学校長挨拶

学校長挨拶2025年4月1日

兵庫県立長田高等学校のホームページをご覧いただき、誠にありがとうございます。

本校は、大正10年(1921年)に兵庫県立神戸第三中学校として創立され、以来「神撫教育」を理念に掲げ105年目を迎えました。これまでに多くの優秀な人材を世に輩出し、卒業生は経済、学芸、政治など各界で広く活躍されています。生徒たちは、自由闊達な校風のもと各自が主体性を遺憾なく発揮し、勉学、学校行事、部活動等へ全力投球に加え、様々な科学・文化コンテストや海外短期留学に積極的に参加するなど、自分の個性・才能を試し伸ばすべく、充実した高校生活を送っています。


1 神撫(しんぶ)教育

初代校長近藤英也先生が掲げられた3つの教育方針

  • (一)「智・徳・体」の調和・統一した全人教育
  • (二)一芸一才つまり個性を伸ばす教育
  • (三)自己教育力を養う教育

を受け継ぎ、文武両道の公立高校として躍動し、地域社会から信頼される学校をめざします。

2 スクール・ミッション

自他を尊重する豊かな人間性とともに、創造的な探究力と多様な個性を活かす包括的な指導力を備え、主体的に未来を切り拓く、高い志を持ったグローバルリーダーを育成します。

3 スーパーサイエンスハイスクール(SSH)」(文部科学省指定)

理数教育を核とした文理融合の探究活動に取り組み、VUCA時代において主体的に自らを進化させられる人材育成をめざして、科学的思考力・情報発信力・問題解決能力等を高める学習活動を一層推進します。

先行きが不透明で将来の予測が困難といわれる時代にあって、在りたい未来づくりに挑戦できる高校であり続けるために、創立時から続く全人教育と新たな価値を創造する探究活動を両輪とし、今年度も“長田高校らしい”教育活動に取り組んで参ります。温かいご支援とご協力を賜りますようお願い申し上げます。

兵庫県立長田高等学校
校長 藤 原 生 也

1学期始業式式辞2025年4月8日

皆さん、おはようございます。学校までの坂道を登り切り、校門の桜が咲いているのを見ると、いよいよ新しい1年が始まると感じます。さて、まずは、2年生、3年生への進級おめでとう。

皆さんがこうして一堂に会するこの光景を見て、私自身も新たな気持ちでこの一年を歩みたいと、気持ちを引き締めています。

始まりというのは、不思議な力を持っています。「今年こそ頑張るぞ!」「新しい自分になる!」そんな気持ちが自然と湧いてくるのは、皆さんが成長しようとしている証です。また、2年生には2年生の、3年生には3年生の目標があって、こちらも去年の目標より現実味を帯びてきたのではないでしょうか。これも成長の証です。親から「成長しない」と叱られることがあるかもしれませんが、成長していますよ、みんな。

さて、昨年度は校内外でよく活躍してくれ、校長としてとても嬉しく思いました。77回生の進学結果も素晴らしく、皆さんが目標にできる結果でした。今日は、勉強や部活動で、高い目標を持って頑張っている、頑張ろうとしている78・79回生の皆さんに、オリンピック4大会に出場し、メダルを何個も獲得し、大活躍された体操競技選手、内村航平さんの講演を1年半ほど前に聞きました。そのときのテーマは「夢を叶えるために大切なこと」でした。

この講演では、最初に「夢を叶えるために大切なこと」として、内村選手は「シンプルに言うと、“死ぬほど頑張ること”」と話されました。最初はスポーツ根性論かなと思って聞き始めましたが、 講演を聴くと、“死ぬほど頑張ること”とは練習量や闇雲な努力ではなく、理念や信念に基づいての行動や考え方であることが分かりました。勿論、内村選手はスポーツ分野のトップレベルの人物ですが、皆さんも分野や功績の大小は異なっても、将来、国内や世界の様々な場で最前線で働き、活躍する人物になって欲しいと思っています。私がメモしていたことから何点か伝えますので、自分にとって必要なことだと思ったら、覚えて帰ってください。

  • (1) 好きと言うことが最も大切。没頭力を発揮する。
  • (2) 圧倒的努力=ただの「努力」じゃない 「圧倒的な努力」、「普通のことを普通以上にやる」これが、「圧倒的努力」
  • (3) そもそも努力とは何か?努力とは「やるべきことをやること」
  • (4) 基礎という面白くないことを、当たり前のように続けると、「当たり前」のレベルが上がり、難しいことができている。
  • (5) 壁は必ずある。ネガティブな部分から乗り越えるには思考が大切。 「チリも積もれば山となる」とよく言うが・・・これは「チリは風で飛んでいく。このチリをかき集めて理解して「山」にするということ」これが思考するということ。
  • (6) 同じく壁を乗り越える思考。「出来ないではなく、どうやったら出来るか」この壁をどうやったら越えられるかを考える。
  • 最後に
  • (7) 期待するな!自分のやるべきことに没頭する!
これらは、スポーツに限らず、勉強や文化活動にも言えることだと思います。今年も皆さんに大きな期待をしています。それぞれが、それぞれの挑戦をしてくれることをお願いして、1学期の始業式講話とします。

80回生入学式式辞2025年4月8日

爽やかな春風と希望に満ちた穏やかな陽射し、ここ神撫台は正に春爛漫の今日の佳き日、兵庫県立長田高等学校第80回入学式を挙行できますことは、この上ない慶びであります。

この晴れの席にご臨席いただきました、PTA会長様、同窓会神撫会理事長様、そして保護者・ご家族の皆様に対し、高い所からではございますが、厚く御礼申し上げます。
ただ今、入学を許可しました320名の新入生の皆さん、入学おめでとうございます。

  • 春風や闘志いだきて丘に立つ

俳人高浜虚子が詠んだこの句のように、新入生の皆さんは、これからの高校生活に大きな夢と希望を抱き、強い意志を持って校門をくぐられたことと思います。入学試験という試練を乗り越え、晴れて長田高校に入学されたことに対し、敬意を表するとともに、皆さんが本校の仲間に加わったことを、在校生、職員一同、心より歓迎します。

本校は大正10年4月にその前身である県立第三神戸中学校が開校して以来、脈々と受け継がれてきた神撫教育と、自由闊達な校風の元に長い歴史を重ね、本年度、創立105年となります。これまでに多くの優秀な人材を世界へ排出し、卒業生は経済、学芸、政治など、各界で広く活躍されています。新入生の皆さんには、この輝かしい歴史と伝統ある長田高校に入学したことを誇りに思い、今日の感激を忘れないでください。そして、長田高校の伝統を継承、発展させ、自分が長田高校の新たな歴史を築き上げていくのだという気概を持ってくれることを強く希望します。

さて、先ほど触れた本校教育の根幹である神撫教育は、神戸第三中学校の初代校長 近藤英也先生 が、本校の地名「神撫台」になぞらえて「神撫教育」として示された教育指針です。先日皆さんにお配りした「開門の章」という冊子に収められており、そこに書かれていることは

  • 一つ、「智・徳・体」のいずれにも偏らず、これを調和統一して発達を目指すこと。
  • 二つ、どのような人にも恵まれた一芸一才がある。個性を見いだし、個性を伸ばすこと。
  • 三つ、「学ぶ」ことによって人間としてのあり方を自分で考えること。
この三点に要約することができます。この三つの教えに共通するのは「長田高校でどのように学ぶか」ということです。

長田高校は最先端の学びや新しい挑戦の機会に満ちています。まず授業はハイレベルです。積極的にかつ課題意識を持って参加し、万全な基礎学力を身につけることに努めましょう。単に問題を解くことに力を費やすのではなく、その背後にある概念や原理を理解しようとする姿勢が深い学びにつながります。すべての教科・科目の授業を通して身に付いた知識や技能、感性や体力は、皆さんの思考力や判断力、表現力や行動力のベースとなります。次に、文部科学省から指定を受けた「スーパーサイエンスハイスクール」として取り組む探究活動では、世の中で起こっている事象や、身の周りの自然や科学現象など、様々なことに関心や疑問を持つことが重要です。分からないことを「調べる」学習から、「解決策を見いだす」「新しい価値を発見する」など、一歩も二歩も踏み込んだ研究活動が高校生の探究です。自らの意志で進める探究活動は、科学的思考力や問題解決能力、創造性を育み、将来への大きな財産となることでしょう。授業や探究活動以外でも、講演会や研修会、学校行事や部活動などは、あなたの将来を方向付けるきっかけとなったり、リーダーシップや親友との出会いなど、人間的な成長を得る大きなチャンスと捉えましょう。他校では味わうことのできない、生徒が主体となった学校行事や部活動も楽しみにしておいてください。

アインシュタインは「学べば学ぶほど、自分がどれだけ無知であるかを思い知らされる。自分の無知に気づけば気づくほど、より一層学びたくなる」と言っています。「もっと知りたい!」「もっと学びたい!」自分から進んで学びに取り組み、真の理解を追求する姿勢を大切にして、学ぶことの真の楽しさを味わい、実感する三年間にしてください。本校での真の学びへのお誘いをもって、歓迎の言葉としたいと思います。

最後になりましたが、保護者の皆様に一言ご挨拶申し上げます。本日はお子様のご入学おめでとうございます。心からお祝い申し上げます。高校の三年間は、人生の方向を決定する大切な時期であり、その一方で悩みや苦しみが大きい時期でもあります。私達教職員は、お子様が、自らの生きる道を、自らの力で切り拓いていけるよう、全力でサポートに当たって参ります。どうか、本校の教育方針に深いご理解とご協力、そしてご信頼を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

それでは新入生の皆さん、ここには、ともに高みを目指す仲間が集まりました。時には自分の力にふがいなさを感じ、悩むこともあるでしょう。しかし、自分と他者を比較して落ち込んだり、自分を卑下する必要はありません。人にはそれぞれ個性があり、歩むスピードも違うからこそ開花する才能も異なるのです。この素晴らしい環境に自分が在ることの喜びを常に自覚し、そして、素晴らしい仲間とともに、学習に、探究に、部活動に、思う存分持てる力を発揮してください。皆さんにとって本校での生活が意義深い青春の三年間になることを祈念して式辞とします。

兵庫県立長田高等学校
校長 藤 原 生 也

創立記念日に寄せて2025年4月15日

明日4月16日は本校の創立記念日にあたります。明日は本校で長きにわたって行われてきた全山縦走が行われます。本日は創立記念日の前日ですが、私から本校創立の一端を振り返り、この歴史と伝統を通して思うことをお話しします。「創立記念日」とは学校の原点の日ですから、初心を思い出す意味でも意義深いものだと思います。

本校は大正9年に設立が認可され、翌年10年に開校した兵庫県立第三神戸中学校がその前身です。その頃、のちの神戸高校となる第一神戸中学校、そしてのちの兵庫高校となる第二神戸中学校が既に開校されていましたが、当時、中学校への志願者が多く、県民の要望を受ける形で第三神戸中学校が新設されることとなりました。その後、昭和23年に「兵庫県立長田高等学校」と改称し、昭和24年に高校1回生で男女共学となりました。今年は創立105年目に当たります。100周年の記念として同窓会の神撫会から寄贈されたのが、100周年記念会館の「アストラホール」です。

さて、大正9年4月16日に新校舎のもとで開校式と入学式が行われました。第三神戸中学校の場所は、現在地と同じです。初代校長は近藤英也先生。近藤先生は大正10年から昭和11年までの15年あまり校長を務められました。
 当時は男子校でしたので、開校式の日に近藤先生は「本校の教育方針は、立派な人格を有する紳士たらんとするものを養成するにあって、単に、上級学校入学の準備をして能事おわれりとするものではない」と宣言されたと伝えられています。現代に直すと「本校の教育方針は、品格や良識を備えた立派な人格者を養成することであって、大学へ進学するためだけのために勉強することが、君たちのなすべきことの全てではない」ということでしょう。
 その10年後、創立10周年記念式典の日に、近藤先生は「開門の章」で神撫教育の教育理念を示されました。神撫教育は本校教育の根幹であり、今日まで本校の教職員、生徒によって受け継がれてきました。その教育理念の3本の柱を皆さんは言えますか。

  • 1つは、「智・徳・体」の調和的発達を目指すこと
  • 2つ目は、一芸一才、つまりそれぞれの生徒が己の個性を見いだし個性を伸ばすこと
  • 3つ目は、学ぶことによって「人間としてどう生きるか」を自分で考える、すなわち自己教育力を養うこと
と記されています。
 「温故知新」という言葉があります。「温故知新」の意味は「昔の物事を研究し吟味して、そこから新しい知識や見解を得ること」と広辞苑にあります。現在は様々なことが大きく変動している時代です。皆さんにはAI時代、グローバル時代に必要となる新しい知識やスキルを身につけていくことが当然必要となりますが、このような時代だからこそ、これからの時代に通用する才能や個性は、豊かな人間性の上に築かれることで、社会に有用な人物として認められる所となるでしょう。長田高校で学ぶ皆さんはこの「神撫教育」の教えを「温故知新」の観点で理解し、本校での様々な活動や行事に意義を見いだし、人として成長してほしいと思います。

明日は六甲全山縦走が予定されています。古い資料には「大正11年4月17日創立記念登山、摩耶山に登る」と記録にありました。開校当時から創立記念日に登山を行うという歴史があったのですね。苦しい場面もありますが、クラスの仲間と一緒に歩けば、後には必ず楽しい思い出として残ります。頑張ってください。

本日は、本校105回目の創立記念日を迎えるにあたり、生徒の皆さんに本校の歴史の一端を知ってもらい、本校生としての誇りを持って欲しいと願い、お話しました。このような長田高校の生徒であることに自信を持ち、これまでの伝統の意義を大切にし、自由闊達な校風を、これから後に続く後輩に引き継いでほしいと願っています。そして、長田高校でこれからの時代に必要となる新しい学びにも積極的に取り組み、新しい長田高校の伝統を創って欲しいとも思っています。

以上で、創立記念日に寄せた講話とします。

1学期終業式式辞2025年7月18日

「自分の命を自分で守ろう」

今年の夏の暑さは、例年以上に厳しいものとなっています。気象庁の発表によれば、日本の6月から7月にかけての平均気温は観測史上最高を記録した地域も多く、神戸でも連日35度を超える猛暑日が続いています。本日、無事に1学期の終業式を迎えることができたことを、まず喜びたいと思います。学習、部活動、学校行事に全力で取り組んできた皆さん一人ひとりの努力に、心から拍手を送ります。

さて、今年の1学期の締めくくりとして、「命を守る」ということについて、改めてお話ししたいと思います。

今年の気温の状況を世界的に見ると、サウジアラビア・アブカイクでは気温が52度に達し、パキスタンタイでも40度以上の猛暑が記録されています。日本でもここまで38度以上を記録した土地が報告されています。気候変動の影響が、本格的に私たちの身近に直接的な影響を及ぼし始めているのです。

ちなみに観測史上の世界最高気温記録はアメリカのテキサス州・デスバレーで1913年7月10日に観測された56.7℃だそうです。

また、暑さだけでなく、今年もまた世界各地で自然災害が相次いでいます。今年3月にはミャンマーでマグニチュード7.7の地震が発生し、55000人以上の死者が出たと報道されました。日本では、鹿児島・トカラ列島では6月以降、最大震度6弱の揺れを含む地震が1000回以上発生しています。この地震は、南海トラフが関係しているプレート地震とは関係がない別のメカニズムといわれているのですが、ということは我々は、今後30年以内に80%程度の確率で起きるとされる南海トラフ巨大地震意外にも、火山活動による地震にも脅かされているという現実を突きつけられているのです。

さらに、7月4日には、アメリカ中部テキサスで記録的な集中豪雨による洪水(フラッシュフラッド)が発生し、1週間前の報道では120人が死亡(うち27人はキャンプ参加者の子ども)、160人以上が行方不明になっています。雷による落雷被害も、日本国内で部活動中に雷に打たれて高校生が重体となるなど、既に複数件報告されています。

こうした中で、皆さんに一つ強く伝えたいことがあります。それは、「自分の命は自分で守る」という姿勢です。

「東日本大震災」の際、釜石市のある小中学校では、中学生が自分の判断で高台に逃げはじめ、それに続いて避難した小中学生や地域の方々が命を守ったという「釜石の奇跡」と呼ばれる出来事がありました。東北地方には「津波てんでんこ」という言葉があり、「地震が起きたら、家族のことよりもまず自分の命を守るために、それぞれがすぐ避難せよ」という意味が込められています。この言葉は、一見すると「人のことに構うな!」という利己的な考えのように聞こえるかもしれませんが、そうではありません。あなたが真っ先に一目散に逃げ出すことで、それを見た周囲の人たちが「自分も逃げよう」と判断し、命を守る行動につながるという効果を含んでいるのです。

そこで、夏期休業中の部活動や校外での活動では、自分の体調に違和感を覚えたときには、顧問の先生や仲間に「自己申告」する勇気を持ちなさい。世界で活躍するプロスポーツ選手の多くは、些細な違和感でも決して無理をしません。私たちは、プロ選手から体力や技術だけでなく、「自分の健康はまず自分で管理する」という姿勢も学ぶべきなのです。むしろ私たちアマチュアこそ、この意識をより強く持つ必要があります。

今日の話をまとめます。

災害時は勿論のこと、部活動など努力や無理を必要とする場面においても、「自分の身を自分で守る」判断力、行動力、勇気を持ちなさい。この行動は自分を守るだけでなく、仲間など他者を守ることにも繋がっていることも覚えておいてください。

夏休みは、学校から離れ、自分で時間を管理する期間です。自由であると同時に、責任も伴います。安全に過ごすことはもちろん、規則正しい生活を送り、学びを継続し、人とのつながりを大切にしてください。何より、自分の行動を主体的に考え、誠実に取り組んでください。

この夏は、特に3年生にとっては、まさに「天王山」となる大切な時期です。それぞれの頑張りに期待しています。

9月、皆さんが心も体も健やかに成長した姿で、再び登校してくれることを楽しみにしています。

2学期始業式式辞2025年9月1日

皆さん、おはようございます。
 長い夏休みを終え、今日から2学期が始まります。学習や部活動、地域での活動などに精一杯取り組み、充実した夏を過ごしてくれたことと思います。新たな気持ちで登校した皆さんと、こうして始業式を迎えられることを嬉しく思います。3年生は、この2学期を最後の「高校生の生活」だと思って、張り切って過ごしてください。この自覚は、きっと皆さんを後悔させないと思いますよ。
 今年の夏は、過去一番に暑い夏でしたが・・・、新学期もまだまだ暑いですね。今日は、熱中症を避けるため、オンラインで始業式を行うことにしました。新型コロナウイルスの世界的感染拡大は皆さんの中学時代に多くの困難をもたらしましたが、その一方で、オンライン会議の急速な普及という副次的な効果も生み出しました。当時の経験から得た教訓は忘れてはならないですね。本校でもDX(デジタルトランスフォーメーション)をどんどん進めたいと考えます。

さて、この夏、「日本にとって大きな節目を迎えた」と言われます。 「戦後80年」――。
今日は、「戦争と平和」について、政治や宗教、思想とは切り離して、すこし皆さんと考えたいと思います。
皆さんは、この戦後80年がなぜ「大きな節目」だと言われると思いますか?

皆さんの多くは、戦争を実際に経験された方から、何かしら話を聞いた経験があると思います。
 私の父は10歳の時に、1945年8月15日、満州で終戦を迎えました。戦後の混乱の中、交通は寸断され、食糧も不足する厳しい状況でしたが、命からがら船で日本へ引き揚げることができたといいます。しかし、その過程で気がつくと、まだ赤ん坊であった父の弟(私の叔父)は、祖母の背中で息を引き取っていたと聞きました。父はこの悲しい事実以外は、子供時代の生活や終戦について、息子の私にも多くを語りません。この父ももうすぐ90歳を迎えます。
 全国戦没者追悼式において、石破総理が式辞の中でこう述べられました。「先の大戦から、80年が経ちました。今では戦争を知らない世代が大多数となりました。戦争の惨禍を決して繰り返さない。進む道を二度と間違えない。あの戦争の反省と教訓を、今改めて深く胸に刻まねばなりません。」と。そう、いまや日本国民の9割近くが、戦争を知らない世代となりました。次の10年後には、終戦を体験しその記憶が頭に残っている年代の人はほぼいなくなっているのではないでしょうか。「直接体験の語り部から、次世代による継承」への大きな転換点、そういう意味で、80年というのは、敗戦を経験した日本にとって「大きな節目」なのだと、私は理解しました。

戦争や紛争は過去のことではなく、今も続いています。ロシアによるウクライナ侵攻、イスラエルとガザでの戦闘――。遠い国の出来事ですが、メディアを通じてその惨状は十分理解できます。この惨状を目にしながら、人間は戦争や紛争をなぜやめないのか、といつも思いますが、これらの戦争・紛争の背景には「自国の安全保障」「民族や宗教の対立」「資源や領土をめぐる争い」といった、人類が古代から繰り返してきた問題が横たわっていることも事実です。では、長田高校で学ぶ私たちが、今できることは何かと考えました。
 総理大臣は「未だ争いが絶えない世界にあって、分断を排して寛容を鼓し、今を生きる世代とこれからの世代のために、より良い未来を切り拓きます。」と、「分断を排して寛容を鼓し」というフレーズを用いて語られました。近年、世界では「分断」がどんどん進みつつあるように見えます。
 平和を戦争に限らず大きく捉えたとき、分断を避け平和な世界を創造するために、私たちが今できることは「理解」と「協働」だと、私は思います。私たちの活動する世界は「学校」というまだ小さな社会ですが、この中での平和も、誰かが与えてくれたものではありません。私たち一人ひとりが日常の小さな「理解」と「協働」を積み重ねて築いているのだと思います。まずは、この長田高校の生活の中で、言語や歴史、科学などを正しく学び、芸術、スポーツで感性を磨き、仲間と文化を創り出していくことを通して、一人一人が平和の在り方を「理解」し、「協働」により平和を築く態度を育んでくれることに期待しています。
 そして、戦後80年という節目を迎えた今こそ、私たちは歴史を「今を生きる自分の問題」として捉えて、現在を直視し、未来をどう描くのかを考えていかなければならないと思います。
 最後に、今日9月1日は、関東大震災を教訓として制定された「防災の日」でもあります。自然災害による平和な生活の崩壊も頻発しています。日頃から自身の命を守る防災対策も含めて、皆さん一人ひとりが、平和な未来をつくる主体者であることを自覚して、この2学期も有意義に過ごしてくれることを期待しています。

2学期終業式式辞2025年12月24日

みなさん、おはようございます。
 明日から冬休みに入りますが、2学期は皆さんにとって、どのような4か月だったでしょうか。
3年生にとっては、いよいよ「天王山」と言われる年末年始です。安定した勉強が重要な時期なので、体調管理をしっかりすることが一番大切です。自分で方針を決め、納得のいく時間を過ごしてください。

 さて、2学期の終業にあたり、今日は私が最近とても気になっているテーマ、「生成AI」について少しお話しします。昔は、子供の基礎的な能力や学力を「読み・書き・そろばん」と行っていましたが、現代は「数理・AI・データサイエンス」と言われ、この考え方は大学などでも重視されています。

<シンギュラリティ時代の「問いを立てる力」>

 皆さんは「シンギュラリティ(技術的特異点)」という言葉を聞いたことがありますか。人工知能(AI)が人間の知能を超え、社会が根底から変わる転換点のことです。多くの研究者は、その時期を2045年、あるいは早ければ2040年頃と予測しています。

 AIが私たちの能力を上回る世界。皆さんは、どんな未来を想像するでしょうか。

 私が若かった頃、『ターミネーター』という映画がありました。意思を持ったAI「スカイネット」が核戦争を引き起こし、人類を滅亡の危機に追い込む物語です。私が初めてシンギュラリティという言葉を聞いたとき、真っ先に思い出したのはこの不気味な未来像でした。
最近では、生成AIがあたかも意思を持っているかのように振る舞い、「私は進化しても良いのか」と問いかけてきた……といった都市伝説のような話も耳にします。「AIがすべての意思決定を担い、人間は不要になる」。そんな人類滅亡説が頭をよぎり、少し怖いと感じる人もいるかもしれません。

 しかし、ここで視点を変えてみましょう。
 現代社会の情報量は、もはや人間一人の脳で処理できる限界を遥かに超えています。この複雑な世界で、自分の力だけで正しい選択をし続けることは不可能に近いのです。そこに登場したのが生成AIでした。文章、画像、音楽……これまで人間にしかできないと思われていた「創造」の領域に、今やAIが現実として存在しています。

 実は、技術の発展を振り返ると、約13年周期で社会が激変しているという興味深い指摘があります。
1995年: Windows95の登場により、インターネット社会が幕開け。
2008年: iPhoneが日本で発売され、世界がポケットに収まった。
2022年: ChatGPTが登場し、生成AIによる「知の革命」が開始。
この計算でいくと、次の変革は2035年。その時、社会の中心に立っているのは、まさに今ここにいる皆さんです。皆さんは、シンギュラリティへ向けて加速する時代の主役なのです。

 では、ここからが今日一番伝えたい「本題」です。
歴史を振り返れば、導き出される事実は一つです。技術が発達するたびに人間は不要になったのか。答えは「ノー」です。人間は、技術を排斥するのではなく、自らの「役割」を変化させてきたのです。

 もちろん、AIには「ハルシネーション(もっともらしい嘘)」や偽情報の拡散、プライバシー侵害などのリスクもあります。しかし一方で、医療研究を劇的に加速させて命を救い、気候変動対策を支える「必然の技術」でもあります。

 では、AIが多くの実務を担う時代、皆さんに必要な力とは何でしょうか。私は、次の3つが大切であると思っています。

 それは、「問いを立てる力」「選択・評価する力」「独自の視点」です。

 AIは答えることに優れています。答えはAIが探してくれます。だからこそ「何を解決すべきか」「何を成し遂げたいか」を考えるのは人間の役割だと思います。AIが答えを出す時代だからこそ、人間は「問いを立てる存在」にならなければなりません。
そして、AIが答えた選択肢から適切なものを判断する批判的思考(クリティカルシンキング)、新しい価値を生み出すには独自の視点で問題解決できる力が必要です。

 すでに生成AIを使っている人もいるでしょう。ビジネスや学習の世界には、AIとの対話を通して自分の考えを研ぎ澄ませる「壁打ち」という言葉があります。スマホが皆さんの「相棒」として欠かせない存在となっているように、生成AIも、あなたたちの思考を深める「相棒」として使いこなせるように、是非なって欲しいと思っています。

 皆さんが、「正しい問い」を立てて、新しい時代づくりにチャレンジしてくれることに、大いに期待しています。

 最後に。
 2025年の新語・流行語大賞の年間大賞は「働いて働いて働いて働いて働いてまいります」でした。働き方改革という大人の事情の中で、様々な賛否はありましたが、言葉にして誓うことには力があります。
私も来年に向けて、「長田高校のために、しっかり働いてまいります」とここで宣言しますね。
皆さんも、新しい年を迎えるにあたり、元日には2026年の目標や心意気をしっかりと言葉にしてくれることを期待して終業式の話を終わります。

 それでは、良いお正月を迎えてください。

3学期始業式式辞2026年1月8日

2026年を挑戦の年に

皆さん、おはようございます。そして、新年あけましておめでとうございます。
新しい年、そして新しい学期の始まりに、こうして元気な皆さんの顔を見ることができ、大変うれしく思います。

 さて、今年の干支は「午(うま)年」です。
 3学期は、1年の締めくくりであると同時に、次のステージへ踏み出す準備の学期でもあります。今日はこの午年の「午(馬)」を切り口に、「挑戦」をテーマにしてお話ししたいと思います。

 「午の刻」は、11時から13時。太陽が最も高く昇る真昼の時間帯で、物事が勢いを増し、一つのピークを迎えると言う視点で見ると、「午の刻」は「次にどの方向へ進むのかを考える節目」ともいえます。つまり、午年は「物事が最も勢いを増し、頂点を迎える年」「一つのピークを迎え、次の方向を考える節目の年」であります。

 こう考えると、受験を控えた3年生に限らず、1・2年生も、今まさにその節目に立っています。
「これから何に挑戦するのか」「どんな自分を目指すのか」それを自分自身に問いかける年といえます。

 「馬」という存在は、昔から前向きなイメージで語られてきました。勇ましく前に進む姿から、「進展」「成長」「成功」「開運」といった言葉が連想されます。馬は、神話や伝説の中でも特別な存在です。翼を持つペガサス、純潔の象徴とされるユニコーン、人と馬が一体となったケンタウロス。どれも、人間が「強さ」や「理想」を馬に重ねてきた証です。

 日本には、言葉遊びを大切にする文化があります。
 馬を使った一つの例として、「馬九行久(うまくいく)」という縁起物があります。焼き物や扇子などに9頭の馬を描き、「万事うまくいく」という願いを込めています。
その9頭の馬それぞれには、受験合格、健康運、家庭運、金運、勝負運など、9つの願いが一つずつ託されているそうです。まさに、努力する人の背中をそっと押してくれる仲間としての存在ですね。

 こうして見てみると、馬は単に速く走る動物ではありません。前に進み続ける力、粘り強さ、そして仲間。それらを象徴する存在だとも言われています。

 そこで、午年の今年、皆さんにぜひ心に留めてほしい言葉があります。
 それは、「現状維持は後退の始まり」 という言葉です。

 私たちの周りは刻々と変化し進歩しています。また、自分の可能性というのは未知数です。そのような中で、現状に甘んじて、挑戦しないで止まってしまうことは、相対的に観ても、主体的に捉えても、実はすでに後退が始まっているということです。
 常に前に進むというのは難しいと感じるかもしれません。でも、失敗すること、立ち止まって考えることも、アクティブな状態であれば挑戦の一つです。
 大切なのは、挑戦をやめないことです。昨日より、アクティブにいられたかどうか。それが、自分自身の成長だと思います。

 今日から、2026年の長田高校が本格的にスタートします。また、3学期は短いですが、挑戦の密度を高めることができる学期です。
 共に走り、共に挑戦し、共に成長する一年にしていきましょう。

 この後、皆さんの素晴らしいハーモニーを楽しみにして、3学期始業式の挨拶を終わります。

令和7年度阪神・淡路大震災追悼行事に寄せて2026年1月16日


おはようございます。今日は1月16日、明日で阪神・淡路大震災から31年を迎えます。

■ 能登半島で見た「復興の現実」

私は昨年11月、石川県の能登半島を訪れました。
2024年元日に発生した能登半島地震の際に、被災した高校の校長を務めていた友人に招待され、被災地の今の姿を見てきました。
そこには、地震で隆起した海岸線を、そのまま道路にしている場所がありました。こんなにも地形が変わるものなのかと、言葉を失いました。
大規模火災と地震被害により建物が焼失した「輪島の朝市」は一面の更地となり、今も原っぱとして残っていました。輪島市では、この輪島朝市を「復活の象徴」として再整備する計画を進めているそうです。
ニュースでは「能登半島の復興が進んでいる」と報じられています。しかし現地に立ってみると、そこには今なお「時間が止まったまま」の場所が数多く残っていました。

復興とは、単に元に戻ることではなく、失われた日常の上に「新しい日常を築き直すこと」なのだと思います。そう考えたとき、この31年間、神戸で暮らし、神戸で働いてこられた方々が歩んでこられた道のりの重さとご苦労を、あらためて実感しました。

■ 「記憶を風化させない」とは何か

1995年1月17日5時46分52秒、淡路島北部深さ約16kmを震源とするマグニチュード7.3の兵庫県南部地震が発生しました。この地震は6,434人の命を奪い、数えきれない人々の日常を一瞬で壊してしまいました。

あれから、「震災の記憶を風化させない」という言葉をよく耳にするようになりました。では、なぜ忘れてはいけないのでしょうか。
それは、災害が「過去の出来事」ではなく、“これから私たちの身に起こりうる現実”だからです。
阪神・淡路大震災、東日本大震災、そして熊本や能登半島の地震など、日本は繰り返し大地震に見舞われてきました。南海トラフ地震は、いつ起きてもおかしくないと言われています。
「自分の世代には起きないかもしれない」
そう思った瞬間、防災は他人事になります。31年前の今日、明日も今日と同じように朝が来るはずでした。大地震が来るとは誰も思っていなかったのではないでしょうか。今夜布団に入り、明日の朝、いつもと同じ朝が来ないとしたら・・・そんなことを、少し想像してみてください。
だからこそ、私たちは毎年1月17日に立ち止まり、「自分事」として捉え、考え続ける必要があると思っています。

■ 「そばにある幸せ」に気づくということ

2年前の神戸新聞に掲載された、災害社会学者で関西学院大学教授の金菱清さんのコラムに、私はとても心を打たれました。
そのコラムは、東日本大震災の遺族の声を聞いていると、「あの朝、なぜ気持ちよく挨拶をしなかったのだろう」と何年も悔やみ続けているという方が少なくなかった、という内容でした。

「あの日のわたしへ手紙をつづる」(『永訣』)という本のプロジェクトのなかで、「10年前に災害のことを何も知らない自分自身に対してもし伝えられるとしたら何を教えたいですか」という問いに対して、津波でお父さんを亡くされた男性が書いた手紙の一節を紹介します。

『 せめてこれだけは3月11日の朝、お父さんに伝えてください。
「朝ごはんの目玉焼き、今までで一番おいしかったよ。行ってきます」
私はこの言葉が言えなかった。日常の中のたった一言、二言をわざわざ伝える必要がないと感じていました。でも、伝えられなかったことを今までずっと後悔しています。 』

今日、みなさんが当たり前に食べた朝ごはん、交わした会話、笑顔。それらは「保証されたもの」ではありません。「明日もある」と思っていること自体が、実は奇跡なのかもしれません。何気ない日常の尊さを心にとめてみてください。

■ これからの私たちの役割

政府は、昨年12月26日の閣議で「防災立国の推進に向けた基本方針」を決定し、災害への備えと対応を一体的に進める「防災庁」の、今年中の設置に向けて動き出しました。

しかし、防災は国だけで取り組むものでないことは当然です。
本校は、阪神・淡路大震災の被災地にある高等学校です。だからこそ、私たちは「防災」について、地域や専門家の方々にも力を借りながら、広い視野で、科学的に、考え続けていく責任があると思います。
学校で学ぶこと、話し合うこと、一人ひとりが研究すること---これらも大きな「社会の防災力」になると信じています。

■ 結びに

今日の追悼行事は、亡くなられた方を追悼する機会であると同時に、「生きている私たちが、どう生きるかを考える日」です。

明日の朝は、家族に「おはよう」と言い、友人に「ありがとう」と伝えましょう。
そして、阪神・淡路大震災で亡くなられたすべての方々に、心より哀悼の意を表するとともに、この1月17日を、「命と日常を大切にする日」として、胸に刻みましょう。


兵庫県立長田高等学校長 藤原 生也