深山の霊鳥

 ブナやトチノキが生い茂(しげ)る谷筋を、タカに似た一筋のシルエットが真っ直ぐに飛び抜(ぬ)け、遠くの枝にとまりました。肉眼では豆粒(まめつぶ)ほどの大きさで、何であるかとても確認することはできません。望遠鏡を目に当てると浮(う)かび上がったのはジュウイチでした。

 ジュウイチ・・・聞き慣れない名前だと思いますが、春に日本へ渡ってくるカッコウの仲間です。カッコウが、高原や牧草地、明るい林などに生息するのに対して、森林性のジュウイチは、平地や開けた環境(かんきょう)にはほとんど姿を現しません。そのため、目にする機会が少ない野鳥でもあります。

 頭から背中にかけては灰色がかった黒。胸は赤褐色(せきかっしょく)で、目の周りと脚(あし)が黄色。なんとも特徴的(とくちょうてき)な配色ですが、その鳴き声も姿に引けを取りません。なにしろ鳴き声がジュウイチという名前の由来になっているほどですから、一度聞いたら忘れられないことでしょう。

 では、何はともあれジュウイチの鳴き声を聞いていただきましょう。「ジュウイチーッ!・・・ジュウイチーッ!・・」と繰(く)り返す度に甲高(かんだか)く、ハイテンポになり、自身の名前を連呼しているのが確認いただけたと思います。
 その昔には、この声を“慈悲心(じひしん)”と聞きなして、ジュウイチを慈悲心鳥(じひしんちょう)と呼び、ありがたい霊鳥(れいちょう)として崇(あが)めたということです。

 ジュウイチはカッコウと同様に托卵(たくらん)を行います。托卵とは、他の鳥の巣に卵を産み付け、仮親に抱卵(ほうらん)や育雛(いくすう)をさせる習性のことで、自身では子育てをしません。孵化(ふか)したジュウイチの雛(ひな)は、仮親の卵や雛を外に押し出し、巣を乗っ取ってしまいます。

 この行動は、慈悲心とはかけ離(はな)れたものに感じられ、「ジュウイチはひどいやつだ!慈悲心鳥にふさわしくない!」と思われる方もあることでしょう。しかし、これも長い時間の中で培(つちか)われた習性で、ジュウイチが種を保存する手立てとして、托卵が最善なのでしょう。
 自然の営みを人間の感覚で、「ずる賢(がしこ)い、残酷(ざんこく)だ」などと推し量(はか)るのは禁物(きんもつ)です。

 ところで、今回は掲載(けいさい)できる写真が、上のもの一つしかありません。滅多(めった)にお目にかかれないジュウイチに出会ったまでは良かったのですが、シャッターを一度押したところであっけなく、森の奥に飛び去ってしまいました。

 せめてもうワンカット、あぁどうか御慈悲(おじひ)を・・・・

文責 増田 克也



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