霧の中から“あさひ”


 台風が行き過ぎ、秋の高気圧に覆(おお)われて、晴天が続いています。天気が良くなると一日の寒暖差が大きくなり、当地の朝は濃(こ)い霧(きり)に包まれることが多くなります。

 朝霧(あさぎり)の中を車のフォグランプを点けて、いつもよりゆっくりと走っていたときのこと、細い川に掛(か)かる橋の欄干(らんかん)に、すうっと大きなものが浮(う)かび上がりました。

 それは白と黒のコウノトリです。山東町三保の放鳥拠点施設(ほうちょうきょてんしせつ)から、今年7月に放たれた2羽のどちらかでしょう。コウノトリはしきりに下を気にしている様子で、手前にやって来ても、やはり下を覗(のぞ)き込(こ)んでいます。時に大きく羽を広げてバランスを取りながら、欄干を平均台のように行ったり来たり。

 放鳥されてから2ヶ月余り、当初は、ケージの周りに設けられた湿地(しっち)で姿を見かけましたが、車の往来や人気のない時間帯には、こんな道路脇(どうろわき)にまで出てきているようです。この辺りは、良質の真砂土(まさつち)が採れる産地で、早朝から大型ダンプカーが通行することもあり、そんなものに巻き込まれでもしたらひとたまりもありません。

 こちらの心配をよそに、コウノトリはツカツカ音を立て、欄干の端(はし)に来て、足を曲げ前屈(まえかが)みになったかと思うと、大きく伸(の)び上がり、集落の方向へ舞(ま)い上がりました
 ところが何を思ったのか、突然(とつぜん)、空中でUターン。今度は下流側に降りると、地面を突(つつ)きながら道路の中央に向かって歩いて行くではありませんか。「そっちはアカン!」私のつぶやきが聞こえたのか、くるっときびすを返して、草むらの方へ。

 今度は何をするのでしょうか、先ほどからの予期せぬ行動に翻弄(ほんろう)されっぱなしです。すると、くちばしを草の中に入れました・・・おや、何かをくわえています。あっという間に引きずり出したものは、くちばしの長さほどもあろうかと思われるヘビでした。これをのどの奥(おく)に放り込み、ペロッと食べてしまいました。

 このコウノトリの素性を調べるため、脚(あし)の標識を撮影(さつえい)しました。深い霧で、このままではで色がはっきりしませんので、画像を調整したものを、兵庫県立コウノトリの郷公園のホームページで公開されている、足輪の情報と照らし合わせると、やはり山東町三保の放鳥拠点で育った、個体番号J0480、愛称(あいしょう)“あさひ”です。

 あさひはこのまま、当地に定着してくれるでしょうか。そうなれば、南但馬地域にコウノトリの分布が広がり喜ばしいことです。しかしながら、但馬北部に集中するコウノトリの生息域を、但馬一円に広げるという、山東町三保の放鳥拠点と同じコンセプトで設けられた、お隣(となり)、養父市の拠点から6月に放鳥されたコウノトリは、故郷を後にして、現在、和歌山県に居着いているようなので、この先、あさひが定着するか否かは、本人のご機嫌(きげん)次第というところでしょう。

 ヘビを平らげ、何事もなかったように正面を見据(みすえ)える、朝露(あさつゆ)で濡(ぬ)れたあさひの横顔放鳥当初より逞(たくま)しく感じたのは、きっと気のせいではないと思います。

文責 増田 克也


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