トイレに珍入者あり


 自然観察路くまコースの起点に、森のスポーツ広場と名付けられた広場があります。ここでは、キャンプファイヤーや星の観察、またグランドゴルフなどのニュースポーツも楽しめる、言わば本校のユーティリティースペースです。

 広場のすみはトイレ兼(けん)倉庫の建物が設けてあります。先日のこと、このトイレを清掃(せいそう)していたスタッフから、「何か生き物がいる」との連絡(れんらく)が入り、急いで出向くと、上の写真にある、コウモリが天井(てんじょう)からぶら下がっているではありませんか。
 コウモリの名前も判らないまま、とりあえず記録写真をと、3回ほどシャッターを押(お)したところで姿を消してしまいました。カメラの液晶(えきしょう)モニターで確認すると、そこには、ニッコリと笑ったような表情の、キクガシラコウモリが浮(う)かび上がりました。

 なんと興味深い生き物でしょう。素知らぬ顔で当然のように逆さにぶら下がる、この奇妙(きみょう)な生き物は、鳥でもなく虫でもないのに空を飛べるのです。しかも、子を産み乳で育てる、私たちと同じくほ乳類だというのも驚(おどろ)きです。その上、ほ乳類の中で飛べるのは、このコウモリだけ他にはありません。

 「あれ、ムササビやモモンガも飛べるのでは?」と思われたかも知れませんが、彼(かれ)らは高いところから低い場所に滑空(かっくう)するだけで、空を羽ばたき自由に飛び回れるのは、唯一(ゆいいつ)コウモリだけなのです。

 ただし、鳥のように飛べるコウモリの翼(つばさ)には、羽毛がありません。そのかわりに、飛膜(ひまく)という伸縮自在(しんしゅくじざい)な膜(まく)があり、この飛膜が前足の指の間と、さらに小指から後足へと続き、加えて後足から尻尾(しっぽ)にも張られています。細い骨の間に張られた飛膜は、まさしく、こうもり傘(がさ)のイメージですね。

 では、写真を拡大して顔を見てみましょう。目を引くのは、パッと開いた複雑なヒダがある鼻です。キクガシラコウモリの名前は、鼻が菊(きく)の花弁に見えることに由来しています。
 この鼻から人には感じない超音波(ちょうおんぱ)を発し、反射してくる音で位置などの情報を得るため、暗闇(くらやみ)でも虫を捕(と)らえることができます。その超音波をキャッチするのが、パラボラアンテナのような大きな耳です。
 それに引き替(か)え目の小さいこと。超音波を巧(たく)みに操るキクガシラコウモリには、それほど視力は必要ないのでしょう。こぢんまりした目は、かなり退化しているように見て取れます。

 森のスポーツ広場の傍(かたわ)らにひっとりと立つ山のトイレは、キクガシラコウモリにとって、昼間を静かに過ごすことができる、お誂(あつら)え向きのねぐらなのでしょう。
 しかし、ここがいくらトイレだと言っても、このようにフンをされては困りものです。そこで、キクガシラコウモリには少し気の毒ですが、トイレへの侵入口(しんにゅうぐち)を塞(ふさ)ぐ手段を講じることにしました。「きっと他でよいねぐらを見つけるだろう」パラパラと足元に散らばった、チョコスプレーに似たフンを見つめながら思うのでした。

文責 増田 克也



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