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学芸員コラム れきはく講座

 こんにちは。兵庫県立歴史博物館です。このコラムは、当館の学芸員が兵庫県域の歴史や、あるいはさまざまな文化財に関するちょっとしたお話をご紹介していくものです。一月から二月に一度のペースで更新していきたいと考えていますので、どうぞよろしくお付き合いください。

 

第115回:下張り文書を記録する・はがす・読む 2019年10月15日

学芸員 吉原 大志

 

 2019年10月12日(土)から、当館の歴史工房の一角において、「下張り文書の世界」という展示を行っています。ここでは、展示のなかで取り上げた「下張り文書」について紹介します。

 

 ふすまや屏風の表面には、ふすま紙や絵画、書が張られています。さらにその下には、ふすまや屏風を補強するために、何層にもわたって紙が張り重ねられています。このように、ふすまや屏風を仕立てる際に張り重ねられた紙は、「下張り文書」と呼ばれています。博物館で屏風やふすまが展示される場合、表面に描かれた絵画や書にスポットが当たりますが、今回の展示では、その下に張られている文書に着目しました。

 

 紙が貴重であった時代に仕立てられた屏風やふすまの下張りには、反古紙(ほごし)が使われています。反古紙は、もとの役割を終えた文書で、下張りに使われなければ、捨てられていたかもしれません。

 そもそも現在にまで伝わる古文書の多くは、その文書の作成者や、それを収受した人びとが残そうとして残ったものです。土地や財産など個人の権利に関する記録や、江戸時代の年貢納入に関する文書をはじめとした納税の記録などが、近世・近代の歴史資料として多く残されているのは、このためです。

 これに対して、下張りに使われた反古紙は、不要となった紙を、言わばリサイクルしているものです。その意味で下張り文書は、「残らなかったかもしれない歴史」を伝えるものと言うことができるでしょう。

 

 何層にもわたって張り重ねられている下張り文書の内容を読み解くためには、下張り文書をはがす必要があります。ただし、はがす作業によって、もとの形状が変わってしまいます。そこで、文書がどの位置に、どのように貼られていたのかについて、カメラ撮影やスケッチで現状を記録します。現状を記録することで、異なる文書ごとのつながりが明らかになることもあり、大切な作業のひとつです。

 

スケッチ

 

 下張り文書は、層によって糊(のり)付けされている箇所や、糊の濃さが異なり、そのことに注意しながらはがします。

 糊が強く、はがすのが難しいときは、水分を与えて糊を溶かしながらはがす必要があります。霧吹きなどを用いて文書を湿らせ、ピンセットなどで慎重にはがしていきます。

 

はがす作業

 

 

 こうして、1枚1枚はがしていく地道な作業を続けていくことで初めて、捨てられていたかもしれない下張り文書が、歴史資料としての意味を持つようになります。今回の歴史工房での展示では、神東郡粟賀村(現・神河町)の村の様子を記す文書などを展示しました。

 

 以上のような、下張り文書をはがし、読み解く作業は、博物館学芸員だけの仕事ではありません。現状記録のためには、スケッチの技術や、カメラ撮影に関する知識が必要となることがあります。はがすためには、手先の器用さと根気強さが必要です。読むためには、古文書や「くずし字」の知識が必要となります。

 こうしたいくつもの作業に取り組むには、多くの人びとが、それぞれが得意とする能力を活かして関わるのが理想的です。そこで、各地の資料所蔵機関では、市民ボランティアが下張り文書はがし作業を行っているところがあります。

 そして実は、兵庫県はボランティアによる下張り文書はがしの「先進地域」とも言われています。三木市の旧玉置家住宅や、尼崎市立地域研究史料館では、ボランティアによる下張り文書はがし作業が続けられています。その基盤になっているのは、専門家ではない市民ボランティアの人びとです。それぞれのできることを活かして歴史資料を保存・活用する、理想的な取り組みです。

 その意味で、下張り文書は、多くの人たちに開かれたものであると言えます。この展示を通じて、下張り文書について少しだけ関心を持っていただければ幸いです。