夏鳥来る

 但馬の中央を南北に貫(つらぬ)く林道へ、この春初めて車を乗り入れました。高い山と言えども5月ともなれば、既(すで)に桜の花はなく、その代わりに、桜と同じバラ科のウワミズザクラが花盛りで、シッポのような房状(ふさじょう)の白い花を風に揺(ゆ)らせています。
 花が終わった後に結ぶ実は、ツキノワグマの大好物。今年は特に花の付きが良いので、山のクマたちの期待もさぞかし膨(ふく)らんでいることでしょう。

 道すがら出会うのは山菜採りの人たちです。この日は3人のグループがせっせと山椒(さんしょう)を摘(つ)んでいました。しばらく進むと、山椒は食べないのに“サンショウクイ”と名付けられた夏の渡り鳥が、「ヒリリ、ヒリリ」と繰(く)り返し鳴きながら、空高く飛び回っていました。
 なんでも名前の由来は、「あの鳥は、ピリッと辛(から)い山椒を食べてヒリリと鳴いているのだろう」と想像して名付けたと聞いています。おそらく、名付け親の古人(いにしえびと)も山椒を摘みながら、頭上を飛び交うサンショウクイの声を聞いていたのでしょう。
 サンショウクイは、白いライン入りのスマートな翼(つばさ)をひるがえし、見上げるほどの高い梢(こずえ)につかまると、息つく間もなく「ヒリリ」と一声残して飛び出して行きました。

 それにしてもいい天気です。気分良くカーブを曲がると、突然(とつぜん)現れたのは雪でした。思いがけず林道の一部が雪で閉ざされています。しかし大した雪ではないので、この程度なら十分走破出来ると判断して車を進めると、途中であっけなく立ち往生して、前にも後ろにも動けなくなってしまいました。

 うかつでした・・・雪深い但馬でも5月ともなれば、普段の生活に冬タイヤは必要ないので、既に夏タイヤに交換していたことをすっかり忘れていました。
 仕方ないので渋々(しぶしぶ)雪かきをしていると、高い枝から「ピッコロ、ピッコロ」とキビタキの声が聞こえてきます。このキビタキもサンショウクイと同じ夏の渡り鳥で、オスは黄色と黒のコントラストが美しい小鳥です。

 5月に雪かきをする人間がよほど奇妙(きみょう)に映ったのか、下の枝に降りてきて、不思議そうに首を傾(かし)げるとすぐに飛び立ち、その後は隣(となり)の林から小気味良い声だけを響(ひび)かせていました。

 未だ雪が残る但馬の山にも、夏の渡り鳥が訪れ、季節は着実に進んでいます。やっとのことで雪から脱出(だっしゅつ)し引き返す道すがら、深い谷から伸(の)びるスギの梢に大口でさえずるオオルリを眺(なが)めながら山を後にしました。

文責 増田 克也



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