谷津田のサシバ

 「ピックィー、ピックィー」よく通る高い声が響(ひび)きます。毎年、この時季になると本校の空にサシバがやって来ます。サシバは、本州、四国、九州に、3月下旬(げじゅん)から4月上旬(じょうじゅん)にかけて渡来し、繁殖(はんしょく)を終えた秋には、再び東南アジアなどへ移動して越冬(えっとう)するタカの1種です。

 今週の自然のページは、南但馬自然学校の近くにある谷津田(やつだ)に、3月下旬から姿を見せたサシバの様子を、わずか1コマですがお届(とど)けします。

 山間(やまあい)の谷間に広がる谷津田がサシバの住み処(か)です。谷津田とは丘陵地(きゅうりょうち)の奥まで田んぼが入り込んだ里山

              航空写真で見ると谷津田の地形がよくわかる

の環境(かんきょう)をいいます。
 サシバはこの周辺で、1日の大半を餌(えさ)探しに費やし、田んぼが見渡せる電柱や杭(くい)などで待ち伏(ぶ)せては、目に付いたカエルやヘビ、トカゲなどの小動物を捕(と)らえて食べています

 4月上旬のある朝、この日もサシバの観察に谷津田を訪れました。すると、既(すで)に電柱の上で待機しています。いくらか時間が経った頃(ころ)、しきりに頭を動かし落ち着きがなくなり、さっと飛び出して行きました
 いつものように、獲物(えもの)をめがけてすぐ下の田んぼへ降りるかと思うと、田んぼを通過して川向こうの山際へ飛んでいきます。行き先を目で追うと、向かった先のヒノキの梢(こずえ)にもう1羽サシバがいるではありませんか。

 交尾です。オスは、ほんの2、3秒の間、メスの背に乗ると、すぐに離(はな)れて谷津田の奥へ飛び去りました。
 この日の夕刻には、上になり下になり、時には絡(から)み合いながら、まるで絆(きずな)を確かめ合うように飛ぶ2羽のシルエットを、暮れ始めた空に見送り観察を終えました。

 谷津田に何度か通ううちに、サシバの行動に変化が起きました。高い場所から獲物を探し、すばやく飛び出し地面に降りて捕らえる。ここまでは変わりありませんが、その場で食べることはほとんどなく、空へ舞(ま)い上がるとどこかへ運んで行きます。この日も、トノサマガエルを脚(あし)に掴(つか)んで飛び去りました。
 どうやら今年も谷津田で巣を構えたようです。抱卵中(ほうらんちゅう)のメス、もしくは孵化(ふか)した雛(ひな)に餌を運んでいるのでしょう。

 かつては、里山で普通に見られたサシバですが、生息地に耕作放棄田(こうさくほうきでん)や休耕田が増えることで、餌となるカエルやヘビが減り、各地で姿を消していると聞いています。生息数の減少により、2006年には環境省の絶滅危惧U類(ぜつめつきぐ2るい)に指定されました。

 本校の周辺では、民家のすぐ近くでも姿を見せる身近な存在です。里山生態系の上位種であるサシバが生息することは、この周辺の生物を取り巻く環境が健全に保たれている証拠(しょうこ)でもあります。

 「チンミー、チンミー」とも聞こえる鳴き声から、当地では“チンミダカ”と呼ばれ、昔から人々に親しまれてきたサシバ。いつまでも、その甲高(かんだ)い声を、風薫(かぜかお)る五月(さつき)の青空に響かせてほしいものです。

文責 増田 克也



“自然のページ”のご意見ご感想をメールでお寄せください
Email mtajimashizen@pref.hyogo.lg.jp