−マレーシア・教育の現状と展望−
今、マレイシアは、繁栄への道を足早に歩んでいる。マレイシア版情報ハイウェイ構想「マルチメディア・スーパー・コリドー(MSC)」の開始、MSCの中心となる情報都市「サイバー・ジャヤ」や首都行政機能の移転先となる新行政都市「プトロ・ジャヤ」の開発、金融と商業の中心地域となるクアラルンプール・シティー・センター(KLCC)の整備、KLCCの中心には世界一の高さを誇る「ペトロナス・ツインタワー」が完成間近い。新交通システム「ライト・トランジット・システム(LRT)」網や新クアラルンプール国際空港の建設も急ピッチで進んでいる。国産車「プロトン」の輸出開始、国産モーターバイク「クリス」の製造開始、通信衛星「ミーサット2号」の打ち上げなど例を挙げればきりがない。特に「MSC」は、光ファイバーの通信網など世界最高水準の情報基盤のもと、国際的な先端企業を誘致しようとする高度情報通信事業であり、世界の多くの企業に参加を求めている。当初は、KLCC、プトロ・ジャヤ、サイバージャヤそして新国際空港をカバーするゾーンで展開され、順次全国に拡大することが計画されている。
この国には、一九九八年の旧英連邦競技会コモンウェールズの開催という当面の目標と、二千二十年には先進国の仲間入りをするという大きな目標があり、合い言葉のように『WAWASAN2020(VISION
2020)』が使われている。これに向け四〜五年毎の計画が立てられるが、現在は二千年までの第七次マレイシア計画が進行中である。国を挙げてのこの姿勢は、学生の進路決定についても大きな影響を与える。我々の受け持っているマラヤ大学予備教育部日本留学特別コース在籍の学生は、希望学科の決定に当たって、次のような言い方をする。『今マレイシアは先進国の仲間入りをするために頑張っています。そのためマレイシアに必要なのが情報系の技術者です。だから、それを勉強しに日本へ行きます。』「情報系」のところが学生によって「電子」「建築」「土木」「化学工業」に変わったりするが、「マレイシアに必要な・・」が必ずでてくる。
しかしながら、先進国の仲間入りを目指している姿だけが、この国の全てではない。四千mを超える南アジア一の霊峰キナバル山を中心とするキナバル国立公園、白浜や紺碧の海が美しく続く半島の東海岸、珊瑚礁が美しいレダン島・プルフンティア島などの島々、これらの所では時間がゆっくり進んでいるように感じられる。マルチメディアの大規模な構想を立て実現させようとする一方で、昔ながらの焼き畑農業が山岳部の一部で営まれている。民族・宗教・生活様式、さまざまな多様性を抱えながら足早に歩んでいる国、それがマレイシアである。
二 各学校終了時に統一試験
マレイシアの教育制度は、イギリスの教育制度に類似しており基本的には六・三・二・二制である。義務教育制度は存在しないながらも、小学校就学率はほぼ百%に近い。政府が援助をしている公立学校にもマレー系学校・中国系学校・インド系学校があり、それぞれカリキュラムも少しずつ異なっている。中国系学校は理数科に強いというので、最近はマレー系の児童生徒の入学が増えているという報告もある。
児童・生徒達は、各学校を終了するときに統一試験を受験する。小学校修了次には、UPSR(初等学校学習到達度試験)がある。六年生の九月に、数学・英語・マレー語筆記とマレー語読解、イスラム教徒はさらにイスラム関係教科の試験を受ける。
中国系とインド系学校はこれに加えて中国語かタミール語の筆記と読解が加わる。小学校三年終了時には特別の試験があり、合格率はわずかながらも五年生への飛び級が可能となっている。
中学校では三年間学び、三年次十月にPMR(前期中等教育評価試験)を受験する。教科はマレー語・英語・理科・数学・イスラム学または道徳・歴史・地理・生活技術・芸術である。次に二年制の後期中等学校で学び、二年次十一月末にSPM(中等教育修了資格)試験を受ける。数学・化学・物理・生物・地理・経済・歴史・英語・マレー語などの科目があり、コースによって受験科目は異なっている。大学への進学を考えるときには、この後二年制のスイックスフォームか各大学の予備教育部に進む。スイックススフォームに進んだ生徒は、二年次十一月末にSTPM(高等教育入学資格)試験を四〜五科目受験し、これの成績によって大学が決められる。しかしながら、国内に大学の数は少なく、多くの生徒が英・米・豪・日などに留学していく。マレイシアの生徒にとって留学は特殊なことではなく比較的普通の選択肢の一つである。また、進路の選択肢としては、大学以外にも教員養成カレッジ、カレッジ、ポリテクニックなどが存在している。
学校は二学期制で新学期は一月から始まる。前期が五カ月半、長期休暇の後、後期が六月中旬に始まり十一月末に終了する。授業は、月曜日から金曜日まで行われるのが普通であるが、クダ・クランタン・トレンガンなどイスラム原理主義の強い州では、金曜日のお祈りの関係で日曜日から木曜日まで授業を行っている。
この国が、初等・中等教育で抱えている課題として、第一に統一試験の影響によるもの、第二に学校設備や教員の不足を挙げることができる。
統一試験が生徒の進路に大きな影響を与えることと、携わっている教員の評価につながるため、授業は、統一試験を目的として行われる傾向にある。町の書店に並んでいる多くの統一試験用の問題集に、その関心の高さがうかがえる。しかしながらその結果、理解することよりも暗記中心の学習や問題集を使った演習が多くなり、統一試験以外の教科・科目の軽視という傾向を生んでいる。試験直前の学年は統一試験をめざしてよく学習をするが、他の学年ではその反動が生じている。それは、学習意欲の低下、校内暴力や非行に走る生徒の出現となっているとの指摘もある。理科への興味関心の薄さも先進国入りをめざしているこの国としては課題の一つである。旧教育課程の小学校では理科は単独では実施されず「人間と環境」という教科であったこと、現在も理科が
試験の教科ではないこと、小学校に理科室がないことが大きな
原因として考えられる。さらに、難しい勉強の割には将来職業に就いたとき、経済的に必ずしも恵まれるとは限らないことも影響している。
施設設備の不足は、全国の多くの小・中学校での二部制授業と都市部で見られる五十人クラスを生んでいる。二部制の学校では、午前と午後を、高学年と低学年が分けて使っている。MSCを国家プロジェクトとして推進している国としては、コンピュータ教育の重要性はいうまでもない。しかしながら、これを行うための設備が十分でない学校も多い。さらに、小中学生を対象としたマレー語によるソフトの不足と指導者の不足も指摘されている。
これらの課題に対し、政府は「スマート・スクール」を解答の一つとして提案している。これは、視聴覚機器やコンピュータを効果的に使い、教員養成機関との連携を生かした新しい学校の構想である。この学校ではインターネットで全ての学校と地域が結ばれる。クラスの定員も二十五人に押さえられ、コンピュータ・インターネットを利用し、「教えられる」のではなく「自ら学ぶ」ことが重視される新しいカリキュラムが開発される予定である。既存の学校を順次スマート・スクールに転換していく方針で、一九九九年には二十一の小学校と六九の中学校がスマート・スクールとしてスタートする。教育省は、二千十年までにはマレイシアの全学校をスマートスクールに転換させる計画を持っている。その第一校目となるスリ・プティン校の起工式が六月十二日に行われたが、教育省の期待を裏付けるようにナジブ現教育相もその式典に出席していた。今回計画されている小・中学校九十校については、教員養成機関に隣接して建てられ、教員研修に力が注がれる予定である。このことにより教員の質的向上やコンピュータ教育に関しての課題であるマレー語のソフト不足の解決が期待されている。
マレイシアの高等教育の課題は、教育機関の絶対数の不足である。国内には、国立が八大学と国際イスラム大学しかなく、高等教育の半数近くを英国・豪州など多くの英語圏への留学に頼っていた。これに対して、大学の新設や定員の増加、修業年限の短縮、民営化による活性化により解決を図ろうとしている。セランゴール州と民間企業がつくるマレイシア科学技術大学(MUST)は、米国のMITの協力支援のもとにスタートする。テレコム(日本のNTTに相当する)やテナガナショナル(マレイシアの電力会社)も大学をつくり独自に人材養成に乗り出している。リゾートアイランドとして日本にも知られているランカウイ群島のツバ島に、来年には大学が新設される。又、マレイシアで古い歴史を持つマラヤ大学も民間への移管が計画されている。それに向けて学内は、新しい学舎・寮・大学会館などの建設が急ピッチで行われている。修業年限も大学予備課程を一年、大学を三年に短縮して、数多く人材を養成しようとしている。
四 日本に常時二千人の留学生
「教育は国作りの基礎」とはよく使われる言葉である。マレイシアが教育にかける意気込みは、現マハティール首相を初め過去の首相の多くが教育相の経験者であることにも現れている。ルックイースト政策を提唱したマハティール首相の日本への期待は大きい。マレイシア国内で日本語を学んでいる生徒は、中等教育で約千五百人、高等教育で約二千人にのぼる。また、この政策のもと、日本には約二千人の留学生を常時送り込んでいる。西暦二千年以降のルックイースト政策継続決定や日本への留学生数の拡大要請にも日本への期待が現れている。多様な民族が共存しているマレイシアの教育から、国際理解教育など日本が学ぶことも多い。日本とマレイシアが協力しあい、マレイシアが今ある豊かな自然を失うことなく先進国の仲間入りをし、共にアジアのリーダーとなれる日が来ることを期待したい。