令和2年度 第43回 卒業証書授与式 学校長式辞  

 冬は必ず春となる、の言葉のように、ここ伊川谷にも春の訪れを感じられる、自然の息吹とほのぼのとした温かな気配をただよわせるようになりました。今日の佳き日に、公私ともご多用の中、保護者の皆様のご臨席を賜り、兵庫県立伊川谷高等学校第43回卒業証書授与式を晴れやかに挙行できますことは、卒業生はもとより本校にとりましても大きな喜びとするところであります。高いところからではございますが、学校を代表しまして心より厚く御礼申し上げます。
ただ今、本校における全課程を修了し卒業証書を手にした226名の皆さん、ご卒業おめでとうございます。本校の職員を代表し、心からお祝い申し上げます。また、本日感染予防の観点から多くのご来賓の方々のご臨席は願いませんでしたが、皆さんの卒業を心からお祝いしていただいています。
 さて、本校での三年間、この伊川谷高校で出会った良き友と共に、教室では一緒に机を並べて勉強し、文化祭や体育大会などの学校行事では、クラスのみんなと団結し、また、部活動や生徒会活動では仲間とともに、校訓「自主・協同」のもと精一杯取り組まれました。
 しかし、新型コロナウイルス感染症の影響で、この1年間、みなさんが思い描いていた高校生活のストーリーは大きく書き替えられたと思います。
 私がこの1年最も気がかりだったのは、皆さんに、人生にはどうしようもないことがあること、そしてその時は諦めることをみなさんに教えてきたのではないかと言うことです。この行事は中止です。部活の最後の大会も今回はありません。応援に行ってはいけません、などこのようなことがほぼ1年間続いています。私の教員生活でも初めてのことであり、全国民が初めての経験となっているでしょう。しかし、人生には色々なことがありますが、決してそんなことばかりではありません。
卒業生の皆さんには、卒業にあたり、私から皆さんに新たな人生の旅立ちにあたり、餞(はなむけ)の言葉を贈りたいと思います。
 皆さんは、植松努さんという方を知っていますか。北海道の田舎の小さな町工場の社長さんです。しかし、民間によるロケット開発や小型の人工衛星の開発などを手がけ、今では、この小さな町工場はアメリカの航空宇宙局NASAより宇宙に近い工場と言われ、世界から共同開発や見学者の希望が後を絶たない素晴らしい工場となり、さらなる目標に向かって今もなお進化している工場です。
 植松さんの仕事は、もともと建物を壊したあとに、リサイクルで鉄などを集めるためのマグネットを製造する工場を経営していました。しかし、植松さんはロケットを打ち上げたいというという小さいころからの夢を持ち続けていました。そんなとき、めぐり合うべき人との出会いが、人生を変えてくれました。植松さんにとって、それは北海道大学の永田先生でした。植松さんはロケットを作りたいと思っていたけれども、民間が作るのは危ないからと言われ、あきらめていたそうです。一方、永田先生は危なくないロケットの開発をしようとしていましたが、国からは1円の補助もなかったそうです。国立大学が国から補助を受けられないというのは、あなたは必要ない人間です、と言われているような気持ちになったそうです。そんなとき、実験場所を探していた永田先生と植松さんは出会いました。植松さんはお金は無いけれども、部品を作ったりすることはできますと永田先生に言われました。そこから、二人を中心とした民間ロケットの開発が始まりました。しかし、その後は失敗に次ぐ失敗の連続です。開発途中のエンジンを動かしているシーンを見ましたが、爆発シーンしかありませんでした。植松さんはこう話しています。「今までにないエンジンの開発です。教科書はありません。世の中で初めてすることは成功どころか失敗しかありませんでした。失敗をすれば「なにやってんの」「誰のせい」「どうすんの」と散々言われてきました。大切なことは、『何で失敗したんだろうね』『だったら次はこうしてみようよ』という言葉をかけ合うことです。たったそれだけのことで、その先は暗闇ではなく、未来に向けての階段を一歩上がったことになります」と植松さんは言われています。みなさんは、失敗することが未来への階段を一歩上がった、と考えたことがありますか。わたしもこの意見に大賛成です。
 また、植松さんはこのようにも述べています。「運命的とも思える人との出会いには、お互いが足りないということがとても大切です。自信のある者同士が協力すると、うまくいく感じがしますが案外そうでもありませんでした。私にはロケットに関する知識が足りませんでした。永田先生は部品をつくる技術がありませんでした。人は足りないから助け合うことができる。そうでないと人は孤立します。私も最初は一人ぼっちでした。人間はできないことを見せる勇気が必要だと思います。」と植松さんはおっしゃっています。
 さらに、植松さんは著書「空想教室」の中で次のようにも述べています。「失敗した自分を、逃げた自分を、あきらめた自分を責めないでください。自分を責めても何にもなりません。自分の心の中には「苦しい」とか「つらい」とか「きつい」とか「悔しい」とか「申し訳ない」とか「悲しい」とか「恥ずかしい」とかがぐるんぐるんして大変なことになりますが、その時はこの言葉を唱えましょう。『ただいま成長中』と。」数限りない失敗や他人から色々なことを言われた植松さんだからこそ重みのある言葉です。
 そこで、私からは、その「ただ今成長中」のときに、一つだけ頭の隅においていてほしいことがあります。それは、「あなた自身が憧れる、こんな人になりたいなあと思う人を一人見つけましょう。」ということです。それは友達かもしれません。あるいは、学校の先輩や仕事の同僚や上司、もしかしたら恋人や後輩かもしれません。あなたがこんな人になりたいなあと思った人を毎日思い続けたり、その人の背中を見ていたりすると、それはいつしかあなた自身が憧れの人になります。壁にぶち当たっても、温かな人間性を持って立ち向かうことができます。ちなみに、私にもこうなりたいなあと思う先生が3人います。時々自分のちょっとした仕草や雰囲気が、「あっ、あの先生と同じだ」と思うこともあります。このことを皆さんの記憶のどこかに、そっとしまっておいてください。
 さて、保護者の皆様、今日まで高校生活を支え、励ましてこられましたお子様のご卒業を心より祝福申し上げます。また、三年間にわたり本校の教育活動にご理解とご協力を賜りましたことに厚く御礼申し上げます。
卒業生の皆さんが人生の中で、かけがえのない最も貴重な三年間を過ごした母校、伊川谷高校がこれからも皆さんの心の支えであり続けることを願っています。
226名、一人ひとりの限りない前途に幸多からんこと、そして、これから踏み出す新しい世界で常に誠実さをもって努力し、夢を実現され、めぐり合うべき人とめぐり合えますことを心より祈念し、式辞といたします。

  令和3年2月26日
兵庫県立伊川谷高等学校長 曽谷 功

 

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