子ジカ生まれる



 やっと梅雨らしい天候になった6月30日の夕方のこと、本校で自然学校を行っている学校の先生が、血相を変えて事務室に飛び込んできました。「シカが子どもを産んでます!」「えッ!どこですか?」遠く朝来山での出来事かと思い場所をたずねると、本館のすぐ近くだということです。さっそく案内してもらい駆(か)けつけると、その場所は浴室棟(よくしつとう)の東側にある植え込みの中でした。

 そこには、地面に横たわる母ジカの姿があり、その体の向こう側には子ジカらしき黒っぽいものが動いているのが見て取れました。その時です、ピョッコと小さな頭が飛び出したかと思うと、母ジカの顔にすり寄りあまえる仕草を見せました。

 ここからでは子ジカの様子がよくわかりません。反対側にそっと回り込むと、植え込みのすき間から、鹿子模様(かのこもよう)の姿をはっきりと見ることができました。
 生まれたばかりの子ジカの体は、羊水に折からの雨も加わりべっとりと濡(ぬ)れています。ほどなく母ジカは子ジカの体をなめ始めました。体を冷やす水分をぬぐい取るためでしょうか、休むことなく愛(いと)おしそうになめる姿に、母ジカの愛情を感じました。
 子ジカは何度も失敗を繰(く)り返し、ようやく立ち上がると、母ジカはそれを待っていたかのように、今度は子ジカのお尻(しり)をなめます。きっと排便(はいべん)を促(うなが)しているのでしょう。母ジカが口を動かすたびに、前につんのめりそうになりながら、ぐっと脚(あし)を踏(ふ)ん張る子ジカの姿がほほえましく感じました。
 
 母ジカは子ジカの体を一通りなめ終わると、移動を始めました。ところが子ジカは植え込みから出てきません。母ジカは何度も後戻(あともど)りしては、いっしょに来るように誘(さそ)っています。子ジカはやっとのことで、茂(しげ)みから飛び出しましたが、まだよたよたとおぼつかない足取りで母ジカの後を追い、ようやく念願の乳にありつけたようでした。

 改めて子ジカを見ると、とてもかわいらしい顔をしています。左右にピンと跳(は)ねた耳。小さく短い鼻面(はなづら)。そして、吸い込まれそうなほどに澄(す)んだ瞳(ひとみ)。周りで見守る私たちの姿は、この大きな瞳にどのように映っているのでしょう。
 今回、このニホンジカの親子に出会い、子ジカの愛らしい姿や、愛情にあふれた母ジカの仕草に、心が洗われる思いをしました。しかし一方では、近年、ニホンジカによる農林業への被害(ひがい)は深刻で、この先、ニホンジカと私たち人間が共存していくには、解決しなければならない問題が数多くあること、これもまた忘れてはならない事実です。

文責 増田 克也

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