但馬の山から欧州の風


 但馬の中央を南北に貫(つらぬ)く林道のカーブを抜(ぬ)けると、異様なものが目に飛び込(こ)んできました。今が花盛りのホタルブクロが変色したものでしょうか?  
 それは草丈(くさたけ)が1メートル以上もあり、すらっと伸(の)びた茎(くき)に、ベル状の赤紫色(あかむらさきいろ)をした花をいくつも付け、とても野草とは思えません。

 早速、調べてみると、これは多くの園芸品種があるヨーロッパ原産の植物で、一般的(いっぱんてき)にはジギタリスと呼ばれているようですが、和名はキツネノテブクロと言います。
 私は、「キツネと手袋(てぶくろ)」とくれば、小学校で習った、新美南吉の名作童話「手袋を買いに」を思い出します。この花の由来も物語のように、さぞかしほのぼのとしたものだろうと想像しましたが、英名の「fox glove(フォックスグローブ)」を、そのまま和訳しただけ・・・思いの外、無味乾燥(むみかんそう)なネーミングにがっかりしました。

 それにしても、1メートルを越(こ)す草丈に、派手な花を付けたキツネノテブクロは、山野草の多くがこぢんまりした花を咲(さ)かせる中で、圧倒的(あっとうてき)な存在感を放っています。
 全体の雰囲気(ふんいき)は、ヨーロッパに自生しているだけあって、西洋式庭園の花壇(かだん)によく似合う出で立ちですが、少し花期を過ぎているのか、いくらか花が落ちているのが残念でした。

 辺りを見回すと、谷の下にも1株のキツネノテブクロがありました。谷を滑(すべ)り降りて近づけば、今が盛りの個体で、水彩画(すいさいが)と見間違(みまちが)えそうなほどエレガントな花は、下から順番に開きます。思わず触(ふ)れてみたくなりますが、葉を誤食して死亡事故例もある、有毒植物なので、うかつに手を出すのは慎(つつし)みました。

 しかし、なぜ標高1000メートル近い、但馬の山に自生したのでしょうか。種子を食べた野鳥が散布したのか、あるいは人為的(じんいてき)に運ばれたのか。いずれにしても暑さには弱い植物なので、山の寒冷な気候が野生化に導いたと考えるのが妥当(だとう)なところでしょう。
 
 これまでに、名前が“キツネノ○○○”となる植物は、いくつか見たことがあります。それは、ヒガンバナの地方名キツネノカンザシ、葉が剃刀(かみそり)のようにシャープなキツネノカミソリ、普段(ふだん)は気にも留めない道端(みちばた)の小さな野草キツネノマゴ、などでしたが、今回出会ったキツネノテブクロは、思いがけず但馬の山に欧州(おうしゅう)の風を感じさせるゴージャスなものでした。

文責 増田 克也


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