崎綾人である。
 俺は肩越しに振り返った。
 俺の席は窓際の一番後ろだ。その席から立ち上がって、3メートルと離れていないところに俺はいる。
 なのにこいつは背後から声をかけてきやがった。
 チャイムが鳴って30秒もたっちゃいないのに、隣のクラスから、俺の背後へ。
 もちろん、気配ゼロ。
 忍者か、こいつは。
「・・・なんか用か」
 悔しいがいつものことなので別段驚きもせず応える。すると奴はにっこりと笑って。
「お弁当、2つあるんだけど、どう?」
 どう、って・・・・・。
 つまり一緒に食べないかってことか?
 今朝の騒ぎのこいつなりの詫びの積もりだろうか。それなら、まぁ、
「しょーがねぇから食ってやるよ、センパイ」
 今朝のお返しだとばかりにニヤリ、と笑う。
 「センパイ」という言葉に綾人の頬がひくりと微かにひきつったのが見て取れて、俺は満足げに腰を下ろした。
 そうなのだ。こいつは実は、1年留年しちゃってるのである。
 去年の仕事は例年通りの量だったのだが、どうやら他の何かに首をつっこんでいるらしく(ちなみに俺には秘密にしているつもりらしい) それを学校も行かずに嗅ぎ回っていて、出席日数が足りず留年。
 ざまあみろだ。あっはっはっは。
 いくら学年トップでも半年以上も欠席すりゃあたりまえだっつーの。
 これが綾人の唯一欠点らしい欠点だ。完璧主義のこいつがそこまでして何を調べているのかは気になったが、訊いてもどうせはぐらかされるに 決まっている。だから今まで訊かないでいてやったのだが・・・。

 これから起きる出来事が、それに深く関わっていようとは、俺達は知る由もなかったのである。


 チャララーララチャラリラララー♪
 2人して可愛い柄のお弁当包みを開いていると、誰だかわからないアーティストの流行っぽい曲が軽やかな電子音となって辺りに流れた。
 ポケットを探った綾人が携帯を取り出し、「あ、メールだ」とつぶやくのが聞こえたが、別になんの興味もない俺は奴を一瞥して意識を 昼飯に移した。
 しかし、携帯の文字画面をじっと見つめて、めずらしくも難しい顔を綾人がしているのに気が付いた俺は顔を上げる。
「どうした?」
 訊くと、奴は「うーん」とうなってから携帯から目を離さずに言った。
「浅岡義博って知ってる?」
「ああ?あれだろ、有名じゃねぇか。4組のイケメン優等生」
 タコの形に切られたウインナーを口に放り込みながら答える。この中身まで可愛らしい弁当が綾人の手作りと言うもんだからお笑いだ。
「お前テスト結果の張り出し見てねぇの?いっつもトップ争ってんじゃん」
 少々やさぐれ気味に言うと、綾人はフ、と知的に笑ってみせた。
「俺、他人にあんまり興味ないからさぁ。ほら、良太みたいな野次馬根性ってはっきりゆってダサイじゃん?」
 うっわ、ムカツク。いつもいつも不良に絡まれる綾人だが、こいつに殴りかかりたくなる不良の皆さんの気持ちもわかるってもんだ。
 ま、一瞬で返り討ちだけど。
「で!そいつがどうかしたってか?」
 これ以上バカにされるとなんとかの緒が切れそうだったので、俺は早々と話題を元に戻しにかかった。
 綾人は、「ああ、うん」と頷いて、俺に携帯の画面を見せる。
「仕事だよ、良太」


ACT.1.終了.


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