初夏の一日



 新緑の山に向かう途中(とちゅう)、腰(こし)を下ろして休憩(きゅうけい)を取ると、数メートル先にある渓流(けいりゅう)の岩場にヒメレンゲが黄色い花を咲かせています。毎年この時季にはよく目にする花なので、これまでせいぜい通りすがりに眺(なが)めるだけで、写真はおろか立ち止まって見ることもしませんでした。
 これを機会に、沢のしぶきを浴びながら近づいてのぞき込むと、くさび形をした5枚の花びらが、パッパッと弾(はじ)ける線香花火の閃光(せんこう)のようで、なかなか愛らしい姿をしています。

 ひとしきり写真を撮り、登山道に這(は)い上がると、今年初めて聞くコルリのさえずりが響(ひび)いてきます。声に惹(ひ)かれて山の中に足を踏(ふ)み入れ、点々と移動する声を目で追うこと3時間余り、残念ながら、素早く動く青いものをチラッと見ただけで、姿をはっきりと確認することはできませんでした。
 薄暗(うすぐら)い林床(りんしょう)でコルリを待つ間、足元のミヤマカタバミが豆電球を灯(とぼ)したような花を見せてくれたのが、せめてもの慰(なぐさ)みとなりました。花びらの中心から外へ伸(の)びる細い筋や、ハートを3つ寄せ合わせたような葉っぱが、深山に咲く花のイメージを掻(か)き立てる清楚(せいそ)な姿をしています。

 再び登山道へもどるころには、時刻はすでにお昼近くになり、空を見上げると日は高くなっていました。上を向くと同時に目に付いたものは、枝からぶら下がった沢山の毛虫・・・ではなく、オニグルミの花です。
 沢沿いに歩くと、水辺を好む性質のオニグルミがいくつも生えています。その中の1本に数羽のアオバトが、むしゃむしゃと音が聞こえてきそうなほど豪快(ごうかい)に、紐状(ひもじょう)の花をむさぼっていました。ヒメレンゲやミヤマカタバミと比べると見劣(みおと)りするオニグルミの花も、アオバトたちにとっては大変なご馳走(ちそう)のようです。

 行く道すがら、近くに巣をかまえているのでしょう、くちばしにいっぱい虫をくわえて運ぶコガラや、新緑のフィルターを透過(とうか)した、柔(やわ)らかな光の中で佇(たたず)む、大きな目が印象的なコサメビタキ、そして足元の側溝(そっこう)には、おしくらまんじゅうでもしているかのように群れる、ずいぶん時季遅(じきおく)れのニホンヒキガエルのオタマジャクシと、いろいろな花や生き物に出会えた初夏の一日でした。

文責 増田 克也


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