3 「命の大切さ」を実感させる教育プログラムへの視点

「命の大切さ」を実感させるための教育プログラムにおいては、自然や社会や人と豊かに関わる体験活動をとおして、まず子どもたちが自分自身を価値ある存在と認め、自分を大切に思う自尊感情を持てるようにしなければならない。自尊感情を高めることによって感性が活性化し、いきいきとした感動が生み出されるのである。そして心の中に生まれた感動や思いを、周りの人と分かち合い共有することで、実感が一層深まる。また、他者の存在に思いをはせたり共感したりする体験をとおして想像力が養なわれ、限りある命を生きていることの素晴らしさを感じることができるようになる。
また、教育プログラムの実施に当たっては、教員自身が自分の生と向き合い、自分の生き方を自分自身に問いかけることとともに、学校と家庭、学校と地域が確かな信頼関係を築き、連携して取り組むことが不可欠である。
さらに、命をおびやかす行為に対しては未然に防ぐ対策を、また自然災害に対してはその被害を最小限にくいとめる知恵を学ばせるとともに、情報社会の影への対応として、仮想現実と現実との違いを十分に認識できる能力を身につけさせる必要もある。

(1)自尊感情を育む
自分の存在そのものを価値あるものとして自分自身が認めることができなければ、生きていることの素晴らしさを感じることはできない。つまり、教育プログラムを実践するに当たっては、前もって子どもたちの自尊感情を高めておかなければならないのである。
兵庫県教育委員会が実施した「児童生徒の理解に基づく指導の推進に関するアンケート調査」で、自分や他者のよさを認めることができる子どもほど、他者から認められる体験をしているという結果が得られている。自分の存在を認めてくれる他者が身近にいる子どもは、自分が大切にされているという実感を持つことができ、自分の存在が価値のあるものだという自信を持つことができるのである。
また、他者から認められないときでも、自分自身を肯定し、自分の短所や弱さも含めてあるがままの自己を受容できる強さを培う側面も必要である。そのためにも、日常の様々な活動をとおして、自分の存在が価値のあるものだと認識し、自尊感情の高まりを体験しておくことが必要である。
さらに、自己を尊重するとともに他者を尊重することも大切であり、自己を肯定するだけの独りよがりにならないように自省自戒の習慣を身につけることにも留意する必要がある。

(2)体験活動を充実させる
  ア 自然・社会・人との豊かな関わり
子どもたちに言葉だけで「命は大切である」といくら説明しても実感は伴わない。命が大切であるという思いは、体験をとおして心に刻まれる。感性に働きかける体験、感動の体験、想像力を刺激される体験をとおして、子どもたちは生きている喜びを感じるのである。そこで、動植物の飼育栽培活動に心を込めて取り組む中で命が生まれる喜びや死の悲しみを味わったり、精一杯生きようとする人々とのふれあいをとおして生きることについて深く考えたりする等、命と直接関わり合う場を設定することが必要となる。
また、「トライやる・ウィーク」で中学生たちが地域の人々とふれあう中で自己理解を深めたり、認められることにより自己肯定感を高める体験をしているように、様々な体験の中で人と人とがつながるということを実感することも大切である。

イ 心が動く感動との出会い
感動が入り口となり、心をいきいきと動かす体験によって実感が生まれる。自然の雄大さや美しさ等にふれることで「自然ってすごいな!」と心が動く。また、動植物の誕生や死の体験、弟や妹の誕生の体験等から、「不思議だな!」「素晴らしい!」と自然や生命への畏敬の念が培われるのである。
また、「やった、わかった!」という達成感、最後までやり遂げた成就感、「自分もやればできるんだ」といった自己有能感を様々な活動の中で子どもたちが味わえるようにしておくことが大切である。修学旅行や文化祭等で、クラスがまとまり一つのことをやりとげた体験は、仲間とのつながりを深めていく。こうした魂に響くような体験を積み重ねることによって、子どもたちは「命の大切さ」の実感を深めていくのである。

ウ 感性や想像力への働きかけ
体験をとおして生まれてくる実感は、視覚、聴覚、触覚等といった感覚が入り口となる。大切なのは単に感じるだけではなく、より深く感性を働かせ想像をめぐらせることなのである。
豊かな感性や想像力は、自然や社会や人との相互作用の中で発達するものであり、それらを育むためには、まず環境としての自然や社会や人としっかり関わりを持つことが大切である。子どもたちの感性や想像力に働きかける体験活動の場や機会を積極的に提供するとともに、保護者や教員が自らの感性を子どもたちと共に磨き、その素晴らしさや感動を分かち合い認め合うことが重要である。
子どもたちの感性や想像力に働きかける機会は、日々の関わりの中に無数にある。例えば、本物の芸術に直接ふれることが子どもたちの芸術性を育てるように、「命の大切さ」を実感する感性も、「自然なもの」「本物・具体的なもの」等子どもたちの五感を揺さぶるものと直接ふれることによって育まれる。また、学習や体験の中で子どもたちが示す「おやっ!」といった思いを大切にしたり、立場を変えて他者の感情に思いをめぐらさせる等の活動をとおして、子どもたちの感性や想像力に働きかけることが必要なのである。

(3)情報社会の影の部分に対応する
高度情報通信ネットワークの進展や電子メディアの発達により、時間や空間にとらわれないコミュニケーションが可能となり、日常生活がより便利になる一方で、子どもたちが有害情報に容易にふれてしまうことや仮想現実と現実を混同してしまう恐れがあること等が指摘されている。電子メディア等をとおしたコミュニケーションは、様々な立場や考え方を持った人々と交流を可能にし、子どもたちの人間関係の幅を広げそれを豊かなものにできるが、一方で、好悪の感情の過剰な増幅をもたらしやすい。また、何度でもリセット可能なゲームの世界に入り込み過ぎると、実体験が豊富でない子どもたちに過剰な刺激を与えることになり、子どもたちが現実の物事をゲーム感覚でとらえてしまう恐れがあることも指摘されている。
このような情報社会の影の部分への対応として、仮想現実と現実との違いを認識させ、多種多様な情報のあふれるインターネット社会において、子どもたちが惑わされることなく、必要な情報を適切に活用できる力や情報社会での基本的なモラルやマナーを身につけさせることが求められている。自分の考えや気持ちを伝えること、また相手の言葉や態度から気持ちを汲み取ることのできる力を培い、現実世界での人と人とのつながりの大切さを子どもたちに理解させる必要がある。

(4)命を守るための知恵と態度を育成する
命はかけがえのないものであり奪われると決してよみがえることはない。しかし、子どもたちの身近にいじめ・暴力・犯罪・虐待・DV等の命をおびやかす行為が存在する。これらに対して、未然に防ぐ方法を考えたり、対策を講じる必要がある。また、地震や水害等の自然災害に対しても、その被害を最小限にくいとめる知恵を学ばせる必要がある。
命をおびやかす行為に対しては、単にそれを避けるだけではなく、毅然と立ち向かい克服していこうとする態度を養い、そのことをとおして、子どもたちがかけがえのない命を実感し、自他の命を守っていこうとする態度を育てる必要がある。

(5)教員自身が命の意味を問いかける
教員自身が命や死に真摯に向き合う姿勢こそが、子どもたちの命への感性や想像力を育む大切な環境となることを忘れてはならない。
子どもたちの体験活動の中で、子どもたちの豊かな学びを引き出すためには、教員が子どもたちに寄り添い、子どもたちの心がいきいきと動くように働きかけるとともに、子どもたちに理屈で教えるのではなく、子どもたちと共に感じ、考え、学ぶことが大切なのである。
また、対面する子どもたちに命についての深い感覚を伝えるには、教員自身も一人の人間として与えられた命を生きているということを自覚し、しなやかな感性や豊かな想像力を身につけておくことが必要なのである。