罪なき者に愛の手を



 「生活棟に気持ち悪い虫がいます、どうにかして!」こんな要請(ようせい)の電話が事務室へ入ることがあります。早速、出向くと上の写真の生き物が、壁(かべ)にくっついていることが何度もありました。

 これは、ムカデやヤスデと同じ多足類の一種で通称(つうしょう)“ゲジゲジ”、正式な名前はオオゲジといいます。体長が6〜7センチもあり、しかもこんなに脚(あし)が多い虫を目の当たりにすると、「どうにかして!」という気持ちはよくわかります。

 生活棟に現れたオオゲジ、せっかくの機会ですからじっくりと観察してみましょう。まず、どうしても気になるのが脚の数です。早速、数えてみると15対30本でした。これは、同じ多足類であるムカデの21対42本より12本少なく、ヤスデの31対62本には半分にも及(およ)ばない数です。一方、脚の長さはムカデなどに比べると、ずいぶんと長く、特に最後の15番目の脚は触角(しょっかく)とほぼ同じ長さがあります

 ところがオオゲジは歩行するときに、15番目の立派(りっぱ)な脚をほとんど使っていません。あたかも触角のごとく、ピンと上に掲(かか)げているのです。おそらく、頭部を保護するために、この長い脚を触角に偽装(ぎそう)させて外敵を欺(あざむ)く作戦なのでしょう。

 15番目の脚は、大変見事な偽装で、うっかりすると頭とお尻(しり)を間違えてしまいそうですが、これを一瞬(いっしゅん)にして見破る方法があります。
 それは簡単、この長い触角、または脚にそっと触(ふ)れてみてください。オオゲジは触角に指の先が少しでもつかえると、一目散に逃げていきますが、15番目の脚は、優しく扱うとこんなにじっくり触(さわ)ることができます

 次に、脚の作りに目をやると、足先は、凹凸(でこぼこ)や局面をしっかり捉(とら)えることができるしなやかな構造になっています。そして各関節部には、それぞれいくつかのトゲがついています。このトゲが突き出している方向からして、滑(すべ)り止めのスパイクの役目をしているのでしょう。

 よく目立つ脚ばかりを注目しがちなオオゲジですが、今度はじっくりとお顔を拝見(はいけん)。まず目に付くのは、大きなアゴです。左右から牛の角のような曲線で、力強くぬっと突き出しています。このアゴに挟(はさ)まれたら、いかにゴキブリでも身動きがとれないでしょう。そしてアゴの基部からピコッと飛び出た2本の小さな脚のようなものは、これもまた触角なのでしょうか。
 そして目を見て驚(おどろ)きました。同じ多足類のヤスデは顔の辺りをのぞき込んでも、目らしい目は見あたりませんが、オオゲジは意外にもしっかりとした複眼を持っています。動きが素早い小動物や時には飛んでいる虫などを捕(と)らえることができるのも、きっとこの目のお陰(かげ)なのでしょう。

 オオゲジの体をじっくり観察してみると、昆虫(こんちゅう)に進化する過程を垣間見ているようで、実に興味深い生き物です。それに、見かけはどうあれ人に害を及ぼすことはありません。それどころか、ハエやゴキブリまで食べてくれる、ありがた〜い益虫です。ちなみに肩(かた)に乗せても、ほらこの通りおとなしいものです。
 時には屋内で見かけることもあるオオゲジですが、むやみに叩(たた)きつけたり、殺虫剤(さっちゅうざい)をスプレーすることなく、そっと手をさしのべて外へ逃がしてやってください。

文責 増田 克也


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