巣箱は森の窓


 「そうですねぇ、ヤマネの巣箱を設置する目的は、兵庫県内のヤマネの分布を調べること、二つ目が遺伝子の地理的な変異を調べること、そしてそれらの基礎的(きそてき)なデータを積み重ねて、ヤマネを護っていくというのが三つ目です」

 私の質問に、穏(おだ)やかな笑顔でゆっくりとお話しされるのは、やまねミュージアム館長、関西学院大学教授でヤマネ研究の第一人者、湊 秋作先生です。
 この度、本校の山田校長とのご縁(えん)で、今年5月に自然観察路くまコースとしかコースに設置された、巣箱の中を調査に来られた先生に、私も同行させてもらうことにしました。さあ、ヤマネが巣箱を利用した痕跡(こんせき)は見つかるのでしょうか。

 ところで、ヤマネってどんな動物なのでしょう。ヤマネは正式にはニホンヤマネと言います、ネズミに似た可愛らしい夜行性の動物で、背中に1本の黒い線があるのが特徴(とくちょう)です。体長約8センチメートル、体重約18グラム。本州、四国、九州、隠岐(おき)に生息して、樹上で、花や木の皮、昆虫(こんちゅう)などを食べ、冬は丸くなり体温を0度近くまで下げて、冬眠(とうみん)をする習性を持つ、国の天然記念物にも指定されている、げっ歯目ヤマネ科の動物です。

  ヤマネが利用した巣箱の中には、樹皮の繊維(せんい)で作った布団があるそうです。設置された、巣箱の中を1つずつ確認していくと、空っぽのものや、ゲジ、カマドウマ、コアシダカグモなど虫の類が入っているもの、屋根板の内側にコガタスズメバチが巣を作り始めて放棄(ほうき)したものなど様々です。
 そんな中、たくさんの落ち葉が入った巣箱がありました。 湊先生によると、これはヒメネズミが巣を作りかけた痕跡だということです。本校にもヒメネズミがいたのですね、これは新しい発見です。

 くまコースの途中(とちゅう)で、「ここはマタタビがたくさんあるので、巣箱を掛(か)けたんですよ」と湊先生。ヤマネは柔(やわ)らかく甘(あま)い果実を好みます。マタタビの実を手に取り、「ヤマネみたいに器用じゃないけど・・・」と前置きし、実を指でつぶしてヤマネの食痕を再現してくださいました。ヤマネの食べ方は思いの外、ぐじゃくじゃなんですね?

 いくらか下ると、実をたくさん付けたサルナシの木を見つけました。ウリハダカエデの幹に太いサルナシが取り付いています。ここならサルナシの実を目当てに、ヤマネがやって来る可能性が高いということで、急遽(きゅうきょ)、巣箱を掛けることになりました。慣れた手つきで巣箱を設置するのは、湊先生に随行(ずいこう)する、関西学院大学3回生、角田皓太さんです。

 その後、残りの巣箱も確認しましたが、残念ながらヤマネの痕跡は認められませんでした。しかし、この結果だけで「ヤマネはいない」と断言できないでしょう。なぜなら、本校のフィールドにはヤマネが好む、マタタビサルナシアケビの果実が豊富にあるので、いつの日かヤマネとばったり・・・そんな夢のようなことがあるかもしれません。これからも機会がある度に、巣箱をそっと覗(のぞ)いたり、果実に残る食痕を探してみようと思います。

 今回、調査に同行して、湊先生にお話しを伺(うかが)う間に、遠い存在だったヤマネが、少し身近に感じられ、おぼろげながらその姿が見えてきたような気がしました。

 それでは最後に、調査中に湊先生が語られた、とても印象深い、素敵な言葉を紹介(しょうかい)して、今週の自然のページを締(し)めくくります。

 「普段(ふだん)、森にいる動物って見えないじゃないですか。それが巣箱を置くことによって、ヤマネがいるかどうかという他に、あっ、ヒメネズミがいるんだ、また、ゲジゲジもいましたよね、カマドウマやコアシダカグモもいました、というように、巣箱を開けると森が見えてくる、巣箱は森の窓森のドアなんですよ」

文責 増田 克也

参考文献 湊 秋作(2010)『ヤマネのすむ森―湊先生の ヤマネと自然研究記』学研教育出版.


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