但馬に舞い降りた珍客



 10月下旬(げじゅん)頃(ごろ)から、兵庫県の但馬地方、豊岡市に絶滅危惧種(ぜつめつきぐしゅ)のソデグロヅルが飛来(ひらい)していることが、新聞やテレビで報道されました。「いったいどんな鳥?」と思っていた矢先に、「まあ、ツルでも見に来(き)にゃあ〜」豊岡市の知人からノスタルジックな方言で誘(さそ)いを受けたので出かけることにしました。

 ソデグロヅルはシベリアなどで繁殖(はんしょく)し、越冬(えっとう)のために中国やインドに渡(わた)る大型のツルです。世界的な希少種で、その数は3千羽とも4千羽とも言われ、日本へは希(まれ)に少数がやって来ます。
 体の色は、顔と脚(あし)が赤色、それ以外は白色の美しいツルですが、今回、豊岡市に飛来したものは、顔が赤褐色(せきかっしょく)で、首や胴体(どうたい)には赤茶色の羽が残る、今年の春に生まれた幼鳥です。おそらく、本来通るべき渡りのルートを外れて、豊岡市に迷い込(こ)んだのでしょう。

 ソデグロヅルを求めて、コウノトリの人口巣塔(じんこうすとう)が建てられた田んぼを探して回ると、それは、逆光線に二番穂(にばんほ)が輝(かがや)く田んぼに佇(たたず)んでいました
 胴体を起こし、すっと長い首を伸(の)ばした立ち姿は、コウノトリやサギとは異なり、紛(まぎ)れもなくツルのものです。尾羽(おばね)の辺りには、名前の由来になった、翼(つばさ)の先端(せんたん)にある黒い羽がチラッと見えています。次に、上の写真を見てください。野性味に溢(あふ)れる面構(つらがま)えですね。周辺でよく見かけるアオサギとは段違いの凄(すご)みを感じました。

 ワイルドな面構えと対照的なのが、その立ち振(ふ)る舞(ま)いです。大陸育ちの大らかさなのか、怖(こわ)さを知らない幼鳥ならではの性質からか、ほとんど人を警戒(けいかい)する様子はありません。
 自転車に乗った中学生と思われる数人がワァーとやってきて、出し抜(ぬ)けにポケットから取り出したスマホで「カシャ、カシャ、カシャ!」ぞんざいに写真を撮(と)っても、首を上げてそちらを見つめる程度で、再びバッタなどの虫捕(むしと)りに集中しています。
 
 そんなソデグロヅルですから、観察するこちらも、ゆったりした気分になり、ついカメラを置いて眺(なが)めていると、急に飛び立ってしまいました。残念ながら飛び立つシーンは撮れずじまいです。

 降り立ったのは、円山川の河川敷(かせんしき)でした。広がる草原と水面が鏡状になった水溜(みずた)まり。その光景をカメラで切り取れば、生まれ故郷の北の大地をイメージさせます。当のソデグロヅルも、円山川の景色に故郷を重ね合わせていたのか、しばらく遠くを見つめていましたが、ふと我に返ったように羽繕(はづくろ)いを始めました。

 ここで、アクシデント発生です。近くで、2羽のトビによる激しいケンカが勃発(ぼっぱつ)! 「ピエーッピエーッ」辺りに泣き叫(さけ)ぶようなトビの声が響(ひび)きます。しかし、ここでもソデグロヅルは、我関せず・・・何事もないように、羽繕いに専念します。

 丹念(たんねん)に羽繕いを終えてからは、何やらソワソワした様子で落ち着きがありません。「ピュー」いきなり一筋のフンをし、体を低く構えたかと思うと、川の方向へ黒い袖(そで)の翼を羽ばたかせながら駆(か)け出しました。そして長い助走の末、ついにテイクオフ!ぐいぐいと力強く羽ばたく度に高度を上げて、円山川の下流へ小さくなって行きました。

 コウノトリを育む豊岡市は、ソデグロヅルにとっても快適な滞在地(たいざいち)なのでしょう。但馬に突如(とつじょ)舞い降りた珍客(ちんきゃく)は、この地で越冬しそうな様相をみせています。


文責 増田 克也


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