今では害獣


 雪が積もった昼下がりのこと、ニホンジカ《以下、シカといいます。》に出会いました。本校がある南但馬地方は、兵庫県内でもとりわけシカがたくさん生息している地域なので、よく目にしますが、本来、夜行性の動物をわずか10メートルの至近距離(しきんきょり)で、まじまじと観察できるとあれば、思わず見入ってしまいました。

 シカはサザンカの枝葉が、ひさし代わりになって、雪を免(まぬが)れた所からこちらを見つめていました。体格からして、去年の初夏に誕生したメスジカでしょう。しばらく私と見つめ合っていましたが、ふっと視線を外し警戒(けいかい)を解く合図のように後脚(あとあし)で頭を掻(か)いて、土が露出(ろしゅつ)した地面に食べ物を探し始めました
 その後、近くで見ている私のことは、それほど気にしていないようでも、「ザザーッ!」山の木から雪が落ちる音にサッと頭を上げ、音の方向へ顔と耳を向けて常に注意を怠(おこた)りません。

 次に、足を踏(ふ)ん張り頭を真上に上げて、雪が押(お)し下げた葉っぱに口を伸(の)ばします。雪よけのひさしが食べられるなんて、まるでグリム童話のヘンゼルとグレーテルに登場するお菓子(かし)の家のようですね。

 愛らしい仕草をみせるシカも、今や数が増えすぎて、その被害(ひがい)は深刻です。兵庫県では、年間3万頭以上のシカを捕獲(ほかく)していますが、それでも個体数は減少する様子はなく、農林業被害金額(のうりんぎょうひがいきんがく)は4億円を超(こ)える年もあります。
 被害は農林業だけではありません。シカは色々な植物をたくさん食べるので、山林の機能が衰退(すいたい)して、他の生物にも影響(えいきょう)を与(あた)え、ひいては土壌(どじょう)の流出などが起こります。
 その他、シカが生息域を広げると共に、ヤマビル

          ヒトの足を吸血するヤマビル

による吸血被害の拡大、更(さら)に頻発(ひんぱつ)する自動車や列車との衝突事故

                   自動車と衝突したオスジカ

(しょうとつじこ)も見逃せません。

 その昔、天敵であったニホンオオカミが絶滅(ぜつめつ)してしまった現在では、シカの数をコントロールするには、人間の手により駆除(くじょ)する方法しかありません。しかし、その担(にな)い手であるハンターも高齢化(こうれいか)などで減少している現実があり、シカを巡(めぐ)る問題は山積しています。

 直接シカを捕獲することができない私には何ができるだろうか。せめて捕獲されたシカが食肉として流通し、スーパーなどで手軽に購入(こうにゅう)できれば、低脂肪(ていしぼう)、高タンパクに加えて、鉄分豊富といいこと尽(ず)くめのシカ肉を勧(すす)んで利用するだろうに・・・澄(す)んだ目で一心に葉っぱを食(は)むシカを見つめながらそんなことを考えました。


文責 増田 克也


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