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学芸員コラム れきはく講座

 こんにちは。兵庫県立歴史博物館です。このコラムは、当館の学芸員が兵庫県域の歴史や、あるいはさまざまな文化財に関するちょっとしたお話をご紹介していくものです。一月から二月に一度のペースで更新していきたいと考えていますので、どうぞよろしくお付き合いください。

 

第37回:日本一叡山ケーブルカーと吉田初三郎 2013年4月15日

学芸員 鈴木 敬二

 

写真1 日本一叡山ケーブルカー
〔吉田初三郎画、昭和初期、当館蔵(入江コレクション)〕
箱のおもて
箱の裏

 

 鳥が高い所から広い範囲を見おろすような地図を鳥瞰図(ちょうかんず)といいます。大正から昭和戦前を中心に活躍した画家の吉田初三郎は、当時発行された旅行パンフレットなどに数多くの鳥瞰図を描いたことで知られています。

 今回ご紹介する「日本一叡山ケーブルカー」は、幅22p、高さ18cm、厚さ2cm程度の箱形のおもちゃで、吉田初三郎が描いた鳥瞰図やイラストが全面にあしらわれています。

 厚紙でできた表紙には丸い太陽を背に走行する叡山ケーブルカーが描かれています。表紙を開くと中は鳥瞰図になっており、中央上部に比叡の峰々、その右側後方には琵琶湖から滋賀県方面が広がっています。中央下部には比叡山麓の八瀬遊園(現在は閉園)が描かれ、遊園地の最寄り駅の八瀬(現在の八瀬比叡山口)」と、出町柳を結ぶ鉄道路線(現在の叡山電鉄)が赤い線で示されています。

 画面の左側には、この図の主題となる叡山ケーブルが描かれます。叡山ケーブルの高低差561mはケーブルカーとしては日本最大であることから、「日本一叡山ケーブルカー」というタイトルが付けられたのでしょう。

 ケーブルカーの軌道は画面の左下から右上方に向かって一直線に引かれます。麓と山頂の駅舎だけではなく、線路の路盤までもが比較的ていねいに描いており、赤い線一本ですませている電車の路線とは扱いが異なります。そして叡山ケーブルの線路上には、多くの乗客であふれんばかりのケーブルカーが2両配されます。このケーブルカーは絵とは別の部品でできていて、線路と平行に張られたヒモに取り付けられています。このヒモは箱の裏側を通しており、このヒモを動かすと、あたかもケーブルカーが線路の上を走っているかのように、スルスルと動き出すのです。吉田初三郎の鳥瞰図をあしらったこのような玩具はなかなか珍しいのではないでしょうか。

 この玩具は、出町柳から八瀬を経由し、ケーブル・ロープウエイを利用して延暦寺へ向かう観光ルートを宣伝する目的も兼ねて製作されたものではないかと推測されます。叡山ケーブルと電車の路線は1925(大正14)年に開通。1928(昭和3)年に開業したロープウェイが背景に描かれていることから、昭和3年以降に製造されたものと考えられます。

 

写真2 叡山頂上一目八方鳥瞰図
〔印刷折本、吉田初三郎画、大正15(1926)年、当館蔵(入江コレクション)〕

 

 吉田初三郎の鳥瞰図のうち叡山ケーブルに関するものでは、もう一つ特筆すべきものがあります。それが「叡山頂上一目八方鳥瞰図」です。この図はケーブル終点の近くにそびえる比叡山四明岳(しめいがたけ)頂上からの360度の眺望を鳥瞰図にあらわしています。

 図の中心にあたる四明岳頂上は、丸い空白となっており、その中に東西南北の包囲が示されています。その上側が北にあたり、大原や鞍馬山、比良山が描かれます。東には琵琶湖が広がり、その背後に加賀白山、木曽御岳や富士山が描かれます。南に目を向けると、近くには伏見や山科、遠くには和歌山や高野山、大峰山までが表されます。そして西側には愛宕山から六甲山、そして神戸から淡路島に連なる大風光が表現されているのです。現地からの実際の眺望とともに、比叡山を中心とした周辺地域の地形と交通をも一枚の絵地図に織り込んでいるこの図に、初三郎独自の創意工夫と壮大なスケールの表現を見出すことができるのです。

 なお、山上からの360度の眺望を一枚の紙にあらわすには、このような円形の鳥瞰図は理想的な表現方法なのでしょう。同様の構図の絵地図は、初三郎の作品に限ったものではありません。下の図は大阪の生駒山上からの眺望をあらわしたものです。

 

写真3 生駒山上鳥瞰図
〔大阪電気軌道発行、昭和戦前、
当館蔵(入江コレクション)〕

 

 中央には生駒山上遊園地〔1929(昭和4)年開業〕を東側上空より見下ろした鳥瞰図が描かれます。その周囲に、大阪湾や淡路島、比叡山に大台ヶ原など、生駒山上からの360度の眺望を示す円形鳥瞰図が、ぐるりと取り巻く格好となっています。円形鳥瞰図の中央は大きな空白となっており、そこに独立した別の鳥瞰図が収まっています。生駒ケーブルや大軌電車(現在の近鉄)などの路線が、これら二つの鳥瞰図をつなぐ役目をはたしています。生駒山上遊園地の魅力と、交通の利便性の良さを一枚に織り込むという、工夫に満ちた絵地図と言えるでしょう。